そのレースに勝てれば、トレーナーを辞めてもいいという男がいた。

全てのホースマンの夢、日本ダービー。

彼は18人ものウマ娘をダービーに挑戦させてきたが一歩及ばずその栄光を掴み損ねていた。

そして、19人目にして遂に夢は叶う……

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出会い

古株、ロートル、長老。 

様々な表し方があるがどのような組織にも新人という立場の人間がいるのと同じように、どのような組織にも最高齢の大ベテランという肩書の人間は必ずいる。

 

 

「よぅ、最近お前さんのチーム調子いいみたいじゃないか」

 

「ゲッ!? おやっさん!?? なぜここに?」

 

 

そのような立場の人間に対する若輩者の態度はだいたい相場が決まっているものだ。

恐れ、畏まり、煙たがる、または憧れや敬いと程度の差は有れどこれらの感情が複雑に混ざりあった気持ちを誰も持ってしまうのが人間である。

 

話しかけられたこの若い男もこの大ベテランに対して思わず失礼な態度を取ってしまうが話しかけた方は特に気にした様子は無い。

それが尊敬と畏敬の現れであることを知っていたからだ。

そのような心の機微に気づけないようではうら若く繊細なウマ娘たちを相手にする仕事を長く続けることは叶わない。

 

 

「いんやなに、最近はお前さんや他のヒヨッコ共もいっぱしのトレーナーに成長したお蔭でこっちにお鉢が回ってこなくなって暇なのよ。 担当していた娘っ子たちも無事俺の手を離れてくれたしな」

 

「……恐縮です。 だからこの選抜レースに?」

 

「ああ、久しぶりに一から育ててみたくなってな」

 

「おお~怖ッ! お手柔らかにお願いしますよ?」

 

 

肩を抱く仕草をとり大げさに震えてみせる若い男。

しかしその言葉とは裏腹にその顔はワクワクした面持ちであった。

 

何時の時代もロートルとは新進気鋭の若者に一度は侮られる存在でもある。

だがそれらの気持ちを一身に向けられる対象であるこの男には「侮り」という感情とは無援の存在であった。

 

その理由は彼の輝かしい実績が物語っている。

 

中央(トゥインクルシリーズ)トレーナー暦25年、その間に担当したウマ娘たちの累計勝利数は1700勝以上、八大競争も6種類制覇した名トレーナーだ。

 

一見すると凄まじい記録の様にみえるが、実を言うとこの記録自体は然程偉業ですらない。 

すでに引退してしまったが彼以上に勝利数を重ねた人物は過去に複数人も存在する。

 

ではなぜ彼が名トレーナーと呼ばれるのか……。

 

それは、本来であれば彼もそれぐらいの勝利数を等の昔に達成できるほどの剛腕の持ち主だからだ。

そのことは彼の1700勝達成記念の表彰式の際、前理事長と彼のライバルが揃って同じことを言った言葉が証明している。

 

 

「もし彼が人の悪い、もしくはもうちょっとドライな男だったら、今日は2500勝達成を祝っていたことだろう」……と。

 

 

では何故そうならなかったのか……それは彼が義理人情に厚い男だからである。 

 

 

「まあそんなに怖がりなさんな。 別に若いもんを押し退けてまでスカウトする気はないさ。 お前さんがおハナちゃんにやったようにな」

 

「おっと、藪蛇だった……一応あれは双方の同意の上でして……」

 

「仕向けたのはお前さんだろ? まあ互いに納得しているならそれで構わないさ」

 

 

華やかに見えるトゥインクルシリーズだがその実態は厳しい勝負の世界であり、評価がものを言う世界である。

 

弱い者は静かに引退なり地方への移籍が頻繁に行われ、トレーナーもある程度の評価を稼げなければこの世界には居続けることは難しいのだ。

 

そのため中にはあくまでビジネスライクで接し、ウマ娘に一切の妥協をしないトレーナーもいる。 

それ自体は悪いことではない。

ここに居るウマ娘、トレーナー全員がレースに勝利するためこの世界に踏み出して来たのだから。

時には突き放すことも、ある意味では一番感情の籠った行為なのかもしれない。

 

 

だが全員が全員ビジネスライクを徹底できるわけではない。

担当したウマ娘を自らの至らなさで手放す際、ウマ娘がレースを諦めてしまうそのまえに何としても勝たせてやりたいと諦めきれないトレーナーたちが最後の希望として送り出す先がこの男……チーム「ベテルギウス」のトレーナー、丹羽政人である。

 

彼はどんなに走らないウマ娘でも嫌がらず引き取り、その娘が持つポテンシャルを最大限引き出して何かしらのレースに勝たせる、云わば最後の砦であった。

 

 

元々はキャリア10年目ほどから世話になった先輩トレーナーや前理事長に乞われたのが切っ掛けであり、一時的な要請のはずであったが以来「再生屋」として今日まで担当してきた。

 

彼はそのことについては何も言わなかった。

 

例えそれが忙しさのあまり自ら足を運び、有望なウマ娘をスカウトすることが出来なくても……。 

 

例えそれが欲しくてたまらない栄光から遠ざける行為であっても……。

 

 

かくして実に数年ぶりに手の空いた彼はこうして才気あふれるトレーナーとウマ娘たちの出会いの場となる選抜レースに顔を出したのだ。

 

 

「ところで最近はだれか面白い奴いないか?」

 

「そうですね~。 お、丁度次の芝1200mのレースに“おもしろい”子が出ますよ。ゼッケンは3番ですね」

 

 

 

 

レースが終わり、観覧席に集まったトレーナーたちは口々に先ほどのレースと出走したウマ娘たちの批評を始める。

もちろん、丹羽も隣にいる若いトレーナーと意見交換をし始める。

 

 

「ほう……確かに面白い娘っ子だ。 結果は5着だったがいい脚を持っているな。 ……お前さんスカウトして来たらどうだ? 確か今のチームには短距離向けの選手はいないだろ?」

 

「そうですね……おっと残念。 どうやら先を越されたようです」

 

 

丹羽が件のウマ娘を見やると新人と思わしき女性トレーナーがターフに降り立ち交渉を始めているようだった。

新人は興奮しているのか、初々しくもあるが少し離れた丹羽の耳にも届くぐらい大きな声で交渉を始めていた。

 

 

「……さん! 結果はざんねんだったけど……いい走りだったとは思うわ! お疲れ様!」

 

「えッ!! あ……あ、ありがとぉぉぉ~~!! もしかしてスカウト!? スカウトなのッ!?」

 

 

それに答えるウマ娘もそれに負けないぐらい大きな声で返答する。

元気の良いウマ娘だ。 

少々おつむが足りなさそうな気もするが短距離ならあの末脚と素直な性格は武器になるなと漠然と考えてしまう。

 

 

「やったぁぁあああーーーー!! 一緒に絶対勝とうね──」

 

 

新しいコンビの誕生か? 

と……期待していると次の瞬間、彼女の口から信じられない言葉が飛び出してくる。

それは丹羽にとって無視できない言葉であった‥‥

 

 

「日本ダービーをっ!!」

 

 

 

──あの子がダービー? そう言わんばかりのざわめきが一瞬にして辺りを包む。

 

 

「ダ、ダービー? ……さん、“ダービーウマ娘”になりたいの?」

 

「もッッッッちろん! アタシ、そのためにトレセン学園に来たんだもん!」

 

「……ご、ごめんなさい。 短距離ならともかく、貴女にダービーを勝たせてあげられる力量は、私には無いわ……本当にごめんなさい」

 

 

そういうと新人トレーナーはトボトボと観覧席の方へと踵を返してしまった。

 

 

「ぬぁぁ、スカウト受けられなかった……。 悔しい~~~~~ッ!!」

 

 

一方振られた方のウマ娘は物凄い悔しそうに頭を抱えて吠えていた。

 

 

「な、なんかすごい子でしたね……あれ? おやっさん? まさか!?」

 

 

思わぬ騒動に若いトレーナー隣にいるはずの丹羽に話かけたが彼は傍にはおらず、改めて先ほどのウマ娘の方へと目を向けると、ターフに降りたち‥‥新人と入れ替わるようにそのウマ娘に近づいていく丹羽の姿があった。

 

 

「お前さん、なんでダービーウマ娘になりたいんだ?」

 

「へ? なんでって……ていうかおじさん誰ッ!?」

 

「おじさんもな……ダービーが好きなんだ。 いいよな……あの熱狂! あの特別な感じ!」

 

「ハッ!? 流石! おじさん分かっている! そうなんだよ! 他のレースも凄いけどやっぱりダービーはすっごく『特別』な場所なんだ! アタシ初めて生で観たレースがダービーだったんだ!」

 

「奇遇だなッ! 俺も初めて生で観たレースはダービーだったんだ! 誰のダービーだったんだ? 俺のはな……聞いて驚けよ! シンザンだったんだぜ?」

 

「ええええええッ!!? あの伝説のウマ娘のッ!? すごいすごいッ!」

 

 

ウマ娘と言えどその感性は人間の女性と大差はない。 

故にウマ娘もトレーナーにするのなら同性、または若い男性を選ぶ傾向が強い。

そういう意味では初老に差し掛かっているトレーナーは人気が無く、彼らを選ぶ娘は経歴や実力を重視するものか‥‥もしくは枯専という特殊な場合が多い。

 

だがこの二人……傍から見れば爺とその孫ぐらいな距離感でダービー話に花を咲かせていた。

 

 

「……なぁお前さん。 その夢、俺と一緒に叶えないか?」

 

「へッ? ──あーー!? ちょちょちょ、おじさんってその襟のバッジ! もしかしてトレーナーさんだったの!?」

 

「ああ、そうだ」

 

「てことは──あ、アタシのトレーナーになってくれるの!?」

 

「ああ。 だがその前に聞いておきたいことがある!! ダービーを獲るのは本当に大変だぞ! なにせ俺ですら18回挑戦してまだ取れないぐらいだ。 どんなに大変なトレーニングでもそれを乗り越える覚悟がお前にはあるかッ!!?」

 

「はいッ!」

 

 

丹羽の脅しに近い大声に負けじとウマ娘も大きな声でそれに答える。

 

 

「ようし! 分かった。 これからよろしく頼むぞ!? 一緒に夢を掴もうじゃないか! お前さん名前は?」

 

 

「はい! アタシ、 ウイニングチケットです! よろしくお願いしますッ! おやびん!」

 

 




アプリ版ウマ娘第3章、まさかウイニングチケットが主役になるとは思いませんでした。

素晴らしいストーリーでしたね。


この作品は第三章の発表前から温めていたアイデアでして、モデルとなった騎手をトレーナーに置き換えたストーリーになる予定でした。

タグでも書いた通り、連載するかどうかは皆さまの反響次第と考えてますが、とりあえず供養のつもりで投稿します。

ゲームとは基本な流れは史実準拠となる予定ですが、別アプローチする予定です。

もしよろしければ、コメントをお願い致します。

そしてこの機にチケットやBNWたちが主役の小説が増えたらと期待しております。

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