カムラの里を出たい少年と、少年に里に残って欲しい竜人族の双子姉妹の700日戦争   作:メリバ上等

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2022年初夏のアプデが待ち遠しいので初投稿です。




7話 天才(つみ)

 カムラの里の朝は早い。

 初夏。日が上り始める明朝には、人が動き出す気配が立ち込める。

 母親が魚を焼く匂いや、農夫や漁師がガラリと玄関を開けて働きに行く音。

 1日の始まりを感じながら、カムラの里をぶらぶらと散歩するのがヒノエの朝の日課だった。

 

 きょろきょろと、辺りを見渡しながら、まるで何かを探すようにヒノエは歩く。

 すれ違う人々ににこやかに挨拶を交わしながら、やっぱり何かを探すように。

 

「あっ」

 

 船着場へと続く階段の途中で、塀にもたれ掛かるようにして眠っているツミキを見つけたヒノエの顔がぱっと華やぐ。

 起こさないようにそっと近づいて寝顔を堪能した後、ツミキの側に腰を落として、ツミキが起きるのを待つ。

 

 ヒノエは、自分だけがツミキの側にいられるこの時間が好きだった。

 

 もっとも、眠りの浅いツミキはすぐに起きてしまうので、その時間は長く続かないのだけども。

 

「……んぁ、ヒノエ?」

 

「ふふ、おはようございます」

 

「ふぁ……おはよう……」

 

「今朝は、随分と遠くまで来ましたね。眠れていますか?」

 

「ん……ぼちぼち」

 

「うふふ、それは何よりです。……もし、まだ眠いようでしたら私の膝をお貸ししますよ?」

 

「そこまでじゃないかな……よっと」

 

 一度深く息を吸って、吐き出したツミキが立ち上がる。

 それだけで、ツミキの顔から眠気と気怠さが消えた。

 仮に、今ツミキの背後からベリオロスが竜巻ダイブしてきても、ツミキは鼻唄を歌いながら避けるだろう。

 起床後、直ぐに動けることは、ハンターにとって重要なことなのである。

 

 ぐぐ〜と体を伸ばしたツミキが、片手でお腹をさすった。

 

「お腹空いてる」

 

「うさ団子を食べますか?」

 

「団子はちょっと重いかな……」

 

「では、二皿にしておきますか?」

 

「量のことじゃないんだ」

 

 そうですか……と残念そうなヒノエ。

 

「水浴びて着替えてくる。ご飯は……あー、今朝はいいや。ヒノエは?」

 

「私は集会所へ。少しばかり早いですが、里長に呼ばれていますので。今日は、クエストには行かないのですか?」

 

「あー、うん。今日はね。……うん」

 

「……ツミキ?」

 

「ん、なんでもない。それじゃ、ね。朝からヒノエに会えたし、今日はいい日だ」

 

「ふふ、毎朝会ってるじゃないですか」

 

「うん。だから毎日良い日だ」

 

 またねー、と手を振りながら歩いていくツミキを見送くる。

 ツミキの姿が見えなくなってから、ヒノエは笑みをこぼした。

 

 ぽかぽかと胸の内に広がる温かな感情の名前を、ヒノエはずっと前から知っている。

 

「ツミキはこの後……ああ、そういうことですか。里長の用事を早く終わらせてしまわないとですね」

 

 せっかく一緒に居られる時間があるのに、その時に手が空いてなくて共に居られないなんて、泣いちゃいそうなぐらい悔しいから。

 

 足取りは軽やかに。

 けれど弾むように、気持ち急ぎ足で。

 

 朝、少しだけ会話しただけなのに。

 それだけなのに、自分でも笑ってしまうぐらい、ヒノエは上機嫌だった。

 

 

 

 

 

 集会所とは、ギルドから回されたクエストの管理を行ったり、クエストに赴くハンターに飯を振る舞ったり……要は、ハンターにとって重要な、ハンターのより場のようなものだ。

 もっとも、カムラの里にいる正式な現役ハンターは現状ツミキのみのため、より場としては機能していない。

 現状、カムラの里の集会所は「あそこにいけば里の誰かはいるだろう。ちょっと遊びにいくか」程度に利用される、公共施設のような扱いをされていた。

 そのため、日中は里の者……主に年老いて一線を引いたご年配方が集まるため、賑やかな健康ランドのような様相になっているが、流石に早朝ともなれば人の影は少ない。

 

 そんな集会所の、山紫水明な自然を一望できるテラスでフゲンと竜人族姉妹は話していた。

 

「それで、押し倒して一発やったのか?」

 

「女の子に最低な質問をするために人気のない時間帯を指定したんですか? いい加減にしないとぶっ飛ばしますよ?」

 

「とても大事な確認なのだが。俺には里長としてツミキと一発やったかどうか知っておく責任がある」

 

「もうこの里滅んでしまった方がいいんじゃないでしょうか」

 

「ミノト、ミノト、一発ってどういう意味ですか?」

 

「ほら!! ヒノエ姉さまが興味を持ったじゃないですか!!!」

 

「ヒノエ、一発というのはだな……」

 

「ヒノエ姉さまになにを教えようとしてるんですか!!!」

 

 ヒノエの前に立ちはだかり、長い黒髪を振り乱しながらふー! ふー! とフゲンを威嚇するミノトに、フゲンはあのなあ……と嘆息する。

 

「少々過保護が過ぎるんじゃないか、ミノト。ヒノエは人間で言えば、もう結婚する歳だ。そろそろ姉離れしたらどうだ?」

 

「それと里長が最低な質問をしていることは関係ないんですけど!?」

 

「前々から言っているが、ツミキは助平な男だ。ヒノエのような麗しい女子が迫れば、簡単に落ちる」

 

「そんな、見目麗しくて器量もよく、いい奥さんになるだなんて……。褒めすぎですよ、里長」

 

「うん……? ま、まあとにかく。カムラの里の未来のため、ツミキが里から出ていくのは非常にまずい。それは分かっているだろう?」

 

「それは……そうですが! だからといって大切な姉をスケベに嫁がせる妹が何処にいますか!」

 

「本人が望んでいるだろう……。過保護なのも結構だが、ヒノエの意思を尊重してやるのが家族の愛というやつだ」

 

 毎度のやり取りに、フゲンが呆れたように嘆息する。

 それでも、ふしゃー! と猫のように食ってかかるミノトの気勢が萎えることはない。

 

「ダメなものはダメです! 例え本人が望んでいても、不幸になると分かっていてその意思を尊重するのが家族の愛だというのなら、私は人でなしでいい!」

 

「ツミキと結婚すれば、ヒノエは不幸になるのか? 俺は、ツミキがヒノエを不幸にする男には見えないが」

 

「……そ、それはっ」

 

「確かにあいつはスケベだ。だが、外道ではない。スケベではあるが」

 

「そうですよ、ミノト。ツミキは確かに……その、エッチな目を時々……わりと……1日に数回……するときはありますが、とても温かい人です」

 

 ……そんなことは、言われなくたってミノトは分かっている。

 分かっていても、飲み込めるものと飲み込めないものがあるという話。

 

 ずっと前からだ。

 ずっと前から、ツミキがヒノエと一緒にいるところを見ると、決まって胸に小さな針で刺すような痛みが走る。

 その痛みの名前から、ミノトは必死に目を背けている。

 

 ……それとは、別に。

 ツミキとヒノエが結ばれることに、言いようのない胸騒ぎがすることも、理由の一つではあるが。

 

 押し黙ったミノトを見て、難儀なことになったものだとフゲンはため息をついた。

 ほつれにほつれ、絡まりに絡まった赤い糸は何処に繋がっているのか。

 

「まあ、俺はハーレムでも一向に構わんのだが」

 

「あの、今シリアスな話をしてませんでしたか? このツミキばりの空気の読めなさ……まさか里長に似たとかじゃないですよね」

 

「美人姉妹丼に飛びつかない男はいまい。ツミキでなくても一撃だ」

 

「どこまで最低値を更新するつもりですか?」

 

「夜はさぞ燃え上がるだろう。ふっ……気炎万丈!」

 

「最悪のタイミングで決め台詞に入りましたよ!?」

 

 ぎゃーぎゃー喚くミノトとフゲンをよそに、ヒノエはツミキに早く会いたいなあ、と集会所の出入り口を眺めていた。

 

「まあいい。取り敢えず、現状はツミキには可能な限り遠回りをしてハンターランクを上げていってもらう。どういう訳か、里を出たがっている割には、カムラの里でハンターランクを上げることに拘っているからな」

 

「その点は抜かりありません。ツミキには、同ランク帯の全てのクエストを網羅しなければハンターランクを上げることは出来ないと伝えています。もっとも、ツミキの実力であれば時間稼ぎにしかなりませんけど……」

 

「それでも、時間は稼げる。その間にヒノエがツミキを籠絡すればいい」

 

「頭が真っピンクですね本当に!」

 

 再び始まる言い合いを聞き流しながら、ヒノエは思う。

 

 2人とも、勘違いをしている。

 

 確かにツミキにはカムラの里を出る意思がある。

 あるが、それだけだ。

 

 ツミキはカムラの里から出られないと、ヒノエはここ数ヶ月で確信していた。

 

 だってそうだろう? 

 本当にカムラの里を出たいのであれば。

 本当にカムラの里を出たい気持ちがあるのなら。

 

 どうして、ツミキほどの強さがありながら、カムラの里で新米ハンターなんかやっているのか。

 

 少し考えたら分かる。

 ツミキには、カムラの里から出られない理由があるのだ。

 

「ふふ……。まあ、分かりきっていますけどね、そんなこと」

 

 最初、ツミキが里から出たがっていると聞いたとき、ヒノエは我が耳を疑った。そして、焦った。

 ツミキが里から出たがるなど、思いもしていなかったからだ。

 

 まさか……という、疑念。

 確かめなければ……という、焦燥。

 

 けれど、この数ヶ月が、ヒノエに答えを教えてくれた。

 

「里長。経過報告は、もう十分ですか?」

 

 腰を上げる。

 もうここにいる理由はないだろうとヒノエは判断した。

 

「ん……ああ、十分だ。引き続き頼んだぞ、ヒノエ」

 

「だーかーらー! ヒノエ姉さまにそんなことはさせません!」

 

「ミノト、元気なのは良いことですけど、もうそろそろ受付嬢の業務時間ですよ」

 

「そ、そうでした! 里長が変なことばかり言うから……!」

 

「俺のせいなのか?」

 

 慌てて受付嬢としての仕事に取り掛かるミノトの声を背に、ヒノエは集会所を後にする。

 行き先は決まっている。

 カムラの里から大社跡フィールドに続く道の途中……小高い丘の上にある場所。

 そこに、間違いなくツミキがいる。

 何故なら。

 

「……今日は、ご家族の命日でしたね」

 

 そこに、ツミキの罪の象徴があるから。

 

 

 

 

 

 生きていれば、誰にだって辛い過去の一つや二つある。

 モンスターが生態系の頂点に君臨する、人間にとって生き難いこの世界では、そんなの当たり前だ。

 悲劇なんて、腐るほどある。

 

 自分が特別不幸だなんて思ったことはない。

 自分だけが辛いのだと嘆いたこともない。

 

 けれど、こんな哀しみはありふれているという事実は、魂を引き裂くような痛苦を癒してくれることはなかった。

 

 もっとも、ツミキのそれは、この世界にありふれているものとは、少しばかり毛色が違ったが。

 

 見晴らしの良い丘の上は、拳ほどの大きさの石と、人名が書かれた木製の板が1本。

 板には、6人の名前が書かれている。

 

 その手前に花を添えたあと、ツミキはずっと座り込んで、ただぼうっとしていた。

 

 その背に、かけられる声があった。

 

「やっぱり此処でしたか」

 

「……ヒノエ」

 

「はい。私です。……私も、花を供えさせて頂いてもいいですか?」

 

「……ありがとう。母ちゃんたちも、きっと喜ぶ」

 

 そういって、ツミキは腰を上げて場所を開ける。

 その場所に膝をつき、花を供えようとしたヒノエが、ぁ、と小さく声を漏らした。

 供えられた花束が2つあったからだ。

 

「1つはミノトですか?」

 

「多分ね。僕が来たときにはもうあった。僕も結構早くに来たんだけど……ははは、早起きではミノトに敵わないや」

 

「自慢の妹ですから。私も毎朝起こしてもらっています」

 

「そこで胸を張るのは何かがおかしいと思う」

 

 戯けつつ、あの子らしいな、とヒノエは思考を飛ばす。

 まだ、この場所でツミキと会うのは気不味いのだろう。

 それなら、ツミキが帰った後に花を供えれば……と思わなくもないが、それはそれ、これはこれ。

 決して口にすることはないが、きっと、私も忘れていないというミノトのメッセージなのだ。

 

 花を供え、厳かに手を合わせた。

 そんなヒノエを、ツミキはじっと見ていた。

 膝を抱えて三角座りをしているツミキと、正座をしたヒノエが、隣り合って、ただ無言で座っていた。

 

 幾ばくかの時が過ぎて、ツミキが、口内に迫り上がった水が決壊するように呟いた。

 

「此処に来る途中で、セイハクくんに会ったんだ」

 

 セイハクとは、おにぎり屋を営む夫婦の一人息子だ。

 幼い少年にありがちな強さへの憧れがあり、それはそのまま、ハンターとして天才であるツミキへの憧れになっている。

 ツミキ兄ちゃん、とツミキを慕う彼のことを、ツミキも可愛がっていた。

 けれど、そんなセイハクのことを話すツミキの声は苦々しい。

 

「ヨモギちゃんから聞いたみたいだ。僕は最初からどんなモンスターでも狩猟できたって。……羨ましい、凄いって、そう言われたよ」

 

「それは……」

 

 なんて残酷な言葉だろう。

 その一言を、ヒノエは飲み込んだ。

 

「分かってるよ。セイハクくんに……もちろんヨモギちゃんにも、悪気があったわけじゃない。実際、僕は最初からこうだった。それが他人にどう映るのかは分かってるつもりだから」

 

 それでも。

 それでも、少年の無邪気な憧れから出た一言は、ツミキの心を深く抉った。

 

「此処に来ると嫌でも思い出す。金属がひしゃげる音。父ちゃんの絶叫がだんだん小さくなっていって。飛び出した兄ちゃんたちの声が聞こえなくなって」

 

「ツミキ」

 

「僕の頭を撫でた母ちゃんが歩いていくのが見えて。追いかけようとする僕を姉ちゃんがずっと抱きしめてて。すぐ近くで水っぽい何かが落ちる音がして。地面が赤くなっていって」

 

「ツミキ。ツミキ!」

 

「肉をかき混ぜるような音がして。骨が砕ける音がして。母ちゃんの手があった。姉ちゃんがずっと泣いてた。心細かったから母ちゃんの手を握ったら手首から先が」

 

「ツミキ! もういいです! やめて! やめてください!」

 

「……ぁ、ぅ」

 

 壊れた機械のように独白を続けるツミキの肩を、折れるぐらいに強く掴んで、揺さぶる。

 そこまでして、ようやくツミキの独白が止まった。

 焦点の定まらない瞳が、ヒノエを捉える。

 座り込むツミキと、ツミキに向きあって、その肩を掴むヒノエ。

 それは、あの日の、ツミキとツミキを抱きしめる姉の光景に酷似していた。

 

 その直後。

 

「……ぅ、ぉ、ぁぉ、おぇええぇ」

 

 込み上げる嘔吐感を堪えることも出来ず、ツミキは吐き出した。

 朝から何も食べていないためか、胃液のみが吐き出される。

 喉を焼く痛みがあるにも関わらず、ツミキは吐き続けた。

 

 正面にいるヒノエの巫女服に、ツミキの吐瀉物が跳ねる。

 それを全く気にもとめずに、ヒノエはツミキの背を優しく撫で続けた。

 

 吐けるものを全て吐き出したあと、まだ残っていたものをツミキは吐き出した。

 

「……みんなが僕を赦すんだ」

 

 自分で自分を刺し貫くような言葉だった。

 

「僕は悪くないって。僕のせいじゃないって。みんなそうやって僕に優しくする」

 

 過去のツミキに降りかかった災いは、言ってしまえばごくありふれた悲劇でしかない。

 

 ツミキの両親は家族で旅団をやっていて、他の里で一仕事を終えた後の、カムラの里への帰還中にモンスターに襲われた。

 

 そんな、この世界のどこにでも転がっているような、当たり前の悲劇。

 むしろ、ツミキが生き残っている分、まだマシな方だ。

 

 けれど。

 

 ……どうして、ツミキは生き残ったのか。

 他の家族はみんな殺されたのに、どうしてツミキだけが生き残ったのか。

 

 あまりにも残酷な答えが、そこにある。

 

「そんな訳ない。そんなはずがない。父ちゃんが引き裂かれたのも。兄ちゃんたちが踏み潰されたのも。母ちゃんが八つ裂きにされたのも。姉ちゃんが食われたのも。全部僕のせいだ。僕のせいじゃないといけない」

 

 だって。

 

「僕は……そのモンスターを狩れたんだから」

 

 ツミキは天才だ。

 そこに理由はなく、意味もない。

 ただ、この世界で頂点に君臨するかもしれないほどの、天才だという事実だけがある。

 

 武道において、その道の熟練者が何十年もかけて到達する境地に、初めてで達する者がいるように。

 ツミキにとっては、それがモンスターを殺すことだったというだけの話。

 

 目の前で姉が食われたあとの記憶がツミキにはない。

 気付けば、モンスターの死骸と、ハンターでもあった父親の、血塗れの双剣が転がっていた。

 ツミキに傷はひとつもなく、返り血で真っ赤に染まった自分の姿を見て、何が起こったのかを悟った。

 

 出来るはずがない、とは思わなかった。

 自分なら出来るという、残酷な確信があった。

 

 モンスターに襲われて、殺される。

 そんな悲劇は、この世界に溢れている。

 けれど、殺される家族を助ける力があるのに、最後の最後まで怯えて震え、守られるだけだったクズは、この世界に1人だけだろう。

 

 例え、その時モンスターを狩れる力があることに気付いていなくても。

 その時、モンスターを狩れる力があったという事実は消えてくれない。

 

 あの時は弱かったからと、自分を赦すことも慰めることも出来ない。

 敵わなくとも家族を守ろうと肉盾になった優しい人たちが死んで、家族を見殺しにした人でなしだけが生き残った。

 

 それが、ツミキの抱える地獄。

 

「なのに、みんなが僕を赦すから……! 僕に優しくするから……! 僕は悪くないのかもしれないって、ほんの少しでも思ってしまうことが赦せない……僕が! 僕がみんなを殺したのに……!!」

 

 だから、ヒノエは。

 

 

 

「はい。貴方が悪いです。ツミキ」

 

 

 

 その地獄を、肯定した。

 

 

 

「ツミキが悪い。ツミキが殺した。モンスターを狩って助けることが出来たのに、そうしなかった。自分を赦せないのが当たり前です。貴方は、それだけのことをしました」

 

 弱った心を痛めつけるような言葉。

 けれど、追い詰められていたツミキの表情が、和らいでいく。

 

 ツミキを労る手は優しく、温かい。

 けれど、その言葉はどこまでも冷たく、痛かった。

 

「ヒノエは……ヒノエだけは、僕を赦さないでね……」

 

「ふふ、はい。私はツミキを赦しません。もし、ツミキがツミキを赦しそうになっても、私がツミキを赦しません」

 

「ありがとう……」

 

 がくん、と、ツミキの頭が落ちる。

 それを、優しく受け止めたヒノエは、そっと自分の膝の上に乗せた。

 

「眠くなってしまいましたか?」

 

「うん……ごめんね……」

 

「いえ。……毎年のことですしね」

 

 やがて、すうすうと寝息を立て始める。

 その顔には苦悶が滲んでいて、悪夢を見ていることは明らか。

 けれど、これでいいのだ。

 悪夢を見ないと、ツミキは眠れない。

 必然眠りは浅く、満足な睡眠を取れなくなるが、安らかな朝を迎えることは許されない。

 

 悪夢を見なければ、自分を責めることをやめてしまったようで、その罪の意識でツミキは魘され起きてしまうから。

 

 だから。

 

 自分のことを赦さないヒノエの側でだけ、ツミキはしっかりと悪夢を見ることができる。

 

「……ツミキが、それを望むのなら。私は……」

 

 ツミキの髪をそっと指で梳かす。

 その呟きは、暮れてきた夕日に消えた。

 

 

 

 

 

 だん!! と叩きつけるようにうさ団子が乗った皿が置かれた。

 あまりにも乱暴な扱いに、ウツシは非難の色を込めて下手人に目線を向ける。

 下手人であるところのミノトは、はんっ! と鼻を鳴らした。

 

「今日は随分と機嫌が悪いな……ヨモギちゃん、何があったか知ってるかい?」

 

「聞いたらお腹を抱えて笑うと思いますよー?」

 

「よ、ヨモギちゃん! 言わなくて良いですから!!」

 

「そう言われると気になるな。何があったんだい?」

 

「やー、それがですね、姉と違い男心を擽ることも出来ない小娘って里長に煽られたミノトさんがですね、自分にもできらい! って息巻いちゃって……ふ、ふくっ、あ、すみまふくっ」

 

「思い出し笑いしないでください!!」

 

「それで?」

 

「それで、何を思ったのかアイルーミミを付けて、ギルドに用事で来た私に『いらっしゃいませニャぁ!』ってアイルーの手のマネまで、して、あはははは! だめ! にゃあって可愛く言ってるのに、ミノトさん真顔なんだもん!」

 

「やめてえええええ!!!」

 

 両手で顔を押さえて座り込んでしまうミノト。

 悪いとは思いつつも笑いが止まらないヨモギ。

 ウツシは、ふむ、と頷いた後。

 

「こんな感じか? いらっしゃいませニャぁ!」

 

「……」

 

「……」

 

「……あれ? 想定した反応と違うんだが」

 

「ニャぁの部分だけ本物のアイルーが鳴いたようでした」

 

「それなのにいらっしゃいませはウツシさんの男の人の声だったから、アンバラスでちょっとキモかったねミノトさん」

 

 最近の女の子の言葉は刃物みたいだな、とあまりにも痛くて冷たい評価にウツシは心の中で泣いた。

 

「……そういえば、どうしてミノトはヨモギちゃんの茶屋にいるんだ?」

 

「……別に、大した理由ではありません」

 

 ウツシの疑問に、ミノトはうさ団子を捏ねながら、

 

「そろそろ、お腹を空かせて帰ってくるころです。本当に、毎年毎年、この日になると手間ばかりかけさせるんですから」

 

 愛だねえ、とウツシは思った。





この作品は基本ラブコメです。
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