ゴールドシップ(ウマ娘)の怪異文書。
 100%、趣味で書いたドロップキック。

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ゴルシ流デート・リベンジ(新潟編)

 ――吸血鬼と戦わせて欲しい。

 

 ウマ娘から真剣な顔でそう言われたトレーナーはなんと返すのが正解なのだろうか。

 いや、どんな状況なんだよとツッコミを入れたくなるだろうが、残念ながらギャグじゃない。

 ギャグよりもギャグじみたゴールドシップの悪ノリである。

 

 

 天皇賞春を終えた四月下旬のこと。

 トレセン学園トレーナー室にて。

 パイプ椅子に腰かけ足を組み、尊大な態度で待ち構えるウマ娘がひとり。

 葦毛の長髪をなびかせる彼女こそ、僕が担当しているゴールドシップだ。

 

 室内にはピリッとした空気が漂っている。今日はゴールドシップに呼び出された。

 聞くにレースに関することだという。彼女がレースに関して物申すことは今までなかった。

 ノリとテンションだけで春の盾を手にした彼女だ。レースに飽きてしまったのではないか。そんな不安を抱えながら、僕は切り出す。

 

「単刀直入に言おう。走るのをやめないでほしい。不満があるならなんでも言ってくれ。解決できるように全力を尽くす。君が心地よく走れる環境を用意する。だから……」

「は? なに言ってんだ、トレーナー。ようやく面白くなってきたのにやめるわけねーだろ。宝の地図、集まってねーんだしよ。それに出たいレースを見っけたんだ。聞いてくれるか」

「も、もちろん。ようやく目覚めてくれたんだな、ゴールドシップ! 君の担当になってはや二年。信じ続けてよかった。トレーナー冥利に尽きるというものだよ。それで、どんなレースに出たいんだ?」

「なあ、トレーナー。アタシ、吸血鬼と戦いてーっ!」

「きゅ、吸血鬼?」

 

 腕を組んでふんすと鼻を鳴らすゴールドシップ。

 彼女が突拍子のない話題を振ってくることはよくあることだが、今回も理解が追いつかない。

 ズキズキと痛む頭を抑えながら、彼女に問い返す。

 

「……ゴールドシップ、僕は君から『次のレースの話がしたい』と呼び出されたはずなんだけど」

「なんだよ、察しが悪いな。だから『新潟大賞典』に出たいって言ってんだろ」

「GⅢ 新潟大賞典。芝 2000m(中距離)左・外。これのことだよな……?」

「おうよ!」

 

 万が一、違うレースを指していたらマズイと思って訊いてみたが、彼女は力強く頷いた。

 どうやら本当に出走したいらしい。

 彼女がレースを提案してくれたという事実はトレーナー冥利に尽きるのだが。

 どうにも不穏な単語が混じっていて、素直に喜べない。

 吸血鬼なんて物騒な二つ名をもったウマ娘なんて知らない。少なくとも同世代にはいないはずだ。となれば、ゴールドシップがいう吸血鬼とは人の血を吸う怪物のことなのだろう。ルーマニアならいざ知らず、新潟に生息しているという噂は耳にしたことはないが。

 

「ただ、吸血鬼っていうのはどこから出てきた? 新潟競馬場にはいないと思うが」

「それがよ、ファン感謝祭で聞いた話によれば、直江津ってとこに出るらしいぜ。『鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼』ってやつが。なんでも金髪碧眼でスゲーキレイなんだってよ。ま、ゴルシ様ほどじゃねーだろうが。くぅ~、必殺のゴルシちゃんスマッシュはどこまで通じるのか、試してーんだよ、トレーナー」

 

 満面の笑みを浮かべながら、ゴールドシップはシャドーボクシングをする。

 なるほど、こうなってしまえばガセネタと伝えるのは難しそうだ。しかし、訂正してやる気を削ぐ必要はあるまい。彼女が戦意に満ちているうちにレースの話をしておくことにした。

 

「たしかに。担当として、君がその吸血鬼とやらに勝つ姿は見てみないな」

「だろだろっ! となれば、善は急げだ。座禅を組んで、精神統一じゃいっ!」

「レースが続くことになるが大丈夫か?」

 

 新潟大賞典は五月の初頭に行われるため、時間がない。

 ピンピン元気にしているとはいえ、長距離を走り終えたばかりだから疲労のほどが気になる。

 それに宝塚記念にもぜひ出走して欲しい。彼女の実力があれば二連覇は夢じゃない。

 そちらは六月に控えているので、過密なスケジュールになってしまうわけだが。

 しかし、その説明をうけてなお彼女はニンマリと笑った。

 

「いいじゃねーか。ここでチマチマ練習しているよりもよっぽど刺激的だぜ」

「……わかった。出走手続きをしておくよ」

「頼んだぜ。そんじゃ、吸血鬼戦を見越してゴルシちゃんビームを習得しに行くぜ」

 

 本番が今から不安だ。勢いよく部屋を飛び出した彼女の背中を見ながら、そう思った。

 近くにいたメジロマックイーンの視線に、憐みと同情が混じっていたのは気のせいだろう。

 

 

 

「いやぁ~、思ったよりも手強かったぜ。新潟大賞典。さすがのゴルシ様も危機一髪って感じだったぜ。ゴルゴル星からのマイクロウェーブが届いてなきゃ、勝てたかどうか怪しいぜ」

 

 五月上旬。新潟競馬場にて。

 元気溌剌とマシンガントークを繰り広げるゴールドシップ。レースの直前まで絶不調だったのが噓みたいだ。まあ、その不調の原因というのは目でピーナッツを噛んだせいなのだが。なぜそんなことをしているのかって? 担当トレーナーの僕にもわからん。

 

「君の実力ならば必ず勝てると信じていたよ」

「おうよ。一位じゃなければ、故郷を追われたゴルゴル星人たちに顔向けできねーっての」

「……マイクロウェーブ発信基地を作るためにか?」

「マイクロウェーブ? なに言ってるんだ? このゴルシ様といえどもそんなもん受信できねーぜ。ミホノブルボンじゃねーんだしよ。そもそもゴルゴル星ってなんだ? レースに勝てたのは、アタシの努力とトレーナーの指導のおかげだろ?」

 

 やれやれと肩をすくめるゴールドシップ。聞き分けのわるい子供を見るような目をしている。いつの間にか梯子を外されたみたいだ。しかしこの程度は日常茶飯事なので特に気にしない。でないと彼女のトレーナーは務まらない。

 

 それに興味関心が移り変わることは悪いことばかりじゃない。現に彼女は吸血鬼のことなんてすっかり忘れているのだから。三日前まで「吸血鬼を捕縛して億万長者になろうぜ」なんて言っていたのに。吸血鬼はツチノコではない。この癖を練習に活かせればよいのだけど……。

 

「しっかしよ、ゴルシちゃんお腹ペコペコだぜ。このままじゃ燃料切れで暴走モードになっちまう。せっかく新潟まで来たんだ。なんか美味いもんねーかな」

「新潟といえばお米だね。それに魚も新鮮だ。美味しい寿司屋を探しておいたから、そこに行かないか?」

 

 バレンタインデーに自ら釣り上げた真鯛を刺身にしてくれたゴールドシップだ。

 魚が嫌いということはないだろう。

 しかし彼女は気分屋だ。別のものが食べたいと言い出さないとは限らない。そう思い、他の候補も2、3調べてある。

 県民のソウルフード、カレー味の唐揚げはどうだ。ひなどりの半身を豪快に揚げたそれはB級グルメを愛する彼女の好みにあいそうだ。

 あるいは蕎麦屋の名物カレーなんてどうだろう。珍しいものが好きなので喜んでくれそうだ。

 

 いずれにせよグルメ雑誌に名を連ねる店ばかり。きっと満足させられるはずだ。

 しかし、そんな僕の思惑を嘲笑うかのように彼女はこう切り出した。

 

「いけね、忘れてた。ゴルシちゃんはアンタと再びデートしなきゃだったぜ。てなわけでちょっと眠ってもらうぜ、トレーナー」

「は?」

 

 ゴールドシップの唐突な申し出に驚き、観光ガイドを落とした瞬間。

 ものすごい速度で手刀が首に飛んできた。

 人とは比べ物にならないパワーを持つウマ娘。そのなかでも抜きん出て力が強いゴールドシップの手刀は僕の意識を奪うには十分すぎた。というか完全にオーバーキルなのでは。そんなことを考えているうちに意識が遠のいていった。

 

 

「よう、グッモーニン。ずいぶんと疲れてたんだな。なにしたって起きやしねーんだぜ。まったくアンタは茨野姫子ちゃんかよ。あんまり目覚めねーからテイエムオペラオー呼ぶか迷ったぜ」

「ここは……?」

 

 ぼんやりとした意識のまま、車窓から景色を眺める。

 初夏の心地よい日差し。どこまでも続く田園地帯。

 そうだ、新潟大賞典の後、拉致されたのだった。

 トロフィーを手にいれたゴールドシップ本人に。

 こうして拉致されるのはよくある。どこぞの桃姫と同じぐらいには。

 今回は無人島じゃないだけマシだ。確実に順応してしまっている。

 

「タクシーのなかだぜ。見てわかんねーかよ。目的地に向かって現在バクシン中だぜ。いやぁ~、長くてまっすぐで気持ちがいいぜ。北陸自動車道はよ。ま、ターフほどじゃねーけど」

「……いろいろツッコミたいけど、ひとつ訊いていいか?」

「おう、なんだっていいぜ。セラノエ大図書館で調べてやらぁ」

「これ、どこに向かっているんだ?」

「ヒ・ミ・ツ。大人のおねー様にはヒミツは付き物でしてよ。おほほほほ。それによ、どうせ到着すればわかるんだ。すぐに答えを知ろうとするんじゃねーぞ。脳細胞を活性化させろやオラッ!」

 

 推理しろと言われても得られる情報は少ない。

 いや、そもそも誘拐犯じきじきに推理をしろと指示されていることがおかしい。

 わかるのはせいぜい、タクシーがトレセン学園に向かってないことぐらいか。

 まだ北陸自動車道にいるのなら、上信越自動車道にはアクセスしなかったのだろう。

 しかし、北陸自動車道はそうとう長いため、いまどこにいるのかもわからない。

 たしか滋賀まで伸びているはずなので、琵琶湖に向かっているかも。

 彼女なら「琵琶湖の畔をビワで埋め尽くしたら、ビワハヤヒデも驚くぜ」とかいいそうだ。

 そこまで思考を巡らせたところでふと思い出す。

 

「そういえば、デートがどうとか言ってなかったか?」

「くっくっく、バレちまってはしょうがない。そう、これは『リベンジ・デート』なのさ」

「……それはいったい」

「ほら、この前アンタとデートしただろ?」

「ああ、そんなこともあったっけ」

 

 トーセンジョーダンに焚きつけられた彼女に連れられて、デートをした気がする。

 しかし、デートとは名ばかりでシャコにラーメン、そしてサッカーだった。

 彼女から送られてきたシャコ120連写、どうにかしないと。

 

「その模様をジョーダンの野郎に見せつけたら『そんなのデートじゃないっしょ。ノーカンだから』って言いやがったんだ。このゴルシ様が強靭!無敵!最強!なデートを示したってのによ」

「あ、ああ」

 

 今回はトーセンジョーダンに分がありそうな気がするが。

 しかし、二発目の手刀は食らいたくないのでお口チャック。

 

「だから、粉砕!玉砕!大喝采!な『リベンジ・デート』ってやつを見せつけて、ジョーダンの野郎を仰天させてーんだよ。付き合えよ、トレーナー」

「いいけど、なんで気絶させたの?」

「ああ、それはな。エイシンフラッシュが言ってたんだ。『デートにはサプライズが必要』って」

 

 なかなか面白いサプライズが出来たよな、と笑みを浮かべるゴールドシップ。

 たしかに。唐突な手刀はレース後のドロップキックに次ぐ衝撃だ。

 まだまだサプライズはあるから楽しみにしろよな、と彼女は胸を張る。

 今回もまともなデートにはなりそうもない。

 

 

「艱難辛苦を乗り越えて、ついにたどり着いたな。金物とステンレスの都、燕三条! いやぁ~、トレーナーが対向車線の車から狙撃された時はもうダメかと思ったぜ。アンタの死、無駄にはしねーからな」

「いや、死んでないって」

 

 ゴールドシップの手刀を食らった時は死を意識したけれども。

 彼女のハイテンションな会話に付き合っているうちに、目的地に到着したらしい。

 しかし、新潟県内だとは逆に驚いた。てっきり琵琶湖まで連行されるものだと。

 

「それがわかんねーんだよ、トレーナー。せっかくのデートだってんのに琵琶湖に向かうやつがいるかよ。到着した頃には日も沈んで見るものねーっての」

「いや、君のことだから、琵琶湖の畔にビワを植えて、ビワハヤヒデを驚かせるのかと」

「なおさらデートじゃねーだろ。けど、アイデアは傑作じゃねーか。いただいておくぜ」

 

 親指で顎を撫でて、ニンマリと笑みを浮かべる彼女。

 どうやら余計なことを教えてしまったようだ。

 計画だけにとどめておいてくれれば良いのだけど。

 

「しかし、なぜ燕三条なんだ?」

「実はな、ここには決着をつけないといけねー相手がいるんだ。オマエにはそれを見届けてもらおうと思ってな。カノジョの決闘を見守るってのは、カレシの役目ってもんだろ?」

「そういうものなのか……? いや、そもそも状況からしてわからないのだが」

「すべてはタクシーを降りればわかるぜ。アタシは先に降りて待ってる。オマエの覚悟が決まったら追ってきてくれ。代金を払ってからな」

 

 ゴールドシップはそういうと、タクシーを降りて行ってしまった。

 彼女を自由にしておくとなにをしでかすのかわからない。

 とにかく追いかけなければ。ポケットから財布を取り出す。

 寿司屋にいくつもりで持ち合わせを多めにしておいて良かった。まさかタクシー代になるとは。

 一応、領収書を貰ってみたものの、経費じゃ落ちないだろう。

 たづなさんにやんわりと断られる未来しか見えない。

 小さくため息をついて、タクシーをあとにする。

 

「お、追ってきたな。それでこそトレーナーだぜ。失うことを恐れねー戦士の顔って感じだぜ」

「まあ、な」

「あれを見よ、トレーナー。禍々しい気に溢れているだろう? 哀れなる人間どもが表情をゆがめながらも、誘惑に歯向かうことができずに、列をなしていやがる。流石だぜ、『魔王城』。この勇者ゴルシさまでも気を保てるかどうか、わからね……」

「いや待て、ゴールドシップ。あれはどう見たって」

 

 ラーメン屋だろ、ここ。しかも地元名物の燕三条系だ。

 たしかに、醬油ベースのこってりスープの良い匂いがするけれど。

 腹が減っている時には無性に食べたくなるけれど。

 よくよく見れば、店名が『魔王城』だけども。

 てっきり因縁の相手というのだから、引退したウマ娘に会いに来たと思ったのだが。

 では、どんな因縁でここ、燕三条までやってきたのだろうか?

 空腹を覚えながらも考えていると、ゴールドシップが構えをとった。

 その表情は真剣そのもの。まるでマグロ漁へ出る前のような殺気をまとっている。

 彼女の視線の先にいたのは、タオルを頭部に巻いた黒シャツの中年だった。

 

「……よく見ておけ、トレーナー。奴が魔王城の大将だ」

「よくきたな。焼きそば勇者、ゴールドシップよ。儂こそが魔王城の主だ。B級グルメ選手権以来だな。待っていたぞ、そなたが現れることを」

「あの時の言葉、忘れたとは言わせねーぞ、コラっ!」

「ああ、もちろんだとも。そなたの腹が満ちるまで、ラーメンをおごってくれようぞ」

「太っ腹だぜ、大魔王。それでこそゴルシちゃんのライバルってもんだぜ」

「ふふ、なにを言う、ゴールドシップ。そなたの持つ焼きそば調理スキルは全国を探したってそういない。そなたこそB級グルメ王にふさわしいのではないか?」

「へへ、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。けど、アタシは所詮、腰やった店主の代理よ。命かけてラーメンやってる大魔王にはかなわねーぜ」

 

 流れるような会話の応酬。

 どうやらゴールドシップはここの店主とは知り合いらしい。

 そういえば、彼女は合宿先で焼きそば屋の代理をしていた気がする。

 トレーニングをサボってどこかへ消えたこともあったが、まさかB級グルメ選手権とやらに出場しているとは。彼女のアクティブさはこちらの想像を軽く越えていく。

 

「おっと、忘れてたぜ。この二日目の漬けマグロみてーなやつがトレーナーだ。小言が多くて大井川鉄道になりそーだけど、わりーやつじゃねーんだよ」

「ど、どうも」

「ふむ、そなたはこういうのが好みなのか、ゴールドシップよ」

「へへ、まあな。今日だって逃避行の真っ最中でしてよ。お祖父さまがアタシたちの関係をよく思っていなくて……。よよよ」

 

 即興で泣き真似をして見せるゴールドシップ。

 お祖父さまという響きが何故か特定のウマ娘を指しているように聞こえたが気のせいだろう。

 それに彼女の語る家族像はその時々で変化するし。

 漁師だったり町工場の長だったり。

 聞くにトレセン学園でさえ、彼女の素性はきちんと把握できていないとか。

 

「ともかく、腕によりをかけてご馳走しようではないか。ゴールドシップもトレーナーのそなたも満足が行くまでもてなそうぞ」

「だってよ、トレーナー。くぅ~、レースが終わってからなんにも口にしてねーから、腹が爆発しちまうと思ったぜ。自慢のネギがなくなるまで食べつくしてやろーな!」

「ほどほどにな」

 

 嬉々とした表情を浮かべながら、ゴールドシップは肩を叩いてくる。

 どうやら燕三条系ラーメンのことで頭がいっぱいらしい。

 トーセンジョーダンに、過去なんて言われたかもう覚えていないようだ。

 ラーメン屋に行くことはデートではないと言われ、そのリベンジを果たすつもりだったのでは。

 けれど、彼女の気持ちはとても分かる。

 店の前からは胃を直接刺激する醬油の香りが漂っている。

 これで他のことを考えろというほうが酷だ。

 デートなどまた付き合えばよい。

 それで心地よくレースを走ってくれるなら安いものだ。

 ゴールドシップに腕をひかれながら、僕は暖簾をくぐった。

 

 

 後日談、というか今回のオチ。

 ゴールドシップが掲げた「リベンジ・デート」計画は失敗に終わった。

 ラーメン屋を出た後に、燕三条でも見回れば前回よりは前進したのだろうが、「お腹いっぱいになった後って、なんもしねーのが一番の贅沢だよな」と彼女は語り、物見遊山は延期となった。

 明日から減量トレーニングが必要になるほど、ラーメンを腹に収めた後で動き回るほどの気力はさすがのゴールドシップといえどもなかったようだ。

 いや、重賞レースの後にデートを実行するだけでも規格外なのだが。

 けれどおかげで助かった。胃の中が醬油スープで満たされた状態で彼女のハイテンションに付き合う余裕なんて、指先ほどにも残っていなかったのだから。

 

 そういうわけで、新潟市へ戻ることになった。

 在来線で新幹線駅まで向かい、新潟駅で乗り換えて帰るという手段もあったが、今は少しでも動きたくない。身銭を切る覚悟を決めてタクシーを捕まえ、その柔らかなシートに身体を預けて今に至る。

 

 

「……だんだんよ。麵を食っているのか、雪のように降り積もる油を食ってるのか、わかんなくなるんだよ、魔王城のラーメンって」

「あんなに油が浮いているのは、工場作業員へ配達する際にラーメンが冷めないようにする工夫らしいぞ。だから、時間が経っても熱々だったろ?」

「二桁目を超えてから、それがきつくなってきたぜ。アンタがいう胃もたれってやつをアタシも味わってるぜ」

「あれは何杯も食べる前提じゃ作ってないからな……。ああ、そうだ。胃薬と水、買っておいたぞ」

「……今だけはアンタが天使に見えるぜ、トレーナー」

 

 ガックリと肩を落とし、ゴールドシップは目を閉じている。

 レース前も不調だったが、それを超えて具合が悪そうだ。

 人とは比べ物にならない食欲をもったウマ娘に胃もたれを起こすほどのラーメン。

 なるほど、『魔王城』という看板に噓偽りはなさそうだ。

 

「しかしよ、それ以上に美味かったな。燕三条系ラーメン。なんかよ、一口食べるごとにパワーが湧いてくるというか。腹の中から元気になるっていうかよ。また食べたくなるやつだったな」

「君がそういうと思って。店主から家でも作れるメニューを教えてもらったんだ。なんでも店主、君のレースを見てくれているそうだよ。ファンに恵まれたな、ゴールドシップ」

「うひょ~、やるじゃねーか、トレーナー。アンタってそこそこ料理上手いからな。これでいつでも燕三条系ラーメンが食べられるぜ!」

「まあ、その前に減量してもらわないといけないんだけどね」

「おう、どんとこい! 宝塚の前にはきっちり戻してやらあ!」

「……ゴールドシップ! そうだ、その意気だ。君は強い。君はやる気さえあれば誰にだって負けやしない。そんな才覚をもったウマ娘だ。だからこそ、走ってほしくなるんだ。そのために僕がいる。だから、なんだって頼んでくれ。僕に叶えられる範疇ならば、実現して見せるさ」

 

 彼女に捕捉され、半ば強制的にトレーナーとなったとき、どうにでもなれと思った。

 後方から一気にまくり上げる走りを見たとき、どうにでもなると思った。

 ゴールラインを駆け抜けた瞬間の驚きと興奮を今でも思い出せる。

 

「なあ、トレーナー。「なんでも頼んでくれ」って、本気で言ってるのか? アタシに対してそんな面白れぇーこといえば、どうなっちゃうか、想像できないわけねーよな」

「もちろん、承知の上さ。僕は覚悟をもって君のトレーナーをやっている」

 

 ゴールドシップは強いウマ娘だ。因縁やしがらみで走らないから。

 しかし、それゆえに弱い。走ることへの想いがないから。

 だから、僕はトレーナーになろうと思った。

 彼女にささやかな目標を与え、レースを楽しんで走ってもらう。

 それこそがトレセン学園で僕がしたいことだった。

 その様子をゴールドシップはいつになく真剣な表情で聞いてくれた。

 想いの一端を熱に浮かされるようにして語る。

 おおよそ語り終えた後、彼女は不意に微笑を浮かべて、こう言った。

 

「――ゴルシちゃん、吸血鬼と戦わないと満足できないでやんす!!!」

「へっ?」

「アタシが新潟大賞典を走りてーのは、吸血鬼と戦うためだって忘れたわけねーよな」

 

 ゴールドシップが耳元でそうささやく。

 ぬかった。彼女が楽しそうなことを忘れるわけない。

 むしろ、欺く為にあえて口にしていなかったのだろう。リベンジ・デートとやらはこちらの意識を吸血鬼から逸らすためのデコイか。言動はともかく、行動面でおとなしかったのはこのためか。

 痛みを増した胃と頭を抑えて、現実逃避に車窓に視線を投げた。

 そして、青ざめる。

 タクシーがいま走っているのは、北陸自動車道の下りだった。

 新潟市に向かうならば、上りでなければならない。

 つまり、このタクシーは吸血鬼が潜む地、上越市は直江津に向かっていた。

 

「……君がタクシーを手配した時点で気がつくべきだった」

「へへっ、『デートにはサプライズが不可欠』だからな。ビックリしたろ?」

「ああ、本当に君というやつは……」

 

 本当に面白い。

 彼女ならば本当にURAファイナルズで優勝してしまうかもしれない。

 吸血鬼を探すこともその一助になる可能性はある。

 ならば、トレーナーのすべきことはひとつ。

 彼女の遊びに付き合うだけだ。

 

 そうして、リベンジ・デートは吸血鬼捜索編へと移行したのだった。

 しかし、この時は思いもしなかった。

 たどり着いた直江津の地で本物の吸血鬼と対峙するとは。

 

 

 やる気は絶好調をキープしている

 体力が30下がった

 スキルptが25上がった

 奇策士のヒントレベルが3あがった

 太り気味になった

 太り気味が治った

 


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