カムラの里を出たい少年と、少年に里に残って欲しい竜人族の双子姉妹の700日戦争 作:メリバ上等
大型アップデートを遊び終わったので初投稿です。
怨虎竜マガイマガドの狩猟は苛烈を極めた。
が、普通に勝った。
「モブモンスターのくせにやけに強かったなあいつ……」
現在、ツミキはミノトを背負いカムラの里に帰還している最中だった。
背負われているミノトの右足には添え木がしてある。
あの時、マガイマガドの攻撃をランスでガードした際に足の骨にヒビが入っていたのだ。
「なのに、無茶するからポッキリ折れたね」
「……自覚があるので呆れたような声はやめてくださいっ」
狩猟の終盤だ。
紫炎のガスを起爆剤に推進力を生み出し、縦横無尽に空中を高速移動するマガイマガド相手に、ツミキは空中戦を挑んだ。
しかし、度重なる激戦とミノトを庇いながらのマガイマガドの狩猟で体力が限界に来ていたツミキは、マガイマガドの突進を受け流した際に盾を取り落としてしまった。
盾という守りを失ったツミキに、ガスを爆発させて空中で百八十度切り返すというふざけた事を実現させたマガイマガドが噛み殺さんと迫る。
その刹那、ツミキの目の前にランスの大楯が飛び込んできたのだ。
それは、地上のミノトがツミキに向かって投げたもの。
人間以上の膂力を持つ竜人族だからこそ実行できた、大楯のロングパスだった。
ミノトの盾を握ったツミキがカウンターで叩き込んだフォールバッシュでマガイマガドは墜落し、それが決定打となった。
「折れたほうの足で踏み込むから……」
「も、もういいでしょう、その話はっ」
「でも、ありがとうミノト。おかげで助かった」
「──」
「ミノトの盾が僕を守ってくれたね」
ツミキが片手剣を選んだ理由があるように、ミノトにもランスを選んだ理由がある。
ミノトは守りたかったのだ。
守るための武器。守るための盾。
その盾の内側に自分を入れていない馬鹿な男の子を守りたかった。
だから、ミノトは誰かを守る事しかできない小さな盾ではなく、自分も守って、そして誰かも守れる大きな盾を選んだ。
実力的な問題で、ミノトがツミキを守れる瞬間は来ない。
いつだってミノトはツミキに守られる側で、だからこそミノトはハンターの努力を欠かさなかった。
ミノトの頑張る理由の一つに、ツミキを守ることがあった。
ツミキの知らない理由で、ツミキの言葉がミノトの胸を打つ。
「……本当に、ずるい人」
守られたのはミノトで、守ったのはツミキだ。
そんなの誰が見たって明らかで。
最後だって、ミノトのロングパスがなくたって、ツミキならきっとなんとかしてしまっていたのだろう。
けれど、ツミキは心の底からミノトに感謝をしていて。
あの日ランスを選んだ意味は確かにあったのだと、ミノトにそう思わせる。
それが嬉しくて、情けなくて、悔しくて、まだツミキに勝ってないと心のどこかで叫んでいて。
「ツミキのくせに……生意気です」
「あれ? おかしいな想定と違う反応だ」
「…………………………ちなみに、想定では?」
「感極まったミノトが、ぎゅっておっぱい押し付けながら抱きついてくる感じの……」
「……へぇ」
「あれ? ミノトさん? 僕の首に両腕が回ってますよ? あはは、そこは手を置く位置としては不適切かな。ミノトはおっちょこちょいだなぁ」
「そんなにぎゅってされるのがお望みなら、たっぷりしてあげます!!」
「ぐえええぇっ!! 待っで、竜人族の力でそのぎゅっをやっだらまじでやばい!! じぬ!!」
「私にどんなキャラを期待してるんですか!! ツミキの……ほんっとに、すけべッ!!!」
ミノトはむず痒さから誤魔化した。
それに気付いたのか、いないのか、ツミキが乗っかった事で、空気がガラリと変わった。
まあ、ツミキはアホなので多分気付いていないだろう。
「げほっ……手が出るのが早すぎる。ヒノエぐらいお淑やかになれとは言わないけどもうちょっと落ち着いてもいい年齢では」
「は?」
「何でもないです」
がくんと、ツミキの片膝が一瞬落ち、振動がミノトに伝わる。
「おっと。ごめんミノト、大丈夫だった?」
「……ええ。大丈夫です」
「この辺はあんま舗装されてないからなー、うっかり根っこに足取られたよ。もうないようにする。足痛いのに、本当ごめんね」
それが嘘だということを、ミノトは分かっている。
ツミキは隠しているつもりでも、普段乱れることすらない呼吸が荒いのを、背負われているミノトは知っている。
目立った外傷こそないが、"狩猟中に武器を落とす"というありえないミスをやってしまうぐらいに、限界が近いことも知っている。
それをミノトに悟らせないように振る舞い、本当なら喋るのだってしんどいだろうに、ミノトが気付かないようにといつもの自分を取り繕い続けていた。
それは、カッコいいところしか見せたくないという男の見栄っ張りだった。
そして、それを指摘しない女の優しさがあった。
「ツミキは本当に馬鹿ですね」
「え? なんで急に罵倒されたの?」
「すけべでもあります」
「男の子として普通の範囲だと思うな」
「あと……」
「あと?」
「……やっぱり、ありません」
「じゃあ、良いところは?」
「ありません」
「悩む素振りぐらいはして欲しかった!」
すっと、ミノトの両腕がツミキの首に回る。
びくっと、ツミキの肩が震えた。
けれど、その腕に力が込められる事なく、代わりに、背中の温かさと重みが増した。
ミノトの心臓の音が、ツミキの背中に伝わる。
ぎゅっと、そんな音が聞こえそうな抱擁だった。
「でも……今日は、ちょっとだけ……ちょっとだけ、カッコ良かったです」
「み、ミノト……?」
「だから……こんな事でいいのなら……とちゅ……特別に、してあげます」
ミノトの胸に、ツミキの心臓の鼓動が伝わる。
それがばっくんばっくんと動いていたのが、何故か嬉しかった。
「ありがとうございます、ツミキ」
その言葉を口にした瞬間、胸の中でつっかえついた何かが抜ける感触があった。
そして、代わりに熱い何かが胸を満たしていく。
馬鹿みたいに早い心臓の音を聞きながら、悪くない気持ちだなと、ミノトは思った。
涙を流す少年がいたから、これは夢なのだとミノトは気付いた。
掠れた声で父や母、兄弟姉妹たちに謝り続ける少年の背中は、今にも潰れてしまいそうなほどに脆く、弱々しい。
もう何日も"そこ"から動いていないのか、少年の肌や衣服には乾いた泥や埃がこびり付き、見窄らしい格好をしていた。
もう座ることすら難しいのか、少年は地面に横たわっていて、それでも謝罪の言葉だけは途切れることはなく。
自罰のようであって、他者や自分からの赦しを拒絶する意思のようでもあり。
消極的な自殺行為とも取れる行動。
それが、酷く痛々しかった。
無性に腹が立ったことを、ミノトは覚えている。
だから、横たわっている少年の胸ぐらを掴み上げて。
ミノトは、右手を大きく振りかぶった。
「──ミノト、ミノト」
優しく揺すられる感覚を知覚して、ミノトは目を覚ました。
「ツミ……キ……?」
「うふふ。ツミキじゃなくて心苦しいですが、私ですよ、ヒノエです、ミノト」
ミノトは跳ね起きた。
「私は寝ていませんヒノエ姉さま!!」
「頬に涎の痕がありますよ」
「嘘っ!?」
「はい、嘘です」
でも間抜けは見つかったようだ。
ここはカムラの里の集会所。
受付嬢が座るその場所で、ミノトはうたた寝をしてしまっていた。
ツミキとミノトがマガイマガドに襲われたあの日から、一ヶ月の月日が流れていた。
「頑張るのも良いですが、少しは自分の体を大切にしなさい。最近、あまり眠れてないのではないですか」
「それは……。ですが、大丈夫ですヒノエ姉さま。私、体力には自信がありますから」
「ついさっきその体力が尽きていたではないですか」
「ついさっき仮眠を取れたからまだ大丈夫です」
譲らない姿勢を見せるミノトに、ヒノエが少し困ったように眉を寄せた。
マガイマガドの一件以来、ミノトは鬼気迫る様子で訓練に打ち込んでいる。
かといって受付嬢としての職務にも手を抜くことはなく……。
何事にも全力投球なのは美点でもあるのだが、ともあれ要領が悪かった。
このままではそう遠くないうちにミノトが倒れてしまうな、と思ったヒノエ。
休めと言って休むのならそれで良かったが、休まないので次の一手を打つ。
「そうですか……では、ミノトの言葉を信じて、今から私たちに任されたことを進めましょう。ちょうど、ツミキもいませんし」
「ヒノエ姉さま、それはまさか……!」
チキチキ! 第二回! ツミキに里に骨を埋めさせよう会議!
「……会議ではなく。少し、二人だけで話しましょうか」
集会所のアイルーに断ってから、ヒノエはミノトを連れ出した。
満開の桜が咲き誇り、ひらひらと薄紅色の花弁が舞う里の道を二人は並んで歩く。
おもむろに、ヒノエは本題を切り出した。
「ツミキは里を出るそうですよ」
「……そのようですね」
「ツミキの選択、ツミキの人生です。ツミキが里を出たいと言うのなら、笑顔で送り出すのが……きっと、一番良いのでしょうね」
「……ですが、必ず一番良い選択を出来るとは限りません。現実がそれを許さない場合があります。……悔しいですが。今、ツミキはカムラの里に必要です」
「一ヶ月前、ミノトとツミキを襲ったモンスター……命名、怨虎竜マガイマガド。……ツミキが討伐したはずの個体は、まだ見つかりませんか」
「はい。ウツシさんを含めた里の大人たちがフィールドを探し回っていますが……。あのとき、確かにツミキが倒したはずなのに……」
「……ツミキには、絶対に知られないようにしないといけませんね」
「……はい、ヒノエ姉さま。ツミキがこの事を知れば、絶対に……何処にいるかも生きてるのか生きてないのかすら分からないモンスターを"討伐"しに行ってしまいます」
おーい、と手を振る茶屋のヨモギに手を振りかえすヒノエを、ミノトはじっと見っていた。
「ツミキは天才です。誰もがそこに疑いを持たない。カムラの里のハンターとして、ツミキは里の主要な立ち位置に立っています。だから、ツミキに里に残って欲しいという里長たちの考えも分かります」
けれど。
「でも、私はツミキがハンターとして優れているから里に残って欲しい訳ではありません。ツミキだから、里に残って欲しいんです」
ハンターとしてのツミキを見る人間がいるように。
ハンターではないツミキを見る竜人族だっている。
「どうしてツミキが里を出たいのかは分かりません。でも、ツミキが里に残りたいと思う理由に私がなれたのなら。……こんなにも嬉しいことはないと、そう思います」
目を閉じたヒノエの瞼に映る光景はどんなものだろう。
ミノトには分からないけれど、それが限りなく幸福であることは、ヒノエの声音で分かった。
通り掛かったイオリが連れていたガルクを撫でて、桜の道を歩いていく。
「私はツミキに里に残って欲しい。ミノトはどうですか?」
「私は……。私も、ツミキには里に残って欲しいです」
「それは、カムラの里にツミキが必要だからですか?」
「はい。それ以外に"残って欲しい"理由はありません」
ヒノエは、それ以上訊かなかった。
ミノトは、それ以上語らなかった。
踏み込まないといけなかったような予感だけを残して、姉妹のそれぞれの理由は己の胸の内に秘匿される。
ヒノエも、ミノトも。
隠していることがあった。
それでも、二人ともツミキを里から出したくないというのは共通しているわけで。
「なら、どうやってツミキに里にいたいと思わせるのかを考えないといけませんね」
「簡単に思いつけば苦労はしないのですが……」
「なら、どうやったらツミキと結婚できるか考えないといけませんね」
「論理の飛躍!!!」
「里長が言っていました。押し倒して赤ちゃんを授かれば一発だと」
「いつから里長は宴の酔っ払いのようになったのですか?」
「押し倒すことはできる自信があります。……その、とても……恥ずかしいですが、頑張ります」
「そんな事を頑張らないでくださいヒノエ姉さま……! ツミキにそんな事をすれば何をされるか分かったものじゃありません! それに、殿方を押し倒すなど、淑女がやるのは言語道断!」
ミノトは自分を棚に上げた。
そのとき、桜木の向こう側で、恋人同士の男女が口づけを交わしているのが二人の目に入る。
ヒノエは咄嗟に指の隙間だらけの両手で顔を覆って、ミノトは顔を背けつつ横目でちらちら見ていた。
男女が手を繋いで歩いていくまで、二人はそうしていた。
「……その、こういうとき、うふふ、困ってしまいますね」
「……ヒノエ姉さま、お顔が真っ赤ですよ」
「な、慣れなくて……。あ、もしかして、まだ私が勘違いしていると思っていますね、ミノト。キスをしても赤ちゃんはできない。ちゃんと覚えています」
そうして、ヒノエは少しだけ胸を張って、
「将来を誓い合った男女が共に生活していると、女性のお腹の中に赤ちゃんを授かることができる。ミノトが教えてくれたことです」
「……はい。その通りです、ヒノエ姉さま」
嘘はついていない。
嘘はついていないけれど。
なぜ本当のことを教えなかったのか。
それは、ミノトにも分からない。
ただ、あの時。
ヒノエに本当のことを教える事に、抵抗感があったことをミノトは自覚している。
「だって……ヒノエ姉さまにあんな事やこんな事を教えるのなんて……そんなの拷問じゃないですか……!」
「ミノト?」
「何でもありません!」
「あれ? でも、不思議ですね。共に生活しないといけないのなら、どうして押し倒したら赤ちゃんを授かるのですか? ミノト、どうしてですか?」
「地獄ですか?」
この後、ヒノエの素朴な疑問に精神的にへとへとに疲れたミノトは、三日ほど休んだ。
あと里長を恨んだ。
ここまでプロローグです。
シナリオゲームでいう共通ルート。