走行帰兵ウマムス   作:影のビツケンヌ

10 / 12
有馬記念

『ピスピース、ウマ娘の宣伝担当(自称)ゴルシちゃんだぞーっ!!』

「……は? 何これ?」

 

 学外の友人から送られてきたURLを開いたトーセンジョーダンは、送り主の意図を量りかねた。大手動画投稿サイトにアップロードされているその動画には、トレセン学園一のトリックスターと悪名高いゴールドシップが映っている。何故かいつも自分に突っかかってくる彼女との関係を、まさか友人が知っている訳ではあるまい。

 

『……といつも通り行きたいところなんだが、今日はゴルシちゃんはお休みなんだ』

 

 「いや出てるし」という言葉が口をついて出たが、ハイテンションで登場した直後にどこか寂寥感のある顔で語られて、ジョーダンはますます混乱していた。とはいえ折角友人が送ってきたのを無碍にすることもできず、彼女は渋々展開を見守る。

 

『ゲストが来ててな、皆に伝えたいことがあるんだってよ。それじゃあおかゆ、バトンタッチだ!』

『ひゃ、ひゃい!!』

 

 動画が始まって三十秒と経たないうちに主役が譲られ、現れたのはライスシャワー。半年前の天皇賞(春)に勝利したウマ娘であり、あのスコープドッグのチームメイトでもある。そしてスコープ同様、かの毎日王冠の惨劇を生き延びた一人。

 図らずも、今ジョーダンが柱に寄りかかりながら動画を見ている、学園本校舎メインエントランスの広間は、五日前にスコープが糾弾されたのと同じ場所だった。退院してきたばかりの(というには期間が短過ぎるが)彼女に対し、出走していたウマ娘の一人の母親が学園に押しかけ、散々に痛罵したのだ。

 

“私の子を盾に使ったんでしょう?! 自分が生きる為なら他人の命なんてどうでもいいってワケ?! 人殺し!! やっぱり貴女はレッドショルダーよッ!!”

 

 下手人が警備員に取り押さえられた僅か数十分後には、学園の生徒が撮影したらしき動画がSNSで拡散されていた。母親の発言を問題視することを趣旨に投稿された筈のそれは、母親の言葉に同意し、スコープの本質が‘生き延びる為には仲間の犠牲も厭わない’レッドショルダーそのものだと誹る形へと曲解され、今や世間には彼女が学園に入学した当初の無情な熱がぶり返している。タイムラインが最低野郎(ボトムズ)一色に染まっていくのを、ジョーダンは五日前と同じく指を咥えて見ていることしかできなかった。

 ジョーダンのルームメイトであるチケットもこの影響をもろに受け、いつもの号泣もできない程に憔悴しながら毎晩枕を濡らしている。自分もつられて泣いた故、チーム・アンタレスが負った心傷は想像に難くない。

 

『ら、ライスシャワーです。この動画を見ている人に、見せたいものがあります』

 

 そのアンタレスに属するライスが、わざわざ登録者数の多いゴルシのチャンネルという場を借りてまで伝えたいこととは何なのか。火消しに走るにも最早多勢に無勢、ましてや本人でもない上に、文字通りの()()()()生還は釈明のしようがない。諦念に濁った目で画面を見つめるジョーダンとは対照的に、画面の中のライスの目にはそれでもキラリと光るものがあった。

 ライスの手元の操作で画面が切り替わる。映し出されたのは、学園から程近いラーメン屋のカウンター席に並ぶアンタレスのチームメンバー。

 

『これは初めてチームの皆で外食した時の写真。スコープさんがラーメンを全部食べ切れなかったから、皆で分けて食べたの。見かけによらず小食なんだ、スコープさんって』

 

 次の写真は、ショッピングモールの衣料品店で服を選んでいるスーパークリーク。自分のものではなく、その奥で服を体に当てられているスコープのものらしい。

 

『これはその一ヶ月後くらいかな? スコープさんが私服を全然持ってないって言うから、皆で服を選んだんだよ。クリークさん張り切ってて、お金全部出しちゃった』

 

 その次の写真では、スコープとチケットがまばらに木が生えた草原の中に立ち、何やら話し合っている。空中に展開されたウィンドウや縦横比の違いからして、VRゲームのスクリーンショットのようだ。

 

『タキオンさんが作ったVRウマレーターの小型版をテストしたりもしたの。スコープさんとチケットさん、ウマネスト初めてなのにすっごく上手で、ライスが出る幕なかった。ふふっ』

 

 更にその次は、畳張りの部屋に敷かれた布団の上で、アンタレスのチームメンバーがババ抜きをして遊んでいる様子。撮影者の手札はハートの5とジョーカーのみだった。

 

『合宿も楽しかったよ。怖い話大会をすることになって、スコープさんがメルキアでナックラヴィーに会ったって言って……怖かったけど、ライスが震えてたから、一緒の布団で寝てくれたの。スコープさん、温かかったなあ……』

 

 その後も幾つかの写真が表示されたが、いずれにもスコープの姿があった。ほぼ時系列順になっているそれらに映ったスコープの表情は、時間を追うごとに柔らかくなっているのがわかる。

 一通り見せ終え、ライスに映像が戻る。頭の悪さは自他共に認めるジョーダンであったが、ライスがこの動画で伝えようとしているメッセージを僅かながら察していた。

 

『……ライス、最初はスコープさんを怖いと思ってたの。顔も硬くて、何を考えているのかわからなくて……でも本当は、優しくて、皆と走って笑える、普通のウマ娘だった』

 

 ライスの唇は震えている。それを必死に噛み殺すように、彼女は続けた。

 

『普通だから……苦しんでる。合宿の夜、スコープさんは魘されてた。やめろ、やめろって……普通のウマ娘だったのに、銃を持った人達に無理矢理連れていかれて、生きる為に必死で頑張ったのに何もかもを失くして、それで、』

 

 ジョーダンは息を吞んだ。潤んだライスの瞳から一筋の雫が零れ落ち、普段の彼女らしからぬ調子で悲痛に声を荒げて叫ぶ。

 

『――スコープさんはもう、一歩学園を出たら駐車係の仕事だってないのッ!!』

 

 何故スコープがトゥインクルシリーズに出るのか、その理由は耳にしたことがあった。進学も就職もできずに進退窮まった彼女は理事長自ら声をかけられ、入学早々アンタレスに入部、レースの賞金を生活の糧にしているのだと。恐らく学費を差し引いたその金額の多くは、()()()()()()()()()()()()()()()()貯蓄されているのだろう。今の彼女の青春は、引退後の職すら諦めた上に存在するのだ。

 そしてその懸念が、彼女を憎む者達の手で現実のものになろうとしている。

 

『お願いします……ライスのことは、幾ら嫌いになってもいいから……スコープさんは、スコープさんだけは……どうか、嫌いにならないで……これ以上、輝く機会を、夢を奪わないで……生きる理由とその意味を、与えてあげて……お願い……』

「奪うワケないじゃん……! でも、でもっ、どーすりゃいいかなんてわかんねーし……!」

 

 肩を震わせて泣き出してしまったライスに、ジョーダンも貰い泣きした。スコープが諸悪の根源であるかのように扱われたまま、無数の怨念を背負って消えていくようなことは到底受け入れられない。それは確かにライスと同じ考えだったが、世論という巨大な潮流を変える方法は彼女には思い付かなかった。

 無力感に打ちひしがれながら、ふと動画のコメント欄に視線を下ろすと、どこか見慣れた名前が飛び込んできた。

 

「……メジロ、財団?」

 

 最上段に固定されたそのコメントにはURLが添付され、他には短く“スコープドッグ特別支援サイト”と書かれているのみ。ジョーダンは深く考えずにリンクをタップする。たちまち画面がブラウザに遷移し、中央に大きく何かの金額が表示された。

 

  《990,100¥》

 

 取り敢えず、ジョーダンは事情を知っていると思われる友人メジロパーマーの元へと走り出した。

 

 

 

 

 

「何を企んでいる」

 

 十一月の第一金曜日。普段通りのトレーニングが終わった後、良川とタキオンが居残った部室に、ストライクがやってきた。「失礼します」と良川に挨拶し、三角フラスコを乾かしていたタキオンの背後に立って言い放ったのが、先の一言である。

 

「……何のことかな?」

 

 タキオンは振り返らない。とぼけて見せている彼女だが、ストライクに関連することなら良川にも心当たりがあった。

 

「ここまで追跡を躱しておいて土壇場で白を切るつもりか。私の常用薬が合宿中に盗まれた。個室の、しかもウマ娘以外立ち入り禁止だった私の部屋に入り込んで薬を盗み出し、その薬を扱うことができる者などお前しかいない。私にわざわざ偽薬を飲むよう要請して時間稼ぎをしているのもいい証拠だ」

 

 一触即発の空気を感じ取り、良川は椅子から腰を上げようとした。ストライクの言う“薬”とはヂヂリウムに違いない。進捗状況は不明だが、タキオンの研究は決して悪意あるものではなく、寧ろストライクを、他のウマ娘を助けようという意思に基づくものなのだと伝えるつもりであった。

 しかしすぐに、釘を刺すような視線がタキオンから飛んできて、良川は起立を断念した。何か自分には考えの及ばない神算鬼謀があるのかもしれない。良川は渋々ながらそう考えて、事の成り行きを見守ることにした。

 

「ふむ、“薬を扱うことができる者”か。その言い方だと……ストライク君、君は自分の薬がなくなることだけでなく、それが何の薬なのか知られることも恐れているように聞こえるね」

「お前なら逆行解析も容易いだろう。そういう判断だ」

「私に薬の成分を知られれば不利になる。君のことだから単なる規制薬物ではないだろう。それはきっと君の固執するPSに関係して――」

 

 瞬間、ストライクはタキオンを強引に振り向かせ、胸倉を掴み上げた。タキオンの手から滑り落ちたフラスコが床の上に砕け散る。

 

「無駄口を叩くな!! 質問しているのはこちらだ!!」

「タキオン君!!」

「大丈夫だ良川トレーナー。落ち着きたまえよ」

「……わかった」

 

 良川は思わず立ち上がったが、タキオンに宥められて再び着座した。やはり今回、自分の出る幕はないらしい。

 ウマ娘が後方に耳を倒す――耳を絞るのは、一般に怒りの感情を表すものだとされているが、逃げウマがレース中に後方から迫られるなどして焦った時にもすることのあるボディランゲージだ。ストライクの耳は飄々としたタキオンの態度に対する怒りばかりでなく、明らかに余裕のなさが表れている。話の主導権は既にタキオンの側にあった。

 

「それだけではない。『レッドショルダー』に逆戻りした筈のスコープドッグが、例の動画が出て以来再び評価を一転させている。あれはお前の差し金か?」

「差し金? いいや、あれはライス君とスコープ君それぞれの独断だよ。私も驚いたものさ」

 

 例の動画――ライスがゴールドシップに協力を要請して作成・投稿したものだ。良川には勿論、兵藤にも他のチームメンバーにも一切相談はなかった。

 既に一ヶ月が経過しようとしている毎日王冠の惨劇、その生存者の一人ライスシャワーの涙は、多くの人々の同情を誘った。スコープドッグというウマ娘の人となりを間近で見つめ続けてきた彼女が、彼らの偏見の目を取り払ったのだ。そして多くの優秀なウマ娘を輩出してきたメジロ家の運営するメジロ財団が、スコープを支援する為のウェブサイトを設立し、動画のコメント欄に貼り付けたことも、事態を急転直下の解決に導いた。サイトはファン投票――十二月のグランプリレース有馬記念への出走を決めるものだが、投票開始日にはまだ十日程ある――でスコープに入れるという署名が三十万筆以上集まり、スコープ本人への金銭的支援を行うクラウドファンディングの募金額は月を跨いだ時点で七千万円を突破している。世論というものの流されやすさを呆れ交じりに嘆じたのを、良川は覚えていた。

 更に、ライスの行動に触発されてか、スコープもまたゴルシに接触し、短い動画で声明を発表した。先週日曜日のことである。

 

“俺の為に動いてくれている人間がいるらしい。俺に寄付する為の金を集めていることも知った。だから、俺は一つ約束する。俺が有馬記念で一着を獲ったその時にだけ、俺はその金を受け取ろうと思う。そしてその使い道も、その時に皆の前で話したい”

 

 ライスのそれは純粋にスコープを想ってのものだった一方、スコープの独断行動の理由、そして彼女の言う“使い道”は、彼女が黙して語らず、謎のままであった。結果として評判は元通り以上になっているからと兵藤も匙を投げ、以降触れられずにいる。とはいえわざわざ大衆を前にして発表する予定であることは、世間にいい意味での憶測を呼んでいるのも事実だった。

 良川が見るに、ストライクはこの状況に何か危機感のようなものを抱いているらしかった。

 

「バカな……出来過ぎている。信じられるものか!」

「当ててみせようか? 君はスコープ君に勝つことを望み、スコープ君がこれ以上の力を付けることを恐れている。スコープ君に精神的な支柱が増える程君は窮地に陥る。君はPSであることを、最早スコープ君に勝つことでしか証明できないからだ」

「貴様……!!」

 

 今にもストライクがタキオンを締め上げようとしていたところで、部室の扉が開いた。

 

「……何をしている」

 

 噂をすれば影が差す。入ってきたのは件のスコープだった。相も変わらず無表情だが、その目はストライクの手に注意深く向けられている。

 ストライクはタキオンからぱっと手を離した。慌てて良川が駆け寄り、「大丈夫かい?」「平気さ」とやりとりする間に、ストライクはスコープの眼前に移動していた。

 

「スコープドッグ、あの動画は何だ? 私への当てつけのつもりか?!」

「お前に何か問題があるのか?」

「お前にはわかるまい。最強であれと生まれてきたこの私の存在意義は。私は、ただの偶然に過ぎないお前より強いんだッ!!」

 

 やっと良川にも、ストライクがここに来た理由に得心が行った。勝つことが前提の余裕とも取れるスコープのあの声明は、彼女の逆鱗に触れてもおかしくない。PSとしての証明は、彼女にとってそれ程に重い。それはきっと、最早有馬記念というタイトルすらも凌駕するものだ。

 怒声がこだまし、数秒の静寂。スコープはぶっきらぼうに言った。

 

「お前は、ただ走ればいい。有馬記念で」

「……くそっ」

 

 ストライクは忌々しげにスコープを睨み、足早に部室を去っていった。

 散らばるフラスコの破片が、エアコンの温風で虚しく揺れていた。




腕もいい。用心深くもある。
ファンの期待を裏切りもした。邪魔者と誹られたこともある。
味方の血肉を喰らうようなこともした。運もいい。
だがそれだけか? それだけで勝ち進み続けたというのか?
違う!
遺伝確率二五〇億分の一、異能の因子、異能生存体。
それがお前達の正体だ!

次回、『不死の舞台』

お前達は負けない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。