時雨 建造された鎮守府の提督の顎を粉砕して左遷される。
憲兵 御年65歳の大ベテラン。別に悪い人ではない。再登場するかは微妙。
運転手 ここに来たのは初めて。再登場はしない。
提督 島流し鎮守府の提督。名前は秘密。
白露 名前だけ登場。
「これが左遷ってやつなのかな」
無骨な移送車の後部座席で時雨は一人でつぶやいた。移送車には彼女の他に運転手と憲兵の2人しか搭乗していない。彼らは時雨を移送者の後部座席に押し込んだ後はさっさと前方に乗り込んでしまい、こちらと会話するつもりなど全く無いらしい。運転手はともかく憲兵は本来こちらを監視する必要があるはずなのだが……。
「よっぽど僕と同じ空間には居たくないようだね」
まあそれも仕方が無いかと心の中でつぶやく。
本来艦娘には人間に対して過度な力を加えられないように、陸上ではセーフティがかかるようになっている。しかし、時雨の場合なんらかの不具合があったのかこれが上手く働かなかった。結果として元いた鎮守府の提督をぶん殴った際に顎の骨を粉々にしてしまったのだ。上官を殴るなど即解体処分にされてもおかしくない行為であったが、幸いなことに状況的に情状酌量の余地ありと判断され、本来であれば別の鎮守府に移動となるはずであった。しかし、いくら提督側にも問題があったとはいえ殴りつけてくる、ましてや人間に対しても艦娘のフルパワーを発揮できてしまう時雨を受け入れる鎮守府は存在しなかった。
「結局どこからも断られて島流し鎮守府なんて呼ばれてる場所に配属されることになるなんてね」
島流し鎮守府、本来は別の名前があったらしいが今やその名前を知っている者は限られていると言われている。日本のどこかに存在するとされているそこは、他に配属可能な鎮守府が無い艦や、問題を起こした艦が送られる流刑地であると噂されている場所だ。時雨自身もその噂は聞いたことがあったが、まさか建造されて半年程の自分がそこに送られることになるとは思ってもみなかった。
本来監視の役目を担っている憲兵が目を離している今であれば、簡単に逃げられるだろう。そもそも艦娘のパワーを陸上でも全力で出せる自分ならば見つかったところで簡単に蹴散らせるだろう。なるほど、そういう意味では監視なんて居ても居なくても同じなのか。あの憲兵も形式上ついてきているだけなのだろう。
いつでも逃げられる状況ではあったが時雨にその気はなかった。ここから逃げたところでそこに自分の居場所など無いのだから。一人で生きてゆくだけなら不可能ではないだろう。しかし、どこかに所属していたい・誰かに必要とされたいという彼女の艦としての本能がその選択肢を無意識に拒んでいた。
別に必要としてくれたわけではないだろうが、この世で唯一自分を受け入れてくれる可能性が場所があるならばそこに行った方がましだろう。そんなことを考えていると、不意に移送車が停止し扉が開けられた。
「出ろ」
憲兵がこちらも見ずに冷たく言い放つ。
「もう着いたのかい?」
時雨が問いかけるも憲兵はやはりこちらを見ようともしない。その態度にやれやれとため息をつきながら外に出ると、そこは暗い林の中の一本道の途中であった。ここから10メートルほど先からは霧のようなもので見えなくなっており、何やら不気味な気配が漂っている。どうしてこんな場所で止まったのか時雨にはさっぱり理解できなかった。もしかして、島流し鎮守府なんてものは存在せずに自分はここで始末されてしまうのだろうか?いざとなれば抵抗する決意を時雨が固めていると、軽薄そうな運転手が憲兵に話かけていた。
「不気味な場所ですねぇ、あちらはまだ来ないんで?」
「まだ予定時刻より前だ。こちらは毎度少し早く来てやってるのに奴は毎回時間ぴったりにならんと来んよ」
「早く引き渡してこんな場所さっさと出て行きたいですねぇ。もっと早く来るように文句言ってやりましょうか」
「やめておけ。交渉してようやくここでの引き渡しにできたんだ、機嫌を損ねられて鎮守府で引き渡すように言われたら次からはおまえ一人で行かせるぞ」
「ハハハー冗談ですよやだなぁ、この先に行くことになるくらいならこの仕事やめたほうがましですよ」
どうやら鎮守府自体は存在しているようだ。時雨は少し肩の力を抜いた。
「夜間でなければ死ぬようなことにはならんよ」
「それって夜は死ぬような目に遭うってことじゃ……というかこの先行ったことあるんですか?」
「若い頃に一度だけあっちに…むっ来たようだ」
憲兵と運転手が会話していると霧の向こうから音もなく一台の車がやってきた。中からは20台後半下手をすれば前半にも見える男が現れた。これまで聞いていた鎮守府の印象からもっとベテランの人員が働いているのかと思っていただけに、かなり若い男が来たことに時雨は少し驚いた。
「よお、おまえが来るなんて珍しいな。どうよこの車、電気自動車に改造してもらったんだよ。最高速度300㎞以上でるらしいぜ」
「それならもっと早く来るんだな、それよりさっさと引き渡し作業に移れ」
「はぁー、おまえもいつの間にか随分とつまらんじじいになっちまってるなぁ。はいはい、いつものやつにはんこ押しゃいいんだろ?……で、こいつがうちに配属になる奴か?」
「あっ僕は‥」
「ああ、駆逐艦時雨だ、さっさとやれ」
「へいへい」
「良いんですか?あんな若僧にあんな態度とらせて」
「かまわんよ、奴はあれでもあの鎮守府の提督なのだから……それに奴とは訓練校時代の同期だからね」
「提督だったんですか!?……というか、え?同期?それってどういう…」
「あまりここのことについて突っ込まん方が身のためだぞ。君がただの運転手でいたいならね」
「……はっ、失礼いたしました」
内心時雨も驚いていた。てっきり何らかの職員だろうと思っていたらまさか提督だったとは……あの若さで提督だなんて優秀な人なのかな?と思っているようだがそんな人材であればこんな所に送られていないということにはまだ気がついていない。
「こっちは終わったぞ、これでいいだろ」
「ああ、それでは我々は帰らせてもらうよ」
そう言うと憲兵と運転手はさっさと移送車に乗り込みこちらとは反対方向に走り去っていってしまった。
「久々に会ったってのに冷たい奴だな……おいお前、時雨だったか?さっさと車に乗れ。俺たちも行くぞ」
「あ、うん。君が提督かい?僕は白露型…」
「そういうのは移動しながらにしてくれ、ここに長居するのはまずい」
「?わかったよ。これに乗れば良いのかい?」
「おい何で後ろに乗ろうとしてやがる、タクシーじゃねえんだぞ」
「えっ、……隣に乗っても良いのかい?」
「良いもなにも普通助手席だろ、何でお客様気分なんだよ。上官を運転手扱いとかまた舐めた奴が入ってきた…と思ったけどうちはそんな奴ばっかりだったな。どうしても後ろが良いならそれでも良いが、どうする?」
「い、いや隣で良いよ、むしろ隣が良いよ!」
助手席という響きに惹かれて少し興奮気味に言ってしまったが些細なことだろう。時雨はこれまで腫れ物に触るように扱われていたため、こうして気軽に接してくれる相手は建造された鎮守府の姉妹艦である白露以来だった。
「そ、そうか、とりあえずさっさと乗れ」
「うん」
ところどころ不穏な点はあったが、自分を避けずに接してくれるこの提督のもとでなら自分の居場所を見つけることができるかもしれないと、少し希望が見えた時雨であった。
「しっかしあの提督もそうですけど、あのリミッター外れてる艦娘相手によくまともに話しかけますね。俺なんて怖くてまともに顔も見られませんでしたよ」
「憲兵という仕事をしている以上そういうのには慣れているものだよ。それにあの鎮守府に移送した艦娘の中にはもっとやばいのがゴロゴロいるからね」
「うへぇ、そんな場所ならあの艦娘でもやっていけるかもってことですかい?」
「さて、それはどうかな。報告書ではあそこに送られた艦娘の半分以上が1週間もせずに
「ええぇ…それ問題にならないんですか?」
「そもそもあそこは他に行き場所のない奴らの最終処分場みたいな場所だからね、あそこがあるおかげで大本営も解体処分艦娘数0の発表ができる訳であって…………中でなにが起ころうとも何も言わんだろうよ」
「ああ、その発表ってそういう意味だったんですね。巷じゃ虚偽報告だのねつ造だの言われてますけど発表自体は正しいんですね」
「かつては問題を起こしたり政争に敗れたりした提督さえあそこに送られていたもんだ……、それを思えばあそこで40年も提督をやっているあいつこそとんでもない奴だよ」
「40年ってあの兄ちゃんが?……もうあんまり深く考えない方が良いですかね?」
「そうしたまえ。その方が君のためだ」
「来るときもそうだったけど、ずいぶん静かな車だね」
「ああ、電気自動車だからな。ミニ四駆がでっかくなったみたいなもんだ」
「ミニ四駆って結構うるさくなかったかな?これ時速300㎞以上でるんだってね」
「お、聞いてたのか。まあ300㎞もだしたら俺の操縦技術じゃひっくり返って俺たちごとスクラップだろうけどな。時速300㎞体験してみるか?」
「やめてよ、痛いじゃないか」
「痛いですむのかよ……」
だいたい1週間ごとに投稿する予定です。