……何も見えない。何も聞こえない。
それは、死闘の終わりを意味していた。夜闇を照らす赤い瞳は、全て潰した。だからそのためのうるさい武器も、必要ない。本来あるべき、静かな夜。
しかしそれも、長くは続かなかった。
砂利を踏んで、誰かが近付いてくる音がしたのだ。
── どうして、逃げなかった
近付いてきた人物は、どうやら知人だったらしい。
しかし、頭の悪い質問をする青年だ。あの状況で、本当に逃げる訳がないだろう。
そんなことよりも、重要なのはパートナーのことだ。
── ……将監か。アイツは、無事だよ
そう言った青年と、視線を交わした。
焦点の合わない目を閉じ、溜め息を吐く。そうやって、見え透いた優しい嘘には、文字通り目を瞑ってあげることにした。
……どうやら、地獄に落ちても寂しくはなさそうだ。
── 俺は、お前を忘れない
……あぁ。彼はきっと、本当に私を忘れまいとするのだろう。そしてこれからも、きっと多くの『思い出』を背負うのだ。忘れた方が、幸せになれるのだとしても。
────パンッ
こうしてサイレンサーに打ち消された小さな発砲音と同時に、私の時間は静止した。
多くの『子供たち』が『人』として死ぬことすら許されない今の世の中、こうやって惜しまれながら介錯されるなんて、幸福な終わりなのだろう。
……だけど私は、今際のきわに思うのだ。
叶うことなら『友』と笑い合って、朝陽を拝みたかった。と────
…………しかし、一向に自意識が無くならない。これはどういうことだろう。
「──ょ」
……それどころか、段々と感覚が本調子に戻ってきているような気さえ──
「おい夏世!!」
「──っ!?」
「……もう一回聞くぞ。あの
「……アレ、は」
錯覚ではない。本当に、五感が戻っている。失われた筈の手足すらも。
そして何より──死んだ筈の将監さんと、見覚えのあり過ぎるこの状況──
「おいおい。人間を殺すのなんて、さっきのが初めてじゃねぇだろ。一々機能不全になられちゃ困るぞ」
「は、い。すみません……」
──戻っているのは、時間そのものと考えていいだろう。
なら、私のやるべきことは。
「……あんなライトパターンは、存在しません。ガストレアの罠かもしれませんので、迂回して進みましょう」
──未来を変える。
私は今度こそ相棒と、『友達』と、一緒に生きて朝陽を見てみせよう。
これは東京エリアの命運を分けた、とある戦いの記録。
繰り返される一夜の中で足掻き続けた、私だけの『千夜物語』だ。