「皆様、本当にお世話になりました。里で過ごした日々は忘れません」
ハルト達がアケノシルムを討伐すると、その帰り道にアリスはもうじきカムラを離れることをハルトに話した。その時ハルトは少し目を見張りながらも頷いていたが、感情を出すのが苦手な彼なりに精一杯驚いてみせたのだろう。
そして、二日後。アリスは里の住民全員に見送られながら別れを告げていた。
「うんむ、お主は元々旅のハンター故、いずれこうなることは分かっておったが………少し寂しくなるのう」
「ここでの経験は、少なからず君のハンター人生の糧となるはずだ。君ならば更に腕利きのハンターになれる、僕が保証しよう」
「フゲン様もウツシ様も、色々とありがとうございました。ここでは新しい経験がいっぱいでした」
「アリスちゃん、またこの里に遊びに来てよね。次に来た時の為にお土産をいっぱい用意しておくからね」
一人の婦人がそう告げると、後に続くように周りの衆も口々に同様の意を示す。それを受け、アリスは口元を覆い上品に笑う。
「やっぱり、この里の皆様はお優しい方ばかりです。また、必ず来ますね」
「ほっほっ、カムラで過ごしたとなればもうオヌシはワシらの家族同然でゲコよ。この辺りのフィールドで依頼を受けることがあれば、里の民を思い出して欲しいゲコ。
ところで、同じ家で過ごし、同じクエストに行っていた、一番家族らしい行いをしていたハルトからは何かないゲコか?」
「うわ、ちょ……………おい、やめっ」
ゴコクに名を呼ばれ、集まっていた住民達は道を開け背中を押し、衆の中にいたハルトは半ば強引な形でアリスの目の前に立たされる。大勢の前で何か気の利いた言葉を期待されるのが照れくさいのか、ハルトは目線を逸らしながら頬を掻く。
「あー………なんだ、その」
「ハルト様……………フィールドでは何度も助けていただいて、ありがとうございます。私一人では達成できなかったかもしれない依頼でも、一緒だったから成功できました」
瞳を潤わせて話す彼女の脳裏には、カムラでの狩りの記憶が思い起こされていた。
初めてハルトと出会い、オサイズチから逃げたこと。足を痛めて動けない自分を庇ってくれたこと。バギィの攻撃を受けて眠ってしまった自分を介抱してくれたこと。そして、つい先日のアケノシルムとの死闘。
「いつか、また会うことがありましたら…………その時は、また私と一緒にクエストに行きましょう。本当にありがとうございます」
言い終わると、アリスは深々とお辞儀をする。頭を下げながら心の中では、「(結局、ハルト様にお料理教えてもらってなかったなぁ)」と少し後悔していた。
「アリス。お前、それでいいのか?」
「………えっ?」
黙って彼女の話を聞いていたハルトは、不意に誰もが予想だにしていなかった返答を投げかける。
「本当にまた旅に出ても、この里を離れても何一つ心残りはないってか?」
「…………それは、」
「もしそうだって言うなら、俺は止めない。それがアリスの選んだ答えだから」
「………私は………………」
彼の問いかけに、アリスは俯いてしばらく考える。
その間も、彼女の脳裏には狩りだけではない、里での日々が次々と浮かんでくる。
「…………っ、私………」
旅に出なくてはならない。
そう言おうとすると、胸の奥がチクリと痛む。視界がぼやけ、内側から何かが競り上がって来る。
「私、旅になんてっ、うぅ、出たく、ない………
まだこの里で、ハルト様と、一緒に狩りに、行きたいっ、皆と………もっと一緒に、いたいよぅ……………っ!」
気が付けば、手に握り拳を作り、目尻から熱いものを零し、いつもの丁寧な口調も忘れて浮かんで来るままの気持ちを吐露していた。
「なぁ、フゲンのじいさん。そういうわけだが、このままアリスがカムラにいても問題ないか?」
「何を今更、アリスはこの里に十二分に尽力してくれたし、お前さんも仲間がいる方がハンターとして有難いだろうに。拒否する理由などないわい」
「それに、現実的な話になるゲコが、二人が里のハンターとして正式にチームを組んだことをギルドに申請すれば、ある程度の援助金も発生するゲコ。むしろ、里にとどまってくれたメリットの方が大きいのではないかと思うゲコ」
ゴコクの言葉に、住民は一斉に頷く。ハルトはそれを一瞥し、アリスに向き直る。
「これらを踏まえてもう一度聞くぞ、アリス。本当に里を出て、旅を再開するか?」
質問を受け、アリスは俯き少し考えた後、
「決めました!私、この里に駐在してハンターを続けます!そして、ハルト様とチームを組みます!」
顔を上げ、目元に涙を滲ませながらも明るく晴れやかな表情ではっきりと答える。それに対し、里の民は拍手と歓声を上げる。アリスは右手を差し出し、ハルトもそれに応じてがっちりと握手を交わす。
「そういうわけで、ハルト様。今後ともよろしくお願いしますね」
「あぁ、こちらこそよろしく。
ところで、さっきの「本当に里を出ていいのか」って言葉だけどな」
「………はい?」
「あれは建前だよ。本当は、俺もまだアリスと一緒に狩りがしたかったんだ」
少し恥ずかしそうな彼の言葉に感激し、再びアリスは涙を溢れさせ口を両手で覆う。
「……………っ!ハルト、様…………」
「だからさ、
ハルトはそう言って、今まで見せたことのない優しい笑顔を見せる。次の瞬間アリスは駆け出し、ハルトに思い切り抱きついていた。
「うっ、うぁ、うあぁぁぁぁぁぁあ、っぐ、うぁぁぁぁあん、ひぅっ、うあぁぁあぁ」
内側から溢れ出る感情と涙を止めることが出来ないまま、アリスは周りの目をよそに目一杯泣き出す。それを背に受け、ハルトは彼女の背中を優しく叩く。周りの衆は拍手を贈り、中にはもらい泣きをする者もいる。
「全く、歳は取りたくないものだな。のう、ハモンよ」
「……………さあな」
目元に涙を浮かべたフゲンは、すぐ横のハモンに語りかける。ハモンは背を向けていた為、その顔は分からなかったが、肩は僅かに震えていた。
東方の山岳地帯に位置する里、カムラ。
今日、この里は新しく一人のハンターを迎え入れた。
その近辺の山々には、ハンターとしてではない、一人の少女の泣き声がこだましていたのだった。
次回へ続く