カムラの里を出たい少年と、少年に里に残って欲しい竜人族の双子姉妹の700日戦争 作:メリバ上等
ヒノエボイスが最高だったので初投稿です。
人と違う。
多様性といえば聞こえはいい。
けれど、"どうして自分はみんなと同じじゃないのだろう"と悩むことまでは止められない。
何かが違えばそこには優劣が生まれる。
違いに優劣を付けないことが社会が目指す多様性なのであれば、違いに優劣を付けてしまうことは、十分な社会性を獲得していない子どもには有りがちなことなのだろう。
いつか大人になれば笑ってしまえるほどの事だとしても。
誰か教え諭してくれる大人がいれば明日には消えてしまうようなことだったとしても。
だからといって、当人が抱えた"人と違う"ことへの劣等感が、小さなものになるわけではない。
当時のヒノエは、そういう感情を抱えていた。
四本しかない手の指。
三本指に踵が突き出た鳥のような足。
竜人族にはありふれた手足の造形で、人間には異形に映る手足の造形だった。
人里で育ち、人の中で情緒を育てて行ったヒノエには、人と違うことがとても恐ろしかった。
そして、タイミングが悪いことに。
この頃のカムラの里はとある嵐の夜に運び込まれた赤ん坊の一件もあり、とても身寄りのない子どもに構っていられるほどの余裕が誰にもなかった。
ポツンと一人きりになったヒノエは、"お前は仲間ではない"と、そう言われているような気がしたのだ。
どうして私の手足はこんなにも醜いのだろう。
ヒノエにとって仲間外れの象徴だった手足を見るたびにそう思うようになり、いつしか分厚い手袋とブーツで、それを隠すようになった。
手足を隠している間だけは、みんなの仲間に入れてもらえるような、そんな気がしたのだ。
けれど、だからなんだというのだ。
隠す。
それは見せないこと。
ヒノエは恐怖に蓋をして、隠すことで笑顔を作った。
ヒノエの中の、人と違うことへの恐怖は残ったままで、いつか本当に爪弾きものになる恐れは無くならないばかりか、日に日に大きく強くなっていく。
もうヒノエは、人前で手袋とブーツを脱ぐことが出来なくなっていた。
だから。
「ヒノエちゃんの手はきれーだね。白くて、細くて、暖かくて……優しい感じがする。初めて見たけど、僕、すっごく好きだ」
その言葉にどれだけ救われたのか。
それは、きっとヒノエにしか分からない。
最近なんかミノトの様子がおかしい。
おやつのうさ団子をパクつきながら、ツミキは首を捻っていた。
例えば、朝。
里でヒノエを見かけ、挨拶しようと近寄った瞬間、
『それ以上ヒノエ姉さまに近寄らないでください!』
ミノトが両手を広げてツミキをブロックしにすっ飛んでくる。
白い巫女服も相まってウルクススを思わせる迫力だった。
例えば、昼。
一緒にご飯を食べようとヒノエの隣に座ろうとすると、
『ここ失礼しますね!!!』
どかっ! とミノトが割り込むように座る。
飛び込んでくるフルフルを彷彿とさせるパワーだった。
例えば、夜。
湯上がりで涼んでいるヒノエに手を振ろうものなら、
『ヒノエ姉さまをすけべな目で見ることは許しません!!』
両手を振り回したミノトが目を潰してやるとでも言わんばかりに立ち塞がる。
ゴシャハギを想起させる暴れ具合だった。
ミノトがヒノエのことになると見境がなくなるのはまあ、いつものことと言えばいつものことだが、最近は何というかこう、ちょっと過剰すぎじゃなかろうか。
大まかそんな感じの違和感をツミキは抱いて、抱いていたから、ヒノエに聞いてみた。
「最近なんかミノト変じゃない?」
「そうですねえ。はむっ……美味しいですね〜」
ツミキの隣でうさ団子(八皿目)をパクつくヒノエが幸せそうに目を細める。
え、ミノト?
フゲンに集会所に呼ばれて別行動中なのであった。
鬼の形相でツミキを睨みつけていたあの顔を、多分ツミキはしばらく忘れられそうにない。
「ミノトにも色々とあるんです。女の子ですから」
「その色々が僕は気になるんだけど」
「うふふ。女の子の秘密を探るのは感心しませんよ」
「女の子の秘密はむしろ積極的に見たいよ」
「今のはちょっと引きました」
「真顔やめて」
男の子は美少女の真顔に弱い。
ペロリ、とうさ団子(九皿目)を食べたヒノエが、ちろりと舌先で唇を舐める。
薄い桜色の唇を、朱色の舌先が掠めていく。
ツミキはガン見していたが、ヒノエは気付いていないのか小さく欠伸をこぼして眠そうだ。
ぽかぽかと陽気なお日様に見守られて、ツミキも眠気を覚え始めた。
ちょっと寝ちゃおうかなと思考がぼやけた、その瞬間。
「本当に里を出たいのですか?」
「そりゃあ勿論──どぅえぇ!?」
「あらあら。……本当に、里を出たいのですね。……ふぅん」
気が緩んだ間隙を突く。
ツミキが無防備になった瞬間をコンマ数秒の狂いもなく狙い澄ました一言。
──ナンデシッテルノ。
声にならない声を上げるツミキの様子で、「ああ、本当に里を出るつもりなんだ」と確信を得たヒノエの目がすっと細まった。
生来の切長の目元に熟考の色が宿る。ミステリアスな美しさを醸し出すヒノエにツミキは見惚れていた。バカなの?
「どうして里を?」
「え……それは……っていうか! 里長にしか言ってないのにどうしてヒノエが知ってるの!」
「そんな事はどうでもいいんです。私は、どうしてツミキが里を出たいのかが知りたいのですから」
「僕はなんで知ってるのかが知りたいよ!? まさか里長から……」
「あら、巫女服の袴にほつれが」
「!!!!?!?」
ツミキ、怒り状態のディアブロスも呆れるほどの反射でヒノエの袴を隅から隅まで一瞬でチェック!
あまりの速さに風が吹いたのかと錯覚するほどの早技だった。
「ふ、ふーん。ほつれかあ。そうかあ、ほつれかあ。ほつれはいけないね……。だってほつれだもんね……。引っ張ったら袴がするするって解けちゃうもんね……。解けるの? 袴って解けるのかな? どう思うヒノエ? 解けるの? これは試してみるのも良いと思うんだ。だっていつかいきなり解けるよりは心構えが出来る今の方が良いよね? それでどうやら袴の外側にはほつれはないみたいだけど……もしかして……ごくり、内側……? ほつれ、見たいな。実は僕、大のほつれ好きでね、とくに服のほつれには目がないんだ。だから」
「大丈夫ですよ。私の気のせいでした。どこもほつれていません」
「そっか……それは……よかったね……」
「あらあら。声に元気がありませんよ、ツミキ。眠くなってきましたか?」
うふふ、と笑うヒノエ。
この女、天然なのか計算してやってるのか。
上品に口元に手を当てるその仕草からはいまいち掴みきれない。
「気のせいか……気のせいは誰にでもあるもんね」
こいつは天然のバカ(断言)
「うふふ。どうやら私の勘違いで気を揉ませてしまったみたいですね。なら、お詫びに……」
「……ん、わ、わわっ」
くいっ、とヒノエに引き寄せられたと思ったのも束の間。
次の瞬間には、ツミキの頭はヒノエの太腿の上に乗っていた。
膝枕というやつである。
「今日はもう訓練もありませんし。眠たいのなら……どうぞ。私の膝で良ければ、お貸ししますよ」
頭部に柔らかく、しかし程よい弾力の感触。
至福とも言える体温の暖かさがじんわりと染み渡る。
ぽすん、と頭に優しく手を置かれた思えば、労るようにゆっくりと撫でられ、すけべ心より心地よさが勝ったツミキは声にならない声を上げた。
「ふ、ふわぁあぁ〜〜」
正直見るに耐えない緩みきった顔をツミキはしていたが、ヒノエは幸せそうに小さな笑みを溢していた。
竜人族特有の四本の指がツミキの頭を撫でる。
髪の間を通してみたり。
耳を軽く摘んでさわさわしてみたり。
頬を掠めていく指先が心地よかった。
手袋はしていない。
白い四本の指が、愛おしいものに触れるように優しく。
「うふふ」
ふと、昔を懐かしんで。
ヒノエが楽しそうに笑った。
胸の内を暖かな波が広がっていく感覚。
ゆったりとした時間。そして、幸せな時間が流れていく。
その瞬間だけを切り取れば、まるで恋人がそうしているかのような……。
「ふぁああぁ……」
ほんまこいつ……。
「……本当に眠ってしまいそうですね」
寝ぼけ眼のツミキを見たヒノエはそう小さく溢すと、ぐっとその顔をツミキに近づけた。
鼻先が触れるか触れないか、そんな至近距離。
サラサラな黒髪がツミキの顔をくすぐり、しかし、そんなくすぐったさも今はもう眠気を誘う入眠剤にしかならない。
「(あれ……なんかヒノエの顔近いな……ぁ、だめだ、もう寝る……)」
意識が落ちゆく。ゆっくりと水底に沈んでいくような気怠げな心地よさ。
その、最中。
「ツミキがどうして里を出たいのかは分かりませんが。……うふふ、私はツミキのことをよく知っていますよ。でも、ツミキは私のことをよく知りません。だから……一つだけ、教えてあげます」
小さく、囁くような甘い声音で。
「……私は、ミノトが言うほど……"純粋な女の子"じゃ、ないですよ」
そんな言葉を、聞いた気がした。
一分後。
ぐーすかぴーと寝息を立てるツミキ。
そっと上体を起こし、顔を上げたヒノエ。
その顔は、真っ赤に染まっていた。
片手を口元に当てる。
ついさっきまで、ツミキの唇と触れそうになっていた唇に当てる。
自分でも驚くほどに、熱がこもっていた。
いけない、とヒノエは軽く首を振る。
これはいけない。
少しばかり、気がはやってしまった。
いくらなんでも段階を飛ばしすぎた。
だって、だって。
"それ"をしてしまえば……。
「赤ちゃん出来ちゃうところだった……」
消え入りそうな声で、ヒノエはそう呟いた。
集会所のミノト「ヒノエ姉さまが危ない!!!」
フゲン「これは……共鳴か!?」
ウツシ「……(何とも言えない顔)」