呪い満ちるこの空を -flying MIKO- 作:甲乙兵長
今回の連投は以上です。
先はまだまだ長いですね・・・・・・。原作も今作も。
渋谷の混沌をどこまで表すかが問題だ。
「え・・・・・・は?」
気が付けば、佇んでいたのは駅のホーム。
頭が困惑で染められる中、辺りを見回して情報を得る。
都心みたいな黄色い点字パネルのない、擦り切れた白線だけが雑草飛び出る石の地面にへばりつく。見える景色は濃い緑の木々や藪、森ばかり。背中には、古びて乾燥した灰色に近い茶色の平屋みたいな建物。吹き抜けには改札らしい仕切りがあって、その向こうもまた森だ。立地どうなってんだ。
どうやら、ここは無人駅、らしい。
ほぼ雑草に浸食された線路は、錆びだらけで、まったく整備されてる様子がないけど・・・・・・。田舎の廃線みたいな感じか。
明らかな異変。あたしは、家の近くに、都心にほど近い地域にいたはずなのに、一瞬で見知らぬ場所へ来ている。
ベンチらしきものが一応備え付けられている。が、誰も座っていない。
というか、人の、いや・・・・・・生き物の気配が、ここにはなかった。虫の声すらしない。
幸いといって良いのかなんなのか、時間帯に変わりはなかった。オレンジと藍色がグラデーションがかった空に、一等星が輝く時間。季節的にはもうじき秋。夏至と違って明るい時間は短くなっているが、それほど遅くもないだろう。
けど、あたしの甘い考えは、スマホを確認した瞬間に消える。
「なんっ、だよ、これ・・・・・・」
ホーム画面の表示がバグっていた。落としてもいないのに。時計は
冷たい汗が背中を伝う。心臓の音が近い。
この感覚、近しいものを知っている。アイツらの中でも時たま見かける、姿を見ただけで吐き気が湧きあがるタイプのヤツ。あれがかもし出すヤバイ気配と、いまこの場に漂う異質さが、あたしの頭で合致する。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ・・・・・・!
分からないけど、何も知らないけど、ここにいるのだけはマズイ。
直感が囁く。すぐに行動しないと・・・・・・あたしは、公衆電話とか、せめて現在位置を把握する手がかりがないか探そうと、急いで駅の改札をくぐった。
思えばそれは、焦りと恐怖に負けた現実逃避の愚行でしかなかった。
――ぞわぁっ!
「あ・・・・・・ッ」
見えない何かが、身体を通り抜けた。
違う。あたしが
途端に感じる、寒気、怖気? に二の腕を抱いた。
空気感が変わっている。何もない改札をくぐっただけなのに、明確な差異がこの場所にある。
がさり、と藪の向こうが動いた。さっきまで何もいなかったはずなのに。
いや・・・・・・いなかったんじゃなくて、いたけど、あたしが気付かなかった?
もしかしたら、あたしがくぐったのは、漫画やアニメとかで見かける、存在を認識できなくなる結界とか、そういうもの・・・・・・? こっちから見えない代わりに、あっちからも見えない、とか。
じゃあ、そこから出たあたしは―――
「っ!」
即座に反転、プラットホームへ戻ろうと踵を返す。
ぬる・・・・・・っ。
「ひっ」
右足首に、何か絡みついた。
見下ろすと、それは赤い、透明な粘液にまみれた触手みたいな管。
ズズ――引っ張る力を感じて、咄嗟に改札の仕切りにしがみついた。
そのまま触手の先を視線で伝って、ソイツの姿を目撃する。
藪から出てきたのは、軽自動車くらいはある、白い卵型の異形。表面には大小様々な眼がびっしりあって、全方位を見渡せるような構造だ。あたしが集合体恐怖症なら、いまごろ悲鳴を上げているところだ。卵型のボディを支えるのは、人間の腕のようなもの。軽く十人分はある本数が、異形の巨体を支えている。
そして、真ん中で分割されたボディの内側、口のような場所から、触手みたいに伸びた舌があたしの足を絡めとっている。
つまり、自分の生殺与奪を、あの怪物に握られている状態。食われかけてる、ということ。
【見て、見て、見え、見れ、見見みみミミててテてて】
ぐぐぐぐ・・・・・・その大きさ通りの剛力で、足を引っ張り、身体が浮く。
どさり、と学校鞄が落ちた。
あたしは必死に板切れを掴むけど、ピンと張った足と背中が、徐々にビキビキと悲鳴を上げだす。スカートの中身をのぞかれてる非難を言う余裕もなかった。
「ぐぁぁぁあっ、くそッ。こんな、わけわかんないまま、キモい怪物に食われたくないってのっ・・・・・・!」
痛みを誤魔化すように叫ぶも、腕はすでに限界がきていた。
意外な仕切りの頑丈さに助けられていても、か弱い女の腕力じゃジリ貧。かといって、この場で逆転できる手段はない。助けも、期待なんてできやしない。
――あたし、ここで死ぬのか?
死。
底のない穴ぼこに、突き落とされたような絶望感。
明日も、変わらない日々のはずだった。憂鬱ではあっても、仕方なくクソ親父と顔合わせて、たぶんまた喧嘩して、学校行って、クラスメイトの雑音を横目に自分の世界に籠って、こーりんとこに寄ってって作業して・・・・・・。
喉がひきつけを起こす。視界が熱くなって、歪む。
こんなにも呆気ないのか? あたしは、こんなにも、弱かったのか?
同じじゃないか。あたしだって。何も違わない。特別でもなんでもない。
怖い。
怖い・・・・・・っ!
泣き叫びたい衝動が胸を圧迫する。理不尽な現実を感情が拒絶する。
嫌だ。嫌だ。嫌だ・・・・・・。
こんな形で死にたくない。誰にも看取られず、誰にも知られず、ただ消えるようにいなくなるなんて・・・・・・そんなの!
フラッシュバックするのは、葬式の終わり。
真っ暗な部屋・・・・・・母だった骨壺を前に、大きかった背中を丸めて、呆然とする男の姿。
声もなく、涙もなく、ただただ無言で、けれど、見ているだけで切なくなるような、寂しい背中。
小さいあたしは、それに声をかけることができなくて。
もし触れたら、砂みたいに崩れてしまうんじゃないかって、恐ろしくて。
でも、眼を離したら、消えてしまうかもってぐらい、儚く煤けていて。
眼を、逸らせなかった。
あの背中を、今度は、あたしのせいで―――
「っあ―――」
とうとう、腕が離れた。
引き寄せられる。食われる。死ぬ!
怪物の開いた大口に、吸い込まれる最中。
間延びした灰色の時間で、あたしは―――
黄昏の夜空に、彗星を見た。
ドンッッ!!
怪物に落ちた流れ星。
巻き上げられた粉塵の向こうになびく、黒くまっすぐな髪。
見覚えのあるコスプレみたいな巫女服を来た、同い年ぐらいの女。
振り返ったその横顔を、はっきり認識する前に、あたしの意識は暗闇に落ちた。
***
目が覚めたら、病院だった。
あたしは、無事日常に帰ってきたらしい。
見舞いに来た親父が、ベッドに座るあたしの目の前で崩れ落ちて、わんわん泣きじゃくるのを聞いた。母さんの葬式でも、涙は見せなかったあの親父が、みっともなく。
あたしは、大切に想われてたんだ。
自然とそんな『当たり前』の考えが浮かんで、衝動的に、親父の背中を撫でていた。
あとでやってきたこーりんに微笑ましい顔をされて、盛大に恥かいたけど。
それから、あたしは自分の身に起こったことの顛末、その正体を知らされた。
呪い。呪霊。呪術師。
明かされてみれば、なるほどあのおぞましさは呪いだわ、と納得しかなかった。
あたしが飲み込まれたあの場所は、消失譚――俗に神隠しの舞台にされる、漂う異界のひとつらしい。呪術師の界隈では、『
色々な理由で、自分の帰る場所を見失い、あるいは帰るのを拒絶する気持ちが、あの場所へ人を引き寄せる。そこには、集められた餌を貪る呪霊がたくさんいて、本来なら取り込まれて間もなく死んでいてもおかしくなかった。
ひとえに、あたしが生き永らえていたのは、無人駅の防護があったから。
そもそも、『わだかまり』と呼ばれるだけあって、ああいった不完全な領域はもっと曖昧で、ぼんやりしているのだという。けど、あそこには匂いも、色も、風や土も満ちていた。現実と変わらないくらいに。
「専門家いわく、まるで、人工的に整地された領域、らしいよ。結界も張ってあったから、何者かの手が加えられていたのは確かだって」
「専門家?」
「きみを助けてくれた女の子。僕のお得意様。きみが作ってる衣装も、彼女のためのものだ」
そこで、あたしは思い出した。紅白色に分けられた、改造巫女服。確かにあたしが自分で手掛けていた衣装だった。
「実は、いま、そこにいるんだけど」
こーりんは病室の外を指さして言う。
それを合図に、スライドドアががらりと開けられた。
ショートに揃えられた黒髪を揺らし、頭に大きなリボンを乗せた、同い年ぐらいの女子。
鳶色の眼は、なんていうか、透明感があるというか、虚ろというか。
ここではないどこか遠くを見ているような、超然とした雰囲気があった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「いやなんで黙ってるの。周囲に百合が咲きそうなんだけど」
無言で見つめ合うあたしたちに文句を垂れるこーりん。若干興奮してるのなんなんだ。咲かせねえよ。
ぐるる、と唸りながら睨んでいると、相手の女がこほん、とわざとらしい咳をした。仕切り直し、ということだろう。
「初めまして、あたしは、博麗霊夢。いつも、衣装作ってくれてるって聞いたわ。だから、その、ご苦労さま、というか、ありがとう・・・・・・」
「お、おう」
「いやだから何そのぎこちなさ。初心なの? あざとい萌えなの?」
「うるッさい霖之助! しゃーないでしょ、同年代と接する機会少ないのよ! 大体あたしに関わるヤツは野郎のオッサンか年上の女性しかいないの! ええお礼のひとつ言うのにドア前待機して頭の中で台詞反芻してたのにいざ対面すると真っ白になって何も出てこなくなったコミュ障ですが何かっ!?」
「落ち着け。息継ぎしろ」
思わずあたしは突っ込んだ。神秘的に見えた印象が仮面となってポロリする。
なんていうか、ぶっきらぼうな感じだけど、案外面倒見良さそうというか。身内に対しては判断緩くなりそうというか。人なれしてないというか。
ちょうどいい言葉を探して、頭で検索をかけ、ぱっと浮かんだ単語が飛び出す。
「あれか、最近流行りのツンデレ」
「ブームはとっくに過ぎたわ! その属性は殿堂入り! って誰がツンデレよ!」
その言動がもうそうだろう。ガミガミ攻め立てる博麗の様子が若干おかしくて、あたしは吹き出してしまった。
ああ、なんも気にせず笑えたのって、最近あったっけ?
「はは。やっぱり、相性良さそうだと思ったけど、想像以上だ。霊夢は似た年頃の友達がほぼいなくてね、是非とも、きみには友達になってあげてほしい」
「勝手言ってんじゃねえよバカこーりん。・・・・・・ま、まずは知り合いからな」
「ふーっ・・・・・・別に、あたしは友達うんぬんはどうでもいいけど。あたしに関わると、ろくでもない目に遭うかもしれないわよ。今回みたいに」
正しく、それは警告だった。話から察するに、博麗は呪術師なんだろう。呪いと命がけで渡り合う人種。初めて目にする、普通からズレた側の人間。
そんな奴らとまともに付き合うのは、確かに簡単じゃないだろうけど。
「もう知っちまった。いまさら、全部忘れるのは無理だ。関りを断つのも、きっと。見えちまうのは、どうしようもないしな。だったら、改善策を探していくほうが建設的だと思う」
「・・・・・・そ」
「まだ礼を言えてなかったな。博麗が、あたしを助けてくれたんだろ?」
「霊夢でいいわよ。苗字は苦手。・・・・・・神隠し関連の件を探っててたまたまね。言っとくけど、今後何かに巻き込まれても、全部面倒見れる保証はしないから」
「わあってるよ。今回は助かった。ありがとうな」
手を差しだし、おずおずと握り返した知り合いへ向けて、あたしは名乗り―――
***
黄昏の病室。
交流会のあと、一度京都に戻った霊夢は、そのまま都内の病院へ足を運んだ。
ベッドで静かに眠る、『友達』の見舞いのために。
彼女は、一年半前からずっとそのまま。
助ける方法も、原因も、いまの霊夢にはどうにもできない。
死んでいるわけでもなく、生きていると呼ぶには希薄な存在感。
全国に似たような呪障者は無数にいて、彼女はそんな中のひとりに過ぎない。
よくつるむ京都の三人にも、彼女のことは内緒だった。
最初にできた、自分を人に戻してくれた二人とはまた異なる恩人。
年の近い特別な『友達』。
顔を見て、新しい花を飾って、霊夢は帰るときの、お決まりの言葉を告げた。
「また来るわ。じゃあね、
読了感謝!
最後にどんでん返し。
石は投げないで?
幕間はこれでおしまい。次から本編予定です。