それはある日、アリスが自宅で茶を飲みながら一服していた時のことだった。
「アリスさん、いますか!?」
「ヒ………ヒノエさん、そんなに慌ててどうしたんですか?」
突然、急いでいた様子のヒノエが家の戸を開けて入って来たのだ。あまりに突然のことだったので、アリスは口に含んだ茶を出しそうになってしまう。いつも穏やかな彼女からは考えにくいため、何か重要な用事があるのだろう。
「実は、大社跡にヨツミワドウが現れたそうです」
「なんですって!?」
ヒノエの言葉に、アリスは驚愕した。
ヒノエの言ったヨツミワドウとは、河童蛙とも呼ばれる大型の両生種モンスターであり、食に対して非常に貪欲な性質を持ち、体格を変化させることも可能だという。ちなみに、里の修練場のカラクリは、このヨツミワドウを模して造られている。
そして、問題はあと二つあった。一つが、話をしているアリスはヨツミワドウの狩猟経験がないこと。そしてもう一つが、
「今ハルト様は不在で、里にいるのは私とユーリ様の二人だけなんです」
ハルトは現在別の依頼を受けており、しかもそのハルトはカムラの里のハンターの中でヨツミワドウと戦ったことがある唯一の人物だったのだ。
今からハルトが戻るのを待っていれば、早くとも翌日の朝になるだろう。
「ええ、勿論把握しています。ですが、このヨツミワドウはできるだけ早急に狩猟していただきたいのです。でないと………」
「ま…………まさか、人が襲われているのですか!?」
もしそうなら、最初にヒノエが慌てていたのも当然である。ならば一刻も早くヨツミワドウを倒さなくては、罪のない市民が犠牲になってしまう。
「心してお聞きください、実は…………
うさ団子の材料を運ぶ行商人が、ヨツミワドウのせいで大社跡付近で足止めを食らっているそうなんですっ!!」
「ほえ?」
ヒノエの口から放たれた予想外な言葉に、アリスは思わず気の抜けた返事をしてしまう。
彼女の言う「うさ団子」とは、ヨモギが営む茶屋で売られているカムラの里の名物であり、名前の通り兎の顔を模して作られた団子である。ヒノエはこの団子が大好物で、毎日のように食べているらしい。
「しかも、その行商人の荷物には新しいお団子の材料も積まれているらしいのです。新作は一番に私に食べさせてくれるってヨモギちゃんが約束していたのに………あぁっ、このままでは私のうさ団子が…………」
今のこの反応からすれば、むしろ病的という方がいいだろうが。
「まあ、お団子の是非はともかくとして、モンスターを放っておくのは危険ですね。その依頼受けさせていただきます」
「ありがとうございます、ミノトに話は通しておきますので、里の、うさ団子の未来をよろしくお願いしますね」
あの後、ユーリに声を掛けた結果同行してくれることとなり、二人で大社跡に向かった。そして今、二人は
「それにしても、アリスはんと二人でクエストに来るのは初めてやな」
「あ………そうですね、言われてみれば」
今までは、狩りに行く時はどんな組み合わせであってもハルトが同行していた。アリスとユーリに家を貸しているハルトは実質的なリーダーになる為、当然といえば当然なのだが。
「ユーリ、オイラを忘れてもらっちゃ困るニャ。正確には二人と一匹ニャ?」
「おぉ、すまんすまん。ヒグラシはんと一緒になるんも今回が初めてやったな、よろしゅうな」
しかし、大社跡に来ていた者は二人以外にもいる。先日アリスが雇っていたオトモアイルー、ヒグラシである。基本、アリスは一人でクエストに行く時にヒグラシを連れて行くのだが、今回はユーリの合意もあったので協力を仰いだのだ。
「では、今回はどのエリアから見てみましょうか?」
「うーん、河童蛙っていうからには水辺におると思うねん、ならエリア2から6、それから9、10に向かう方向で行こか」
二人と一匹は最初の打ち合わせ通り、エリア1を北西に進み、エリア2に到着したが、そこにヨツミワドウの姿はなかった。
「いませんね、では当初の予定通りエリア6に行きましょうか」
アリスの発言にユーリも同意を示しながら、携帯食料を頬張る。エリア2から6に行くには、エリア6から流れ落ちる滝のすぐ横に生えているツタを登る必要がある為、ここでスタミナを増やしておこうという魂胆なのだろう。しかし、
「ご主人、ユーリ!後ろだニャ!」
ヒグラシの声に振り向くと、右手の茂みの奥から巨大な影が現れる。全身を緑色の苔で覆い、河童蛙の名の通りの幅広な嘴と頭の皿。背中には亀のように大きな甲羅が被さっており、前脚は太く発達していた。
他のどのエリアとも繋がっていない、エリアの端という二人が全く予想していなかった場所からヨツミワドウは現れたのだった。フィールドにはモンスターだけが使える抜け道が存在する為、このようなことも起こり得る。
「グロロォォォォオッ!」
ヨツミワドウは二人を見つけると、前脚を振り上げ独特な低い声で威嚇する。最初は動揺していた二人もどうにか武器を構え、牽制にクロスブリッツから放たれたLv1通常弾を受けると、ヨツミワドウはのしのしと歩み寄り前脚で前方を薙ぎ払うが、二人はすんでのところで回避する。
体勢を立て直したアリスは、ボーンホルンを構えて前脚に振り下ろす。苔で覆われたヨツミワドウの皮膚は、攻撃が効いているのか分かりづらい微妙な感触をしていたが、弾かれる程の硬さはなく、連続して打撃を叩き込んでいく。ヒグラシもそれに続き、アケノネコレイピアでもう片方の前脚を攻撃する。
その一方、ユーリは距離を取って弾丸をLv1貫通弾に切り替え、遠距離から狙撃する。貫通弾は一度撃ち込めば全身を突き通すまで体内で連続してダメージを与える為、攻撃が効きやすい部位を見定めることが可能なのだ。
攻撃を続けていると、不意にヨツミワドウが低く鳴き、身体を屈める。そして次の瞬間、
「と………………飛んだ!?」
「アリスはん、そっちに落ちて来るで!」
河童蛙の巨体は、空高く浮かび上がっていた。全身の筋肉をフルに使って跳躍したのだ。その影が自分に重なるのに気付き、アリスがスライドビートで地面を滑走した直後、彼女がいた場所にヨツミワドウが着地し、その重みで大きく水飛沫が上がり地面が砕ける。スライドビートが間に合っていなければ、今頃アリスは下敷きになっていただろう。
「あの大きさであそこまで高く跳ぶなんて…………人もモンスターも、見かけによりませんね」
そう呟いたアリスは、手早くヨツミワドウに向き直り突貫するが、そのヨツミワドウはアリス目掛けて口から水を吐き出す。アリスは横転して回避するが、吐き出された水流は思った以上に横に広く、避けきれず水を被ってしまった。防具の隙間に水が入り込み、身体を冷やしてスタミナの回復が遅くなる。
一度後退したアリスと入れ替わりに、ユーリがLv1徹甲榴弾を頭に撃ち込む。脳天の皿に刺さった弾が破裂し、その衝撃でヨツミワドウはユーリに狙いを変えた。先程と同じように跳躍してユーリを押し潰そうとするが、ユーリは素早く距離をとってこれを回避。再び徹甲榴弾を発射し、ウチケシの実で水やられを解除したアリスも加わって打撃を見舞う。
しばらく攻防を繰り返していると、不意にヨツミワドウが足元に口を付け、そのまま足元の水を飲み始める。すると、
「な、な、何やありゃぁぁあ!?」
「ほえええ!お、大きくなっちゃいました!?」
河童蛙の腹部はでっぷりと膨らみ、上半身が持ち上がり後脚で立ち上がるようになる。
ヨツミワドウの腹は伸縮性と保水性の高い皮を持ち、大量の砂利と水を飲み込むことで体重を増やし、より重く強力な攻撃を放つことが出来るのだ。普段、二人が里で見ていたヨツミワドウを模して造ったカラクリはこの姿のことだったのだろう。
「グルルルォォォオッーーーーーーーー!!」
砂利を飲み力を蓄え、口から白い息を吐き出すヨツミワドウは、野太い声を響かせ二人のハンターを威嚇するのだった。