星の海で起こった、一つの事件
 人類史上、歴史的な瞬間となる出会いであった

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Door to star

「俺は」

 牧村(まきむら)直人(なおと)は、星々に覆われた夜の空の一点を指して、言った。

「あそこが仕事場だ」

 息子の真司(しんじ)は、じっと、直人の指した空を見つめる。夜の八時過ぎに、自宅のベランダで、直人は四歳の息子と共に、空を眺めていた。

 仕事柄、彼らは共に過ごせる日が少ない。直人はその事を、真司に謝罪した。それでも、と、彼は空を指していった。

「俺の仕事は、人類にとって重要な意義を持っているんだ。この世に永遠のものは何もない。地球だって、五十億年後には膨張する太陽に呑み込まれて、人が住めなくなるって言われている。だからその前に、人類は他の恒星系に移住しなければいけない。その足掛かりを、今から作っておかなければならない」

 だから、宇宙飛行士は、人類の生存のために、絶対に必要な仕事だ。そう、直人は言った。真司は黙って、空を見続けている……。空の星々はただ、瞬き続けていた……。

 

 

「ナオト……。ナオト……」

 耳元でささやかれる声と共に、直人は体を揺すられる。

「ん……」

 直人は、眠りから目覚めた。ひげ面の黒人の顔が、視界に被さっている。

「ジョージ……。ここは?……」

 夢の中で会った、幼いころの息子の姿を未だ脳裏に留めながら、牧村直人は目をこする。

(そうだ……。俺は土星探査船ミネルヴァに乗って……。微小天体の衝突がエンジンを傷つけて……。それで……)

 彼は、はっとした。

「ジョージ! ミネルヴァは今、どうなっているんだ!?」

「不時着しているわ」

 直人の問いに、背後から女の声が答えた。直人は振り向いた。金髪碧眼の、ミネルヴァクルー唯一の女性・カチェリーナ・イワノワが直人の座る椅子の後ろに立っていた。

「土星のリングの最外縁にある、直径十キロほどの氷の塊の上にね」

「君は気を失っていたんだよ。ナオト。不時着時の衝撃でね」

 ジョージ・グレウルが、カチェリーナの言葉に補足した。

 直人は、今の自分の状況を確認する。操縦席に、ベルトを締めて座っていた。

 記憶を探る。エンジンをやられたミネルヴァが制御を失い、白い氷の表面へ向かって落ちてゆく場面までを、覚えていた。

「そうだったのか。済まない……。今、どういう状況にあるんだ? 俺たちは」

「まだ生きているって点を除けば、これ以上ないってくらい最悪よ」

 カチェリーナは、直人の席の前に回ってきて、言った。

「エンジンは完全に修理不能。酸素供給システムにも傷がついて、持ってあと一週間しか、私たちは呼吸できない。以上がコンピューターも使って診断した、この船の状況よ」

 沈黙が、室内に満ちた。彼らの残された命は、あと、一週間……。

 ごほん、と咳払いして、ジョージが言った。

「俺たちの余生、結構あるじゃないか。俺の国の神なら、世界を一個作れるぜ」

 その言葉は、場を和ませる目的で発せられたが、全くその役割を果たさなかった。

「ジョージ」

「何だ。ナオト」

「お前は根が堅物なんだから、無理してジョークなんて言わない方がいいぜ」

「……すまん。悪かった」

 直人はベルトを解いて、席から立ち上がった。目の前の機器を操作し、スクリーンに外の風景を映し出した。

 荒涼とした光景だった。ミネルヴァのスクリーンが映し出したのは、ただの凹凸の激しい白い氷面の広がりと、果てもなく広がる星空。さっきまで夢に見ていたような星空だ。唯一の違いは、大気のフィルターを通していないこの星々は、全く瞬いていないということだろう。

 牧村直人は、小さな子供だったころから、暇さえあれば星を見ている男だった。星への憧れが高じて、今の仕事についたようなものだ。

 星に見守られて死ぬのも、必然か。

「じたばたしたって、しょうがない」

 彼は、呟いた。

「一週間。ギリギリまで生き抜こう。その間の生活を、記録に取ろう。いつかここに地球の船が来てミネルヴァを見つけた時、手に取ってもらうためにね」

 二人は、頷いてくれた。

 

 ミネルヴァの地球出発三か月前。地球連邦宇宙省の一室。

 牧村直人、ジョージ・グレウル、カチェリーナ・イワノワは、三人ならんで、長テーブルの椅子に腰かけていた。彼らの正面には、彼らを今日この時間に呼び出した人物――ミネルヴァ計画責任者にして宇宙省長官・アンネ・ホイットマン女史が、スクリーンの傍らに立っている。スクリーンには、映像が一つ、映し出されていた。

 そこには、機械によって月面に穿たれた穴の底部に佇立する、黒い直方体が映っていた。大きさは、傍らに立つ宇宙服を着た人かげと比較するなら、4メートルほど。その表面の輝きは、この物体が決して自然に出来た物ではないことを、雄弁に語っていた。

「この黒い物体は、月で撮影されたものよ」

 アンネ・ホイットマンは、その皴の刻まれた頬を動かして、三人に説明した。

「月基地建設の調査の過程で、異常に磁場の強い地点が見つかったのよ。調査チームはその地点を発掘し、これを発見した。この物体の表面を構成しているのは、私たち地球人が未だ知らない金属だった。ドリルや熱を用いても、破ることは出来なかったわ。もうどうやっても解体は無理かと、調査チームの全員が諦めた時、異変が起こった」

 スクリーンの場面が、切り替わった。月の岩壁ではなく、どこかの研究室の無機質な壁に囲まれた黒い物体。その表面に、変化が現れていた。一点から、ひびが広がっているのだ。ひびは物体表面の全体に広がり、刹那、砕け散った黒い表面の破片が、床に飛散する。あとに残されたのは、輝く銀色の金属で出来た、高さ三メートル程度の、凹凸の激しい塊。その輝きは急速に増し、一瞬、スクリーンは真っ白になった。

「物体の表面がはがれ、中から現れたこの塊が、その場にいたスタッフたちとカメラに、立体(ホロ)映像(グラム)を見せたのよ」

 アンネの説明通り、研究室内の空中に、像が映し出されていた。銀塊から放射される光に沿う形で。

 まず現れたのは、銀河系。それがズームアップされ、一つの惑星を映し出す。さらに続く拡大。

 その惑星の表面に築かれた奇怪な形の幾千の都市。都市から飛び立った幾つもの巨大な金属体。その一つが惑星を離れ、遥かな宇宙を旅してゆく。宇宙船はやがて、青い美しい星に着陸した。その星の陸地に生息する緑の植物たち、四足を振るって走る大型の獣たち……。

「ここに映されているのは、今からおよそ六千万年前に、地球に生息していた生物に違いないと、学者たちは断言したわ」

 地球を探査し終えた船は、再び宇宙へと浮上した。その行く手にあるのは、大きな輪を持つ茶白の惑星。輪の内部で、船は、一つの衛星に着陸した。

 船から衛星の地面に、大量の自律する機械たちが降り立った。機械たちはその地面を掘り、きりだし、巨大な建造物を築き上げていった。恐らくは長い時間をかけていたのだろうが、ホログラムは早回しされたビデオのように、その過程を圧縮して見せていった。

 衛星の、広い巨大な円(サークル)。その中は、青い光で満ちていた。船は、光の中へと突入する。現れたのは、船が飛び立った故郷の惑星。

「この巨大な円形建造物は、いわゆるワープのための装置ではないかと考えられるわ」

 船はまた、宇宙を飛び、地球へと向かう。しかし着陸したのは地球ではなく、月だった。地面が掘られ、黒い直方体が埋められる場面を最後に、ホログラムは終了した。

 ふうっと、直人はため息をついた。

「長官、この映像、どんな映画から切り取ったシーンなんです?」

「全て、現実よ」

 宇宙省長官は、日本人宇宙飛行士の軽口に対して簡潔に答えた。

「かつて、高度な文明を持つ知的生命体が、地球に来訪した。彼らが月に埋めたこの物体は、将来出現が予測された地球の文明へ向けてのメッセージの役割を持っていたのだと推測されるわ。それは数千万年の時を耐え抜き、私たちの手で掘りだされた……。と、言うことは――」

「土星の衛星に建造された超空間ゲートも、まだ存在するかもしれない。そして、その門の向こうにも、創造者である地球外文明が、まだ存在するかもしれない……」

 カチェリーナが、長官の言葉を引き継いだ。

「――そういうことよ」

 アンネは、咳払いを一つすると、彼らに正対し、告げた。

「あなたたちには、公式の土星探査とは別に、より重要な秘密任務があるわ。地球外文明が土星の衛星に建設していった超空間移転装置の、発見よ」

 

「……て言われたけれど、結局果たせずに終わっちゃうわね。エイリアンの遺物との対面」

 カチェリーナは、苦笑して言った。直人は頷いた。

 二人は、壁の大スクリーンに映った外の光景を見ながら、話していた。来る死の前に、思い残すことのないように、話したいことは全部話しておかなければならない。

「ちょっと残念」

「俺もそうだな……。地球に帰った後で、息子にこっそり話す特大の土産話になるところだったのにな」

「そういえば、貴方には息子さんがいたのね」

「今頃は、十四歳になっているはずだ。地球を出発した時はまだ小学生だったけど、今はどんな風になっていることやら」

「……こんな仕事だと、一緒にいられる時間、あんまりとれないわね」

「……息子には、済まなく思っているよ。妻は承知の上で俺と一緒になったけれど、息子は生まれる前に、どんな父親の息子になるか、選べなかったんだからな」

 直人は微笑した。

「あら、その言い方だと、奥さんには済まなく思っていないみたいね。ナオト、レイ・ブラッドベリの『宇宙船乗組員』って小説、読んだことある?」

「いや、俺は、SFはあまり読まないんだ。どんな話なんだい」

「宇宙に行く仕事をしている夫を持った妻の、悲しい話。ラストが秀逸よ」

「ふうん。地球に帰ったら読んで、……帰れないんだったな」

 今度は、二人で一緒に、笑った。

「ブラッドベリのその短編だったら、俺のPCに入っているぜ」

 椅子に座ったジョージから、口が入った。彼は、個人用PCを開いて、目をそこから離そうとしていない。

「読むか?」

「Thank you。……お前は何しているんだ」

 直人は、ジョージの背後から、覗き込んだ。

 PCには、小説が開かれていた。

「死ぬ前まで本を読むのか」

 直人は、若干呆れたような口調だった。

「何とでも言え。これは人類史上最高の小説だ。死ぬ前にもう一遍読んでおきたいんだよ」

 ジョージは、ぶっきらぼうに、言った。

「全く……。うん? どうしたんだ? カチェリーナ」

 顔を彫像のように固めて、目を一点に向けて、右の人差指を胸の前で正面に指している彼女を、直人は怪訝に見た。彼は視線を、その指先へと移す。そして、口をあんぐりと開けた。

「……おい、ジョージ」

「何だ?」

 ジョージは、PC画面に開かれた小説から目を離さずに、言った。

「死が近づいて、俺は、頭がおかしくなったみたいだ」

「おい。何だよ急に」

「とりあえず、顔を上げてみろ。そして、俺と同じ方向を見るんだ」

 ジョージは、言われた通りにした。ジョージは、驚愕した。

 彼らの目の前に、茶色のコートを着た女が立っていた。年齢は、十代の後半ぐらい。黒い長髪を垂らして微笑を浮かべて、ミネルヴァの床の上に立っている。

 地球から離れた宇宙船の床に、クルー以外の人間が、立っている。

 その事実に、三人は、そろって表情を固めた。

 これは、幻覚か。

 それとも、死神か。

「はじめまして。地球の皆さん」

 女は、恭しく一礼し、

「私は、貴方たちが「スターゲート」と呼ぶ門の番を務める機械の一隊でございます。皆さんをお助けするために、参上しました。私というこの一個体を呼称する時は、『エレナ』とお呼びください」

 沈黙が、室内を支配した。

 牧村直人は、ジョージの頬をつねった。

「ナオト。痛い」

「ジョージ。俺もつねってくれ」

 ジョージは、直人の頬をつねった。

「痛い。ということは、俺たちは夢を見ているわけじゃないんだな」

 直人は、唖然として、目の前の不可思議な光景を理解しようと、必死に頭脳を回転させた。

 スターゲート。番。機械? 助け? 彼は、一つの仮説にたどり着いた。他の二人も、ほぼ同時に、その考えにたどり着いた。最初にその考えを口に出したのは、カチェリーナだった。

「貴方は、 六千万年前に地球を訪れて、月にメッセージを埋め込んだ種族の、末裔なのね?」

 エレナと名乗る女――先ほどの自己紹介が真実であるならば、『女の外見をした機械』であるその個体――は、首を横に振った。

「貴方の発言に示された推測は極めて事実に近いですが、正確な事実とは異なっています。私は、あなた方の住む惑星の衛星にメッセージをを残し、この太陽系の第六惑星の衛星の一つに超空間移転装置を設置した種族キュレイルの作り上げた機械に過ぎず、キュレイル自体との生物的関係はありません」

「……機械、なの? 貴方はどう見ても人間の姿をしているのに」

「この外見は、貴方たちとのコミュニケーションを円滑に執り行うための、擬態です」

「どうやって、ここに、入ってきたんだ……?」

 ジョージが口を挟んだ。

「非連続的空間物体移動即ち、あなた方がテレポートと呼ぶ技術を利用して、この船に侵入させていただきました」

 エレナはさらりと、オーバーテクノロジーを口にした。

「それで、私たちを、助けに来てくれたの……?」

「はい。すぐに、この船ごと回収させていただきます」

「「「え?」」」

 途端、ゴゴゴゴゴゴと、室内に轟音が響く。

「な、何だ!」

ジョージが叫び、椅子から立ち上がる。

カチェリーナは、叫ぶ。

「ナオト! ジョージ! ミネルヴァは今、浮上しているわ!」

「!?」

 二人は、スクリーンを見た。先ほどまで外に広がっていた氷面が、視界の下へと急速に下降して、遂には見えなくなった。

カチェリーナは、外部を映すカメラの角度を操作し、ミネルヴァの垂直上方を、スクリーンに映した。

 そこに映っていたのは。

「これって……」

 ロシア人女性は、そう言って絶句した。スクリーン一面を、金属の壁が、埋めていたからだ。直人は、エレナを振り返って聞いた。

「何をした?」

「あなたたちの船を、我々の宇宙船『ザイバ』に収容させていただいています」

「じゃあ、あの壁は……」

「はい。ザイバの表面です」

壁の中心には、黒い穴があった。それは、秒を刻むごとに大きくなってゆき、スクリーン全面に広がった。暗闇のスクリーン。

 やがて、スクリーンに再び、光が戻った時。

 そこに映ったのは、金属の壁。ただし、はるか遠くに見える。

 空間を照らすのは、星々の弱い光ではない。明らかに人口の光だった。

 カチェリーナは、カメラの角度を上下左右に動かし、周囲を確認し、確信した。

 ミネルヴァは、今、巨大な部屋の床に、鎮座しているということを。

 

 ミネルヴァから地球への通信が、十八時間ぶりに行われた。

「私たちは、地球外文明に救助された。現在、ミネルヴァごと彼らの宇宙船に収容中」と。

 

「宇宙服は、いらないわね」

 船外調査機の前で、カチェリーナは言った。

「今の船外は、完全に地球型大気よ」

「そうか。じゃ、この服で出よう」

 三人とエレナは、ミネルヴァの外へと出た。

「この一歩は、俺にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である」

 銀の輝きを放つ金属の床に立ちながら、直人は言った。

「確かこれだよな? アームストロングが月面に降り立った時に言った言葉って」

「ちょっと違うな」

 とジョージ。 

「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ。これだよ、正確には」

「大意は同じだ」

「まあな」

 彼らが立っている部屋は、途方もなく広かった。天井まで少なく見積もって百メートル以上はあるだろう。壁までの距離も、少なくともその倍以上はある。

 きょろきょろとあたりを見回す三人の前に、突然、若い女が二人現れた。

 何もない空間に、何の前置きも無く、だ。

「……心臓に悪いな」

 と、直人

「この二体は、私と同じ門番です」

と、エレナ。

「私の個体名は、エナと言います」

 と、金髪の女型の門番が言った。

「私の個体名は、ノエルと言います」

 と、銀髪の女型の門番が言った。

 エナは、

「ようこそいらっしゃいました。地球の皆さん」

 直人に、右手を差し出した。

「私たちは、スターゲートの門番です。あなた方のような旅人が地球からやってくることを、お待ちしておりました」

 直人たち地球側も、それぞれ自己紹介を行い、

「遭難した我々を救助していただいたことを、深く感謝します」

 と、直人が代表者として、述べた。

「私たちはこれから、皆さんをスターゲートへお連れし、ミネルヴァを修理するつもりです」

「ご厚意に、感謝します」

「今からすぐにでもミネルヴァの修理を行います。それで、皆さんには修理の間、船外で過ごしていただく必要があります。お一人に一室ずつ、お部屋をご用意させていただきました。お使いになりますか?」

 三人は顔を見合わせた。

「彼らの用意した部屋というのに、興味がある」

 と、ジョージが言った。

「私たちに危害を加えるつもりなら、わざわざ助けたりするわけがないわ」

 と、カチェリーナ。

「決まりだな」

 直人は、またエナに振り返った。

「ありがとうございます。部屋を使わせていただきます」

「では、ご案内させていただきます。私が牧村直人さんを、エレナがジョージ・グレウルさんを、ノエルがカチェリーナ・イワナコワさんを、それぞれお部屋にご案内しましょう」

 エナが直人の傍に、エレナがジョージの傍に、ノエルがカチェリーナの傍に、立った。

 次の瞬間、直人の視界が、黒に染まった。地から足が離れ、虚空に浮遊する感覚が、同時に押し寄せる。

「!?」

 動揺する彼の耳元で、エナが囁く。

「テレポートです。すぐ終わりますから」

 事実、そんな状態は五秒もせずに終了した。足が地に着き、周囲に光が戻る。

 そして直人は、光を取り戻した視界の中に映る光景に、唖然とした。

「これは……」

 十六畳の畳の床。脇に敷かれた柔らかそうな布団と毛布。炬燵付きの四本足のテーブル。床の間にかかった掛け軸には、水墨画が描かれている。壁以外の部屋の三面には、やはり絵の描かれた襖。

 その部屋は、和室だった。

「牧村直人さんの生まれ育った国の伝統に沿った調度に致しました。お気に召しましたでしょうか?」

 エナが言った。

「え、ええ。とても、結構です。はい……」

 彼ははっと我に帰り、エナを見た。

「どうして、私の故国のことまで、こんな詳しく知っているんですか? このことだけじゃない。我々の宇宙船が近づいていること。「ミネルヴァ」というその船の名称。私たちの目的があなた方の守る装置にあったという情報に、私たちがそれを「スターゲート」と呼んでいるということ。それに第一――」

 彼は、今まで自分がそのことに疑問を抱いてこなかった事実に、愕然とした。

「あなた方は、どうしてそんなに流暢に、英語で会話を出来るのですか?」

「私たちの地球にいる仲間が、全て報告してくれたことだからです」

 さらりと、何でもないことであるかのように、エナは言った。

「仲間?」

 直人は目を瞬いた。

「あなた方と同じように――その――、人間に擬態した機械たちが、地球にいるのですか?」

「はい」

「しかし、スターゲート関連の情報は、一部の人間しか知らない極秘事項のはずです。いくら地球にいたって――」

 直人はそこまで言って、口を噤んだ。その事実が示す結論は、いくら目の前にいる存在が友好的であることを考慮したとしても、背筋を冷たくなでるものに違いは無かったのだ。

「その『一部の人間』の中に、含まれているのです。私たちの仲間が」

「――政府の中に? ミネルヴァ計画の関係者の中に?」

「はい」

 直人は頭を押さえ、よろめいた。

「大丈夫ですか?」

 エナが、彼を支えようとした。

「いえ……。ただ、聞かなければいけないことが、沢山あるようですね……」

 

「ジョージ、お前の部屋はどんな感じだった?」

「ニューヨークのホテルの一室みたいだった。カチェリーナ、君は?」

「何か、中世ヨーロッパ風って感じだったわ。私の部屋は」

 それぞれの部屋を見せられた三人は、再び一堂に会していた。そのために用意された部屋が、企業の会議室風の、丸いテーブルの置かれた直方体の部屋だったという事実にも、もはや彼らは驚きを感じなかった。ただ、地球人の文化を最大限に尊重しようとする「門番」たちの心配りに、感嘆するのみだ。

 会議室には、彼ら三人の他に、エナがいた。椅子に座って話をする三人に対して、エナは立って微笑んでいた。

「エナさん」

 直人は言った。

「教えていただけませんか。貴方たちの歴史を」

 エナは、頷いた。

「六千万年前。私たちの創造者たちキュレイルは、到達可能な範囲の星々を全て探査し終えました。しかし、そのどの世界にも、彼らとコンタクト可能なほどの知性を持つ種族はいませんでした。あなた方の地球のように、生命にあふれた星は幾つかありましたが。

やがて、彼らの中では、将来これらの星々に出現するかもしれない文明を、待とうではないかという意見が、多数を占めました。

それぞれの恒星系の、生命の存在する惑星の周りの星に、タイムカプセルとスターゲート、そして我々のような、意思を持つ機械たち『門番』を置きました。

我々の使命はスターゲートを守ること。地球にあなた方人類が誕生し文明を築いてからは、その監視も使命となりました。

人間に擬態して人類の社会に侵入し、文明を滅亡しかねない危機を、未然に防いできたのです」

「危機? 例えば、どんな危機を防いだんだ?」

 ジョージが聞いた。

「例えば米ソの核戦争とか、伝染病のパンデミックですね」

「政府の内部にも、侵入したのですか?」

 と、カチェリーナ。エナは頷く。

「擬態した我々の仲間が、政治家を務めたこともありました」

「……もしかして、地球連邦って言うのも……?」

「はい。我々の工作あってのものです」

 直人は、ため息をついた。古いおとぎ話に出てくる、仏陀の掌の上の、猿の心境だった。今彼らが住まう社会自体が、「門番」たちの干渉によって作られたということか……。

「ミネルヴァ計画にも、詳しいはずだ」

 ジョージが言い、直人とカチェリーナが頷いた。

「我々はこれから、あなた方に『スターゲート』をお見せするつもりです」

「つまり、土星の衛星タイタンに連れてってくれる、ということですか?」

 直人たちは、その星にスターゲートがあることを、既に地球で聞き及んでいた。情報源は、黒い直方体の出した立体映像に記録された、宇宙船の航跡を素にした、宇宙省の科学者連の推測である。

「はい」

 エナは、頷いた。

 タイタン。太陽系内の衛星の内、木星のガニメデに次ぐ大きさを誇るこの天体は、千六百五十五年、クリスティア―ン・ホイヘンスによって発見された。二十世紀前半、天文学者ホセ・コマス・イ・ソラは、「タイタンは大気を持っているのでは無いか?」との説を発表。ジェラード・カイパーによるスペクトル分析によって、これは正しいことが立証された。2004年、無人探査船カッシーニ=ホイヘンスのプローブが、タイタン地表に着陸。その謎に包まれた素顔の一部を明らかにした。

 タイタンには、メタンの河と湖が存在する。衛星内部から地表に噴出し、蒸発したメタンが、雨となって降り注いでいる。太陽系に置いて、地球以外で、大気からの降雨の存在が確認ざれている、唯一の天体である。大気の主成分は、窒素。大気の温室効果によって、地表気温は約九十四Kと低温であり、分子運動が不活発なために、濃い大気を宇宙に逃散させずに維持している。全休的にオレンジ色のもやで覆われているために、大気圏外からは、可視光で地表を見ることは出来ない。その大地は質量比1:1の氷と岩石からなる。地表面気圧は一・五気圧で、これは地球の気圧を凌ぐ。遠い公転軌道のために土星の潮汐力の効果を受けにくいにもかかわらず、地表は浸食作用と地殻変動の痕跡に富んでいる。これは解明されていない謎だ。

 タイタンの特徴の内で最も特筆すべきは、窒素を主とする大気組成が、酸素発生以前の太古の地球のそれに、似ているということだ。原初の地球の様子を研究するために、タイタンは格好の参考書なのだ。

 だから、カッシーニ以降、直人たちの時代に至るまでの間にも、多くの無人探査機が、タイタンの地に降り立ってきた。

「正直、半信半疑だったんだよ」

 ジョージが言った。

「つまりさ、あの立体映像みたいにでっかい円形がタイタンにあるのなら、これまで送り出されてきた無人探査機が、どうしてその写真の一枚でも送ってこないんだ? だからこそ、俺たちにその眼で調べて来いって任務が下ったわけだけどさ」

「ええ。しかし、無人探査機とて、タイタンの地の隅から隅まで調べてきたものは、無かったのではありませんか?」

「そりゃ、そうだが」

「仔細は、実際にスターゲートを見てもらうまで、お預けとさせていただきます」

 それから三人は、それぞれの個室に戻った。エナの説明によれば、十分な睡眠をとり終わる頃には、タイタンの地の真上にいるだろうとのことだ。

 暖かく柔らかな布団に横になりながら、牧村直人は黙考した。

(地球を出発した時には、予想もしなかった運命に見舞われているな、俺たちは。地球外文明に救助され、その宇宙船の和風寝室で眠る、とは。俺は地球を出る時、スターゲートはもう稼働すらしていないんじゃ無いかと思っていた。ただ、遺跡があるだけだと。だってそうだろ? 六千万年前だぞ? 気が遠くなるような昔じゃないか。言ってみれば、トロイの遺跡を発掘するつもりだったシュリーマンが、現地でまだ生きているトロイ王国の人間に出会ったようなものだ。……真司に聞かせたら、さぞや驚くだろうな)

 そこで彼の思考は、妻の華(はな)と、息子の真司の事に及んだ。

(そういえば、華と真司は、今頃どうしているんだろう? スターゲート関連の情報がトップシークレットである以上、地球では俺たちが救助されて無事であるという事実は、公表されていないはずだ。つまり、二人は今でも、ミネルヴァが消息を絶ち、俺の生死は不明って認識をしているんだろうな)

 そこまで思い至ると、彼の胸の奥を、ちくりと、刺すものがあった。小さな、本当に些細なそのひとさしは、しかし、どんな現実の痛みよりも、なお深く、彼の心にとって大きなものであった。「門番」たちと出会って以来、今に至るまで妻子のことを全く考えてこなかったという事実にも、彼は気づいてしまった。

 考え込みながら、彼は眠りに落ちていった……。

 

 暗闇に浮かぶ、オレンジ色の混ざった、青い球。それが、壁の大きなスクリーン画面の、大半を占拠していた。そして秒を重ねるごとに、その大きさは緩やかに増していった。

「これが、あなた方がタイタンと呼ぶ衛星です」

 スクリーンを見守る三人の地球人に対して、エナは言った。

 スクリーンの中のタイタンは、画面一面にまで広がり、その表面を覆う雲のデティ―ルを、徐々に明らかにしていった。遂に、スクリーンは、雲に包まれた。

「大気圏に、突入したのか?」

 直人は言った。「はい」とエナ。

「落ちている感じが、全然しないんだが、重力をどうにかする技術でも使っているってことは、聞くまでもなさそうだな」

 と、ジョージ。

「詳しい説明は、また落ち着いたらします」

「楽しみだわ」

 と、カチェリーナ。

 宇宙船は、今や雲の層さえ突破した。今度は、広がる大地が、スクリーンを占める。大地は徐々に、大きくなってゆく。宇宙船が、近づいているからだ。徐々に、大きくなってゆく……。

「おい、ぶつかるぞ!」

 ジョージは、叫んだ。

 どん! 直人は、一瞬確かに、そんな音が聞こえた気がしたが、錯覚に過ぎなかった。スクリーンに広がったタイタンの地表に、正面から突っ込んだのは事実だ。しかし、その結果として起こるはずの衝撃を、彼は感じなかった。船も、その搭乗者にも、傷一つついていないで、今、船は虚空に浮かんでいた。また大気圏外に戻ったわけではない。外に、あの瞬かない星の光は、無かった。

「これは……地底……?」

 カチェリーナの声。

「だけど、あれは何だ……?」

 ジョージの声。

 スクリーンは、青い光で満ちていた。淡く、それでいて高温の炎のように鮮やかな、青い光。それは、巨大な壁――幅は、一キロほどだろうか――によって構成された、巨大な円形構造物――直径は、十キロほどだろうか――の、円内の空間一面に、今にもあふれんとする湖の水のように、満ちていた。

「これが、貴方たちが『スターゲート』と呼ぶものです」

 エナが、言った。

「これが……」

 直人は、スクリーンを見つめた。

「あの青い光の中は、二十五万光年離れた地点にある、創造者キュレイルの故郷に通じています」

「……貴方たちが、あそこを通ることも、あるのですか?」

 カチェリーナが聞いた。

「いえ、私たちはこの地を守るのが使命ですから、我々は、これを通ったことはありません」

「では、あの門から出てくることは?」

 直人が聞いた。

「最後に、あの門から、私たちの様子を見るためにキュレイルが出てきたのは、貴方たちの時間感覚で言うなら、五百年ほど前のことでした」

「俺たちが地球で見たホログラムでは、スターゲートは地上に作っていたようだった」

 ジョージが、呟くように、言った。

「あのホログラムには、『スターゲートを建設した』という段階の情報までしか、記録していないのです。建設後、安全のために全体を覆ったことは、ご存知でなくて当たり前です」

「どうして、その情報は記録されなかったのですが?」

 と、カチェリーナ。

「必要だったのはスターゲートの存在をあなた方に伝えることであって、スターゲートが現在どういう状況にあるかではないですから。どのみち、あなた方が土星に近づけば私たちが迎えに出る予定でした」

 直人は、エナの言葉を聞きながら、沈黙を持続させながら、スターゲートの青い光を見つめ続ける。心中に、静かな興奮が、荒れ狂っていた。

(この光の向こうに、この建築物を作り上げた文明の世界がある)

「エナさん。宇宙船は、スターゲートを、どれぐらいで通り抜けることが出来るんですか?」

 耐え切れずに、直人は聞いた。エナはすぐに答えた。

「ゲート自体を通り抜けるのに要する時間は、約一時間です。このザイバでも貴方たちのミネルヴァでも、大差はありません」

「通り抜ければ、すぐに着けるのですか? その、あなた方を作った者たちの母星へは」

「このスターゲートが地球から離れた星に設置されているように、あちら側のスターゲートも、キュレイルの母星とは、離れた位置にあります。しかし、あちら側のスターゲートに建設されている基地には、このザイバと同じように、星系内間テレポートシステムが存在します。それを使えば、肉体だけは、一分もせずに、母星に着きます」

「もしも俺が行きたいといえば、彼らは受け入れてくれるでしょうか?」

「ナオト? 貴方、何を言っているの?」

 カチェリーナは、驚いた表情をして、言った。ジョージの顔にも、同じ表情が浮かんでいた。エナは、淡々と答える。

「彼らがこのような壮大な仕掛けをしたのも、あなた方のような旅人が現れ、訪ねて来てくれることを期待したからです。喜んで、迎え入れてくれるでしょう」

 

「この計画には、莫大な金と時間が費やされている」

 スターゲートを目にしてから数分後、直人、カチェリーナ、ジョージは、再びあの会議室風の部屋にいた。彼らだけで話し合いたいことがあるからと、エナに申し入れて使わせてもらっているのだ。

「地球に戻っても、再び土星までの派遣計画が決定し、実地されるまでは、数年は時間がかかるだろう。その時、また俺が人員に選ばれるかどうかは、分からない」

「だから、今行ってしまおうというの? 貴方は」

 カチェリーナの、直人に向ける視線には、若干の非難の色が込められていた。

「地球には、あなたの帰りを待っている家族がいるのよ」

「分かっている。だけど、堪らないんだ。あの青い光の向こうに、人類よりはるかに進んだ文明の世界があると思うと、どうしてもそれを、自分の目で見てみたい。これまで旅を共にしてきた二人には申し訳ないけれど、エナの話じゃ、地球への帰りは彼らのテレポートシステムで、送ってくれるといっている。俺がいなくても、二人は帰れるんだ」

「二十五万光年先の世界よ? 幾らスターゲートを使ったとしても、私たちはその基本原理を何も知らない以上、何が起こるかなんて予測できない。エナたちにしても、自分たちが使ったことは一度も無いのよ。もし不慮の事故が起きて、太陽系の外の宇宙に放り出されてしまったら、せっかく助かった命を、また捨ててしまうことになるわ」

「……」

「あなたの命は、あなただけのものじゃない。今この時にだって、あなたの奥さんと息子さんは、行方不明のあなたの安否を心配しているに違いないわ。彼らを置き去りにして更なる旅に出て、二度と会えなくなってしまってもいいの?」

「……だから、俺は、怖いんだ」

 ぽつりと、直人は呟いた。

「地球にいる二人は、きっと俺の事を、すごく心配していると思う。エレナがミネルヴァに現れてから、ザイバの寝室に来て落ち着くまでの間に、二人のことを全く考えていなかったことに気が付いて、俺は罪悪感に襲われた」

「じゃあ、何で……」

「こんな感じになったのは、人生で初めてなんだ。これまでは、宇宙にいても、家族の事を思い出すことは無かった。きっと俺は、この仕事をやめるべき時期に来たんじゃないかと思う。だから……」

 直人は言葉を一瞬切って、言った。

「地球に帰ったら、もう、宇宙に出たくないって、思ってしまいそうで、それが、怖いんだ。今の俺には」

「……」

「今行かなければ、俺は一生、あの向こうにある世界を、見ることが出来ない。そんなのは、嫌だ。きっとあの向こうには、俺の想像を超えた世界が広がっている。今の俺は、それを見たくて仕方がない。だけど一旦地球に戻ったら、あの星の温かさが、俺がまた旅立つ決意を鈍らせてしまいそうで、怖い。今この時にしか、俺は、スターゲートの向こうへ行く勇気が、出せない気がするんだ」

「ナオト……」

 二人の間に、沈黙が流れた。それを破ったのは、ジョージだった。

「行くべきだよ。ナオト」

「……」

「俺は、君がどういう人間なのか、よくわかっている」

「……」

「この旅は、もしかしたら君にとっての、最後の旅になるかもしれない。君のような人物が、かつてない未知の世界への旅をする機会を逃して、一生を終えてしまうなんて、君の人生という物語じゃ、絶対にあってはならない展開だ。俺がその物語の読者だったら、そんな展開には絶対ブーイングをしてやる」

 にやっと、彼は笑った。

「俺のユーモア、相変わらずさえないな」

「ジョージ……」

「そして、俺も行く」

「え」

 直人は、意表をつかれた。

「こんな面白い経験を、君だけに味あわせるわけにはいかないな。カチェリーナ、地球へ帰ったら、俺とナオトの家族に、どうかよろしく伝えておいてくれ」

 カチェリーナは、ため息をついた。

「私がいくら反対したって、行くんでしょう。貴方たちは」

「そうだ」

 ジョージの答えに、カチェリーナは、しばらく沈黙を保ってから、言った。

「私も、行くわ」

「カチェリーナ……」

「私だって、彼らの文明に対して、好奇心があるわ。自分で見られるチャンスがあるなら、これを逃すチャンスは無い。――まさか、ついてくるなとは、言わないでしょうね?」

 直人とジョージは、黙って首を振った。カチェリーナは、微笑した。

「――エナさん?」

 彼女の声に応じ、部屋にまた、エナがテレポートしてきた。

「ご相談は、終わりましたか?」

 エナは言った。

「ええ、終わりました。決めましたよ。――俺たちミネルヴァの船員三人は、あなた方と共に、スターゲートの向こう側へ、あなた方の創造者たちの故郷へ行くと、決めました」

 直人が代表して、三人の総意を、伝えた。

 エナは、三人に、念を押すように、聞いた。

「決意は、変わりませんか?」

「「「変わりません」」」

 三人は、同時に応えた。エナは頷いた。

「わかりました」

「一つ、質問があるのですが」

「何でしょう。カチェリーナさん」

「あなた方の使うテレポートシステムは、太陽系内全般を網羅している。地球にあなた方が来られる時も、それを使っているのですよね」

「はい。その理解は事実に合致しています」

「なら、こんなことは出来るでしょうか? 私たちの家族のもとに行って、私たちが生存していることを、伝えていただけることは」

「カチェリーナ……」

 直人は、まじまじと、彼女を見た。彼女も、彼を見て、言った。

「やっぱり、家族は、知っておくべきだと思うの」

「可能ですよ。カチェリーナさん。住所を教えていただければ、地球にいる同胞がお伺いして、お伝えしましょう」

「ありがとうございます!」

 カチェリーナは言った。直人は、エナに向かって、頭を下げた。

「ありがとうございます。……伝言も、家族に伝えたいのですが」

「はい」

「予定通りの日に帰れなくて、済まない。だが、俺は未知なる世界を見て見たいんだ――と、妻と息子に、伝えてください」

「はい」

 エナは頷いた。

 

 

「……それが、彼らの決断だというのね。エナ」

 地球連邦宇宙省長官アンネ・ホイットマンは、窓から夜の市街地を見ながら、言った。彼女は今、自らの執務室に立っていた。室内に、彼女以外の「人間」はいない。

「はい。貴方たち地球連邦政府は、どう返答しますか? 彼らからの提案に対して」

 門番エナは、言った。

 アンネは、窓から顔を向き直して、エナに正対して、言った。

「願ってもない話だわ。彼ら自身がそう決意し、あなた方も彼らをエスコートしてくれるというのなら、私たちに反対する理由は無いわ。少なくとも、私はこの提案を受け入れる。大統領も間違いなく、同意見のはずよ」

「しかしその場合、公(おおやけ)には、ミネルヴァクルーの生死は不明と発表するのでしょうね」

「それは仕方がないわ。地球連邦という存在は出来ても、全ての人間が、それを認め、従っているわけじゃない。未だに民族や宗教由来の紛争は存在する。同じ種族の異質な他者を受け入れることさえ出来ない者たちに地球外文明の存在を明かせば、必ず混乱が起きる。人類は、未熟なのよ」

 そこで彼女は言葉を切って、

「私だって、初めてあなたと出会ったときは、すごく驚いたんですもの」

 アンネは、六年前、宇宙省長官に任命された日――エナに初めてであった日の事を、思い出した。門番たちは、少数の地球人の前に姿を現す。その中に、彼女も含まれていた。

「何も知らない他の政府関係者たちを説得してミネルヴァ計画を推進することは、正直骨が折れたわ。それもこれも、地球人自体が自らの知力を使い、スターゲートにたどり着くのが重要だとか言う、貴方たちの考えに合わせるために」

「私たちではなく、キュレイルの考えですよ。彼らは、知的種族の自助努力を重んじるのです。私たちは守ることはしても、その必要以上に貴方たちの社会に干渉してはならない。そう、私たちはプログラムされているのです」

「連邦政府を作ったことは、必要以上な干渉には当たらないって言うの?」

「あのアイデア自体は、貴方たちの物じゃないですか? 私たちは、戦争の根絶という、貴方たちの種族の存続にとって絶対に必要なことの達成のために、連邦政府結成の手助けをしただけです」

 エナは、窓に歩み寄った。

「結果、貴方たちは、争いの火種を完全に消すことは出来ずとも、史上最も戦争から遠い世界を作り上げた。だからこそ、私たちは貴方たちに、いわば『合格』の判定を下し、遭難したミネルヴァを救助したのですよ」

 アンネは、ちらっと、腕時計を見た。

「もう時間だわ」

 彼女は、ドアに歩み寄り、ノブを握って、ゆっくりと開きながら。

「彼らを、頼んだわよ」

 たったそれだけを言い残すと、部屋の外に出た。彼女がドアを閉めた時には、もう室内に、エナの姿は無かった。

 

「地球から、返信が届いたぞ――ミネルヴァに、地球外文明訪問の命令を下す、だと」

 ジョージの言葉を、牧村直人は満足げに聞き、頷いた。

「カチェリーナ、船の様子はどうだい」

「完璧。彼らは、いい仕事をしてくれたわ」

 今、三人は再び、ミネルヴァの操縦室に座っていた。修理の完了したミネルヴァは今、スターゲートの青い光の上に、浮遊していた。外宇宙への旅をする名誉は、これまで苦楽を共にしてきたこの船に与えたい。そうカチェリーナが提案し、直人とジョージも同意した。まず先にミネルヴァがゲートに入り、その後からザイバが追いかける手はずであった。

「――じゃあ、いくか」

「ああ」

「ええ」

 三人は、目の前の機器を操作し始めた。ミネルヴァは青い光へ船首を向けて、船尾から炎を噴き出しながら、スターゲートの中へと、突入していった。

(絶対帰って来るからな。華。真司)

 牧村直人の、決意と共に。

                                   〈了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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