カムラの里を出たい少年と、少年に里に残って欲しい竜人族の双子姉妹の700日戦争   作:メリバ上等

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サンブレイク楽しみだなって感じの初投稿です。



10話 ぬるぬるでつるつるなアイツ

 月光が大地を青白く濡らしていた。

 川のせせらぎ。風に揺れる木々の音が、夜に溶け込む。

 渓流と呼ばれるフィールドには、常である怪しげな静けさが漂っていた。

 しかし、今宵は違う。

 ガシャ、ガシャと鎧が擦れる音が二つ。

 レウスSシリーズと呼ばれる防具を纏う男と、レイアSシリーズを纏う女が、辺りを警戒しながら歩いていた。

 

「クソ、見つからないな……」

 

「相手は海竜種よ、油断しないで。突然襲われることだってあるわ」

 

「わかってる。警戒は怠ってない」

 

 男たちは上位ハンターだ。

 ギルドから大型の海竜種の討伐を依頼され、渓流に赴いていた。

 男が引く荷車の上には、大タル爆弾やシビレ罠などのトラップが詰め込まれている。

 大型モンスターを討伐するための、当然の準備。

 普通、人は己の身一つと武器のみでモンスターを討伐できない。

 生物としての強度が違いすぎるからだ。

 だから、男たちはこの日に備えて、1週間以上の準備を整えてきた。

 生きるか死ぬか。モンスターと人との生存競争に勝つために。

 

「なあ」

 

「何よ、集中しなさい」

 

「……悪い。そうだな。……でもよ。このクエストが終わったら、話したいことがあるんだ。……それだけだ」

 

「……ぇ、それって……」

 

 女の言葉は最後まで続かない。

 なぜなら、川の奥からいきなり大型のモンスターが飛び出してきたからだ。

 

 ──それは、狐と蛇が合わさったような姿をしていた。

 咲き乱れる花を彷彿とさせるような白と菫の美しい鱗が胴体を覆っている。4本の脚で大地を踏み締め、しかし、その体は四足歩行を行う生き物にしては長い。

 大蛇に地を駆けるための脚がついたと、そう思わせる。

 一振りで人間の骨など容易く砕いてしまいそうな尾には、濃紫色の体毛が生え揃い、鮮やかだ。全体的に白いカラーリングが夜の闇にぼんやりと浮かび上がるようで、どこか幽霊めいた不気味を与えていた。

 何よりも特筆すべきはその背中に聳え生えそろうヒレだ。

 花弁のように大きく広がったヒレは、赤みを──警戒色を帯びていた。

 

 普段はおとなしいが、繁殖期に入ると凶暴化し、漁業を生業とする人々や近隣の村に甚大な被害を与えるモンスター。

 その名は、

 

「あれが、泡狐竜──タマミツネか! 間違いない、ギルドで確認した姿だ!」

 

「気を抜かないでよ! あの雷狼竜と対をなす存在って言われてるんだから! 油断してるとこっちがやられるわ!」

 

 男と女はすぐさま臨戦体制に移り、武器を抜刀する。

 流石は上位ハンター、その動きに迷いはなく、タマミツネを睨みつけるその姿勢に隙はない。

 狩猟が始まる前のビリビリとした緊張感に男が唇を舐める。

 次の瞬間、男の目の前からタマミツネが消えた。

 

「なっ──!?」

 

 違う。

 消えたのではない。

 タマミツネの移動があまりにも早すぎたのだ。

 

 その正体は、ただの跳躍だ。

 だが、男の視界、視点から己の体を逸らし、側面に回り込むように跳躍したタマミツネの姿を男は一瞬見失ってしまった。

 それは狩猟では致命的な隙となる。

 

「クソ、舐めるなよっ!」

 

 しかし、男とて歴戦の上位ハンター。

 咄嗟の勘に任せた飛び込みで、タマミツネの尻尾による一撃をなんとか回避。

 その勢いのまま転がり、タマミツネの攻撃範囲から逃れた男が見たのは、その場で激しく回転するタマミツネの姿だった。

 

「あれは……!」

 

「気をつけて、泡を飛ばしてる! あれに触ったらぬるぬるになってまともに動けなくなる!」

 

 タマミツネは、全身から分泌する特殊な体液と体毛を擦りわせることで、泡を作ることができる。

 その泡は子供の全身がすっぽりと入るほどの球体となって、30に迫ろうかという数の泡がフィールドにばら撒かれた。

 この泡は摩擦をゼロに近づける効果があり、この泡に触れたハンターは立つことすらままならなくなる凶悪な代物だ。

 

 そして、この泡にはもう一つ特徴がある。

 

「おい、あの赤色と緑色の泡……見えるか?」

 

「ええ、見えてるわ。タマミツネが摂取した栄養分が滲み出た特殊な泡があれね」

 

 タマミツネが分泌する体液には、時たまこのようなものが混ざることがある。

 それは、触れた生物の傷を癒したり、コンディションに影響を与えることが確認されており、狩猟時にはハンターはこの“色付き“の泡を利用することも少なくない。

 

「打ち合わせ通り、色付きの泡の効果を得つつ、他の泡は回避して挑むぞ」

 

「ええ、わかってるわ」

 

「後ろ、頼んだぜ。前は俺が抑える」

 

「いつもどおり、信頼してる」

 

「──いくぞ!!」

 

 武器を構えた男が、タマミツネに肉薄する。

 その最中、視界に濃いピンク色をした泡を視界に収めた。

 

「色付き……! もらった!」

 

「え、ちょっと待って! そんな色の泡、文献には──!!」

 

「え?」

 

 女の静止は間に合わず、パシャリと、男が突っ込んだ泡が割れる。

 その泡に込められていた効果が、現れる。

 

「──ぐ、グォおおおおおおおおおお!!!!」

 

「ちょ、ちょっとおおおお!!!」

 

 男と女の悲鳴が、夜の渓流に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山奥にあるカムラの里は、今、空前絶後のハンター不足である。

 とはいえ、全くハンターがいないという訳ではない。

 カムラの里の住人はそもそもが、いざというときはハンターとして動けるものがほとんどで、たたら製鉄の盛んなカムラの里の技術をあてにして、他所からハンターが訪れることもある。

 では、どうしてハンター不足なのかと言えば、それはひとえに人口だ。

 50年前の百竜夜行で負った人的・物的被害は計り知れず、次世代を担う若者が少ないというのが、現状のカムラの里が抱える問題である。

 特に、ツミキの世代はそれが顕著だった。

 

 それに加えて、カムラの里の周囲は強力なモンスターが出没しやすいという特徴がある。

 これは由々しき問題だ。

 交易路の近くにモンスターが居座っただけで、人間の営みは簡単に壊されてしまう。

 モンスターを討伐することで得られる利益もまた、バカにならない恵みを里にもたらす。強靭なモンスターの素材は、加工品としての価値が高いのだ。

 つまり、里が健やかに発展してしていく、または里の安全、利便性を維持するためには、腕利きの在住ハンターの存在が必要不可欠。

 カムラの里だけでなく、この世界のたいていの集落において、ハンターの存在は大きかった。

 

 ゆえに、若く、この先も長い間カムラの里在住ハンターとして活躍できる、とびっきり腕のいいハンターツミキには、里から出て行かれると困るのだ。

 

 そして、件のツミキはといえば。

 

「ハンターさん、急な依頼にも関わらずモンスターを狩猟してくれたこと、とても感謝しております」

 

「いえいえ。モンスターを討伐するのがハンターの役目ですから。また、モンスターが居着くようなことがあればいつでも依頼をください」

 

 水没林でトビカガチの狩猟依頼をこなした直後、近隣の村の要請でジンオウガをついでに討伐し、クエスト完了報告も兼ねてその村に立ち寄っている最中だった。

 

 カムラの里と比べると小さい村だ。村というよりは集落に近いか。

 このような小さな村では、専属のハンターがいないケースもままある。

 そういう村は、近くのハンターがいる村まで依頼を出してハンターを頼るのが常だが……ハンターの到着が遅れ、甚大な被害が出るケースも珍しくはない。

 しかし。

 人を襲うモンスターはどんなことがあっても討伐するツミキがハンターとなってから、近隣の村の被害は限りなくゼロになっていた。

 ハンターとして突出しているツミキは、たとえ大型種の討伐であっても入念な準備を必要としない。それはフットワークの異常なまでの軽さへと繋がり、そのまま圧倒的なクエスト回転率を実現していた。

 野菜を買いに行ったついでに魚も買うか、ぐらいのノリで大型モンスターを狩るツミキだからこそ、守れているものがある。

 

「そうじゃ、依頼金はカムラの里で払われるが……ハンターさんには、何かお礼をしないといけませんね。見ての通り貧しい村ですが、精一杯のおもてなしをさせていただきます。何かご希望はありますか?」

 

「いえ、そんな。里に帰れば報酬を頂きますし……それ以上は頂けません」

 

「まだお若いのになんと謙虚な……。ハンターさん、これは私どもの気持ちです。どうか、お礼をさせてはくれないでしょうか」

 

「そうですか……では、お言葉に甘えて若くて健康で美人な巨乳のお嫁さんをください」

 

「強欲の化身ですか?」

 

 村長は手のひらを返した。

 

「あはは、ですよね。なら、あそこで完熟シナトマトを収穫している綺麗な女性とお茶をさせてください」

 

「何がですよね、だったのか微塵もわかりませんが……あれは私の娘で、しかも既婚者です。流石に、その頼みは聞き届けられません」

 

「お義父さん……僕、人妻も多分いけます」

 

「殴りますよ。そしてハンターさんの性癖は訊いていません」

 

「贅沢はいいません。僕は優しくて若くて美人で綺麗で歳も近くて人間の巨乳なお嫁さんが欲しいだけなんです……!」

 

「一生モンスターに襲われないお守り並に贅沢な願いですね……」

 

 そんなものがあれば冗談抜きで国ができるレベルの金が手に入る。

 

「その、つかぬことを伺いますが……ハンターさんは……女日照りで?」

 

「そうなんですよ!!!!!!!!!」

 

 ツミキは膝から崩れ落ちた。

 悔しさと苦しさが滲む目からは涙さえ浮かんでいる。

 

「僕、早く結婚したいのに……! クエストで立ち寄るところで、綺麗で若くて優しそうな女性に声をかけてるのに、お付き合いはおろか誰も僕とお茶すらしてくれなくて!! うう……どうして……僕はただ綺麗で若くて優しくておっぱいの大きな人間の女性と結婚したいだけなのに……!」

 

「そう……ですか……。時に、ハンターさん、女性はどのようにお誘いになられているのですか?」

 

「僕と結婚してほしいと」

 

 そりゃ無理だろ、と村長は思ったが、優しいので黙っておいた。

 いきなり結婚してください! と声をかけてくる男がいたらもうそれはホラーである。

 まあ……実際は、ツミキが他の村々へ行くようなクエストを受注するときは大抵ヒノエかミノトが同行しているので、明らかに只ならぬ関係の彼女たちを見た相手の女性がツミキに対して「こいつ最低か?」という印象を与えているのが主な原因なのだが。

 ちなみに、カムラの里周辺ではとんでもない腕を持つハンターが婚活しているという噂が流れていたりする。

 腕のいいハンターを村で抱えることは冗談抜きで村の存続に直結するので、ツミキ獲得に向けて密かに動き始めていた。

 こんな紙が出回るレベルである。

 

//PC版

1
 婚活連敗 

カムラの里のツミキ 

 ↓不調 
◎ ◎ ○

1番 人気

 逃げ 

//SP版

1
   婚活連敗   

カムラの里のツミキ

↓不調  
 ◎ ◎ ○  

1番 人気

 逃げ 

 

 スピード SS +

 スタミナ SS +

 パワー  SS +

 根性   SS +

 賢さ   D

 

 スキル

 

 バストのプロフェッサー

 巨乳のマエストロ

 巨乳◎

 美人◎

 尻◎

 姉△

 妹◎

 家庭的○

 追い込み◎

 天然

 

 ともかく、地味にフゲンやゴコクが恐れていた事態になりつつあった。

 

「まあ……ハンターさん。良縁は期せずして訪れるものです。焦っても仕方がありません」

 

「村長……! でも、僕は若いうちに結婚したいんです!」

 

「結婚願望が強すぎる……」

 

 ツミキを取り巻く状況を理解していないわけではない村長は、遅かれ早かれ結婚“は“できるだろうと思ったが、自分の娘をこいつの嫁に出すのかぁ……と思うとなし寄りのなしだったので黙っておいた。

 

「まあ……流石にお嫁さんは差し上げられませんが、恋人なら差し上げられますよ」

 

 どういう意味だ? と首を捻るツミキに、中へどうぞ、と村長の自宅へ招く。

 様々な書物が収まった大きな本棚から数冊の本を取り出した村長はツミキへそれを手渡した。

 それを受け取ったツミキの目がカッと見開いた。

 

「こ、これは──ッ!!!」

 

「ええ。長年私の右手の恋人だったバイブル……女ハンター生態調査シリーズです」

 

 説明しよう!! 女ハンター生態調査シリーズとは!!! 

 

 いろんな美人女性ハンターが、大陸のあちこちで時にはモンスターに、時には同業のハンターに、ありとあらゆるえっちなことをされるエロ本である。

 そのシチュエーションのニッチさとあらゆる性癖をカバーする癖の深さ、そして繊細かつ淫靡なタッチで描かれる女性の乱れる姿が大変エロいと好評を博したシリーズである。

 元ハンターであったという作者の描くモンスターの生態はかなりのリアリティを誇り、そういった面でも人気を博していた。

 

「こ、この女ハンター生態調査フルフル編〜肉壺から滴り落ちる快楽の蜜〜は、あまりのエロさにギルドから絶版をくらったという、幻の逸品じゃないですか!」

 

「ほほ……私も若い頃は色々ありましてね。このエロ本を集めるために人生をかけていました」

 

「おお……」

 

「早速読み込んでおられる。気持ちはわかりますよハンターさん。女ハンター生態調査フルフル編〜肉壺から滴り落ちる快楽の蜜〜は素晴らしいエロさ……。フルフルに捕食され、鎧を溶かされる女ハンターの絶望に染まる表情に嗜虐心が煽られたものです。……おや、ハンターさん?」

 

「……すみません、村長さん。捕食以外のものはありますか?」

 

「おや、お気に召しませんでしたか。でしたらこれはどうですか? 媚薬を分泌するタマミツネの体液にトロトロに溶かされてしまう、女ハンター生態調査タマミツネ編です」

 

「そんなえっちなモンスターがいるんですか!?」

 

「いないからフルフル編もタマミツネ編も絶版になったんですよ、ハンターさん」

 

「うわ、うわぁ……」

 

「ほほほ、お気に召された様子。その本は全て差し上げます。私の青春……どうか、大切にしていただきたい」

 

「村長……! 家宝にします!!」

 

 少年と爺さんの世代を超えた絆がエロ本によって結ばれていた。

 

「まあ、エロ本に熱を上げていたので、私の婚期は遅れたのですが」

 

「何か言いましたか?」

 

「いえ、何も」

 

 

 

 一方その頃! カムラの里では! 

 

 

 

 その日、カムラの里の集会所は慌ただしい動きを見せていた。

 忙しなく職員たち動き回り、常のゆったりと落ち着いた空気が嘘のようだ。

 

 集会所中央のテーブルには、里長であるフゲン、ギルドマネージャーのゴコク、そして集会所受付嬢ミノトが真剣な面持ちで顔を突き合わせていた。

 

「里長、この雰囲気は一体……何か、あったのでしょうか」

 

 ミノトの疑問に、フゲンは重々しく頷いた。

 その様子から、ただならぬことがあったのだとミノトも気を引き締める。

 

「ミノト。ギルドから……緊急クエストがカムラの里集会所に通達された」

 

「緊急クエスト……!?」

 

 緊急クエスト。

 それは、通常のクエストとは一線を画すものである。

 

 特筆すべき点は、その緊急性が極めて高いこと。

 例えば、今まさに村がモンスターに襲われている、と言うような。

 悠長にしていれば取り返しのつかないことになり、迅速に対応する必要がある。

 

 そして、その危険性もまた高い。

 火急を要する依頼というのは、それだけ強大なモンスターが原因になっていることが多いからだ。

 従って、緊急クエストはハンター個人に向けて通達される場合がほとんどだ。

 つまり、「こいつなら少なくともこのクエストから生きて帰ってくるぐらいはできるだろう」とギルドから判断されない限り、緊急クエストを受けることはできない。

 それだけ、特別なクエストが緊急クエストなのだ。

 

 しかし、ミノトには疑問があった。

 

「ツミキに任せればいつものように終わりませんか?」

 

 そう。

 いくら緊急クエストが特別危険なクエストとはいえ、カムラの里には常軌を逸したハンター、ツミキがいる。

 ツミキに任せれば、いつものように鼻歌混じりにこなしてしまうだろう。

 それはもちろん、フゲンやゴコクもわかっている。

 

「ああ、ツミキに任せれば問題はない……と言えれば、よかったんだけどな」

 

「今回ばかりは、ツミキに任せると絶対に失敗すると断言できるゲコ」

 

「ツミキが絶対に失敗する!?」

 

 信じられない言葉に耳を疑う。

 ツミキが討伐できないモンスターがいるとは、とても思えなかった。

 あの金獅子すら狩猟してしまうツミキをして、討伐できないと断言されてしまうモンスター。

 ミノトが思い浮かぶ存在など、一つしかない。

 

「まさか……古龍が」

 

 そのあまりにも強大な力から、天災として畏怖される絶対的なモンスター。

 目撃情報すら極端に少ない彼らは、しかしこの世界の絶対強者として確かに存在している。

 

「いや……古龍ではない」

 

 そんな馬鹿な。

 古龍が里の近くにいるという状況も里存亡の危機だが、古龍以外のツミキが討伐できないモンスターがいるというのも、ミノトにとっては悪夢に等しい。

 目の前が真っ暗になるような感覚があった。足にも力が入っていないのか、ふるふると力なく震えている。

 やっとの思いで、ミノトは声を絞り出す。

 

「里長……それは、どんなモンスターなんですか……?」

 

「……これは、見てもらった方が早いだろう。ミノト、これが依頼書だ」

 

 手渡された一枚の依頼書を見るのに、勇気が必要だった。

 それもそうだろう。ここには、どうやっても抗うことのできない絶望が描かれているのだから。

 ツミキが狩猟できないということは、そういうことだ。

 ひょっとしたら、この依頼書には世界の終わりが書かれているのかもしれない。

 けれど、その全貌がわからなければ、対策を立てることも……大切な人たちを守るために、己を奮い立たせることも出来ない。

 覚悟を決める。例え絶望的な状況だったとしても絶対に諦めてやるもんか。

 意を決して、ミノトは依頼書に視線を落とした。

 

「こ、これは──ッ!」

 

捕   獲

催淫バブルパニック

環境情報

 大量発生・増殖なし

受注・参加条件

 HR4以上

失敗条件

報奨金ゼロ

タイムアップ

依頼主

 幸せいっぱいの女ハンター

依頼内容

 ギルドからの依頼でタマミツネを相方と狩猟しに行ったのよ。

 そしたら、濃いピンク色の見たことない色の泡に相方が突っ込んじゃって! 

 タマミツネの色付き泡っていろんな効果があるじゃない? 

 その濃いピンク色の泡が実はその……媚薬みたいな効果があったみたい。

 何とかベースキャンプに相方を連れ帰ったんだけど、相方は我慢の限界だったみたいでそのまま私を……うふふ。

 煮え切れなかった彼もやっとプロポーズをしてくれて、今年の冬に式を上げる予定なの。

 あのタマミツネは私たちの愛のキューピットね! 今、とっても幸せです! 

あ、とても珍しい個体とかなんとかで、どっかの富豪がタマミツネを欲しがってるの。

 だから、くれぐれも討伐しないようにお願いね。なんか、ギルドも調査したいとかなんとか……。

 

「……………………は?」

 

 内容を飲み込むのに、しばしの時間を要した。

 

「ミノト……気持ちは分かる。だが、我々はこの恐ろしいクエストに挑まねばならないのだ!」

 

「え? ……いや、確かに恐ろしい惚気をされたような気はしますが」

 

 もう一度、ミノトは依頼書に目を通す。

 

「……ただの惚気話じゃないですか!!!」

 

 ミノトは依頼書をテーブルに叩きつけた。

 

「ふざけないでください!! 私の覚悟を返してくださいよ!!」

 

「いやしかしだなミノト、これは本当に由々しき事態なのだ」

 

「どこがですか!? ……いや本当にどこがですか!? 依頼書からは人生最高潮の女がいることしか読み取れないんですけど!? いつから緊急クエストは結納ハガキになったんですか!」

 

「そんな些細なことはどうでもいいゲコ。ミノト、問題なのはクエストの種別ゲコ」

 

「些細なことでは絶対にないと思います」

 

 とはいえ、ミノトもゴコクの言わんとすることは分かる。

 確かに、これはツミキであれば絶対に失敗するクエストだった。

 

「タマミツネの捕獲依頼。……ツミキには、不可能ゲコ」

 

「……そうですね。ツミキに捕獲は難しいと、私も思います」

 

 大型モンスターに関するクエストには、三種類のクエスト種別がある。

 

 1つは、討伐クエスト。

 これは、指定のモンスターを討伐することで、クエストクリアとなる。

 1つは、捕獲クエスト。

 これは、指定のモンスターを罠と麻酔を用いて捕獲することでクエストクリアとなる。

 1つは、狩猟クエスト。

 これは、指定のモンスターを討伐か捕獲すれば、クエストクリアとなる。

 

 最も多いのは狩猟クエストであり、ツミキはこれまで狩猟クエストしか受けてこなかった。

 ……そして、ツミキはその全てのクエストで、モンスターを討伐してクエストクリアしている。

 

 モンスターを討伐することと捕獲することはまた別種の技術が必要だ。必要だが、ツミキほどの天才ができないということはまずない。

 ならば、ツミキはあえて捕獲を行ってこなかったのか。

 

 違う。

 そうではないことを、この場の三人は知っていた。

 

 ツミキがクエストに出れば……絶対に、タマミツネを討伐する。

 

「しかし、それで何か問題がありますか? 確かに、今はタマミツネの繁殖期。凶暴化したタマミツネが人を襲うこともあるでしょう。このタマミツネも人を襲うから依頼が来ているのでしょうし……結局、タマミツネを討伐しても脅威の排除は叶います」

 

「ミノト、目を逸らすな」

 

「優先すべきは人の安全。それが達成されるのであれば、討伐か捕獲かなんて些細なことです。ツミキに任せればあっという間に終わります」

 

「ミノト、些細なことではないゲコ」

 

「……」

 

 沈黙。

 堪えるように、ミノトは俯いた。

 フゲンとゴコクが、やれやれ、とため息を吐いた。

 

「ここにちゃんと書いてあるだろう? 媚薬を分泌するタマミツネだから捕まえてほしいと」

 

「それがおかしんですよ!!!!!!!!!!!!」

 

 堪えきれなかったようだ。

 

「依頼内容を無視するのはハンターとして関心しないゲコね」

 

「媚薬分泌モンスターを捕獲しようとしてる方がどうかと思いますが!? 絶対ろくなこと考えてないですよこの遠くの富豪の人! というか、そんなえっ……な本みたいなモンスター本当にいるんですか!?」

 

「いるから依頼が来ているのだろう。俺も昔そういう文献があると聞いたことがある。女ハンター生態調査タマミツネ編〜とろとろ粘液でとろけさせて〜という題名らしいが……読むことは叶わなかった。大変素晴らしい書物という噂だ、一度は読んで見たかったものだ……フッ、気炎万丈!」

 

「今は絶版になっているのが惜しいゲコ。叶うのなら、一度読みたいものだゲコ」

 

「なんでこういうところで堂々とえ、えっ……な本の話ができるんですか……!? 信じられません……!!」

 

 それをえっちな本と認識できる君はなんなの? 

 

「とにかく!! 仮にこの依頼書が本物だったとしても、媚薬を分泌するモンスターを欲しがる人なんて碌な人物とは思えません! 依頼を無視して討伐するべきです!」

 

「それはできない。もうギルドから捕獲を請け負うということで異例の前金を貰ってるからな。ここで失敗しようものならカムラの里がなくなるぞ」

 

「何やってるんですか!?」

 

「許せミノト……過疎化の一途を辿る村には金がないのだ。砦の整備には莫大な金がいる」

 

「そんなリアルな里の運営事情は聞きたくなかった……!」

 

「とにかく、この緊急クエストは絶対に成功させる必要がある。だが、ツミキに任せると必ず失敗するだろう。そこで、だ」

 

「ヒノエとミノトの二人に、ツミキのブレーキ役として共にクエストに行ってほしいゲコ」

 

「いやですよ!? なんで媚薬を撒き散らすってわかってるモンスターに……!!」

 

 言いつつ、ミノトはクエスト依頼書の内容を反芻する。

 どうやら、男ハンターは媚薬泡を浴びてからベースキャンプに戻るまでの、長くても数十分の時間で、理性で抑えきれないレベルの催淫状態になったようだ。

 

 媚薬の効果が出るまでの時間が早すぎる。そして、媚薬の効果も強すぎる。

 一応、そっちの知識も豊富なミノトは、これがいかに“ヤバい“ものか理解していた。

 

 絶対に泡を浴びてはならない。

 だが、自分の技量ではそれが不可能であることも理解していた。

 それに、もし仮にミノト自身が媚薬泡から逃れられたとしても、万が一ツミキが泡の影響を受けてしまえば? 

 あのただでさえ普段から発情しているようなスーパーすけべが、強力な媚薬を摂取してしまうとどうなるのか。

 考えるだけで恐ろしい。

 ツミキは男で、自分は女だ。

 きっと、抵抗もできずにあんなことやこんなことを……それだけに飽き足らず、ついには〇〇○で△△△なことを□□□にされてしまうのだ。

 そこまで一瞬で想像を膨らませて、ミノトは真っ赤な顔を隠すように両手を顔に翳した。

 

「そんなの……っ! そんなの、もうお嫁に行けない……っ!!」

 

 なお、純粋な腕力はミノトの方が高いので本気で抵抗すればそんなことにはならないが、ミノトの妄想の中にそんなパターンはなかった。

 

「あ、そうです! ウツシ教官に任せたらいいじゃないですか!」

 

「ウツシは別件にかかりきりで無理だ」

 

「そんなっ……!」

 

 渾身の代替案も、どうやら実行は難しいらしい。

 

「しかし、困りましたなゴコク殿。まさか、ミノトがここまで嫌がるとは思わなかった」

 

「むう……こうなれば仕方がない。ヒノエだけに頼むとするゲコ。少し不安ではある……けど、ヒノエなら上手くツミキの手綱を握ってくれるゲコ」

 

「それが一番ダメに決まってるじゃないですかぁああああ!!!」

 

 この日一番のシャウトだった。

 

 ツミキと? ヒノエが? 二人で? 媚薬モンスターの討伐? 

 無理だ。

 ミノトにとって最悪の事態になることが簡単に想像できる。

 

 ツミキが媚薬を浴びる。

 溢れ出る性欲を抑えきれずにヒノエを獣のように襲いそのまま人生にゴールインするだろう。

 ヒノエが媚薬を浴びる。

 押し込めてきた想いが溢れ出してツミキを誘いそのまま人生のゴールインを決めるだろう。

 二人とも媚薬を浴びる。

 1週間はベースキャンプから出てこなくなるだろう。そしてゴールインする。

 

 どう転んでも最悪だった。

 認められるわけがない。

 

 それに、最近のツミキとヒノエの雰囲気は何かおかしい。

 いや、ツミキというよりは……ヒノエがおかしい。

 何か覚悟が決まったような……そう、例えるのなら、亀を待ちすぎたうさぎがもういいやとゴールに一直線に走っていくような。

 とにもかくにも、最近のヒノエには凄みというべきものがあるのだ。

 

「絶対にダメです! ヒノエ姉様とツミキを二人で向かわせることだけは……それだけは絶対にさせません……!」

 

「話は聞かせていただきました」

 

「ヒ、ヒノエ姉様!? どうしてここに!」

 

「俺が呼んでおいた」

 

「余計なことしかしませんね!?」

 

「それで、ヒノエ。どこまで話を理解しているゲコ?」

 

「タマミツネを捕獲する緊急クエストが通達され、ツミキが討伐してしまわないように同行者が必要だというところまでは。この時期のタマミツネは凶暴です。きっと、近隣の村の方も不安に駆られているでしょう……早く、安心させてあげたいです」

 

「肝心なところを聞いて肝心なところを聞いていない……!」

 

 謎のミラクル属性をヒノエは持っていた。

 ミノトは頭を抱えた。

 

「そこまで理解しているのなら話は早い。ヒノエ、頼めるか」

 

「はい。任せてください」

 

「ああ。帰りは遅くなると里のものには伝えておくから安心して気炎万丈してこい」

 

「はい。……はい?」

 

「もうお願いですからあなたは喋らないでください……!!」

 

 ミノトがヤケクソ気味に叫ぶ。

 ちょうどその時、集会所にクエストを終えたツミキが帰ってきた。

 

「ただいまー、戻ったよミノトー。……あれ、みんな集まって何してるの?」

 

 首を捻ったツミキが、里長たちが集まっているテーブルに近づく。

 そこで、ヒノエの姿も見つけた。

 

「あ……ヒノエ……」

 

「お帰りなさい、ツミキ」

 

「あ、うん……ただいま……」

 

 お日様のような微笑みを浮かべるヒノエ。

 ツミキの顔に赤みが刺し、若干視線を逸らしながら指でほおをかく。

 なんとも甘酸っぱい空気が一瞬で充満した。

 

「ああああああああああああああああっ!!!!!!」

 

 ミノトは発狂した。

 

「最近のこの空気はなんですか!? 本当に……本当に何!? ヒノエ姉様をいやらしい目で見ないで!!」

 

「いくらなんでも理不尽がすぎる」

 

「里長は喋らないでください!!」

 

「……」

 

「そんな目でワシを見るなゲコ」

 

 捨てられた子犬のような顔をするフゲンの横で、ツミキがミノトから距離を取りつつヒノエに問いかける。

 

「今日のミノトはいつにも増してあらぶってるな……なんかあったのヒノエ?」

 

「いえ……私にも詳しい理由は……」

 

「それは俺から説明しよう」

 

「さ、里長!」

 

「実は、媚薬を分泌するえっちなタマミツネが出てきたのだ」

 

「そんなえっちなモンスターが実在したんですか!?」

 

「俺も驚いている。まさかあの本のモンスターが実在したなんて……むっ!! ツミキ、お前、その本はまさか!!?」

 

 フゲンの目がくわっと見開かれた。

 その視線は、ツミキがもつ一冊の本。

 それは、ツミキが村長からお礼として譲り受けた、

 

「女ハンター生態調査タマミツネ編〜とろとろ粘液でとろけさせて〜ではないか!?」

 

「何!? 女ハンター生態調査タマミツネ編〜とろとろ粘液でとろけさせて〜じゃと!? ゲコ!!!」

 

「え、女ハンター生態調査タマミツネ編〜とろとろ粘液でとろけさせて〜ですか!?」

 

「……?」

 

 上からフゲン、ゴコク、ミノト、ヒノエである。

 

「ふっ……やはり里長たちも知っていましたか……この1冊を……!」

 

 ツミキが顔の前で掲げる本は、確かにかのエロ本である。

 その本に畏怖するように、フゲンたち三人が後ずさった。

 無理もない。それだけこのエロ本はえっちであるのだから。

 

「あの……発売直後に絶版になった幻の1冊を……! ツミキ、これをどこで手に入れた!?」

 

「親切なお爺さんから譲り受けました。自分にはもう必要ないからと」

 

「なんて親切なご老公だ……。後で里を上げてお礼をしよう」

 

「ギルドからも返礼をしなければならないゲコね」

 

「ところでツミキ……それはもう、読んだのか……?」

 

「ふっ……当たり前じゃないですか。……最高でした! 里長たちにもお貸ししますよ!」

 

「ツミキ! お前はカムラの里の宝だ!!!」

 

 男たちが盛り上がる横で、ヒノエはずっと首を捻っていた。

 

「ねえ、ミノト。あの本はそんなに有名なものなのですか?」

 

「わかりません」

 

「どのような本なのでしょうか。確かタイトルは……女ハンター……なんでしたっけ? ミノト、わかりますか?」

 

「わかりません」

 

「ツミキが好きなものなら、知りたいです。私も後で貸してもらいましょうか」

 

「絶対にダメです。あれはヒノエ姉様には必要のないものです」

 

「ミノト、本の内容を知っているのですか?」

 

「わかりません」

 

 緊急クエストよりもエロ本の方が求心力があったようだ。

 もうこの里はダメだと思う。

 




ネタバレ:竜人族姉妹のおっぱいが大きくて美人でえっちな方が大変なことになる。
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