呪い満ちるこの空を -flying MIKO-   作:甲乙兵長

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プロローグはこれにて(おわり)

この話より先は時系列的に原作第一巻以降に当たります。




【プロローグ・終:紅白巫女は東へ向かう】

 

 ――京都。

 有名な、碁盤の目状の独特の通りが直交する、呪術的観点からも東京と並ぶ重要な霊地。

 雅で伝統的な街並みの外れ、敷地内に寺社仏閣を備えたとある学校が存在する。

 表向きは宗教系の専門学校で通っているが、実際は呪いに関する事象のことごとくに所縁(ゆかり)を持つ若い呪術師育成の場であり、日本の西側で活動する呪術師たちの枢要拠点でもある、京都府立呪術高等専門学校。

 翌日帰還した真依たち三人組とは校門で別れて、霊夢は学長室の戸を開いた。

 

「たのもー。お茶出して」

「一言断りくらい言えないのアンタは・・・・・・」

 

 霊夢を出迎えたのは、黒髪を後頭に一房結び、顔に大きな傷跡を残す正統派な白衣(びゃくえ)緋袴(ひばかま)を身に着けた巫女の女性。

 庵歌姫(いおりうたひめ)。京都校の教職に就く人物で、霊夢含めた真依たち学生との交流は深い。

 

「重ねるならば、敬意と礼儀も欠いておるぞ。己が責と立場を弁えた言動をせい、博麗」

 

 そう叱る、部屋の最奥に陣取る豊かな白髭の(おきな)は、京都校における最高指導者・楽巌寺嘉伸(がくがんじよしのぶ)学長。腰の曲がった年嵩なれど、呪術界を牽引してきた上層役員であり、眼窩にはまる炯々とした眼光はいまだ衰えない。

 およそ、京都校における教員トップ2に当たる二人に対して、客人用のソファに尻を落とす霊夢はマイペースだった。

 

「面倒だからパース。お堅いのは加茂(かも)あたりに頼んでよ。わたしは責任とか重たいもん持ってたくないから」

「やれやれ」

「なんで東堂といい五条といい、強い術師はこう自由なのかしら・・・・・・」

「さあ? 考えたこともないわね。確たる芯の有無じゃない? 悟は異端にしても、葵はそこんとこ揺るぎないだろうし」

「アナタは持ってるの? 確たる芯ってやつ」

「働きたくない。だらけてたい。養ってほしい。将来の夢は専業主婦。平日昼間にあくせく労働に励む社会の奴隷たちを尻目に、ドラマ見ながら寝転んで煎餅かじってたいわね」

「アナタ主婦ナメすぎでしょ。家事どうすんのよ」

人形(ヒトガタ)に任す」

「やっぱナメてるわ。便利だからって呪術を多用しない。アナタ普段もそれで生活してるでしょ」

「あたしがあたしの力をどう使おうととやかく指図されたくないわ。迷惑にはなってないんだから。・・・・・・しゃあないわね。人形式鬼(ヒトガタシキ)()を十枚でどう?」

「堂々と賄賂渡してくんな」

 

 咎めつつも、若干気を惹かれた歌姫、ちらりと卓上の符を盗み見る。さすがに学長の前で手を伸ばしはしない。独身にとって家事は趣味でもなければ大抵面倒ごとである。

 

「ならコッチは?」

 

 ぽい、っと軽く投げ渡された物を認識して、歌姫と楽巌寺の顔色が変わった。

 

「これ、アンタどこで?」

「真依たちのヘルプに行った先で、呪霊の消滅した場所に残ってたのよ。あの音消し地蔵が短期間で強くなったのは()()のせいね」

 

 霊夢が回収したのは、死蝋(しろう)化した指のようだった。

 指に宿った強烈な呪力からして、それはまぎれもなく特級に相当する呪物に他ならない。

 

宿儺(すくな)の指、か」

「おそらくは」

 

 学長の呟きに、歌姫は同意した。

 

「宿儺・・・・・・ってなんだっけ?」

「ちょっと、ボケボケするにも限度があるでしょ。両面宿儺――かつて平安時代に実在した最凶最悪の呪術師にして、呪いの王よ」

 

 今より千年前、それはまさに呪術最盛期とも呼べる時代。

 現代より強大な呪霊が跋扈し、呪いを力とする降霊師やまじない師が最も影響力を(ふる)ったときでもある。

 そんな世代において、両面宿儺と呼ばれ、恐れられた凶悪無比なひとりの呪術師がいた。

 (カオ)が二つ、腕が四本とされていた宿儺の遺体は死後呪いを振りまく厄災の種となり、切り離された計二十本の指はそれぞれが特級呪物に数えられ、いまだ捜索が続けられている。

 強い呪いを孕んだ呪物は取り込んだ呪霊に力をもたらすと言われている。霊夢の見解通り、件の音消し地蔵が事前調査より等級を上げていたのは宿儺の指が原因だろう。

 

「ふぅーん。じゃあやっぱり強いんだ。その宿儺っての」

「まぁ、遺失したものも多いから詳細に文献が残ってるわけじゃないけど、そうでしょうね」

「なんかその指から、残留した意思みたいなのが感じ取れたわ。千年前の代物の癖に随分としつこい王様ね。まだ虎視眈々と復活を目論んでるっぽいわよ。もしかしたら近いうち、それ関連の厄介ごとが起こるかもね」

「・・・・・・それは、特級のアナタから()た見解?」

「巫女の勘よ。馬鹿にはならないでしょ?」

 

 歌姫は唇を(つぐ)んで溜息を押し殺した。

 巫女・博麗霊夢の持つ謎の直感力。俗に神感(シンカン)・・・・・・神がかり的な予感性という生来の機能は、彼女のみならず高位の呪術師が誰しも認める()()である。未来を見通せるといった単純なものではないし、そうそう当人に都合のいいように作用はしないらしいのだが、決して軽んじていい類ではない。

 それは、一年前の京都・東京の同時多発呪術テロを予見していたことからも立証されている。

 

「楽巌寺学長」

「分かっておる。ただちに封印処置を施さねばな。忌庫(きこ)の警戒も高めるよう進言しよう」

 

 呪物自体の覚醒。そして第三者による悪意の介入を危険視した二人は、即座に対応を開始すべく動き出す。

 険しい大人たちを尻目に、気楽な少女はゆらりとソファから立ち上がった。

 

「じゃ、あたしはそれ届けに来ただけだから。あーあと、今回みたいな例があるから、補助監督たちの情報更新はもっと密にしといたほうがいいかもね。間が空いて呪霊が強くなってて派遣員が死にましたはゴメンでしょ? あたしだって救助に何度も呼ばれたくないし」

「待ちなさい」

 

 去ろうとする肩を掴まれる。

 

「アンタのことだから察しはついてるでしょ。コレを、筵山麓(むしろやまふもと)まで届けて頂戴」

「はあ? いやよ。あたし、さっき帰ったばっかでしょ。四国くんだりからずっと動き詰めなんだから休ませて」

「アナタに預かってもらうほうが何より安全なの。特別任務でお給料は弾むから」

「誤解されてるみたいだけど、あたしは別にお金がたくさんあればいいんじゃなくて、小銭のジャラジャラ感と贅沢感で心の潤いを満たしてるだけ。給金の多寡は関係ないし、なんなら巨額だろうとタダだろうと面倒はゴメン。歌姫が持っていけばいいじゃない」

「私も色々手続きや事後処理、他の任務とか雑事が溜まってるのよ」

「ならなんで学長室でぼーっとしてんの・・・・・・」

「アナタが報告に帰ってくるから待ってたんでしょうが!」

 

 グダグダと足掻いてサボろうとする霊夢を、床板を叩く音が一喝した。

 振り返ると、椅子から立ち上がり杖を突いた老君が、厳格な空気をまとって対面する。

 

「博麗。これは命令じゃ。呪術高専京都校学長として、『宿儺の指』運搬・護衛の任務を与える。・・・・・・異存はないな?」

 

 有無を言わさぬ張りつめた威圧感。思わず歌姫すら息を呑む。

 だが、それがどうした。

 

「大ありに決まってんでしょ。バカなの? 耄碌(もうろく)した? おじいちゃん」

「・・・・・・まったく。似てほしくないところまで五条に(なら)いよって」

「あたしはもとからこういう性格よ。悟がどうこうなんて関係ないわ。いちいち比較しないでくれない? 気持ち悪い」

「ならば、もう少し素直になってほしいものじゃがな。勝手なのはあ奴ひとりで十分」

「上の老害どもに媚びへつらえって? 従順に、滅私奉公で仕えろとでも? 孫世代に懐かれたがるのは年取った証拠よ。隠居したら?」

「儂が必要ない世になればな。いつとて呪術師は不足しておる。すべてを担えとは言わんが、お主が動けば救われる者がいる。此度も、お主が引き受ければ不要な犠牲は出んかもしれん。逆に、そうでなければ、別の者が任を受けることになるじゃろう。お主より弱い術師がな」

「・・・・・・へえ? あたしに喧嘩売るっての?」

 

 暗に、楽巌寺は告げていた。お前が受けなければ同輩(真依たち)にお鉢が回る可能性があると。

 剣呑に尖る視線同士が虚空で火花を散らす。

 

「学生を脅し材料にするなんて、ご立派な教育者精神ね。知り合いを秤にかけた程度で、あたしに首輪をかけれると思ったの」

「まさか。そのような恐ろしい発想、儂にはないのぅ。任務派遣の決定権は儂の一存で決まるわけでもない。あくまで、可能性の話じゃよ」

 

 互いに、今にも激突しそうな雰囲気をかもしている。いや、すでにはじまっているも同然だ。

 ゆらゆらと、チリチリと。静かに放散される呪力の鍔迫り合いが、水面下で繰り広げられていた。

 

「ストーップ! 二人とも落ち着いて!」

 

 止めたのは、部屋に唯一同室する歌姫である。

 両者の間に入るのは準一級の彼女をして恐々ものだが、放っておけば本気でおっぱじめかねないと畏怖を()して仲裁に入った。

 

「学長、学生をダシにするような発言はお控えください。教員として、仲間として、私も見過ごしてはいられません。霊夢への対応も同様です」

「フム・・・・・・」

「霊夢、アナタもひとりの呪術師。それも特級と呼ばれる立場なら、己の職務に責任を持ちなさい。他の誰より強く生まれたアナタは、普通のヒトにはできないことができる。だからそうしろ、こうしろ、っていうわけじゃない。アナタがどうするかは、アナタの意思で決めるものだもの。でも、自覚は持つべきよ。いつまでもチャランポランな子供じゃ済ませないわ」

「・・・・・・・・・」

「それに、何かあるかもと焚きつけたのはアナタ。確証はなくとも、アナタの発言は無視するには重すぎる。言霊は、慎重に扱うべきよ」

「・・・・・・はあ」

 

 何かしら思う部分はあったのか、ガリガリと頭を掻いてリボンを揺らし、不機嫌に霊夢は手のひらを差し出した。

 

「分かったわよ、届ければいいんでしょ。東京に」

「・・・・・・いいの?」

「発言に責任持てっつったのはあんたでしょうが。いいから、気が変わらないうちに渡しなさい。キモい指」

 

 歌姫はありがとう、と微笑んで、呪物を少女に手渡した。

 霊夢は危険物であるそれをポケットへ適当に押し込んで、ビシリと指を突き出す。

 

「あたしはあたしの気まぐれで仕事を受ける。スタンスは今までと変わらない。餓鬼だから御しやすいとうぬぼれて、思い通りに動く駒だなんてゆめゆめ考えないことね」

「承知しておるとも」

「どーだか」

 

 好々爺(こうこうや)じみた笑みを返す学長を胡散臭そうに睨みつけ、霊夢はスカートを翻す。

 木造の廊下に靴音を響かせながら、霊夢は暗澹たる胸中をわだかまらせていた。

 

(東京――天元(てんげん)のお膝元か)

 

 

 

「イヤな因果よね――理子(りこ)さん」

 

 

 

 か細い独白は宙に溶け、誰の耳にも残らなかった。

 

 




読了感謝!

連続投稿は今回で終了。以降は別でお待ちください。

最後に意味深な雰囲気を残しましたが、設定として開示できる日がくるだろうか・・・・・・。


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