内容としてはPocketルート後、羽依里がしろはにチャーハン作りを教わるようになってその後、というお話となります。
※ネタバレを考慮しておりませんので、閲覧の際はご注意ください。
私は、驚いていた。
無理もないと思う。出港した船から、いきなり人が飛び降りて来たんだから。
その人――同い年くらいの男の子には見覚えがある。夏休みの間、何度か島で見かけたことがあったし、一度、私がやっている食堂に来たこともある。
男の子は、こちらに真剣な目を向けながら、何度も口を開けたり閉じたりしている。
「俺っ……俺――」
それは、何か訴えたいことがあるのに、しかし言葉に出来ぬことに苦しんでいるようで。
私は、不思議とその姿から目を逸らせずに、黙って見守っていた。
「――チャーハン、美味しかった」
絞り出すようにして告げられたのは、そんな言葉。
料理人としてはありがたい、けれど、状況的には意味不明な台詞に対し、「う、うん」と戸惑った言葉しか返せない。
何となく、期待していた台詞とは違った気がする。
……何を期待していたのか、自分でも分からないけど。
だけど、
「だから――やっぱり作り方……教えて」
そう続けられた言葉に、私は思わず「へ?」と間の抜けた声を上げてしまう。
男の子は、あくまでも真剣な表情を崩していない。
期待と不安の入り混じるその瞳を見返していると、
「ぷ」
知らず、笑みが漏れてしまった。
「あの――いい、よ」
それが、私たちの始まり。
「ねえ、しろは……あいつ、明日も来るの?」
そんな問いかけをされたのは、九月も終わろうかという金曜日の夜のことだった。
場所は私が開いている食堂。花金を楽しんでいた会社員や家族連れが帰り、残ったお客さんは鳥白島少年団の女子メンバーだけとなった頃だ。
そろそろ閉店の準備を進めようと片付けなどを始めていた私に対し、カウンター席でスティックサラダを摘んでいた蒼が、先の問いを放ってきた。
が、主語を代名詞で言われた身としては、首を傾げざるを得ない。
「……あいつって?」
「あいつよあいつ、何か、六波羅探題みたいな奴」
「???」
ますます分からない。そんな、鎌倉幕府が京都を監視するために設けた機関のような知人に心当たりはない。っていうか、そんな人間って何?
頭上に疑問符を飛ばしていると、蒼と同じくカウンター席に着いたのみきが、呆れたように溜め息をつきつつ口添えしてきた。
「何だ六波羅探題って。鷹原羽依里、だろう」
「似たようなもんじゃない」
「そうか? ……ろくはらたんだい、たかはらはいり……ろくはら……たかはら……」
「全然似てないわね」
「蒼、自分の言った言葉に責任を持ってくれ」
コントのような遣り取りを眺めながら、私は少しだけ、鼓動が高鳴るのを感じていた。
鷹原羽依里。
夏の終わり、チャーハンを通じて縁を持った彼のことを思い浮かべると、何だか落ち着かない。
幼馴染たち以外で初めて出来た異性の友達だからだろうか。
……うん。それ以外に理由なんて、ない、よね。
「えっと、羽依里なら、うん。今週も来るって」
動揺を鎮めながらそう答えると、蒼は胡乱な目つきになった。
「またチャーハンの作り方を教わりに?」
「うん」
「毎週毎週、よくやるわねぇ。暇人なの?」
「そう、なのかな? 部活は辞めたって言ってたけど……」
そうなのだ。
あの日、夏休みの最終日、定期船から飛び降りてまで私にチャーハン作りの師事を請うてきた彼は、その後、毎週末に鳥白島にやって来ていた。
そして毎回、この食堂で私に指導を受けながら、チャーハンを作り続けている。
正直、中華鍋を握ったこともないと告げた彼に、最初は疑念を抱いたものだ。
新手のナンパか、あるいは都会人特有の悪ふざけだろうか、と。
だけど、羽依里は一週目、二週目と機会を重ねても、変わらず真面目にチャーハン作りに挑んでいた。この一ヶ月、その姿勢は変わらない。
「というか、彼はまともに料理を作れるのか?
のみきが言う『加藤の血族』とは、この鳥白島における都市伝説――伝承のようなものだ。
いわく、加藤家の人間には調理能力が壊滅的になるという呪いが掛けられているという。その呪力は凄まじく、現在この島で唯一暮らしている加藤家の人間、岬鏡子さんなどは、何を作っても毒物になるとまで言われている。
羽依里はその加藤家の一員。のみきの危惧も分かる。だが、
「うん。ちょっとずつだけど、上手くなってきてるよ」
そう。最初はお米がベショベショになったり具材が大きすぎたり、チャーハンと呼ぶのもおこがましい代物だった彼の料理も、今では見た目だけは整うようになってきたものだ。30点を付けてあげてもいい。
といったことを言うと、蒼ものみきも目を丸くした。
「鳥白島チャーハン序列1位のしろはが、30点もっ?」
「島内ランキングで一気に加藤家が躍進するじゃないか。大事件だ!」
明日のトップニュースにしなければ、と騒ぎ出す二人。仕方ないよね。この島においてチャーハン絡みの案件は、何よりも重視されることなんだから。
「蒼ちゃん蒼ちゃん。しろはちゃんに訊きたいのはそういうことじゃないんじゃない?」
と、それまで黙ってデザートのプリンを食べていた藍が、蒼の脇をスプーンでつつきながら口を開いた。言われた蒼は「あ」と声を上げてから、
「そうだった。うん、あいつのチャーハンの腕はどうでもいいのよ」
「どうでもよくないよ」
「どうでもよくないけど! ちょっと置いといて……」
と『置いておく』仕草をしてから、蒼は咳払いを一つ。
「コホン……あー、改めて訊くけど……その、あいつとは、ただチャーハン作ってるだけなのよね?」
「? そうだけど?」
「壁際に追い詰められながら、『どうせ作るんならもっと違うのを作ろうぜ』とか、『食後のデザートはしろはがいい』とか、『料理のことは教わりっぱなしだけど、コッチのことは教えてやれるぜ』とか言われてないのよね?」
「そ、そそそそそんなのあるわけないでしょ!? 馬鹿なの!?」
相変わらず脳内ピンクな幼馴染の発言を、カウンターに身を乗り出しながら否定する。
こちらの剣幕に身を仰け反らせつつ、蒼は「たはは」と苦笑いを零した。
「ご、ごめんごめん。一応、一応ね? 訊いてみただけ……」
「は、羽依里とは、そういうのじゃないし……そういう人じゃないし……」
「そう? 男はみんな狼だって、昔から言うじゃない」
一応、と言ったくせにまだ疑惑を抱いているらしい蒼。そんな彼女を横目で見つつ、のみきは「ふむ」と呟いた。
「とはいえ、最初からそういった下心があったにしては、彼の行動は不可解だがな」
スティックサラダのニンジンをタクトのように振りながら、のみきは言葉を続ける。
「夏休み中ずっと島にいたにも関わらず、鷹原羽依里はしろははもちろん、島の誰とも関わらずに過ごしていた。ずっと加藤のおばーちゃんの遺品整理をしていたらしいからな。おかげで随分と助かったと、鏡子さんも言っていたぞ」
「のみき、あんた、あいつの肩持つの?」
「私は公正な意見を言っているつもりなんだがな」
蒼の不満そうな目を受けつつ、のみきは肩を竦める。
だが、
「しかし、私も鷹原羽依里という男のことを、知っているとは言い難い」
そう言って、のみきは真っ直ぐにこちらを見て来た。
「これは幼馴染としての確認だ。しろはの目から見て、鷹原羽依里は信頼に値する人物か?」
「…………」
突然そう問われても、正直、困る。
だって、のみき達と同じくらい、私は羽依里のことを知らない。
亡くなった加藤のおばーちゃんの孫であること。本土の高校に通っていて、夏休み以降、平日はバイトで資金を貯め、週末はこの島で――この店で過ごして帰っていくこと。
せいぜい知っているのはその程度だ。
家族構成も、好きなものも、嫌いなものも、友人関係も、何の部活をしていたのかも。
そもそも、どうしてチャーハンを作れるようになりたいのかも。
何も、知らない。
でも――
「……真剣なの」
ぽつり、と言葉が漏れる。
眉をひそめてこちらの言葉を待つのみきに向け、私はゆっくりと続ける。
「最初にチャーハンの作り方を教えてって言ってきた時も、ここで教わってる時も……何だか一生懸命で、必死そうで……私がどんなにダメ出ししても、その時は凹んでも、諦めないし、投げ出さないし……次の週には、前に指摘したところが、少しだけだけどよくなっていて……」
チャーハンを作る羽依里の横顔を思い浮かべる。
なかなか上手くいかないことに悩みながら、それでも、決して諦めようとしない彼の姿を。
「だから……いい加減な人じゃない、と思う」
「……そうか」
私の答えを聞いたのみきは、目を瞑り腕を組みながら頷いた。
心なし満足そうに口角を上げる彼女の隣、蒼は尚も不満げに唇を尖らせている。
「でも、やっぱり心配だわ。何かあってからじゃ遅いのよ?」
「何かって……考えすぎだよ」
心配してくれるのはありがたいけど、蒼のそれは杞憂だろう。彼女がいつもそんなことばかり考えているからだと思う。
「――じゃあ、こうしましょう」
と、プリンを食べ終えた藍が、パンッと手を合わせながら口を開いた。
「私たちで見極めるの。その、鷹原羽依里さんっていう人のことを」
「……見極める?」
「どうやってだ?」
蒼とのみきに問われた藍は、ニヤリと、何だかとびっきりの悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。
「任せて。私にいい考えがある」
……不安だ。
ようやく陽射しも柔らかくなり、残暑の厳しさもそろそろ終わりが見え始めた、九月最終日の土曜。
もはやすっかり見慣れた鳥白町漁港。定期船から降り立ち、鳴瀬しろはが切り盛りする食堂へ向かおうとした俺は、しかし困惑し立ち止まっていた。
港から市街地へと続く道のど真ん中に、こちらの行く手を阻むように立ち尽くす、一人の少女がいたからだ。
背中まである長い髪を海風に揺らしつつ、彼女は俺を真っ直ぐに見据え、口を開いた。
「鷹原羽依里さん、ですね?」
「いえ、人違いです」
関わり合いになると面倒なことになりそうな気配を感じ、自然な口調で否定する。が、相手は指を振りつつ「チッチッチッ」と舌を鳴らした。
「否定しても無駄です。既に調べはついていますから」
「リアルで『チッチッチッ』って言う奴、初めて見たな」
「そうですね。私も人生で初めて使いました」
そんな初体験同士を分かち合った後、少女は小さく笑みを浮かべる。
「初めまして。私は空門藍。しろはちゃんの友人です」
「しろはの?」
「はい。そして申し訳ありませんが、ここを通すわけには行かないのです」
「は?」
呆気にとられる俺に対し、藍と名乗った少女は悠然と言葉を続けた。
「あなたを、しろはちゃんに会わせるわけにはいきません」
「……何で?」
「決まっているじゃないですか。この島の可愛い女の子は全て私のもの。蒼ちゃんを筆頭にした『空門藍ハーレム』の崩壊を目論むあなたを、黙って見過ごすわけがないでしょう?」
俺の当然の疑問に対し、藍もまた当然といった口調で意味不明なことを言ってきた。
「どうしてもしろはちゃんに会いに行くと言うのなら、私たち鳥白島少年団、別名『藍ちゃんとその妻たち(+オマケ×2)』を倒してからにしてもらいましょう」
「いや、ごめん……言っていることが一から十まで理解できないんだが……」
「問答無用! ――来なさい! 我が下僕ども!!」
「誰が下僕だあ!!」
「休みの日にいきなり呼び出すのなら、もう少し尊重した扱いをしてほしいものだな」
藍がパチンッと指を鳴らすと同時に何処からともなく現れたのは、俺と同年代らしき二人の男だった。
シャツのボタンを全開にした浅黒い肌の少年と、卓球のラケットを手にした眼鏡の少年。どちらも見覚えがあった。二、三言話したこともある。が、名前は知らない。
二人はぶつくさと言いながらも藍の隣に立ち、こちらに向き直った。
そんな彼らに手の平で示しつつ、少女が口を開く。
「ご紹介しましょう。我らが鳥白島少年団のオマケその1と2。眼鏡の方が良一ちゃんで、そうじゃないのが天善ちゃんです」
「紹介の仕方が雑! しかも間違ってる! 俺が良一だ!」
「まあ、どっちでもいいから、さっさと初めて」
それこそ雑に促された二人は、やれやれといった様子で溜め息をつきながら、こちらに進み出て来た。
「えーと、鷹原、だったか? 悪いな。お前を通すなって言われてるもんで、邪魔させてもらうぜ」
「お前も厄介な女に目を付けられたものだ……まあ、犬に噛まれたとでも思って、諦めてくれ」
「諦めろと言われても……さっぱり状況が掴めないんだが?」
「安心しろ。俺たちも分かってねぇ」
「確かなのは、藍に逆らうと碌な目に遭わないということだ」
何やら諦観のこもった視線で遠くを眺める二人。鳥白島少年団とやらでの二人の立場・境遇が気になるところではあるが、
「しかし、通るなと言われて『はいそうですか』って帰るわけにはいかないぞ」
「分かっている。だから――」
と、良一だか天善だか――眼鏡の方――が、こちらに何かを放り投げて来た。
咄嗟に受け取ったそれは、彼が手にしているのと同じ、卓球のラケットだった。
「これで雌雄を決しよう。お前が勝ったら、俺は大人しく退く」
「えーと……ここで卓球をしろ、と?」
「その通りだ」
「どうやって?」
繰り返すが、ここは港だ。卓球台もその代わりになりそうなものもない。
俺の疑問に対し、眼鏡の男はふっとニヒルな笑みを浮かべた。
「昔から言うだろう。『ラケットとボールがあれば、何処だろうと卓球場だ』と」
「初耳だが」
俺のツッコミなど耳に届かぬ様子で、少年はすっとピンポン玉を構える。
「加納天善――お前を倒す男の名だ。覚え、そして散っていけ」
どうやらこっちの方が天善だったらしい。
ぼーっとそんなことを確認している俺を置き、天善はピンポン玉を高々と放り投げ、構えた。
「行くぞ! ――奥義・武家諸法度!!」
咆哮と共にラケットで打たれたピンポン玉が、唸りを上げながら俺の顔面目掛けて飛来してくる。
「うおっ!?」
咄嗟に構えたラケットが運良くボールを弾き、鼻っ面を痛打されるのを防いだ。
が、弾かれたボールは明後日の方向へと飛んでいってしまう。
「うおおおおおおおお!!」
と、天善が猛然とダッシュし、ボールを追った。
そんな彼を翻弄するように海風が吹き、ピンポン玉を更に遠くへと押し流してしまう。
「はあああああ――!!」
雄叫びを上げ、地面を蹴り、全身を伸ばし跳んだ天善のラケットが、落下中のボールを打ち払った。
「おお、取った!?」
「ふっ……」
感嘆の声を上げる良一。天善は得意げな笑みを浮かべ――
ドボンッ
落ちた。
港の岸壁の向こう、陽光に煌めく瀬戸内海へと。
水飛沫が上がり、しかし悲鳴は上がらず、ただただ波と風の音だけが辺りに響く。
「……………………」
「……さて、次は俺の番だな」
「ってほっといていいのか!?」
何とも気まずい沈黙を破り声を上げた良一に、たまらず俺はツッコむ。が、少年はひらひらと手を振り、
「へーきへーき。そのうち上がってくるだろ」
と気楽な調子で告げた。
信頼があるのか適当なのか判断がつかない俺を置き、良一は首と肩を回しながら歩み寄ってくる。
「三谷良一だ。よろしくな」
と名乗りを上げてから、「さて」と前置いた。
「……外の人間のお前は知らないだろうけど、この島には昔から、勝負を決するための伝統的な手法があるんだ」
告げつつ、彼は海を指し示す。
「海で強い男こそが、この島では尊敬される。島の男は、大事な時にはいつも、海で己の覚悟を示してきた」
浅く身構え、己のシャツの襟に手を掛け、
「そうやって生まれた水中格闘技! ガキの頃から仕込まれた俺に、都会の坊ちゃんが勝てるかな!?」
バッと音を立てて脱ぎ捨てた。
瞬間――
バシュン!
「ぎゃあ!?」
「!?」
何処からか飛来してきた『何か』に撃ち抜かれ、良一が仰け反り倒れ伏した。
驚愕に目を瞠っていると、頭上から――正確には、少し離れた所にある鉄塔の上から声が響いてきた。
『そこの露出狂。海水浴場以外で服を脱ぐことは禁止されていると、何度言ったら分かるんだ』
目を凝らすと、そこには銃のようなものを構えた人影がある。
拡声器の声からすると、若い女のようだ。
一方、撃たれた良一は、うつ伏せのまま顔を上げ、声を震わせた。
「い、いや……これは勝負のためにやむを得ず……決して私欲で脱いだわけじゃああああああ!?」
そんな抗弁など聞こえぬとばかりに――距離があるので当たり前なのだが――降り注ぐ弾丸が半裸の背中を連打した。
最初はエアガンか何かかと思ったが、撃たれるたびに水浸しになっていく良一を見るに、どうやら水鉄砲のようだ。とんでもない射程距離と命中精度だが。
数秒後、俺の眼前には、地面にへばりつきピクピクと身体を震わせる半裸が横たわっていた。
「やれやれ……期待はしていませんでしたが、二人とも、こうもあっさりとやられてしまうとは……」
「いや、俺は何もしてないけどな?」
嘆かわしいとばかりに首を振る藍に、俺は半眼になりながら告げる。が、やはりその言葉は無視された。
「ふっ……しかし問題ありません。彼らはあくまでも前座。鳥白島少年団の中で一番の小者、というやつです。本番はここからですよ」
一番の小者が二人いたんだが、そこは指摘すべきだろうか。
などと思っていると、藍は先の鉄塔上の人影に向かって手を振り出した。
「おーい! 美希ちゃーん! すみませんけど、ちょっとこっち来てー!」
その声が聞こえたのか、あるいはジェスチャーから察したのか――ややあって、鉄塔から返答が届いた。
『少し待て。いま行く』
十分ほどたち――
考えてみれば、見事に足止めされてるなぁ、と思い始めた頃、一人の少女が姿を現した。
ショートカットにワニの形のヘアピンをした、小柄な女の子だ。良一たちと一緒にいるところに出くわしたことがある。
休日だというのに制服姿。背中に負った物々しいウォーターガン。真面目なのか変人なのか、判断が難しいところだ。
少女は俺に向かって目礼してから、まずは自分を呼び出した相手に目を向けた。
「藍、何の用だ?」
「昨日、説明したでしょ? この人がどんな人か見極めるって。美希ちゃんも協力して」
「いや、私はしろはがああ言っている以上、黙認しようと思っていたんだが……」
「そんなこと言って、実は気になっているんでしょう? じゃなかったらわざわざここまで来ないよね?」
お見通し、とばかりに言われた少女は「む」と眉根を寄せる。
その後、しばし問答を繰り返してから、美希と呼ばれた少女は頭を掻きながらこちらに向き直ってきた。
そして、嘆息一つで気持ちを切り替えたのか、腕を組み胸を反らした姿勢で、口を開く。
「野村美希だ。みんなからはのみきと呼ばれている。一応、少年団の執行部を執り仕切っている」
彼女の言葉に、俺は何となくほっと息をついた。鳥白島少年団とやらがどんな組織なのかは分からないが、執りまとめ役である彼女は、多少なりともまともそうだったからだ。さっきからリーダー面して色々と仕切っている藍が本当に責任者なのだとしたら、不安なことこの上ない。
と思う俺に向け、のみきは生真面目そうな表情で、しかし瞳には同情の念を込めつつ言葉を続けた。
「執行部の業務としては、島の風紀を監視することも含まれている。その立場からすると、申し訳ないが鷹原のことは要注意対象とみなさなければならない。そちらの事情は聞き及んでいるが、やはり若い男女が二人きりで逢瀬を重ねるというのはいささか問題が――どうした? 目頭を押さえて」
「いや……ようやく言っていることが理解できる奴が出てきてくれたな、と……」
何しろ、これまでの三人はひたすら意味不明なことを言ってくるだけだったからな。言語が通じる人類が出てきてくれただけでも僥倖と思える。
感動に打ち震えている俺に、のみきはますます気遣わしげな視線を向けて来た。
「すまない。身内が苦労をかけたようだな」
「何ですかそれ? 私が悪いみたいじゃないですか」
不満げに唇を尖らせる藍を、しかし俺たちは無視した。
「そんなわけで、私からもお前のことを試させてもらう」
「……その物騒なもので撃たれたりしなきゃいけないのか?」
背中の得物に目を向けつつ言うと、少女は首を横に振った。
「これは島の風紀を乱した輩に使うものだ。嫌疑の段階で撃ったりはしない」
「じゃあ、何をするんだ?」
「簡単なことだ。いくつか質問に答えてくれれば、それでいい」
「質問?」
小首を傾げると、のみきは「うむ」と頷いてから、
「まずは家族構成から聞かせてもらおうか。兄弟はいるか?」
「? いや、一人っ子だよ。親父とお袋と三人暮らしだ」
「つまり長男、か……高校は何処に通っている?」
「〇〇高校……男子校だけど……」
「ほう? とすると……失礼だが、異性との交際経験は?」
「ないけど……なあ、これって何の確認なんだ?」
流石に訝しくなり問うが、のみきは「気にするな」と取り合ってくれなかった。
「休日は何をして過ごしている?」
「あー……最近はこの島に来てチャーハンの作り方を教わってるけど……」
「そうだったな……それじゃあ――」
と、次に投げかけられた質問に、俺はギクリと身を強張らせた。
「趣味や、好きなことは何だ?」
「え……っと……」
それは、何とも返答に困る問いかけだった。
以前までならば、胸を張って「水泳だ」と答えられた。
だけど、今は――
「…………特に、これといってないよ」
「ふむ?」
「……強いて言うなら、今はチャーハン作るのが趣味、かな?」
眉をひそめる少女に向け、取り繕うように告げる。
完全な嘘ではないが、欺瞞であることは自覚している。
しかし、初対面同然の相手に全てを告白する気にはなれなかった。
俺の返答をどう受け止めたのか――のみきはしばしの沈黙を挟み、
「そうか」
とだけ言って、頷いた。
「私からは以上だ。色々と不躾にすまなかったな」
「……もういいのか?」
俺を見極めるとか何とか言っていたので、てっきり何らかの判定を下されるものだと思っていたのだが。
「ああ。最初から、質問に答えてくれればいい、と言っただろう?」
そう言ってあっさりと背を向け、港の出口へと向かうのみき。
その途中、藍へとちらりと視線を向け、
「ではな。お前たちも、あまり彼を困らせるなよ?」
告げて、悠然とした足取りで去っていく。ついでと言うように、未だに地面に倒れていた良一の足を掴んでずりずりと引きずって行った。あれ絶対傷だらけになるだろ。
「まったく……風紀委員なのに甘いんだから。まあ、そこが美希ちゃんのいいところなんだけど」
肩を竦めつつ苦笑する藍。
彼女は友人を見送ってから、ゆっくりとこちらに向き直った。
「仕方ありませんね。次は私が――」
「ちょおっと待ったー!!」
藍の台詞を遮って、何者かの叫びが響く。
声のした方向を向くと、港の一角に一人の女の子が立っていた。
肩とへそが大きく出たトップスにミニスカートという、この島の住民にしては垢抜けたファッションを身に纏った少女。彼女は片手にビニール袋を提げ、もう片方の手の平をこちらに掲げた姿勢で、口を開いた。
「あたしを忘れてもらっちゃあ困るわっ。しろはに会いたいんだったら、あたしの試練も乗り越えていきなさい!」
忘れてもらうも何も、俺はこいつのことを知らないんだが。まあ、これまでの流れと発言からすると、彼女も少年団の一員、しろはの友人なんだろうけど。
と、少女の姿を見た藍が、初めて焦ったような表情を浮かべた。
「あ、蒼ちゃん? 来ちゃ駄目って言ったのに……」
「何でよ? あたしだってしろはのこと心配なんだから、こいつを試すのは当然でしょ?」
「でもでも、だからって蒼ちゃんをこの人に会わせるのは……シティボーイの毒牙の矛先が蒼ちゃんに向いたらと思うと……」
「え? 何? あんた、しろはだけじゃなくてあたしの貞操まで狙ってるの!?」
何やら勝手に身の危険を感じ、己の身体に腕を回して軽蔑した視線を向けてくる。うん。こいつも人の話を聞かない系だ。
「……色々とツッコミたいことは多いんだが――」
「ツッコミたい!?」
「何でそこに反応した? ……あー、まず確認しておきたいんだが……姉妹?」
顔立ちのよく似た二人を交互に指差しながら問うと、蒼と呼ばれていた少女は口をへの字に曲げつつ頷いた。
「双子よ。あたしは空門蒼。藍の妹で、しろはの友達」
「成程……で?」
「で? って?」
「いや、あんたも何か試験的なことをやりに来たんだろ? さっさとしてくれ」
「何でそんな投げやりなのよ!」
「一方的に因縁つけられる方の身にもなれ! 俺は早くチャーハン作りに行きたいんだよ!」
叫び返しつつ、我ながら付き合いがいいことだと思う。
しかし、のみきのおかげでこいつらの思惑は分かった。
要するに、余所者である俺が友達に何かよからぬことをするような人間かどうか、見極めたいのだろう。
考えてみれば俺、休みのたんびにしろはの時間をもらってるようなもんだからな。元からの友人である彼女らからすると、面白くないのは分かる。
果たして、これまでに課せられた試練とやらで、俺の何が分かったのか気になるところではあるが――彼女らが納得してくれるのであれば、俺としては受け入れるしかない。
そんなことを思っていると、蒼は鼻を鳴らしつつ、こちらに歩み寄って来た。
「ふん――いい度胸ね。なら、お望み通り試してやろうじゃない」
「蒼ちゃん、気を付けて。迂闊に近づくと妊娠させられちゃうよ」
「人を色魔みたいに言うな! お前も『え? 本当?』みたいな顔すんな! 話進まねーだろうがっ」
余計な茶々を入れて来た藍と、姉の冗談(?)を真に受けた妹。
こいつら、ホント疲れる……
警戒した様子でじりじりとこちらに近づいて来た蒼は、持っていたビニール袋に手を突っ込み、
「あたしからの課題は――これよ!」
そう言って差し出してきた物は、
――エロ本だった。
しかもかなりどぎつい表紙の。
「な……そ、それは……!?」
いきなりの破廉恥攻撃に、俺はたまらず動揺してしまう。
そんな俺を見て、蒼はせせら笑うように鼻を鳴らした。
「はんっ……あんたに上げるわ。駄菓子屋のおばーちゃんが仕入れた中でも、際物の一品よ」
どうして駄菓子屋がエロ本を仕入れてるんだ? という疑問を抱くが、悲しいかな、男の
が――
「ただし、これを受け取ったら二度としろはには近づかないことね」
「――――っ?」
蒼の言葉に、あと少しで指先が本に触れるというところで停止する。
「なん……だと……?」
「当たり前でしょ。これを受け取ったらあんたがただのエロ野郎だという証明よ。そんな男を、しろはに近づけさせるわけにはいかないわ」
何て無茶苦茶な理屈だ。
今日日、エロ本を欲しがらない男子高校生がいるだろうか? いやいない。貰えるというのなら喜んで貰いたい。
しかし、
「――――っ!」
エロ本に向かって伸ばした左手を、右手で押さえつける。
歯を食いしばりながら、ゆっくりと、引き剥がすように左手を下ろしていく。
「な!? あんた、いらないっていうの!?」
「いるに決まってんだろ!」
愚問にも程がある。何て残酷な選択をさせやがるんだ。
間違いない。この女、今までの刺客の中で一番の強敵だ。
「だったら……受け取りなさいよっ。こんなお宝本、二度と手に入らないかもしれないのよ?」
「……駄目だ。受け取れない」
俺は欲望を抑えつけるように、拳を握り締める。手の平に爪が喰い込み、痛みさえ訴えてきた。
それでも、俺は耐え続ける。
「どうして……」
頑なに手に取ろうとしない俺に対し、蒼が困惑の声を上げる。
その問いかけに対し俺は、一度目を閉じ、自問する。
答えは、存外あっさりと思いついた。
「それを手にしたら、代わりに大切なものを失う気がするから……」
「…………」
俺の返答を聞いた少女は、しばし口を噤んだ。
沈黙はどれ程に及んだか。数秒か、十数秒か――さほど長かったはずもないが、俺には永遠にも等しく感じられた。
そして、
「……そう。そうなのね……」
唇を噛みつつ、蒼は差し出していたエロ本をビニール袋の中に仕舞った。
俺は大きく息をついた。
暑さ故か、それとも冷や汗か、背中や手の平がじっとりと湿っている。
眼前の少女は、悔しげな表情を浮かべ、
「あたしの負けよ。今日のところは、ね……」
一歩、二歩と身を引き、背を向ける。
「しろはのこと泣かせたら、容赦しないから。それだけは覚えておきなさい……あ、後っ」
と、肩越しに振り返る。手に提げたビニール袋を揺らし。
「あ、あんたがどうしてもいらないって言うなら、これはあたしが持って帰るから……べ、別に欲しいわけじゃなくてね? その辺に捨てるわけにいかないから、やむを得ずっていうか……勘違いしないでよね!?」
「いや、いきなりキレられても……」
首を傾げるしかない俺を置き、蒼はビニール袋を両手で抱え、コソコソとした足取りで港から出ていく。
「じゃ、じゃあ、藍……後はよろしく……」
「はい。読み終わったらそれ、私にも見せてね?」
「べ、べべべ別に読まないわよっ」
顔を赤らめ駆け足で去っていく妹を、藍は微笑ましそうに見送った。
蒼の姿が完全に見えなくなってから、藍は改めて俺に目を向けてくる。
「では、今度こそ私がお相手しましょう」
「ようやく最後……か?」
いいかげん疲れてきた。確認のためにそう問うと、藍はあっさりと頷いた。
「はい。そして、私からの試験も、美希ちゃんと同じ……鷹原さんに質問するだけです」
ただし、と少女は続ける。
「美希ちゃんと違って、私が納得できる回答をしてくれなかったら、あなたを認めることは出来ません」
勝手な言い草だとは思うが、試される側だという自覚くらいはあるので、文句は言わない。
黙って先を促す俺に向け、藍は一つ頷く。
そして、
「私から訊くことは一つです」
すっと笑みを消し、無表情に問うて来た。
「あなたは、どうしてしろはちゃんに会いに来るんですか?」
無意識に目を向けた時計が、先ほど確認した時刻から五分も進んでいないことに気付く。
落ち着かない気持ちを紛らわせたくて、包丁を研ごうと手に取るが、それもさっきやったばかりであることを思い出した。
今日の私は、ちょっとおかしい。
原因は分かっている。羽依里が来るのが遅いからだ。
といっても、普段、彼が来る時刻からま三十分もたっていないけど。
それでも、
『もしかしたら、鷹原さんはそっちには行けないかもしれない』
事前に藍からそう聞いていただけに、不安は募る。
……どうしてだろう。
どうして、羽依里が来ないかもって考えると、こんなにも胸がざわめくんだろう。
出会ったばかりなのに……
そもそも、どうして私は、羽依里にチャーハンの作り方を教えてるんだろう。
どうして――店のメニューにないチャーハンを、彼に食べさせたんだろう。
「……何でだろ?」
分からない。
ただ、彼のことがどうしても気になってしまう。気にかけてしまう。
あの日、船から降りて来た彼が声を掛けてくれて、嬉しかった。
チャーハンの作り方を教えてほしいと言われて、本当に嬉しかった。
その気持ちの出所は分からないけれど。
もしかしたら、一目惚――
「――って違う違う違うっ」
「何が違うんだ?」
「えうっ!?」
頭に浮かんだ恥ずかしい発想を振り払っているところに声を掛けられ、慌てて叫んでしまう。
振り返ると、待ちわびていた相手が店の入り口に立っていた。
「はははは羽依里? い、いつからいたの?」
「いや、ちょっと前に来て、声かけてたんだけど……何かしろは、考え込んでたみたいだから……」
「そ、そう……ごめん……」
どうしよう。直前までしていた考え事の内容が内容だけに、声が固くなっちゃう。
「お、遅かったね……」
「ああ、うん。色々あって……悪い、遅くなった」
「う、ううん。いいよ……」
困った。羽依里の顔が、まともに見られない。
――と。羽依里の方は、私の顔を真っ直ぐに見ていることに気付いた。
「な、何……?」
戸惑いながら問いかけると、彼は「ああ」と頬を掻きながら、
「その……大事なこと言っておこうと思って」
「?」
「しろは……俺、いい加減な気持ちじゃないから」
「――え?」
それって――
「俺、マジでしろはのチャーハンを作れるようになりたいんだ。だから、これからもよろしくお願いします」
「え? ……あ、うん。はい。こちらこそ……」
深々と頭を下げる羽依里に対し、私は拍子抜けしたような心地で返事をしてしまった。
……って、私はまた、何を期待していたんだろう?
そんな、自分でも不明瞭な想いを頭の中で転がしていると、こちらの気の抜けた返事をどう受け取ったのか、羽依里の眉尻が下がった。
「その……迷惑かけてるのは分かってるんだ。休みのたびにしろはに付き合わせてて」
「へ? いや、別に……」
「しろはに用事があったり、休みたいって時は言ってくれていいから」
な、何だろう? 何か誤解されている気が……
「もし……もし、しろはがやめたいって思ったら、いつでも――」
「――そんなことない!」
否定の言葉は、自分でも驚くくらい強い口調で飛び出した。
目を丸くする羽依里に向け、私は衝動のままに言葉を続ける。
「私は嫌だとか、迷惑だとか思ってないから……羽依里といるのは楽しいし……その……」
勢い任せの言葉は、次第に言いたいことがまとまらなくなってきて、口の中で転がってしまう。
だから私は、せめてこれだけはと思ったことを、最後に告げる。
「これからも、ここに来ていいから……」
「……そっか」
安堵した様子で、羽依里が微笑む。私もまたその笑顔を見て、ほっと息をついた。
柄にもなく熱くなってしまい、赤くなった頬を隠すように、厨房に足を向ける。
「ほ、ほら、早く始めよ?」
「ああ。今日もよろしくお願いしま――」
「お邪魔しまーすっ」
羽依里の言葉に被せるように、ガラガラッと音を立てて店の扉が開かれた。
振り向くと、そこには藍を始めとした少年団一同の姿がある。
「へ? え? みんな、何で……?」
ぞろぞろと店に入ってくるみんなに対し訊ねると、先頭の藍がニコリと微笑みながら、
「うん。考えたんだけど、しろはちゃんのことが心配なら、私たちもここに来て見張――見守ってればいいんだって思って」
「いま『見張る』って言いかけたか?」
「気のせいじゃないですか?」
羽依里の問いかけを、しれっとかわす藍。その隣に立つ蒼が、羽依里に鋭い視線を向ける。
「何? あたしたちがいちゃ困るわけ?」
「いや、別にそういうわけじゃないが……」
「蒼、そんな喧嘩腰になるな……すまんな、鷹原。まあ、これを機会に、私たちとも交流を深めてくれると嬉しい」
のみきが苦笑しつつ言うと、我が意を得たりとばかりの顔をした良一と天善君が、ずずいと前に出て来た。
「そーだそーだ! 毎週毎週、日がな一日ここにこもり切ってるなんて不健康だろ。明日は俺らと遊ぼうぜっ」
「ああ。鷹原は中々筋が良さそうだったからな。是非、俺の特訓に付き合ってほしい」
二人に囲まれた羽依里が、目を白黒させながらこちらを窺ってくる。求めているのは助け船か、遊びに行く許可なのかは分からなかったけど、
「……いいと思う。明日はチャーハン作るの、お休みで」
「……いいのか?」
羽依里の問いかけに、私は頷きを返す。すると、蒼が嬉しそうな顔で口を開いた。
「じゃ、女子は女子で遊びましょ。久々に付き合ってよね? しろは」
言われてみれば、確かにここのところは蒼たちと全然遊んでいなかった。そうしたことも、彼女らが羽依里に対して悪感情を抱いた原因なのかもしれないと思うと、ちょっと申し訳ない。
「うん、分かった」
答えてから、「でも」と続ける。
「今日は羽依里にチャーハンの練習させてあげて。そのために来たんだし」
「む、それもそうね……」
不満げな顔をしつつも、一応は納得してくれた。
と、藍が良いことを思いついた、という顔で、
「じゃあ、今日は鷹原さんが作ったチャーハンをみんなで食べてみればいいんじゃない?」
「お、それいいな」
彼女の提案に、良一が同調する。他のみんなも、
「加藤家ながらしろはが30点を付けるチャーハンか。興味深いな」
「例えるなら、弱小卓球部に現れた期待の新星のようなものか」
「半端なもん作ったら承知しないわよ?」
口々に告げられ、羽依里がちょっと引き気味になる。
「……大丈夫?」
「お、おう……ま、任せろ」
自信なさそうだけど――うん。この一ヶ月の成果を試すっていう意味ではいいかもしれない。明らかに失敗しそうだったら、横からアドバイスくらいはしよう。
のみきの言葉を借りれば、これをきっかけにみんなと羽依里が仲良くなってくれると、私も嬉しい。
「頑張って」
そんな思いは胸に仕舞い、私はそれだけを告げた。
心なし声が弾んでしまったことに、彼は気付いていない様子だけど。
今はそれでいい。そう思えた。
「あなたは、どうしてしろはちゃんに会いに来るんですか?」
目の前の少女からの問いかけに、俺はしばし黙考した。
何故――この島に通うようになって一ヶ月。今更ながら、それについて深く考えたことはない。
ただ、自分の中で答えらしきものは自然と湧き上がって来た。
「まさか、本当にチャーハンの作り方を教わりに来ているだけだとでも?」
「……正直、それはただの口実だった部分はある――最初は、な」
藍の瞳の温度が下がったのを見て、慌てて言い添える。
少女の冷たい視線を受けつつ、俺は考えをまとめながら口を開いた。
「その……しろはのチャーハンを始めて食べた時、不思議と気になったんだ……それに、しろはにチャーハン作りを教わったり、何度も手本で食べさせてもらっている内に、思ったんだ」
「……何をです?」
小首を傾げる藍に向け、俺は頷きを一つ。
「俺はあのチャーハンを作れるようにならなくちゃいけないし……これからも、しろはのチャーハンを食べたいって」
「…………」
俺の答えを聞いた藍は、一度目を閉じた。
こちらの言葉を吟味するように、数秒の沈黙を挟んでから、目を開ける。
そして、溜め息を一つ。
「はあ……全然答えになっていないですね」
呆れたように言う。
だよな、と自嘲する俺の前で、しかし藍はこちらに道を譲るように身を引く。
「……合格ってことか?」
「正直、あんまり納得はしていませんけど、あなたが真剣だというのは伝わりましたから。『いい加減な人じゃない』っていうしろはちゃんの評価を信じます」
苦笑と共に告げた藍は、「でも」と表情を改め、
「蒼ちゃんも言っていましたけど、もし、しろはちゃんを悲しませるようなことをしたら――」
「しないよ」
彼女の言葉を遮り、俺は言う。静かに、しかし固い決意を込めて。
「絶対にそんなことはしない」
「……そうであることを祈ります」
応える藍の口元には、微かな笑みが戻っていた。
少女の傍らを通り過ぎ、俺は前を向く。
この胸に宿る想いの正体を、今はまだ掴めないけれど。
これから少しずつ、それを確かめていこうと思う。
そのために、俺は今日も、しろはの元へ向かう。
あの、懐かしさすら感じるチャーハンを求めて。