カムラの里を出たい少年と、少年に里に残って欲しい竜人族の双子姉妹の700日戦争 作:メリバ上等
カムラの里。
たたら製鉄が盛んな、山紫水明の里である。
武器や防具の加工屋をはじめ、ハンターにとってなくてはならない施設が充実しているが……。
ハンター不足。
現在カムラの里が頭を抱える、悩みの種である。
その原因の一つが、カムラの里の立地だ。
山の中腹を切り開くように作られた里はモンスターの侵入を阻む要塞であると同時に、人の往来も制限する。
太古の昔から、人や物が集まるのは山岳ではなく平地なのだ。
そして、もう一つ。
カムラの里は、一定の周期である災害に見舞われる。
その名も、百竜夜行。
いにしえより続く、狂騒する数多のモンスターが人里へと大襲来する災禍。
原因不明。脅威甚大。
幾度となくこの災禍に見舞われたカムラの里は、その度にこれを退け里を守ってきた。
しかし。
今より五十年前の百竜夜行。
それは、カムラの里に壊滅寸前の被害を齎した。
住む家も。
腹を満たす田畑も。
酒を酌み交わした仲間も。
生涯を共にする家族も。
そして、里を守るハンターも。
五十年前、カムラの里はあまりにも多くを失った。
今ではカムラの里も復興しているが、その爪痕はあまりにも深く。
百竜夜行に対する恐怖は、当時を経験する全ての者に色濃く刻まれた。
里を去る者もいた。
里に残る者もいた。
モンスターに食われ故郷の土に骨を埋められないぐらいならと、命を絶つ者もいた。
過程は違えど、辿る結論は深刻な人手不足。
腕利きのハンターが要る。
里の主産業たる製鉄のための貴重な鉱石の採取から、里の脅威たるモンスターの狩猟までをハンターが担う以上、この結論は自明だ。
しかし、里には人がいない。
ただでさえ少ない、命が幾つあっても足りないハンターという職業。
カムラの里のハンター不足は深刻だった。
ハンターがいない。
それ即ち、百竜夜行を退ける希望を欠くこと。
故に、人々は求めた。欲していた。
百竜夜行を跳ね除ける、そんな英雄を。
そして、一人の少年がカムラの里の集会所の門を叩く。
結論から言おう。
少年には、ハンターとして天賦の才があった。
端的に言ってめちゃくちゃ優秀だった。
少年の師はあまりの驚きに、卵を落としたクルルヤックのモノマネに磨きが掛かったという。
将来有望な少年の登場に、誰もが"明るい未来"を見た。
というのも、少年はカムラの里で生まれ、カムラの里で育った、里の者たちからすれば家族同然の存在だったから。
カムラの里長も、カムラの里は安泰だと肩の荷が降りたという。
が、しかし。
「あの、里長。僕、ドンドルマに行きたいです」
その日、カムラの里に激震走る。
カムラの里に骨を埋めるだろうと誰もが思っていた少年は、あろうことか里の外の世界へ興味を示した。
故に。
このような会議が開かれるのも、当然のことなのである。
「……皆、よく集まってくれた。時間も惜しい、始めよう。──【第一回 ツミキに里に骨を埋めさせよう会議】を」
集会所の会議室で、厳かに宣言したのはカムラの里の里長フゲン。
アホみたいな会議名だが声色は真剣そのものである。
「まさか、ツミキが里から出たがっておるとはのう……何としても【第一回 ツミキに里に骨を埋めさせよう会議】でツミキを里に引き止める策を練らねばならぬ」
フゲンの隣、真っ白な髭を撫でながら溢すのはギルドマネージャー、竜人族のゴコク。
アホみたいな会議名だが、ガチトーンである。
ゲコを付けるのも忘れているほどだ。
集まった人の中で、アホみたいな会議名を笑う者も指摘する者もいない。
皆一様に、緊張した面持ちである。
生唾を飲み込んだ者すらいるほどだ。
その様子から、如何にこれが重大な会議か推し量れるというもの。
アホみたいな会議名だが。
「フゲン。いいか」
「ハモン。構わない、言ってくれ」
真っ白な髪の厳ついお爺ちゃんは、カムラの里の加工屋であるハモン。
軽く咳払いをし、全員を見渡すその目にはかつてハンターとしてモンスターと対峙していたときのような光がある。
「そもそも……どうしてツミキは里を出たがっているんだ?」
その言葉に、確かに……と周りから疑問の声が上がる。
里に引き留めようというのだから、里を出たがる目的が分かっていないと建設的な意見など出ようはずがない。
ハモンの疑問はもっともだった。
「むぅ。それなのだが……」
しかし、眉間を寄せるフゲン。
「おい……フゲン、まさか分からないのか?」
「ああ。俺もツミキになぜ里を出たいのか当然聞いた。だが、それは言えないの一点張りでな……」
会議に参加している者が一斉に顔を顰めた。
ツミキは里を出たがっている。
でも、その理由はわからない。
これでは建設的な意見など出ようはずがない。
「これは難問でござるニャ。拙者もツミキには里に残って欲しいでござるニャ。しかし、理由がわからないのであれば……ヒノエやミノトは何か知らないのでござるかニャ?」
静まり返った会議に一石を投じたのは、かつて、フゲンのお供であったアイルーのコガラシ。
彼が話題にしたヒノエとミノトとは、ツミキの幼馴染みである竜人族の双子姉妹である。
竜人族では相当に珍しい幼年である姉妹は、ツミキと共に過ごし、成長してきた、家族と呼んで差し支えないほどの絆がある。
確かに、二人にならツミキが何か話している可能性は高い。
皆の間で期待が高まる。
しかし、フゲンは力無く首を振った。
「それとなく二人にも聞いてみたのだが、心当たりすらないようだった。ツミキは誰にも胸の内を明かしていないとみて間違いない」
「……それだけ硬い意志ということか」
「参るのう……こうなれば、最早手当たり次第になりかねん。それはあまりに非効率じゃろうて。最悪、我々の思惑に勘づいたツミキが自ら里を発ちかねんゲコ」
「それでも、ヒノエとミノトの方が拙者たちよりツミキの事を知っているでござるニャ。あの二人の意見も聞くべきだと愚申するニャ」
「違いない。……フゲン、あの二人は何処に?」
集会所に件の竜人族姉妹の姿はない。
ハモンの問いに、フゲンは空を仰ぎ呟いた。
「今の時間なら……恐らく、ウツシの元でツミキと共にハンターの訓練をしている頃だろう」
そして、同時刻。
四方を崖に囲まれた天然の囲い、その中心に位置する平地で交差する二つの影があった。
片や身の丈に迫るほどの大盾と身の丈を超える槍を構えた美しい黒髪の少女。
片や小振りな盾と斬るよりも潰すことに重点を置いた肉厚なククリナイフを構える少年。
互いの呼吸、間合いを図るようにジリジリと詰め寄っていた二人。
「やぁあああああっ!!」
"ランス"と呼ばれる武器を構えた少女が、ドンっ! と力強い踏み込みの刹那、閃いた右手が少年目掛けて槍を突き込む。
人はおろか、モンスターすら串刺しにしてしまう一突きだが、相対する少年の口元には恐怖はなく、むしろ笑みが浮かぶ。
この程度全く脅威ではないという余裕があった。
そして、それは傲りではない。
何故なら、少年にはハンターとして天賦の才があった。
百年に一人……いや、もしかしたら千年に一人と、そう数えられるほどの才能があった。
人とモンスター。
両者の間に隔絶としてある、"生物としてのポテンシャル"の差。
しかし、だ。
ハンターは天を見上げ、クソ喰らえだと中指を立てた。
高みを目指して知恵を、技術を、想いを、次世代に繋いでいった。
そして、その果てに少年へと辿り着いたのだ。
少年の名はツミキ。
誰もが彼をこう称えた。
生命の極み「ツミキ」
地球の答え「ツミキ」
その少年が、少女のランスの一突きなど避けられないはずが──。
「ぐあああああああああっ!」
──ないの、だが。
ツミキは普通に少女の一突きを胸にくらい、杉山に足を運んだ花粉症の人ぐらい咳き込んでいる。
これが模擬戦用の刃先を潰した木製のものでなければ死んでいただろう。
「……あー、ミノトの勝ち、だな」
「──やった! やりました、ヒノエ姉さま!! ツミキに勝ちました!!」
ナルガ装備とジンオウ装備に身を包む青年、ウツシのジャッジに、ミノトは訓練用のランスを放り投げ、ぴょんぴょん跳ねて喜びのご様子。
その足元では、よほど痛かったのかツミキが「うぐぅおぉうぉおおおぉ」とアオアシラみたいな声をあげてゴロゴロ転がっていたりする。
「見てましたかヒノエ姉さま! 私、ツミキに勝ちました!! 勝ったんです!」
「もう、そんなに慌てなくてもちゃんと見てましたよ。良くやりましたね、ミノト」
「ヒノエ姉さま……!!」
「わっ。もう、うふふ。しょうがないですね。ほら、よしよし。よく頑張りました」
ミノトと瓜二つな容姿を持つ少女、ヒノエ。
ヒノエの胸に飛び込んだミノトの頭を優しく撫でるその表情は柔らかく、見るものに母性を感じさせる。
まだ幼いながらも、その包容力にママみを見出す男も少なくないとか。
美少女姉妹がきゃっきゃうふふしてる横で、ウツシは「あー……」と地面を見下ろしていた。
「ツミキ、立てそうか?」
「ふー! ふー! ふー!」
「無理そうだな……」
蹲り、胸を押さえて血走った目で荒い息を繰り返すその姿は変質者にしか見えない。
これが最強のハンターの卵だというもんだから驚きである。
少なくとも、今の光景だけを見たのなら誰も信じないだろうとウツシは思う。
「でも、なんで避けなかったんだ? ツミキ、お前なら簡単に避けられただろう。俺はお前が負けるとは思ってなかったよ」
「ハァ……ハァ……敗北者……?」
「どういう耳をしてるんだ?」
「ふっ……腕を上げたね、ミノト」
あ、誤魔化そうとしてるなとウツシは気付いた。
「……あら。ミノト、ミノト」
「はい、なんでしょうかヒノエ姉さま」
「巫女服の前がはだけていますよ。……うふふ、ミノトは大胆ですね」
「……え? ぁ、あ、きゃぁああ!?」
あー、これだなあ、とウツシは気付いた。
「ツ、ツミキ! 見てはいないですよね!?」
「ふっ……ミノト、敗者は潔くおやつのうさ団子を譲るよ。ヒノエと食べるといい。いやあ、残念だな。今日のうさ団子はツナで僕の好物だったんだけど。あ、ミノトの好物でもあったよね」
「誤魔化しましたね!? 今誤魔化そうとしましたね!? ……見た、のでしょう! このっ、へ、変態っ! ツミキは変態ですっ!」
「失敬な。仮に見たとしても……見てはいけないけども。見てはいないけどもし仮に僕の頭にミノトの普段は隠されてる柔らかそうなところとか白い肌が刻まれているとするなら、それはたまたま目に入ったという表現こそが正しいのであって、ミノトのそれは言いがかりに等しいと僕は思う」
「ツミキ、ミノトのインナーは何色でしたか?」
「黒! あっ」
「しっかり見てるじゃないですかー!!!」
「いだっ!? ちょ、動けない僕を踏むのはやりすぎじゃない!? あだぁ!? 痛いって!」
今日も平和だなあと、ウツシはヒノエの隣でお茶を飲んでいた。
ヒノエはうさ団子を食べていた。
「このっ! このっ! このっ! ツミキのすけべ! 変態!」
「いだっ! あだっ! ぐぇっ!? ちょ、ちょ待って、ヒノエ! ちょっとミノト止めて!? うさ団子は後にしてお願いだから!!」
「ツミキ」
「なに!?」
「うさ団子は冷めても美味しいですけど、冷める前はもっと美味しいんですよ」
「だから何なの!?」
ヒノエは特にツミキを助ける気はないらしい。
積年の相手についに白星を上げたと思ったら、その相手は自分のインナーに見惚れていてそれが勝因になりました。
純粋に技量で食らいつこうと足掻いていたミノトに、この結果はちょっと憤慨ものであった。
もちろん、それを姉であるヒノエも分かっている。
真剣勝負の最中にすけべ心を出したツミキが全部悪い。
QED。
世の中は美少女に甘くできている。
「理不尽でしょ……!!」
「そういうものだ、ツミキ。諦めろ」
こうして日々、少年は大人へと成長しているのだった。
またまた同時刻。
「良いアイデアがないでござるニャ……」
会議は死んでいた。
皆が皆、椅子の上でぐでーっとしている。
ツミキが里を出たがる理由がわからないのだから、こうなるのも当然だった。
出たアイデアも決め手にかけるものばかり。
もうこれは無理か。
誰もがそう思い始めた頃。
「誰か嫁に行って家庭を持てばこの里から離れられなくなるんじゃないか……?」
ぼそり、と。
誰かが呟いたその言葉に、ギルドマネージャーゴコクの目がきらーんと光る。
「そ! れ! じゃあ!!! ゲコ!!」
ガタッと椅子を蹴倒したゴコクの言葉に、その手があったか……! と声が上がる。
会議がにわかに熱を取り戻し始めた。
「いや、しかしだ。この里にツミキと同年代の女子はいないぞ」
「茶屋のヨモギちゃんが居るじゃねえか」
「……ヨモギはまだ十一歳だ。殺すぞ貴様」
「お、おおう、悪かったよそんな怒らないでくれハモンさん」
「うちの娘はどうだ?」
「コミツちゃんだっけ? 七歳だろ、頭沸いてんのか?」
「あのナルガ装備の上位ハンターさんは?」
「いやぁ……歳離れすぎだろ、流石に……」
「しかし、改めてみてもツミキの同年代ほんと少ないな……」
ボソリと呟かれた一言に、しゅんと空気がなえるように皆の顔が暗くなる。
子どもが少ない。
いかに復興を果たしたといえど、五十年前の百竜夜行の爪痕を、こういうところに感じてしまう。
やはり、ツミキにはこの里に残ってもらわなければならない。
「確かに同年代の人の子はおらん。じゃが、ヒノエとミノトがおるゲコ」
「……ゴコク殿。御言葉ですが、ヒノエとミノトは……」
「フゲン、分かっておる。ヒノエとミノトは竜人族。人間ではない」
確かに、ヒノエとミノトはツミキと歳も近く、なおかつ将来必ず美人になるだろうと誰もが確信する容姿を持つ。
本人たちの気持ちはともかく、この二人に迫られて落ちない男はいないだろう。
しかし、フゲンが引っかかったように、ヒノエとミノトは竜人族であり、人ではない。
人は人と。
竜人族は竜人族と。
番は、同種族同士でなるものだ。
そこに、どうしても超えられない種族の壁がある。
「じゃが、それがどうしたゲコ」
ゴコクは力強く首を振る。
「太古の昔、人は言った! 恋はハリケーン! 愛の前に種族など関係ない! 前例がない? なら前例になればいいのじゃ! ゲコ!」
前例? ないなら作れ。
遥かな時が世界に前例をいくつも作った。けれど、いつだって一番最初は前例がないものなのだから。
ゴコクの熱い叫びに感化して、「そうかも……」と会議に熱が戻り始める。
風が吹いていた。
何か大きな……そして背中を押してくれるような、熱い風が。
「確かに……ヒノエとミノトなら……!」
「ミノトちゃんは知らんが、ヒノエちゃんは明らかに……だしな!」
「それなら……良心も痛まねえ!」
「いける……」
「いけるぞ、このアイデア……!!」
「これはいいのかハモンさん」
「……当人にその気があるのなら問題はないだろう」
皆の様子を見たフゲンが、うむ、と頷く。
そして、纏めた。
「よし! ではツミキが里に骨を埋めるために、カムラの里で家庭を持たせる方向でいこう!」
ぶっちゃけ、みんな長引く会議で疲れていた。
それから翌日。
渓流と山々に囲われた大自然、そして朽ち果てた社。
大社跡とギルドに名付けられたフィールドをガシャガシャと金属音を響かせ歩く人影が一つ。
「なんか体だるいな……ミノトのやつ思いっきり踏んだなこれ……」
ハンター訓練生ツミキ。
ウツシ教官から課された、アオキノコ五本の納品クエストの最中だ。
コキコキと体を動かして調子を確かめている様子。
昨日、ミノトに踏まれた影響だろうか。
ミノトの照れ隠し(物理)が終わった後、ヒノエが簡単に手当をしてくれたのだが、どうやら完治とはいかなかったみたいである。
流石は竜人族といったところか。素晴らしい膂力だ。
「でも、休むわけにもいかない。今日も一日頑張ろう。えい、えい、むん」
気合十分。
パン、と両頬を両手で叩いたツミキは、体の気怠さを感じさせない軽快な動きで山を登り始めた。
人は、目的なしでは頑張れない。
ゴールなく走り続けることはできない。
終わりがあるから、苦しい今を頑張れる。
それが命を投げ売りするような、ハンターという危険な生き方では特に顕著だ。
だから、当然ツミキにも目的があった。
ハンターを続けるゴールがあった。
それは、
「早く立派なハンターになって、大っきい街に行く。そこでいっぱい稼いでからハンターを辞めて……そして、可愛いお嫁さんを見つけて、結婚するんだ!」
私利私欲まみれではあるが。
一応、こんなゴールがあった。
時は遡ること数年前。
ツミキ少年は、双子の竜人族の一人に恋をした。
恋をして、諦めた。
人と竜人族。
二つの種族には、決して超えられない種族の壁がある。
──寿命。
これが、決定的に違っていた。
片や、長く生きても百年が精々の人間。
片や、三百年生きても元気な竜人族。
もし、仮に。
ツミキが双子姉妹のうちの一人と結ばれていた場合。
時が経てばツミキは先立ち、伴侶を一人にしてしまうだろう。
これは絶対だ。
寿命に差があるのだから、必ず訪れる未来なのだ。
一人残される寂しさをよく知っているツミキは、だからこそ、恋心にそっと蓋をした。
「まあ、告白しても無理だったろうけどさ」
それはそれ。これはこれ。
ともかく、そんな事情もあって。
ツミキは、早く里を出たいと思っていた。
「僕が今年十五歳だから……十七ぐらいには里を出ないとなぁ。結婚するなら若いうちが一番って父ちゃん言ってたし」
その父ちゃんの言葉が、若ければいっぱい交わっていっぱい子どもを作れる体力があるからな! ガハハ!
といった意味合いなことをツミキは知らなかった。
とはいえ、生物として人間より圧倒的に"強者"として君臨するモンスターが生態系の覇者として存在する世界だ。
人の命が軽ければ軽いほど、より多くの子孫を残していくために婚姻年齢は下がり続ける。
都市と地方で若干の差異はあれど、おおよそこの世界の平均婚姻年齢は男で十七、女で十五。
ツミキの目標は、そうズレたものではなかった。
たまたまだけど。
「それに、母ちゃんも結婚は若いうちにしておきなさいって言ってたもんな」
その母ちゃんの言葉が、若い方が夜の下半身事情が捗ると言った意味合いなことを、ツミキは知らなかった。
特に説明の必要はないのだが、ツミキの両親はドスケベだった。
その遺伝子を受け継いだツミキが潜在的ドスケベであることは疑いようがない。
少なくとも。
「──お」
ヒュンと空気を割く刃風。
潰すことと断ち切ることを両立させた、"潰して断つ"という膂力の暴力を成立させる巨体と、その巨体にあるまじきスピード。
モンスター。人間には不可能な生物としての基礎能力の高さが理不尽を完成させる存在。
林の暗がりに潜み、ツミキを狙っていた巨体が紅い眼の輝線を残しながらツミキに飛びかかった、刹那。
「──ほっ、とっ、とりゃあ!!」
その刹那の出来事を一言で説明することは難しい。
木々を薙ぎ倒しながら弾丸のように跳躍したモンスターは、その前腕部に発達したブレードのような翼を、ラリアットのようにして振り抜いた。
それをツミキは地面スレスレの低空バク宙で躱した直後、両脚が大地を踏みしめるや否や、バク宙の最中に抜刀していた片手剣の盾を構え大跳躍。
アッパー気味にモンスターの横腹を痛打しながら宙に躍り出たツミキは、白い糸のようなものを使って黒い巨体の元へ錐揉み回転をしながら突っ込み、その頭部へ片手剣を叩きつけた。
この間、僅か一秒。
最早、常人では捉えることすらできない攻防だった。
完璧な奇襲を成功させた筈なのに痛烈な一撃を頭部に貰ったモンスターが、たまらずバックステップで飛び退る。
ようやくその全貌を表したモンスター。
黒い巨体に紅い眼、そして剣のような翼。
迅竜ナルガクルガ。
モンスターの中でも特に強力な種である飛竜種。
熟練したハンターが万全の準備をようやく討伐できるような、そんな相手だ。
間違ってもハンター訓練生が会敵していい相手ではない。
「ん……ウツシ教官の絵巻で見たことあるな。確か……ナルガクルガか。見るのは初めてだけど、いきなり奇襲とは随分じゃん。僕、お前に何かしたっけ」
首を捻るツミキだが、ナルガクルガは全力の警戒を持ってツミキを睨め付けている。
動けば殺す。
動かなくても殺す。
お前を、排除する。
そういう絶殺の意思がナルガクルガにはあった。
まるで、"身近に迫った脅威を一刻も早く排除したい"と、そう叫ぶように。
「アオキノコ取ってくるのがお題だし、お前に迷惑してるって人もいない。僕にお前を狩る理由はないんだけど……」
それでも、ツミキは剣を握りしめる。
「そっちがその気ならしょうがない。僕だってハンター訓練生だ。人に害をなすモンスターは狩猟する。そういう関係だろう、僕たちって」
迅竜が吠える。
鬨の声を上げるツミキと迅竜の闘いはこうして始まり、十分後、迅竜は討伐された。
……少なくとも。
少女のランスの一突きよりも何十倍も速く強い、迅竜の横薙ぎは簡単に避けてカウンターを叩き込めても。
迅竜の横薙ぎよりも何十分の一程度の遅く弱い、インナーをチラつかせた少女のランスの一突きは避けられずモロに食らってしまう。
その程度には、ツミキはドスケベだった。
一方その頃竜人族の双子姉妹は!
「……今、なんと?」
「あらあら……」
脳が理解を拒否っているのか、口をパクパクさせながらようやっと声を絞り出したミノトと、困ったように、でも楽しそうに頬に手を添えるヒノエ。
二人の少女を前に、フゲンはもう一度同じ文言を紡いだ。
「ツミキと結婚して家庭を持ってあいつにこの里に骨を埋めさせてほしい!」
「聞き間違いじゃなかったです……!!」
頭を抱えるミノトの横で、やはり楽しそうにヒノエはあらあらしていた。
「どうして! 私たちが! ツミキと! その! ……そのっ!! けっ……けけケッ、けこっ!!!」
「落ち着いてくれミノト。私たちじゃない。重婚は……流石にダメだろう」
「子どもを籠絡しろっていうのも流石にダメな分類だと思いますよ!?」
「だが、カムラの里にツミキと歳の近い女子は二人しかおらぬのだ」
「だからってそんな……! あまりにも勝手が過ぎます里長! 私はともかく、ヒノエ姉さまの気持ちはどうなるんですか!」
「私は、ツミキと結婚するのも良いなあって思いますよ、ミノト」
「ヒノエ姉さま!!?!?!??!???!?」
「よし。頼めるか、ヒノエ」
「ええ。謹んでお受け致します、里長」
「だめっ!!! 絶対ダメですから!! ヒノエ姉さま! だめです!! あんなすけべな奴とヒノエ姉さまが……けっ、けけけ、けっこん……なんてだめです! 私は認めません!」
「あまりにも勝手が過ぎるぞミノト。ヒノエの気持ちはどうなるんだ」
「いくら里長といえどしばきますよ!?」
フゲンに食ってかかるミノトだが、ヒノエがツミキの事を想っている以上、もうどうしようもない。
賽は投げられた。
投げられたのだから、後はどこに着地するかだけ。
ツミキ少年のどきっ! カムラの里で美少女竜人族姉妹と共同生活!? 誘惑が強すぎて理性が限界を迎えそうなんだが〜ポロリもあるよ〜が始まった!
「私は認めません! 絶対に絶対にぜぇえったいに……! ツミキとヒノエ姉さまがなんて……! 認めませんからね!! もし良い雰囲気にでもなろうものなら……! 私は何をするか分からない……!!」
「ミノトは、私とツミキが結婚するのは嫌ですか?」
「嫌に決まっています! だって……ツミキはすけべな男ですヒノエ姉さま! きっとヒノエ姉さまと結婚すれば、毎日あんなことやこんなことをヒノエ姉さまに……!」
「あんなことやこんなこと?」
「ヒノエ姉さまは知らなくていいんです! とにかく! 私は断固反対です!」
多分。
おまけ。
Q.ツミキとはどんな人ですか?
ヒノエ「素敵な方ですよ。優しくて、楽しくて……哀しい人」
ミノト「すけべな人です。ヒノエ姉さまには相応しくありません」
フゲン「ハンターをして長いが、彼奴以上のハンターとしての才を俺は知らん。……ああ、ツミキは旧い知り合いから託された子でな。感慨深いよ」
ゴコク「凄まじき才を持った子どもゲコ。ツミキなら……もしかすると、百竜夜行に終止符を打つことが出来るかもしれない。そう思わずにはいられないゲコ」
コガラシ「確かにツミキ殿は天才でござるニャ。しかし……赤ん坊の頃からツミキ殿を見ていた拙者には、楽しくて笑って悲しくて泣く、普通の男の子にしか思えないでござるニャ」
ウツシ「たまに、ツミキの才能が怖いときがある。あれはもう、子どもには行き過ぎた"力"だ。だからこそ、ちゃんと大人が見守っていなきゃいけないと思ってる」
ハモン「……天才だろうが何だろうが。年端のいかねえガキだ、あいつは。……だからこそ、あいつに頼らないといけない時代が、俺の敵だ」
ヨモギ「うーん……お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなあって。あ、イオリはツミキさんのこと兄さんって呼んだことあるんだよ! これ内緒ね!」
イオリ「そうだね……僕に兄がいれば、こんな感じなのかなって思うよ。あ、ヨモギは確かツミキさんのことをお兄ちゃんと呼んだことがあってね。あ、これは内緒でお願いします」
ヒノエとミノトほんまえちえち。