例の感染症とその影響による生活、世界情勢の乱れ・・・。

夕焼け深まる駆逐艦寮の屋上で、そんな情勢を反映するようにふさぎ込んでいた秋月に、陽炎が自分の見た”一生に一回見れるかわからない光景”の話をする・・・、そんなお話です。

pixivで投稿しているSSをこちらでも投稿しています。

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月と蜃気楼の間

「はぁ・・・」

 

夕暮れ迫る駆逐艦艦娘寮の屋上で、秋月はため息をついていた。

 

今、この世界は深海棲艦の驚異以外にも暗い話題が溢れかえっている。新型ウイルスによる新たな生活様式への変化とそれへの拒否反応、世界情勢の乱れ、続く大規模災害。こうした話題が溢れかえり、日々のささやかな楽しみまで奪われてしまっているこの状況では、誰しもがふさぎ込むのはある意味必然とも言えていた。

 

人一番真面目な秋月には、そんなことばかり考えてはだめだと思っていても、悪いことばかりがうかんでしまっていた。そんなふさぎ込む気持ちを落ち着けようと屋上に行って沈む夕日を見ているがあまり効果がでず、ため息ばかりついてしまっていた。

 

そこに、

 

「なに落ち込んでんのよ、なにかしくじった?」

 

「あぁ、陽炎さん・・・」

 

屋上にやってきた陽炎が秋月に話しかけてきたのであった。

 

「そういうわけではないのですが・・・。陽炎さんも夕日を見に?」

 

「えぇ、夕日はできるだけ眺めるようにしているからね」

 

そう言うと陽炎は屋上の隅にいた秋月のすぐ横に、手すりに背中を向けて寄りかかり、右側にある赤焼けた空に顔を向けていた。

 

「陽炎さん・・・、この先、どうなっていくのでしょうか・・・」

 

「何よ、急に辛気臭い」

 

「いや・・・、なんかいろいろ考えてしまうんですよ・・・。今の世間の情勢を見ていると・・・」

 

うっかり陽炎に現在の世界の状況を憂いることを秋月は口走ってしまっていた。

 

こういう話はあまりしない方が良いと考えていた秋月は、口がそう口走ってしまったことに申し訳ないと思っていたが、その一方陽炎がどう考えているのかも気になっていたのも事実ではあったので、再び自己嫌悪に陥ってしまっていた。

 

だが、

 

「別になんとも思っていないわよ。なるようにしかならないからね」

 

「そ、そうですか・・・」

 

それを陽炎はあっけらかんとあしらってしまい、秋月は返事に窮しまっていた。

 

「そんなこと考えたってしかたないわよ。だって最悪明日にも死んでもしまうかもしれないのよ、私達」

 

「それは・・・、そうですが・・・」

 

「そうよ。年単位の先の話なんて私には考えられないわ」

 

「はぁ・・・」

 

いつもの面倒見がよく、姉妹艦に慕われ、黄色い視線を送られている陽炎のイメージとは違う、そのあまりにもドライな感想に秋月は戸惑いを隠せなかった。

 

「世間なんて私には関係ないわ。すでに天涯孤独な私にね。慕ってくれる周りの人間が無事ならそれで十分よ」

 

「!、そ、そうだったんですか!・・・」

 

「まぁ、他の人にべらべらしゃべることでもないからね」

 

さらっと言った陽炎の身の上話に秋月は、思わず陽炎に顔を向けてしまっていた。しかし陽炎は姿勢を崩すことなく話を続ける。

 

「私の名は陽炎よ。神出鬼没の蜃気楼のように勝手気ままに生きるだけよ。もちろん周りの人間を悲しませることだけはしないと決めているけどね」

 

「そうですか・・・」

 

「ただね、あともう一つだけ決めていることがあるの」

 

「それは、なんですか?・・・」

 

「海とともに生きて、海に生涯を捧げる。私の人生の方針はこの2つだけよ」

 

「海に、生涯を・・・、ですか?」

 

その意外な決意に秋月は思わず聞き返してしまっていた。

 

「あれはまだ私が呉鎮守府にいたときの話でね」

 

そして陽炎は、静かに思い出話を始めていた。

 

ある日、夜間時の単独航行と推測航法の訓練のために、太平洋上のとあるポイントで待機していたときのことであった。

 

夜間航行時のマニュアルや指定されたポイントへの道筋をせわしなく再確認しているときであった。ふと水平線の彼方で沈んでゆく太陽が目に留まり、そのあまりに雄大なその光景に思わず手を止めて、静かに眺め始めてしまっていた。

 

そのときであった、沈む瞬間の太陽の縁から徐々に緑色に染まり始めていたのである。そして全体が緑色になった瞬間、まるで今までのが幻であったかのように緑色をした太陽が背景の赤みがかった灰色に塗りつぶされていったのであった。

 

その不思議な光景で思わず見とれてしまい、我に帰ったのはしばらく後の定時連絡の無線の呼び出し音であった。

 

その後、滞りなく訓練を終えた陽炎は、鎮守府に帰還するため派遣されていた艦娘支援船に乗り込んだ際、他の艦娘たちにその話をしたのであった。

 

ところが陽炎以外にその光景をみた艦娘はおらず、なにかの錯覚じゃない?と言う艦娘も少なからずおり、誰も信じようとはしなかった。しかしその話を小耳に挟んだ支援船の乗組員の一人がそれは”グリーンフラッシュ”ではないかと言い出したのであった。

 

「”グリーンフラッシュ”・・・」

 

「洋上だと船乗りでも一生に一度お目にかかるかわからない光景、て教えてくれてね。その途端、みんなが一斉に私を持ち上げ始めのよ。まぁ、それは私にはどうでもいいことだったけどね」

 

「それはすごい体験ですね・・・」

 

さっきとはまた違う感情で、秋月は再びあっけに取られてしまっていた。

 

「それでね、私はその時こう思ったのよ。私は海の女神様に魅入られたのかなって」

 

「海の女神様に、ですか・・・」

 

「まぁ、女神様なんて本当にいるかわからないけどね。・・・でも今こうして艦娘になっているのを考えると、あながちいないとは考えられなくてね。だから私を海に生涯を掛けると決めているの!。これは私にとって決して譲れないことなの!!」

 

「・・・強いんですね、陽炎さんは・・・」

 

その大きな決意に、秋月はさっきまで世間を憂いていた自分が小さく思えてしまっていた。

 

「でもこんなこと考えてるなんて不真面目もいいところなんだけどねぇ。でも人生なんて真面目に生きるだけが正義ではないしね」

 

「そうですよね・・・」

 

「・・・」

 

その言葉にふさぎ込んでしまう秋月に陽炎は、

 

「とぉわ!」(ズシ!)

 

「!!!」

 

秋月の頭天に空手チョップを食らわせるのであった。

 

「???」

 

上空を見上げ慣れているはずの秋月にあまりにもあっけなく入ってしまったその一撃に、思わず頭を抑えて地面にうずくまってしまっていた。

 

「あんたは真面目すぎるのよ。そんなんじゃ長生きできないわよ」

 

「数年先まで考えられないて、さっきは言ってませんでしたか・・・?」

 

さっきとは真逆の考えにも思えることに腑に落ちない秋月であったが、

 

「やぁねぇ、人生に絶望しているという意味じゃないわよ。それにそんなにすぐ死んだら、私の仲間達が悲しむことになるしね」

 

と陽炎は冷静に返していた。

 

「そ、そうですよね・・・」

 

痛む頭を擦りながら、秋月は再び手すりに身を委ねていた。

 

「まぁ、少しぐらい不真面目になっても、人生に悪影響なんてないし、むしろいい影響を与えるわ。それぐらいは頭に入れときなさいよ」

 

そう陽炎は屈託ない笑顔とともに秋月に語りかけていた。

 

「・・・そうですね」

 

それを秋月もいい笑顔で返していた。陽炎が来る前までの憂鬱な気分はもうすでになかった。

 

舞鶴の海に沈む夕日が空を飛ぶかもめや街をやさしく包み込む日の入り間近、ひとしきり笑いあった二人はその沈みゆく夕日を黙って見送っていた。

 


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