そうして見えてきたのは、一見顔がいいだけの鈍感男、織斑・一夏。彼のどこにそんな魅力があるのだろうか?
部屋のどこかでため息が聞こえてきた。三度目、とその吐息の持ち主に聞こえないようにしながら、私は小さな勉強机の上に小声を落とした。
机の上に広げられているのは授業で書きこんだノート。その脇には手で持つより脇で挟んだ方が持ちやすそうな分厚さの参考資料。
私の左肩の付け根からピンと伸ばした右手の中指までとちょうど同じ長さの辺を持つ、そんな小さな机はノートと資料が広げられているだけで手いっぱいだ。
部屋の広さを考えればもう少し余裕のあるものも置けるはずだが、残念なことに二人で使うにしても広めのこの部屋の、実に七割近くは私の同室の私物で満たされてしまっている。
件の同室が、私物の一つである天蓋付きのベッドで再びため息をつく。
「四度目だよ、セシリア」
今度は聞こえるように言ってやる。オフィスチェアのような回転式の椅子を回し、身体ごと振り返った。
机と同じくこじんまりとしたベッドの脇に、冗談のような立派な天蓋のついたベッドが鎮座している。まるでマグロ漁船の脇に豪華客船が停泊しているような落差だ。その豪華客船の上で、一人の少女がうつぶせに横たわっていた。
少女の返事は再びのため息。ついでに、ベッドの上で足を折り伸ばししているのか、パタパタと布団を叩くような音もする。
「五度目」
「数えなくても結構です」
ため息交じりの声音で返答があった。今度は私がため息を吐き出す番だ。
「こっちまで気が滅入っちゃうの。宿題してるんだから、少し静かにしててよ」
「あら、まだ終わっていませんでしたの?」
嫌味ではなく、素で驚いたような声だ。
ひょいと上体を起こし、ベッドの上に座り込む、私の相方。彼女の容姿もまた、ベッド相応な豪奢なものだった。染めたものではありえない、天然ものの金糸の髪。ボリュームのある巻き髪が包む顔は色白の小さな卵型で、その割に大きな瞳は蒼海の色。
測ったように顔の中央をすっと抜ける鼻に、そのまま絵画の薔薇の絵の具に転用できそうな赤い唇。
美少女という言葉が辞書から抜け出して顕在化したような少女、セシリア・オルコットが、私の寮生活での相方だった。その容姿も能力も人柄も、ただのイギリス人の留学生というだけでは言い表せない。
容姿が飛びぬけているのは前述の通り。私だって、否、少女という生物は口先では他人の容姿をほめながらも(まあ、全体でみれば私の方が少しだけ上だけれど)と自惚れる生物なのだが、彼女の前ではモネの水連の前で小学校の図画工作の作品を自慢するようなものだと思わされてしまう。
次に勉学。私がかれこれ一時間以上宿題と格闘しているというのに、この少女は既に予習までを終わらして物思いにふけっている。一見ガラス細工のような華奢な身体つきだが、『実技』でも余人のかなうところではない。
そして性格。一言で表すのならば傲岸不遜。常人離れした才能によるものか、自信家で、意図の有無を問わず他者を慮らない言動も度々飛び出す。多少の反感を買おうとも有り余る才で薙ぎ払うだけの能があるだけに、周囲から向けられる視線は尊敬のそれに代わり、セシリアの態度は変わらない。まるで永久機関だ。
そのセシリアが、まるで積み木のようにため息を重ねている。今始まったことではなく、最近、部屋にいる間はずっとだ。ため息に実体があったら、大人二人が寝っ転がれるほどのスペースのあるベッドと言えども埋まってしまうかもしれない。
「宿題はもう少しで終わるよ」
嘘――ではない、ようにしたいところだ。横目で見た時計の針は八時を差している。明日の朝は早いので就寝時刻も早めにすると考えると、タイムリミットは意外と近い。そして、宿題を今日中に終わらせることが出来なければ、実技担当の教師から特大の氷柱のような視線を浴びせられることは必至なのだ。
そんな状況にあっても、セシリアのため息が私の心の隅に引っかかっていた。
「最近、ため息多いよ? セシリア・オルコットともあろうお方がどうしたのよ」
銀幕の女優もびっくりの可愛らしさと美しさを極上のバランスで配合したような少女は、綿飴か何かのようにも見えるもこもことした羽毛布団に背中をあずけ、指先で髪を弄びながら視線をそらした。
「あなたには――関係のないことです」
いつもなら私が「そう」と黙り、そこで終わる会話。だが今日の私は引かなかった。
「言ってみなよ。同室のよしみってやつでさ」
正直な話、セシリアの心にささくれを作るような問題の解決に、平凡な女子高生たる私が力を貸せるとは微塵も思っていない。ただ、その正体が気になっただけだ。
野次馬根性を表に出さないようにしながら少しだけ椅子を近づけると、セシリアは視線を合わせぬまま指先に髪を絡め、どこか遠いところを見る目をした。
そして薄くグロスを塗った柔らかそうな唇が私の名前を呼び――予想だにしていなかった質問を紡いだ。
「わたくしは、その――魅力的なのでしょうか」
「は、い?」
目が点になる、という表現が分からないのならば、今の私を見ればいい。そんな表情をしたに違いない。
『あの』セシリアが。自信と才能に充ち溢れ、誰にも膝をつくことのない、傲岸不遜ともいえる自尊心が服を着て金髪ロールを揺らして歩いているような少女が。
まるで思春期の少女のように薄く頬を染めて、他人にお伺いを立てていらっしゃるのだ。
「なにか不敬なことを考えていらっしゃらない?」
「あ……まあ、その。らしくない質問だったから驚いただけよ」
「わたくしだって、まさかこんなことをお聞きする日が来ようとは思いませんでしたわ」
憤然とセシリアは小鼻を膨らませる。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。ここでへそを曲げられては仕方がないので、私は逆に尋ねた。
「どうして今更そんなことを気にするのよ。セシリアの優秀さは、あんたが一番知ってるんじゃない?」
「当然ですわ。わたくしセシリア・オルコットは名門貴族の当主にしてイギリス代表候補生、優秀であることを義務づけられ、それを満たすだけの器を備えていると断言できますわ」
「……容姿端麗、才色兼備。流石お嬢様はいうことが違うねー」
代表候補生と言うのは、今やその所持数が国家の軍事力に直結するとすらいわれるIS――インフィニット・ストラトス――のパイロットとしての適性を国から認められた者のことだ。私たちの学校、IS学園は世界で唯一の『IS操縦者の育成学校』であり、俗に数百倍とも言われる(海外からの留学希望者を含めればそれくらいになるらしい)倍率を突破してなおその上位に君臨するエリート中のエリート。
そりゃあ私だってセシリアと同室で暮らしているのだから試験は突破しているわけだが、セシリアと比べればその存在なんて他の一山いくらの有象無象と大差ない。
もちろんそれを口で言って認めてやるほど達観してもいないので半目と棒読みで僅かばかりの反抗心を示してみたりする。
だがそんなものはセシリアの数メートル手前に転がり落ちて届かない。
「その程度の賛辞は日常――そう、日常茶飯事、というものです」
「なら一体何が不満なのよ」
「不満、といいますか……その」
もじもじと髪をいじり、白く艶めかしく光る太ももをすり合わせる。同性であっても後ろから抱きしめたくなるのを必死で押さえながら、私は次の言葉を待った。
「代表候補生だの、オルコット家だのといった装飾ではなく。女性としての、魅力というかなんというか」
そのいじらしい動きだけで十二分に魅力的です、とも言えず、ごまかしついでに肩をすくめる。
「まー人格はともかく、見た目でいうなら文句のつけどころなんてないと思うけど」
「しかしそれは、貴方の主観でしょう。たとえ他の方々全員が意見を一致させようと、ただ一人の殿方が首を縦に振らない限り、そのような褒め言葉に意味は無いのですわ」
「殿方?」
オウム返しすると、セシリアは目を見張った。つい口を滑らせた風であり、それこそがため息の原因だろう。思わず私は唇の端を釣り上げた。
「なぁるほど、ねぇ」
「な、なんですの」
「いやいや。セシリアも隅に置けないというか、そういうマトモな感情もあるんだと思ってさ」
「マトモとはなんです、マトモとは。人を異常者のように言わないでくださいましっ」
「まあ、名門貴族のセシリア様も、一肌脱げば年頃の乙女ってことね」
そう思うと、富士山とエベレストくらいあった距離感が物理的なものと大差なくなったように感じるから不思議だ。異性との恋愛なんて、IS発明以降女尊男卑に傾きつつあるこの世界の中でも前世紀と変わらずにそこらじゅうに転がっている。
ただ、このIS学園内においては――少々事情が違うかもしれない。
ISを操縦することが出来るのは女性だけ。理屈や理由はさておき、そういう事実が重力と同じくらい「そうだから」という説明で片付けられるほど簡単に存在している。つまり、生徒は当然として、教師も用務員も出入りの業者でさえ、この学園にいる人間は百パーセント女性なのだ――理論上は。故に、恋愛感情なんていうものはそうそう芽生えるものではない――はずだった。
しかし、何事にも例外がある。ISを「例外的に」動かすことのできる男性がいたら、「例外的に」学園へ通うこともありうるのだ。そして私たちと同学年には、その「例外的な」生徒が一人だけいるのだった。
織斑・一夏。ISを少しでもかじった人間なら知らぬものはいないという伝説的IS操縦者、織斑・千冬の弟にして、唯一のIS学園の男子生徒。
ここ最近は寮と学園を行き来するだけの生活を送っていたセシリアが接する機会のあった異性など、彼以外にありえない。
それに、ただでさえ男なのにISを操縦できる『特別』に加えて、世界中にファンがいるという織斑・千冬の弟だけに顔の造作も悪くない。そりゃあ女の子としては気になるし、私だって気になってはいる。私の場合は隣の2組なので接点もないしと始めから半ば諦め気味だが、セシリアは一夏と同じクラスなのだし、彼に興味を持ってもおかしくはない。
「で? つまりセシリアは、織斑クンが自分をどう思ってるかが気になるわけだ?」
「い、一夏さんの名前など出しておりませんわよっ!?」
静電気を食らった猫のようにピンと背筋を伸ばす、その慌てぶりが何よりの証拠だ。私の中のセシリア・オルコット像が秒刻みで変更されていくが、自尊心の塊のようなお嬢様よりも、恋する乙女の方が親しみやすい。
「別にわたくし、一夏さんからどう見られていようと気になどしませんわ。ただ、オルコット家の当主としての仕事で他の男性にお会いすることもあるのですから、男性からの評価も少々は気にしておいた方が良いと思った次第であり、この学園に男性は一人しかいないのですから必然的に――」
「結論としては変わらないでしょ? うーん、まぁ、だとしても私に出来ることなんて……」
面白そうなネタだが、正直な話、2組の私に織斑一夏との接点なんてないし、1組の女子とも別に仲がいいわけじゃない。せいぜい他の友人を介してちょっとした情報収集を行うとか、ちょくちょく1組に顔を出したり合同授業の時に観察して織斑一夏と仲の良い女子を探してみたりする程度だ。
私がそれを告げると、セシリアは肩を落とすでもなく、無能と罵るでもなく――頭を下げてきた。
「それだけでもよろしいですわ。お願いいたします」
今日だけで私は何度驚きに目を丸くすればよいのだろう。あのセシリアが、軽くとはいえ私に頭を下げてきたのだ。もしかすると頷いたのを過大に解釈した気もするけれど、セシリアに頼られるだけでも驚天動地だ。
なにせセシリアときたら、私に断ることもなく勝手に部屋のほとんどを埋める私物を持ち込んで、壁紙まで自分好みのものに――まあ、センスの良さは認めよう――張り替え、入学から二カ月たったいままで簡単な連絡や軽い雑談くらいでしか言葉を交わしていなかったのだ。
そんな私すら頼りにするあたり、セシリアもだいぶ気を揉んでいるのだろう。となると、セシリアをそこまで追い込む織斑一夏という男子生徒のことも興味以上の対象となってくる。
「とりあえず、期待せずに待っててよ。藁程度には役に立つから」
「溺れる者はなんとやら、ですわね。英語では『危険が過ぎると神は忘れられる』、というところです」
伏せられた眉毛は長く、イギリス人のくせに日英の諺にも精通していて、私が頼りにならないということを否定してくれない。そのあたりは、やはりセシリア・オルコットだった。
「凰さんがよく1組に顔出してるよ」
翌日。宿題と部活の朝連に挟まれたせいで寝不足気味の眼を擦りながら教室に入った私は、適当なクラスメイトを捕まえて1組に顔の利きそうな生徒がいないかを尋ねた。
尋ねられたクラスメイトはあっさりとそう言ったが、私は目を瞬かせた。
「凰さん? ウチのクラス代表で、中国代表候補生の?」
「そ。なんか、織斑君と幼馴染だかなんだかで、休み時間に1組に顔出したり、昼休みに一緒にお弁当食べたりしてるみたい。っていうか今朝も1組に乗りこんでるはずだけど」
言われて見回してみると、凰さんの机の上に鞄はあるが、それをほっぽり出して本人は影も形もない。
「なんで1組に?」
確信に近い予想を立てつつも訊くと、クラスメイトは楽しそうに笑った。
「そりゃ勿論、織斑君狙いでしょ。凰さん、『一夏のことなんてどうでもいいんだから』とか口では言うけど、あれは絶対恋する乙女だね」
途中で凰さんのモノマネを挟みながら、揶揄する口調でクラスメイトが目を弓にする。私は釣られたふりをして愛想笑いを浮かべ、礼をして自分の机に鞄を置いた。ついでにその上に頭を乗っけて突っ伏す。
凰さんが織斑一夏の幼馴染だったというのは初耳だ。凰さんはいわゆる委員長のようなポジションである「クラス代表」を務めているだけに、たまに話をしたりするが、それほどお互いを深く知っているわけでもない。そんな彼女に織斑一夏のことを訊こうとしても不審がられるだけだろう。
その上に彼女が織斑一夏に友人としての好意以上のものを持っているとしたら、それはセシリアのライバルということだ。凰さんがセシリアの織斑一夏への好意について知っているかは不明だが、下手を打てば藪蛇、セシリアの助けどころか妨害にすらなりかねない。
「安請け合いのツケは高いわね……」
鞄に顔をうずめながらくぐもった声を出すと、鈴を転がすような声が頭上から降ってきた。
「どうしたの? また同室の誰だったかと喧嘩でもした?」
「セシリアには関係あるけど喧嘩なんてしたことないわよ」
気だるげに顔を上げると、私の前の席を引いた金髪の生徒が、背もたれを前にして座りこむ。鞄に顎を乗せたままの私と、背もたれに顎を乗せた彼女と視線があった。セシリアよりやや淡い色の碧眼だ。
「代表候補生が同室って疲れるよねぇ。どうしても劣等感とか出てくるし」
したり顔で頷く少女の名は、ティナ・ハルミトン。どこだったかは忘れたが英語圏からの留学生だったはずだ。そして凰さんこと、凰・鈴音の同室でもある。
互いに代表候補生が同室で席も前後という関係からか、私と仲の良い生徒の一人だ。
「あんた、そういうの気にするタイプだっけ?」
「いやまあ全然。鈴音はなんていうか、あからさまにエリートってタイプじゃないしね。オルコットさんと同室だと、私でも骨が折れそうかなぁ」
「もう複雑骨折よ。才色兼備のお嬢様とベッド並べて高いびき出来るほど太い神経はしてないし」
つまらない冗句に、ティナは小さな笑みをこぼした。同室になったその日から気付いてきたセシリアのイメージは現在大幅改築中だが、それを悟られはしなかったはずだ。
「お疲れ様。飴ちゃん食べる?」
ポケットから紙に包まれた飴をとりだす。間食が過ぎるのが、この友人の数少ない悪癖だ。太るだの何だのという口でチップスだのチョコレートだのを口にしている。それでいて目だった太り方もせずニキビ一つできないのだから羨ましい。引きずられないように、と心に刻みながらも飴は受け取ってしまった。それを口の中で転がしながら、私はどうやって話を切り出すかを思案する。
同室の彼女なら、凰さんのことは詳しいはず。だったら彼女と織斑一夏がどれほど親しいのかもある程度知っているはずだ。そういう情報だって、もしかするとセシリアの助けにはなるかもしれない。
適当な雑談から話の矛先をそらしていこう、と話題を探していた私の頭に、
「そーいえば、1組と仲いい子を探してるって? 織斑君狙い?」
笑顔を変えぬまま、ティナが150キロくらいのストレートをぶん投げてきた。思わず噴き出しかけ、鞄に顔を叩きつけた私を見て、ティナの笑みが深くなる。
「お、図星って顔。そんなに気にしてなかったように見えたけど、いきなりどうしたのよ」
「別に、織斑クンに気があるわけじゃないんだけど――」
私はね、と心の中で付けくわえつつ。
「学園唯一の男だし、狙ってる女子も多いんじゃないかなーって思ってさ。そっちの方が気になったのよ。ほら、凰さんだって」
「そうそう、鈴音なんて筆頭格よ。本人は隠してるつもりなのかもしれないけど、むしろ下手にリアクション取るからバレバレなんだよね」
ティナの眼が食堂に新しいスィーツが入った時と同じくらい輝いている。
「『もしも多く作りすぎちゃったら一夏にわける』とか言いながら量はきっちり二人分で計るし、合同授業のある日はさりげなくリボン変えてるし、部活ない日は訓練だのなんだのって言って織斑君と一緒にいようとするし」
「よく見てるわねー……」
凰さんの健気な努力より、ティナの観察力の方に驚かされた。指を折って記憶を追いながら話すティナの顔は、教室に入った時に話をしたクラスメイトとまったく同じ表情をしている。
「私としては、織斑君自身よりも鈴音の恋が成就するかが興味あるかな。恋する女の子って可愛いし、応援したくならない?」
「ならない、とは言わないけど」
「ふぅん?」
ティナが興味深げに私の顔を覗き込んできた。確かに最近のセシリアの変化は劇的かつ魅力的で、同室だというのに普段関わりのなかった私ですらつい力を貸してしまったほどだ。だけど、それを露わにするのはもったない気がした。ため息をつきながらバタ足のようにベッドの上を足で叩きながら物思いにふけるセシリアの姿は、自分だけの秘密にしたい。
「気になるでしょ、実際。自分の恋愛より、他人の恋愛の方が面白いのよ。恋に恋するってやつ」
したり顔で指を振ったティナが、ノートとペンをとりだす。中央に『オリムラ』と書き、丸で囲む。
「えっと――織斑君の周りにいる女の子は……」
『凰・鈴音』『セシリア・オルコット』『篠ノ之・箒』『シャルロット・デュノア』『ラウラ・ボーデヴィッヒ』。計五人の名前が『オリムラ』の周りに配置されていく。
「多いわね」
「敵が多ければ多いほど燃えるでしょ」
「嫉妬の炎なんじゃない? ええと――凰さんとセシリアは当然として、他の三人も噂は聞いたことあるわね。デュノアさんとボーデヴィッヒさんはフランスとドイツの代表候補生よね。篠ノ之さんは――言わずもがな、か」
ISの生みの親と同じ名字だ。そうそうある名字ではないだろうし、間違いなく血縁者だろう。しかし、こうして見ると多い。学園全体でみればたかが五人だが、その誰もが一筋縄ではいかない肩書き持ちだ。
「まるで競馬ね。サラブレット集めて、だれが織斑一夏っていうゴールにたどり着けるかっていう」
「じゃあ私は鈴音の一点買いね」
「オッズは?」
「鼻の差程度の団子状態。そんなに気になるなら、自分の目で見てみれば?」
「見てみるって――1組に乗り込めってこと?」
腰が引ける私を安堵させるようにティナは悪戯を思いついた子供のような顔をした。
「で……どーしてこうなるのよ」
昼休み。私とティナは、弁当箱を脇に置き、屋上のさらに上の給水塔の裏にいた。私の腰くらいの高さの段差があり、その上に円筒形の給水塔が鎮座しているのだ。
学園で一番高い場所が屋上だから、眺めはいい。だが、流石に掃除の手も回らないのか、コンクリートの床には薄く土埃がつもり、太陽の光も遮られて薄暗い。どう考えても楽しくお弁当、などという明るい雰囲気の場所じゃない。
半目でにらむ私に、昼食前だというのにチョコレートの包みを開いてかじりだしたティナは、それをごくんと飲み込んでから私の背後を指さした。釣られて振り返ると、羨ましくなるような陽の光に温められた屋上が広がっている。
「あっちで食べようっていうわけ?」
「違うって。今日は鈴音が多めにお弁当を作ってたから、多分織斑君と一緒に食べる約束をしてるの。どうせ抜け駆けしようとするだろうから、場所は人目につきにくい屋上を選ぶはず」
「……それで、こんなところで張ってるわけね」
私の台詞の端に、高い少女の怒声がかぶさった。思わず身を縮めて給水塔に背中を預けるが、どうやら出所は下の階のようだ。
『なんでアンタ達がいるのよ! 私が! 昨日! 一夏と! 約束したんだけど!』
『奇遇ですわね。わたくしも一夏さんとは二日前にお約束していましたのよ。今日、この日、この昼休みに』
『待て、最初に約束をしたのは私のはずだ。なにせ三日も前に約束したのだから』
『なら僕の方が先だよ、箒。僕が一夏と約束したのは四日前だもん』
『何を言っている。今日、しかも一夏の方から誘われた私こそ、一夏と共に昼食を食べる義務がある。変化する戦況に対して最新の情報で対応しなければならないからな』
『誘われたぁ!?』
なんというか、女三人集まれば姦しい、五人も揃えば言わずもがな、と言ったところか。声が近づいてくる。どうやら、少女たちが誰か一人を責め立てているようだ。少女達の声に押しつぶされつつも弁解を試みる男声が混ざっている。
「どういう状況?」
「うーん、多分だけど、デュノアさんが最初に昼食を食べる約束をして、順次他の女の子にも誘われたのを全部受けたんじゃない」
「なんでそんな修羅場を自分から作るようなマネしてんのよ」
「織斑君ってレッドデータブックに載るレベルで鈍感だから。たぶん彼、『せっかくだからみんなで昼食を食べよう』くらいにしか思ってないんじゃない? それで残ってたラウラさんも自分から誘ったんでしょ」
最後の声が、ラウラ・ボーデヴィッヒのものらしい。複数の声が混ざり合った喧騒も、少しずつ聞き分けられるようになってきた。途切れ途切れの内容を分析するに、どうやらティナの予想でおおむね正解のようだ。
『別に誰も二人きりで、なんて言わなかっただろ? それに二人きりで屋上でメシ喰うなんてさびしいじゃないか』
女心のまるでわかっていないそんな弁解と共に、屋上のドアが開かれた。現れるのは、IS学園の制服に身を包んだ男子生徒、織斑一夏。なだめるように両手を胸の前で開きながら、後ろ歩きで屋上の真ん中あたりまで進む。さらにぞろぞろと弁当箱を抱えた少女たちがドアの奥からついてきて、まるで『織斑様屋上見学ツアー御一行』だ。
それぞれ適当なところに腰を落ち着け、歪な六角形が形成された。一夏以外の全員が全員に対して牽制と威圧の視線をかわし、奪われんとするように両手で弁当箱を押さえつけている。昼食というより、試合開始のホイッスルを待つラグビー選手のような一瞬触発の雰囲気だ。
「っていうか、セシリア、料理できたんだ」
編み籠のようなバスケットを見るに、サンドウィッチか何かだろう。作るのが難しいものではないが、きちんとマーガリンなどを挟み込まないとパンが水分を吸ってしまうので予備知識なしだとぐちゃぐちゃになってしまうこともある。
「鈴音は上手いよ。中華は得意だし、それ以外も家庭料理レベルならそこそこ作れるはず。デュノアさんは料理部所属だし」
「あとの二人は?」
「篠ノ之さんとボーデヴィッヒさんは良く知らないなぁ」
美味しそうな匂いが横から鼻をついた。見れば、ティナはすでに弁当の封を解いて割り箸を取り出している。いつもは食堂かパンだった気がするが、今日は手料理のようだ。
「いいでしょ。鈴音がついでに作ってくれたの。二人分も三人分も変わらないしって。『三人目は誰?』って訊いたら必死でごまかして、その鈴音がまた可愛くてさぁ」
中身はご飯と赤茶系のタレのかかった肉や野菜といったオカズで構成された中華風弁当だ。見た目だけで分かる。あれは美味しい。間違いない。
同室との仲のよさも含めて羨ましげにため息をつきながら、私も自分の弁当を取り出した。特筆事項はなし、多分。オーソドックスな中身をオーソドックスに詰め込んだオーソドックスな弁当。強いて言うならだし巻き卵は色々と工夫して、スーパーの総菜程度よりは美味しいはず。ふわりと焼きあがらせた上に、醤油と鰹出汁で和風の味付けをしてみたものだ。
「あ、その卵焼き美味しそう。肉一切れあげるから、一個ちょうだい」
「野菜も付けてくれない?」
互いの弁当箱の端にオカズを入れて、交換成立。豚肉は食べやすいように一口サイズ。甘辛いタレは生姜とニンニクが味に複雑さを持たせている。柔らかい肉と野菜の絶妙な食感。期待通り、ひときれでご飯一杯を平らげられそうな美味しさだ。私のような日曜惣菜屋とは格の違う、こうすれば美味しくなるということを身体が覚えている人間のつくった料理だ。
正直に言って自分の卵焼きが恥ずかしくなるような出来だが、ティナは笑顔で「美味しいよ?」と言ってくれて、そのまま凰さん謹製の弁当を平らげていく。女の子らしい小さめの弁当箱なので量はそれほどでもないだろうが、休み時間ごとに口を動かしているようなイメージすらあるのによく入るものだ。
そういえば、と振り返ると、屋上の方でも昼食会が開かれている。凰さんはティナと同じ中華風、セシリアはやはりサンドウィッチ。篠ノ之さんとデュノアさん、ボーデヴィッヒさんは料理本をみて作ったような惣菜の詰め合わせだが、色合いやバランスは考えられているのか中々美味しそうだ。というか、ボーデヴィッヒさんの弁当はデュノアさんのそれにオカズの選択が似ている気がする。
織斑一夏も気づいたのかそれを指摘する。
「シャルとラウラの弁当、どっちかがつくったのか?」
「ラウラはレパートリーがまだ少ないから、僕のお弁当を参考にしたんだよ」
「そういうことだ。だが、いくつかはオリジナルだぞ」
威張るようなことかと思うが、ボーデヴィッヒさんは、ふふん、と鼻を鳴らす。目を細めて二人の弁当箱を見比べれば、ボーデヴィッヒさんの弁当の方には肉系のオカズが増やされているようだ。その分色合いは崩れてしまっているが。どうせなら肉系統は別にして、それ以外をそろえればよかったのに。
違う。私は直感的に理解した。それはまさしく女の勘という奴で、無害そうなデュノアさんの笑顔を見た瞬間にひらめいたものだ。
「そっか。やっぱり、まだシャルの方が料理は上手そうだな」
「そんなことないよ。ラウラの方が包丁さばきとかは全然凄いし」
織斑一夏の発言に、はは、と笑う顔の裏で、別の計算がある。ボーデヴィッヒさんの弁当の色合いが崩れることで、自分の弁当をより際立たせようという腹だ。
だがしかし、ティナの言った通り、織斑一夏の鈍感さはそれに勘づくことはない。そもそも、こういう目論見は女の子同士の方が圧倒的に見抜きやすいのだ。心なしか、デュノアさんの笑顔に深みが増した気がした。だが、次の瞬間に笑みの仮面が凍りつく。
「でも、ラウラの弁当は肉が多めでいいな。やっぱり体力とかつけなくちゃならんし」
「そうだろう、軍人として必要なのは体力だからな」
策士、策におぼれる。男の子の判断基準は、見た目よりも中身だったようだ。だったら、と言わんばかりに凰さんが弁当を手に詰め寄った。
「ほら一夏、こっちにも肉ならあるわよ!」
あの輝くような豚肉を端の先でつまんでにじり寄る。さらにそれを押しやるように、両脇からセシリアと篠ノ之さんが、それぞれの弁当箱を持って押し掛ける。
「わたくしのクラブハウスサンドにもお肉はございましてよ!」
「ミートボールというものを作ってみたんだが、味見してみろ」
やいのやいのと。表面上はいがみ合ってるくせに、随分と楽しそうだ。私にとっては特別に高尚な存在に見えたセシリアも、同じ代表候補生に囲まれてはただの乙女に過ぎないのだろうか。
そう思うと、いたたまれない気持ちになり、私は給水塔の陰に顔を隠した。
少しばかり親しくなったと浮かれていた部分は、確かにあった。だからその分、遠巻きに団欒を見ていると、そこに混ざれないことが少しばかり、悔しい。
そしてそこに混ざっている織斑一夏には怒りすら抱いた。代表候補生でも開発者の身内でもなく、男でISを動かせるからという理由だけでここにいて、セシリアから好意を向けられて、手料理までふるまわれて。
もしも私が男だったら、あの中に居ることが出来ただろうか。織斑一夏とは、男のくせに、男であるというだけで、セシリアに気にかけられるほどの存在なのだろうか。もっとなにか別の魅力があるとは――私には思えなかった。乙女心一つ分からない鈍感さ、代表候補生にも選ばれない程度の操縦技術。多少顔は良くても、それが絶対条件として十分だとは思えない。
「どしたの? 口に合わなかった?」
ティナが、心配そうに声を掛けてくる。私は、別に、とそっけなく返す。そのまま弁当をがっついた。味なんかは分からない。親の敵のように、食材を噛んで、のみ込む。その動作の繰り返しで、小さな弁当箱はあっという間に空になる。
「ティナ」
「なに?」
織斑一夏について、私が知っていることは、セシリアよりも少ない。だから、私の知らない魅力が彼にはあるのかもしれない。今は、情報が必要だった。
「織斑クンについての情報、集められないかな。成績とか戦績とか評判とか、どんなのでもいいから」
「別にいいけど――急に、どうしたのよ」
その質問には答えず、小さく呟いていた。
「私って――そんなに、魅力ない、かな」
「はい?」
織斑一夏。男性。IS学園一年生。姉は世界的なIS操縦者、織斑・千冬。
入学時の成績は不明。入学当初の成績は最低、現在は多少持ち直しているもののやはり低調。
IS操縦者としての実力も不明。クラス代表として臨んだ大会は全て中断。4月にセシリア・オルコットとの模擬試合を行い敗北。専用ISは『白式』、近距離兵装・雪片弐型のみを装備した格闘特化機体。
人格評価は様々だが、総じて『鈍感』。
学園のデータベースやティナの集めてきた生徒たちの声を総合して現れた織斑一夏はこんなところだった。
正直、男であるという特性を抜きにすれば、平凡とまでは言わなくとも織斑一夏自身の魅力というのは少ないように見える。一応クラス代表を務めているようだが、それを決するセシリアとの模擬試合では敗北していて、何故かセシリアが辞退したためにクラス代表になった形だ。
あのセシリアが引いた理由も分からなかった。勝ちながらも、自分よりもクラス代表を務めるのにふさわしいと認めたのだろうか。ならば一体何を根拠にそう思ったのだろうか。
ノートに書かれた文字列とにらめっこしていても、何も分からない。それどころか、罫線の間に女の子に挟まれた優柔不断な男の顔が浮かんでくるばかりだ。女の子の中には、セシリアの顔もある。
みしり、と椅子を軋ませながら、勢いよく背中を押しつけて力を抜いた。
「いったい、織斑一夏なんかのどこがいいのよ――」
「あら?」
間の悪い、というのはこのことだろう。私がそう言ったのと同時に部屋の扉が開き、セシリアの脇を私の声が突き抜けていった。部活にでも行っていたのか、髪はシャワー後のわずかにしっとりとした濡れ具合で、手には鞄以外にも荷物を下げている。見覚えのあるバスケットもその一つだ。
「一夏さんがどうかしまして?」
「別に……セシリアには関係ない」
昨日とは立場が正反対の受け答えだ。
「そういえば、昨日は一夏さんについて調べると仰っていましたが、その結果は?」
荷物を置き、ひょいとノートを覗き込もうとするので、私はあわててノートを閉じて机の引き出しに叩き込む。
「今日は合同授業もなかったし、あんまり、ね」
「そうですか……」
ふう、と肩の力を抜くセシリア。私は――思い切って訊くことにした。
「一体、織斑一夏のどこがいいのよ」
「え?」
「外見はともかく、勉強も実技も駄目、おまけにただの朴念仁。ただでさえ男の地位なんて下がってる今、わざわざ彼を選ぶ理由ってなんなのかしら、って思っただけ」
「それは――」
セシリアは、言葉に詰まった。私は言葉を止めない。台本を丸暗記した役者のごとく、立て続けに言葉が流れ出す。
「男のくせにISの操縦が出来る、それは唯一無二の特質よ。でも、それは彼が努力して得たものじゃないでしょ。そんなつまらないことで相手を選ぶのは、セシリアらしくないんじゃない? ねえ、セシリア。今のあなたはセシリア・オルコットじゃないわ。あの気高く高尚なオルコット家の当主じゃなくて、ただの恋する乙女セシリア。恋に目がくらんでいるのよ。もう一度見直して。目を覚まして」
気付くと、私は椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、セシリアに詰め寄っていた。胸に手を当て、相手の目を視線で絡め、必死に言葉を紡いでいた。
しかし、それでも、セシリアはなにも言わなかった。目じりが熱くなるのをぐっとこらえて、私は返答を待つ。
先に口を開いたのは、セシリアだった。
「私の瞳は曇ってなどいませんわ」
彼女は断言した。
「私はいつも、見るべきものを見ています。一夏さんについても、それは同じ」
「何を見てるっていうのよ!」
叫びに似た声を上げた私の唇に、やんわりと指を当てて制し。
「あなたの見ていない一夏さんを、です」
「私の――見て、いない?」
そう、と彼女は頷いた。
「わたくしだって、初対面で一夏さんに好印象を持ったわけではありません。『あの人』と同じ……情けない、有象無象の男性の一人と思っていましたわ」
『あの人』が誰かは分からないが、そう言うセシリアの目は私ではない過去を見ているようだった。
「しかし、わたくしは見たのです。一夏さんとの模擬戦で、彼の中にある『それ』を」
「『それ』?」
「わたくしの求めていた理想の男性。その片鱗ですわ。人は、追い詰められてこそ本性をさらけ出します。わたくしとの戦いの最後の最後で、彼は秘めたる力、宝石の原石の輝きをわたくしに見せ――わたくしは魅せられたのです」
こんなにも何かについて熱心に語るセシリアを見るのは、初めてだった。それこそ目をサファイアのように輝かせ、身を焦がす胸の奥の熱に浮かされるように言葉を吐き出すその姿は、私の知っているセシリアのそれではない。
そこで、私は確信した。セシリアは変わったのだと。引き返すことはできないのだと。
「……そう。納得はしていないけれど、
そう言うしか、無かった。もはや、というよりも元々、私程度にセシリアを変える力はなく、織斑一夏にはそれがあったのだ。納得せずとも、そのことを結果として見せつけられた。私は必死の作り笑いを浮かべる。
「頑張ってね。応援してるから」
「はい。もとより、全力で参らせていただいておりますわ」
頬を染めて笑みを見せるセシリアを、私は始めて見た。あの男には、何度その表情を見せたのだろう。そしてそれを見てもなお、あの男はセシリアの気持ちに気づかないのだろうか。
織斑一夏の朝は意外と早い。目覚ましは六時半にセットしてあるが、大抵はその前に目覚めて目覚ましのアラームを先に止めるのが日課のようなものだ。
そして一人で使うには広すぎる部屋を見回して一抹の寂しさを得つつも、ではそこに誰がいれば嬉しいかを考えてちょっとした頭痛に悩まされたりもする。その後は頭を切り替えて軽い準備運動とランニング、七時の朝食を食堂で済まし、偶然時間帯が合うのか大抵一緒に食事をする他の寮生たちと共に登校だ。
そこまでは、いつもの流れ。だが、今日に限っては、その先が少しだけ違っていた。
(なんだ、これ?)
下駄箱に、自分の靴以外の先客がいた。なにか平べったい――手紙のようだ。学校からの書類だとしたら、こんなところに入っているわけはない。どうせ誰かのいたずらだろうが、たった一人の男子生徒だ、もしかしたら極秘裏に伝える事項か何かがあるのかもしれない。だとしたら、下駄箱というのは目立たず、かつ本人には絶対に届く場所だ。
(んなわけねーだろ……)
ばかばかしいと思いながらも、一夏は指の先で器用に制服の袖に手紙を通し、隠した。そのまま平然と上履きをとり、履き替える。そうすると、ひと足早く靴を履き換えた少女たちを振り返った。
「あーわるい、ちょっと腹の調子が悪くてさ。先行っててくれ」
「大丈夫、一夏?」
眉を下げて心配そうな顔をしてくれるシャルロットに、平気だと軽く笑って見せ、背中を見せた。向かうのは一階に一つしかない、来客用の男子トイレだ。学校中女性だらけでいたたまれない中、唯一一夏の心が安らぐプライベートな空間である。そう思うと、我ながらに情けない。
苦笑しながらも、袖から封筒を取り出した。無理やり詰め込まれたので多少草臥れてはいるが、ごく普通の茶封筒だ。差し出し人や封印の類は無く、のりづけもされていない。
「誰からだ? 学校からなら校章くらいは付いてそうなもんだけど」
まさかカミソリでも入ってないだろうかと照明に透かして見るが、どうやら折った紙が一枚入っているだけのようだ。それを引き出した一夏は――カミソリが入っていても同じ表情をしただろう、という驚きを顔にあらわした。
「『果たし状』だって?」
初っ端に大きく書かれた墨字フォントの文字を見て、あわてて文面に目を通す。
放課後、第二アリーナの練習場に一人で来てください。貴方が彼女にふさわしいか、見極めさせていただきます。
多少の修飾語を除けば、大体そんな文意だ。果たし状と格式ばったタイトルの割に文章は丁寧で、きちんと日付まで入れてある。ただし、差出人の名前は書いていない。誰かの悪戯だとしても、意図が不明だ。
「普通こういうのはラブレターの形式で、呼び出されてうかうかと出て行ったらドッキリでした~っていうオチだよな」
中学時代に悪友と行った悪戯を振り返り、一夏は懐かしさに笑みをこぼす。
「今は周りが女子ばっかだからなー……。悪戯だとしたらタチが悪いぞ。それに、俺、果たし状を送りつけられるようなことした覚えはないぞ」
そもそも、そんな時代劇にでも出てきそうな単語を使いそうな奴は一人しか浮かばない。一人の女子の顔を浮かべながら、さらに一夏は首をひねる。
「でも箒だったら直接言ってきそうなもんだけどな。アイツ、わざわざ昼飯食べるのも三日前から約束してきたり辺に律儀なところあるし」
おかげで皆で食事をする日を決めるのも楽でいい、と本人が知ったら木刀で脳天を叩かれそうなことを思いながら、一夏は息を吐いて蓋を閉めたまま腰かけていた便器から腰を上げる。
「とりあえず、行ってみるか。そうすれば最悪でも、誰の悪戯は分かるだろ」
まさか、本当に来るなんて。
第二アリーナの中央に立った私からは、入口から織斑一夏がのっそりと顔を出したのがはっきりと視認出来た。向こうも私に気付いたのか、一直線にこちらへ来る。
セシリアの認めた男だ、逃げ出すような腰ぬけじゃないだろう。それに安心しながら、私は眉を立てて彼を見る。流石に背は高い。少しだけ顎を上げて見上げる形になる。
「お前か? これの差出人は。手紙には宛名だけじゃなくて名前も書きましょうって習わなかったか?」
「名前書いたところで、私のことなんて知らないでしょ?」
自分で言ってても情けないセリフだ。織斑一夏は指先で頬を掻いた。
「あー、すまんがそうだな。差出人不明の挑戦状なんて燃えるシチュエーションだけどさ」
「私の名前なんて、どうでもいいわ。ここに来たっていうことは、どこの誰とも知らない相手からの挑戦を受けるっていうことでしょう?」
「一体何で勝負するんだ? オセロとかなら得意だぞ」
真面目に言ってるんだか、ギャグのセンスが壊滅的なのか。若干脱力しながら呆れ交じりのため息をつく。
「そんなことのためにアリーナに呼び出すわけないじゃない。ISで、私と模擬戦をしなさい。ここを借りてられる時間は長くないから、一本勝負よ」
「ISで?」
目を瞬かせやがった。この男、さっきのはギャグでも何でもなかったのか。本当に、こんな男のどこがいいのかは理解できない。半目を通り越したジト目で睨む私だが、織斑一夏はそんなことは気にせずに笑って快諾する。
「いいぜ。どうせいつも、この時間は誰かと訓練してるからな。たまには他のやつと一緒にするのもいい」
その『誰か』の一人にセシリアがいるのは明々白々。それを思うと、握った拳にも力が入り、ビシと指先を突きつけた。
「よく言ったわ、織斑一夏。スタートは五分後、カタパルトから同時に。それでいいわね」
知らない奴と戦うのは久しぶりだな、と一夏は薄く汗を掻いた手のひらを開閉した。全身を装甲のように覆う『白式』の怪鳥のかぎ爪じみた手が、動作に反応して同じように動く。射撃や格闘訓練、軽い模擬戦は毎日のようにクラスメイトや幼馴染と行っているが、相手がどんな機体を使うかもわからない、まさしく『試合』という形式をとる戦いは久しぶりだ。
そういえば、手紙のことも訊けなかった。一体俺が、誰にふさわしいっていうんだ?
ラウラ・ボーデヴィッヒには『千冬の弟とは認めない』などと言われたことはあるが、今回もその類なんだろうか。あれはラウラの勘違いのようなものだったらしく、いつの間にか普通のクラスメイトと同じように接するようになっていたが。
とすると、『彼女』とは千冬のことなのだろうか。熱烈なファンも多い姉のことを思い、一夏は心の中で頷いた。
「そう言えば、初めのころは千冬姉の弟だからか、やたら騒がれたな……」
いまでも事あるごとに女子の姦しさに巻き込まれるが、そうそう慣れるものではない。今もこうやって身に覚えのない挑戦状をたたきつけられるし、IS学園に入ってしまってからは苦難続きだ。幼馴染ズと再会したり、『友人』も何人か出来たりと良いこともあったが。
と、頭上でアラームが鳴った。試合開始十秒前を知らせる音で、同時にモニターにカウントダウンが表示される。『白式』の脚部がカタパルトに接地しているのを確認して、一夏は軽く腰をかがめた体勢をとる。
「四、三、二――」
カウントダウンを頭の中で復唱し、それが零になった瞬間。
「いくぞ!」
内臓がその場に置いていかれそうな負荷が一瞬かかり、一夏の身は勢いよくアリーナに飛び出していった。春から夏へ変わる時期の明るい空が、透明な防壁越しに透けて見えている。その日の光を浴びながら、二機のISが同時に向かい合って着地する。
「それが『白式』……合同授業で何回か見たけど、相変わらずシンプルな外見ね」
「そっちのは『打鉄』か。訓練用機体でいいのか?」
「あんた達みたいなスペシャル様とは違うのよ。それに、第二世代が第三世代の完全下位互換っていうわけじゃないわ。操作性や汎用性は操縦者の能力を十全に引き出してくれるし、足りない部分を補ってもくれる」
そう言いながら名も知らぬ少女が乗った『打鉄』は両手で銃身の短い短機銃を構える。いつだったか箒が使った時の『打鉄』は刀一本で切りかかってきたものだが、さすが訓練機、射撃兵装もきちんと扱えるらしい。
対抗して、一夏も『白式』の主兵装を右手に転移させる。大きな掌が握るのは、『白式』専用の長刀、『雪片』だ。セラミックのような硬く光沢のある素材で構成された長刀は、現代アートのような機能美を感じさせる。
「手加減無用。貴方がどれほどの男か――見極めさせてもらう!」
言葉と同時、少女は一夏の背後に回り込むように半円を描くスライド移動を行いつつ、短機銃の引き金を引く。反射的に、一夏も動く。少女の対面を維持しようと、こちらも半円の軌道をとる。ISの腕力で固定された短機銃の重心はぶれることはないはずだが、少女は意図的に弾道を逸らして弾をばら撒いてくる。一夏は『雪片』を握る手に力を込めながら舌打ちした。
『白式』は実質的に近距離専用機体だ。一応射撃兵装をマニュアルで扱うことはできるが、動いている相手を、こちらも動きながら命中させるというのは今の一夏には不可能だった。故にどうにかして近づかなければならないが、少女は二次元的な前後左右への巧みな動きで『白式』との距離を一定に保つように戦っているために、それも果たせない。
「このままじゃ千日手だ……!」
『雪片』の刃を盾にして動き回るが、相手の射撃はときおり機体を掠め、『白式』のシールド・エネルギーを削り取っていく。搭乗者への物理的ダメージを遮断するシールド・エネルギーが切れたら敗北なのが、ISの試合のルールだ。防戦一方では、敗北は必至。
相手の弾切れなどという悠長なことを狙ってはいられない。どうする、と一夏はあたりに視線を巡らす。その頬の横を音と共に飛来した弾丸が通り過ぎていく。
イケる。
私は心の底で舌なめずりをした。現実でしている余裕なんてない。入学から二カ月、どうにか基本的な操縦技術を覚えたばかりの私は、移動しながらの射撃で手いっぱいだ。とにかく短機銃の有効射程ぎりぎりのところまで距離を離し、相手を近づけさせない。近距離格闘型に対するセオリーを貫けば、自然と勝利は近づいてくるはずだ。
現に、織斑一夏の駆る『白式』は未だに私との距離を詰め切れていない。遮蔽物がなくただっぴろいアリーナの地形なら、私の未熟な技術でも機体を思い通りに動かすことくらいはできる。
イケる、と再び思った、その刹那。
『白式』が、視界から消える。ISのセンサーで強化・拡大された知覚に機影は無い。前後左右ではない、ならば。
とっさの判断で、私は一気に機体を後退させる。黒い影が覆いかぶさるように降ってきた。それの振るう長刀が、直前まで私の居た空間を切り裂く。
瞬間的な加速で一気に上昇した『白式』が、頭上から斬りかかってきたのだ。足を止めて見上げていれば、一撃を受けたうえで距離を詰められていた。だが、読み勝ったのはこちらだ。盾ともなる『雪片』を振り下ろした『白式』に、容赦なく銃弾の雨を叩き込んだ。攻撃が失敗したと見るや相手も姿勢を立て直すが、数発は直撃した。単発での威力に欠ける銃弾でも、それなりにシールド・エネルギーは持って行けたはずだ。
私相手でもこのありさまでは。遠距離戦のエキスパート相手なら手も足も出ないだろう。たとえば、セシリアのような。
実際、セシリアは一夏に勝利している。だというのに、彼女は自らの敗北を認めたのだ。そうさせるものが、まだ私には見えない。
「いったい、どういうことよ!」
弾丸を超え、私の叫びが突き抜ける。
「この程度の相手に、なんで、セシリアは……!」
「セシリア?」
一夏が怪訝な顔をした。それが、あぁ、と納得の顔に代わる。
「そういえば、アイツと戦った時もこんな感じで苦戦したな」
『雪片』を正眼に構え、息を吸い、吐く。
「思い出したよ。あの時も思ったな」
「なに――」
「負けたくないって気持ちさ!」
一夏は、全身に力がこもり、体温が上昇するのを感じていた。その割に頭は変に冷静で、ランダムに向かってくる銃弾の軌道をある程度読んで、最低限の防御を行える。致命的な身体への攻撃は防ぎ、装甲をかする程度の弾はシールド任せで無視。
そうやって防御を疎かにしてまで行うのは、ただ一直線を描く突撃だ。
「特攻なんて!」
少女が叫びながら短機銃を乱射する。必死の形相で距離を取ろうとするが、もとより汎用機である『打鉄』の後退と格闘特化機の『白式』の前進では速度が違う。タイムリミットを示すように徐々に減少していくシールド・エネルギーの数値を横目で見ながら、一夏は少女との距離を確実に詰めていく。あと一歩。
「振りきれない、そんな!」
正面からの直線的な攻撃など、セシリアのビットによる全方位射撃に比べれば楽なものだ。『友人』に心の中で感謝しながら、一夏は『雪片』を振りかぶる。一歩の距離はまだ遠い。しかし、それを埋めるだけの技が、一夏にはあった。
『白式』の背面スラスターに、目のくらむような輝きが生まれる。
鉄の塊が宙を舞った。少女がとっさに盾とした短機銃が手の中から弾き飛ばされ、重い音を立ててアリーナの地面に墜落する。懐に入ればこちらのものだ。
「悪いな――!」
深い踏み込みからの、横薙ぎの一撃。通れば銃弾の比ではないほどのダメージが叩き込める。
瞬間、怪鳥の悲鳴にも似た、甲高く耳障りな金属音がアリーナ中に響く。
「く……ぅ!」
少女がとっさに転移させた刀で、『雪片』の攻撃を防いでいた。その体制は崩れ、次の一撃に対応することはできなさそうにも見える。だが、つばぜり合いには持ち込まず、一夏は『雪片』を引いた。ほとんど同時に、少女はその場でスラスター任せの反転を行い、バレエでもするように起きあがって体勢を立て直す。上げられた足が、一夏の顔の前を通り過ぎ、前髪を揺らす。つばぜり合いで押し込もうとすれば、もろに顔面を蹴り飛ばされていたはずだ。
「今のを読むなんて――」
奥歯を噛みながら刀を構える少女。それを正面に見て『雪片』を構えつつ、一夏は尋ねる。
「で、まだやるのか?」
「情けでもかけるつもり?」
少女の眉が不快に歪む。不用意な一言が、闘志を煽ることになってしまったようだ。
「私はまだ負けていないし、認めてもいないんだから」
「別にあんたに認められてもな。……だが、やるって言うなら、最後まで付き合ってやるよ」
剣道の試合を思い出す、互いに一刀を構えた真っ向からの差し合いだ。なにかを習っていたのか、少女の構えは剣道経験者の一夏が見てもちょっとしたものだった。一方、少女の方は相手を観察する余裕などはなさそうに、こちらを睨みつけてくる。
ピンと張った線のような緊張に、互いの動きが拘束される。緊張感を失った方が負けることを、一夏は知っている。相手と向き合っているだけで、じりじりと互いの集中力が削られていくことも。
だが、少女からは、その予兆が感じられなかった。強敵だ、と一夏は相手から見えないように唾をのむ。箒から感じる暴力的なまでの威圧感には及ばないが、迂闊に動こうものならば足元をすくわれるだろうことを感じさせてくる。
軽く切っ先を揺らしてわざとらしく攻撃を誘って見せるが、相手は微動だにしない。緊張に絡め取られているのではなく、必殺の機会を見極めようとしているのだ。そしてそれは、互いにとっての唯一にして最大の勝機になるだろう。
一夏がそれを理解し――戦場が動いたのは、その直後だった。
「うるぅぅぁぁぁあ!」
闘志だけで相手を吹き飛ばしそうな気迫と共に、少女が上段から刀を振り下ろす。ISの腕力で叩き込まれる斬撃は瀑布のごとき迫力を持って大気を活断する。再度の金属音。それは、一夏の『雪片』が相手の刀を真っ向から迎撃した音だ。
互いの獲物が弾かれあい、その反動すら利用して次の一撃を紡ぐ。流れるような動作で放たれた刀の軌跡がぶつかり合い、火花を散らす。第三手、瞬間的に持ち手を変えて少女が放つのは、刺突。一夏は刃でそれを受け流すものの、反撃に移るほどの余裕はない。いなされた刀の切っ先が上がる。瞬時に次の攻撃を理解した一夏が『白式』を後退させた直後、刺突から変化した斬撃が宙を薙ぐ。
「――!」
言葉を放つ余裕もないのか、無言のまま少女の目が見開かれる。かわされるとは思っていなかったのだろう、大ぶりな動作の後では隙だらけだ。そこに、横から『雪片』の刃が振るわれる。片手のみで手首を回し、刀身で防ぐのは苦し紛れ。一夏の方は、すでに次の動作に移っている。それは、逆側からの胴薙ぎだ。獲物で防ぐのは間に合わないと判断した少女が、『打鉄』の左手を突き出す。腕一本を犠牲にしてでも本体への致命的な一撃を防ぐ、捨て身の防御。たとえ攻撃が止まらなくとも、本体のシールドを含めれば戦闘続行は可能、と少女は思ったはずだ。
「おおぉぉぉるぅああぁぁぁ!」
一夏の全身が、まばゆい金色の光に包まれる。何事、と目を見開いた少女と視線があった。
『雪片』が、振り切られる。倦みだされた風の残滓が少女の髪を揺らし――『打鉄』は、力なくその場に崩れ落ちた。
『白式』のワンオフ・アビリティー、『零落白夜』。それは、大量のシールド・エネルギーと引き換えに量子化された刃を形成し、相手のシールドを無視して本体に直接致命傷を与える 能力だ。
セシリア・オルコットとの模擬試合の際にはその燃費の悪さから勝負を決める直前にエネルギー切れによる敗北を招いたが、今の一夏ならばそれを使うタイミングをある程度見極められる。
皆との特訓のお陰だな、と心の中で感謝する一夏の前で、少女は全ての感情を忘れたようにポカンと口を空けて一夏を見上げていた。
私には、理解できなかった。
織斑一夏が何をしたのか。なぜ、私の『打鉄』は動かないのか。なぜ――たった一瞬でも、一夏のことを格好いいと思ってしまったのか。
しだいにはっきりとしてくる頭の中で、始めに理解したのは、私が敗北したということ。一夏は立っていて、私は膝をついているのだから、そうなのだろう。
「大丈夫か? けがとか、してないか?」
「あ――」
差し伸べられる『白式』の手。取ろうとするが、エネルギーの切れた『打鉄』が動かない。仕方なく、私との合一を解除した。脱ぎ捨てられた服のようになった『打鉄』の、コクピットの中で立ちあがる。
「怪我はなさそうだな。で、どうなんだ?」
「え?」
一夏は悪戯っぽく笑った。
「俺を認めるとかなんだとか、わけわからんこと言ってただろ。お眼鏡に叶うような男だったか?」
「それは――」
言葉に詰まると、さらに一夏の声が降ってきた。
「俺はあんたのこと、強いと思ったけどな」
え、と、あらためて一夏の顔を見直す。端正な顔の少年の笑顔は、逆光でもはっきりと見えた。
「一年生で、しかも候補生でも何でもないのにあれだけISを動かせるなんて凄いだろ」
はっきりと、相手を認める言葉だ。それは勝者の余裕だろうか。
否。
一夏という少年は、相手をきちんと認めることが出来るのだ。だからこそ、セシリアからも認められた。私は、どうだっただろう。実際に相対もしていない相手を、装飾だけで判断していなかっただろうか。セシリアのことですら、見かけや素性といったものに惑わされて彼女自身を見ておらず、それ故に彼女が変わってしまったと思い込んでいたのだ。一夏が、セシリアの装飾を脱がしたからこそ、本来の彼女を私も見ることが出来たというのに。目がくらんでいたのは、私の方だった。
私がセシリアを『才色兼備のお嬢様』という装飾だけで見ていたから、セシリアから見た私も『ただの一般生徒』でしかなかった。私が本当の彼女を垣間見ることが出来た時、ようやく彼女も私を私と認識してくれたのだ。
セシリアを覆っていたヴェールを脱がしたのは、一夏だった。その理由が、今の私にはわかる。彼にしかできなかったということも。
私にはもとより、セシリアのことをなんだかんだと言う資格などなかったのだろう。それを認めるためにも、私は頷いた。
「織斑一夏。貴方は強いわ。それに、いい目をしてる」
「目?」
一夏は一瞬あっけにとられ、そして恥ずかしさを隠すように口を釣り上げた。
「俺の目の色ってさ、千冬姉と同じ色で、結構気に入ってんだ。だから褒めてもらえると嬉しいぞ」
寮に帰ると、今日はセシリアの方が先に帰っていた。
「あら、お帰りなさい」
少々不機嫌なようだ。む、と頬を膨らませて、腕を組んで椅子に座っている。
「今日は部活とかなかったの?」
「ええ。ですから一夏さんと訓練を、と思いましたのに、影も形もありませんでしたの。一体どこに行かれたのでしょう」
まさか、その一夏と試合をしていた、などとは言えない。曖昧に笑ってごまかし、私も自分の椅子に腰かける。
「そういえば――さ」
「はい?」
「少し、分かった気がする。織斑クンの、魅力ってやつ」
「あら、急に、どうかいたしまして?」
「別に、ちょっとね。ああ、でも」
「でも?」
「あの鈍感さはないわ」
私は深々とため息を落としたのだった。
(了)
恋愛ものって難しい。考えなしにバトルしてた方が気が楽です。
それに気づけただけでも書いた甲斐はあるかなー的な。もう書かんぞ。
ISは原作の途中までとアニメ1期しかしらないので、その知識の範囲内で書けそうな時期の話にしました。具体的には原作2巻の終わった辺りです。セシリアの恋敵が雨後のタケノコのように湧きだしたくらいとも言う。
普通に恋愛ものを書こうとしたら百合くさくなったのは、原作のせいと言うより私の性癖のせい。たぶん、きっと、おそらく。
その他、執筆中の苦労だの細かい愚痴だのは活動報告の反省会にでも書いておきます。
一週間ほどこちらに付きっきりだったので、連載の方はこれから書き始めます。ああでも、別に書きたいものがあるのでそっちの方にも手をつけたい……。とりあえず何か書きます。まぁ、その。