捨て猫だけが心の支え。いじめられっ子の夏目は不思議な少女と出会う。

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猫の手レンタル部

 予感めいたことなど、まるで無かった。

 きっかけなど、今や思い出せようはずもない。

 しかし、夏目(なつめ)美弥(みや)が今まさにイジメを受けていることは、紛れもない事実である。

 相手は、学年で最も発言力のある女子生徒とその取り巻きである。

 スクールカーストとは言い得て妙で、この高等学校という箱庭はまさしく社会の縮図だ。

 机と机の間を通ろうとすると足をかけられ、消しカスを投げつけられ、教科書やノートに落書きをされ、上履きに画鋲を入れられた。そういったことに対しては夏目は目を瞑って、歯を食いしばって来た。ハンムラビ法典の教えに背き、耐え忍んで来た。

 

 だけれど今日のイジメは少し訳が違った。

 男子の目もある中で無理矢理スカートを脱がされ、下着を露わにされたという恥辱は、夏目の思春期的な精神性が許してくれず、とうとう彼女をして落涙せしめた。その日は生理中で、野暮ったいショーツを履いていたから尚更だ。

 

「何それ。ダサいパンツ」

 

 嘲笑混じりに投げかけられた言葉に、夏目は最早スカートを取り返そうという気力すら湧かなかった。

 その反応が気に食わなかったのか、いじめっ子は夏目のスカートをくしゃくしゃに丸め、砲丸のように投げつけることによってトドメを刺し、すたすたと何処かに行ってしまった。

 歪んだ視界に映り込む、皺だらけで埃に塗れてしまったスカート。

 制服販売の日、同伴してきた母親が記念にと何枚も撮影をしたこと。普段はあまり物を言わない父親が、その写真を見て、「よく似合ってるじゃないか」とほくそ笑んでいたこと。

 まだ着用して1年足らずだけれど、思い出の詰まったそれを、さながらゴミのように扱われた。その怒りと悔しさに、夏目の心は引っ掻かれるように痛かった。

 

  ◯

 

 スカートの状態をある程度マシにした夏目は、神社の境内に足を運んでいた。

 太い道路に面してこそいるものの、夏目の通学路からは少し外れる、完全な寄り道である。

 その目的は参拝ではなく、別のところにある。

 夏目は屈んで、本殿の床下に段ボールがあることを確認するとちょっとずつ近づいた。その中にいる住民を怖がらせないように。

 夏目がそっと段ボールを手前に引き出すと、それは案の定微睡みの中にいた。しかし、夏目に気付くや否やのっそりと目を開き、体を起こした。

 

 黒い仔猫である。

 

 夏目はそっと仔猫の喉元を撫でた。すると仔猫は気持ち良さそうに目を細める。

 暫くそうやって戯れていると、夏目は思い出したように鞄の中を漁り始めた。

 

「そうだ。今日もご飯持ってきたんだ」

 

 そういってチュールを取り出す夏目。仔猫は「早く早く!」と催促するように前足をパタパタと動かした。

 その愛くるしい挙措をもっと拝んでいたかったけれど、夏目はすぐさま封を切って仔猫に差し出す。仔猫は母猫の乳を吸うように、小さな舌でチロチロとチュールを舐め始めた。

 この仔猫は最近この神社に住みついた子である。夏目が発見したときから段ボールに入っていたところを見ると、飼いきれなくなって捨てられてしまったのだろう。

 兎に角衰弱が激しくて、当初はもう死んでしまっているのではないかと錯覚するほどぐったりとしていたのだが、近くのコンビニで購入したミルクを少しずつやると徐々に元気を取り戻していった。

 爾来、夏目は時折この仔猫にエサを持っていくのである。アルバイトをしていない夏目にとって手痛い出費ではあったが、仔猫の喜ぶ姿を見れば懐の寒さはどこ吹く風である。

 仔猫の食事風景を優しさが湛えた目つきで見ていた夏目だが、ふとその眦に下げて言った。

 

「食べながらでいいから訊いてほしいんだけれど……」

 

 その枕詞を皮切りに、イジメの被害を吐露する夏目。

 言葉が通じているなどとは思わないけれど、この子は夏目が唯一悩みを打ち明けることのできる理解者である。

 

  ◯

 

 朝。鳥は囀り、花は開く。

 ほとんどの生物にとって、恵みの太陽と対面できるその時間が、夏目にはこの上なく憂鬱だ。

 生理は既に終わっでいたけれど、それで夏目の気分が晴れやかになることはない。

 身体中が鉛を詰められたように重く、布団から出ることすら覚束ない。

 そんな具合なのに脳味噌だけは一丁前に働いて、原因を思い馳せた。

 あのイジメの所為だ。

 学校に行けば嫌でもあのいじめっ子たちと遭遇する。

 決して覆すことのできない数の暴力。次々と浴びせられる罵詈雑言に、身体ではなく心を攻撃するあの悪意に辟易とする。

 

「いきたくないなぁ」

 

 そう独り言ちる夏目。その言葉に当てられる漢字は。

 行きたくないなのか。

 生きたくないなのか。

 でも。

 と次に思い浮かべるのは、あの黒い仔猫だ。

 私よりも小さくか弱いあの子だって、必死に生きている。あの子は私の模範であり、支えなのだ。

 あの子の顔を見てから学校に行こう。

 

 かくて、登校の時間。昨晩は雨が降っていたのか、アスファルトが僅かに湿っている。

 通学路から少し外れた道を通って神社へ。

 あなたの顔を見せて。

 元気を分けて。

 そう思いながら境内に出て、刹那、夏目は目を疑った。

 

 床下の段ボールが倒れている。

 乱暴に横たわっている。

 

 当然、中に居たはずの黒猫の姿がない。

 何処だ。何処に行った。

 キョロキョロと夏目の瞳は、あの懐こい仔猫だけを探している。

 すると、ある一点に目が止まった。

 それは手入れの行き届いていない草むらだ。神社の軒の陰を纏ったそこは、朝だというのに仄暗い。

 この境内の中で、隠れる場所があるならそこだ。

 一歩。やをら近づいて草むらを覗き込む。夏目はギョッとした。軒の下には赤い無数の点が続いていたからだ。

 その赤には見覚えがある。

 見慣れている。

 つい最近まで、ナプキンに付着していたもの。血だ。

 恐る恐る、点が続く先を追った。

 

 そこには────黒い仔猫の死体があった。

 

  ◯

 

 放心状態だった夏目は、ずうんと重たい身体を何とか押して、学校へと登校した。ちゃんと家を出てきた手前、無断欠席をして教師が両親に電話をしようものなら騒ぎになるに決まっでいる。

 画鋲が入っていないことを確認してから上履きを履き、教室へ。自分の席に座るや否や、ベッドに顔を埋めるように机に突っ伏した。

 何で? 何で? 何で?

 グルグルとそれだけが延々と脳裡を埋め尽くしている。

 見るも無残な猫の死体。

 間違いなくあの子だ。

 この間まで元気だったのに、何で?

  

 自然目頭が熱くなってきたところで、話しかけられた。といっても夏目に話しかけてくる級友などいない。

 いじめっ子たちである。

 

「よう、夏目。まーだ生理終わんないの?」

 

 言いながら、慣れた手付きで夏目の机から教科書を引ったくった。

 一時間目に使うものだ。

 

「ちょっと! 返して!」

 

 奪い返そうとする夏目だが、取り巻きがそれを妨害した。主犯格は見せびらかすように教科書をヒラヒラとさせて廊下へと消えていった。取り巻きもそれに着いていく。

 嘆息をしながら夏目は後を追った。

 普段は使っていない空き教室の方だ。

 いじめっ子たちは不意に立ち止まって、くるりと夏目に向き直った。そうして彼女らの顔つきが露わになる。

 ニヤニヤと嫌らしい笑みだ。

 

「随分と大切そうにするんだ。じゃあこうしちゃおうかな?」

 

 言って、教科書の1ページ目だけを摘む主犯格。両手を僅かに捻って、紙を破るフリをした。

 旧に倍して笑みが嫌らしくなった。

 夏目の大切なものを滅茶苦茶にして、その反応を楽しもうという顔つきだ。

 ────夏目の大切なものを。滅茶苦茶にする?

 

「あんたたちなの?」

「あ? 何がだよ?」

「白を切るつもり?」

 

 今年一番。否、人生一番かもしれない声量でいじめっ子に吠える夏目。

 その心を満たしていたのは、勇気などといった高尚なものではない。

 憎悪だ。

 どす黒い憎悪だけが夏目の血管を走り、全身に不愉快な熱を与えてゆく。

 だから、そんな熱が与える力など、単なる姑息なもの。恐怖心を鈍らせるだけの粗悪な薬だ。

 チッ、と舌打ちをする主犯格。夏目の教科書をその場に投げ捨て、スカートのポケットからスマートフォンを取り出した。

 何かを命じられた取り巻きたちは、すぐさま夏目の左右に回り込み、ガッチリと夏目の両腕を拘束した。

 その一連の流れが首尾よくいったことを確認した主犯格は、スマートフォンを持っていない別の手を伸ばす。その先は夏目のスカートだ。

 移動と抵抗の手段を封じられた夏目は、サッと青ざめる。先程まで身体中を走っていた熱が嘘のようだ。

 そうして主犯格は夏目のスカートを乱暴に掴み、捲り上げた。

 当然、夏目の下着が露わになる。

 刹那、静かな廊下にシャッター音が響く。いじめっ子たちの声もない冷笑の、その心中の哄笑を表すように。

 

 何度か撮影をして、主犯格は吐き捨てた。

 

「次ナメた口利きやがったら、これバラ撒くから」

 

 遠くなってゆく靴の音だけを、その場に座りこんだ夏目は聴いていた。

 

  ◯

 

 教科書を拾いあげて、夏目はトボトボと廊下を歩いていた。

 既に一時間目は始まってしまった。今教室に入っていけば、教諭からの叱責は免れないであろう。そうでなくとも、あのいじめっ子たちのいる空間に入っていくのは気が引けた。

 体調が悪い体を装って保健室に行こう。なるべく時間を稼ぐように、トボトボと。

 そんな時だ。甘い匂いが夏目の鼻腔をくすぐった。

 その匂いの出処を視線で追うと、一つの教室に行き着く。

 扉の硝子部分には、ルーズリーフの四隅がセロハンテープで貼り付けてあり、それにはこう書かれていた。

 

『猫の手レンタル部』

 

 夏目が張り紙をまじまじと見つめていると、矢庭に扉が開いた。ただし、立て付けへの一抹の不安を嘆くように、キリキリと音を立てて。

 いきなりの事に仰け反った夏目を見つめていたのは猫目の少女だ。

 

「おや、依頼者様ですか?」

 

 少女は猫目を細めて言った。

 

「依頼者?」

 

 思わず夏目はオウム返しになってしまった。

 

「ええ。私に何か依頼がおありで、尋ねて来られたのではないのですか?」

 

 夏目は張り紙と少女の顔を交互に見る。『猫の手レンタル部』? 依頼?

 夏目の脳内には無数のクエスチョンマークが出現した。

 それを見かねたのか、少女が口を開く。

 

「まあ、立ち話も何ですから、どうぞ中にお入り下さい」

 

「は、はぁ」

 

 言われるがまま入った教室は、夏目が知るところの教室とはまったく毛色の違うものであった。

 まず、机は教室の真ん中に二対が対面して置かれているだけで、それ以外の机は隅に追いやられていた。校庭側の窓の下にはシンクが設置されていて、さらにその隣にやかんが置かれたガスコンロがあった。一箇所だけ机の掃けられていない場所があるが、そこには小型の食器棚が設けられており、ティーカップが並んでいるのが覗ける。

 教室というよりは、企業の応接間の廉価版という感が強かった。

 

「どうぞ、おかけになって。今お茶を淹れますから」

 

 いうと、本当に無駄な動き一つない仕草で二人分のお茶が用意され、おまけにどこから取り出したのか、皿一杯に乗ったランドグシャまで置かれた。即席の茶会がセッティングされた瞬間である。

 手際があまりに鮮やかだったがために、夏目はただ椅子に背を凭せ、目をぱちくりさせているのみであった。

 そうして夏目の目の前の席に着いた少女はティーカップを持ち、息を吹きかけて問うた。

 

「それで、ご依頼の内容は?」

「その前に、ちょっといいですか?」

 

 夏目は少女の言葉を遮るように言った。

 

「あなた、こんなところで何をしてるんです? こんなに学校に私物を持ち込んで。第一、授業は? サボりですか?」

 

「随分と質問が多いですね」

 

 少女はわざとらしく肩を竦める。どうやらその類の質問をされることは予想済みだったらしい。

 少女はティーカップを置き、代わりに空いた手で自身の胸を指し言った。

 

「まず、私の名前は赤川(あかがわ)音々子(ねねこ)。猫の手レンタル部をしております」

「猫の手レンタル部?」

 

 夏目は再び少女──赤川にオウム返しだ。

 

「ええ。読んで字のごとく、猫の手も借りたいほど困っていらっしゃる方に、力をお貸ししているのです」

 

 もっとも、部といっても部員は私しかおりませんが。と付け加える赤川。

 もう一度カップを持ち上げ、息を吹きかけている。

 

「随分と執拗に冷ましてますけど……」

「お恥ずかしながら、私は猫舌でして」

 

 言うと、赤川はカップを傾ける。それでも少し熱かったのか、唇を少し濡らしただけで再び机の上に置いた。

 

「部活はいいんですけど、授業はどうしたんですか?」

「大きな事を言うようですが、私は成績優秀ですから。先生から特別に許可を貰っているのです。紅茶やお菓子の持ち込みもその副産物みたいなものです」

 

 言って、赤川はランドグシャを一枚つまみ上げ、鷹揚に少し齧る。それを嚥下した後、夏目を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「逆に質問してしまって申し訳ありませんが、貴方こそ授業はどうされたのですか?」

 

 赤川の質問に、夏目は一瞬回答が詰まった。

 

「……体調が悪いので、保健室に行こうとしていたところです」

「この教室は保健室とは真逆の方向ですけれど」

 

 間髪入れず赤川は返した。

 どうやらそう簡単にだし抜ける相手ではないらしい。

 長く、ほっそりとした足を組みながら、ふぅふぅと紅茶を冷ましている様相には、どこか自信に満ち溢れた雰囲気がある。

 この人なら、ひょっとしたら。

 そう胸裡で密かに思った夏目は、震え声で切り出す。

 

「その『猫の手レンタル部』というのは、本当に手を貸してくれるんですか?」

「ええ。勿論ですとも」

 

 赤川は口元を綻ばせて言う。

 夏目は「じゃあ」と唐突に立ち上がり、狗尾に食いかかるように続けた。

 

「あいつらが猫を殺したことを、証明して下さい!」

 

  ◯

 

「貴方の話に聞くいじめっ子たちは、猫を殺してなんかいません」

 

 件の神社へと足を運び、見て回ること数十分。赤川が真っ先に口にしたのはそれだった。

 夏目は赤川に悩みを打ち明けた。

 いじめられていたこと。

 神社に捨てられていた仔猫が心の救いであったこと。

 その猫が今朝死んでいたこと。

 すると赤川は意気揚々とした声で、「それでは現場検証に行きましょう」と言ってのけたのである。

 あたかも探偵気取りである。

 不謹慎だと思った夏目だったが、あいつらの犯行を証明できるならば詮方ない、と赤川に付き合った。

 しかしながら、赤川の捜査報告は冒頭の通りである。

 

「それ、どういうことですか?」

 

 話が違う、とばかりに夏目は食ってかかった。

 

「そのままの意味ですよ。いじめっ子たちはこの子を殺していない。それだけです」

「そんなのおかしいです! だって、あいつらは私の大切なものを壊すことに、何のためらいも無いんですよ!」

 

 今にも泣き出しそうな夏目。それを悲しげな目で見つめる赤川は、淡々と続けた。

 

「この子が大切だったのに、判らないのですか? この一件の真相が」

 

 煽るような口調が気に食わなかったのか、夏目は眼光を鋭くして赤川の方へと差し向け、低く圧を帯びた声で言った。

 

「じゃあ教えて下さいよ! 一体誰がこの子を殺したのか」

「その前提から間違っているのですよ。この子の死因は、ずばり悲運と呼ぶ外ないでしょう」

「悲運?」

 

 夏目のドスの効いたオウム返しに、赤川は小さく首肯して返した。

 

「貴方からご飯を貰って元気になったこの猫は、外の世界に出るために道路へと飛び出した。その結果車に轢かれ、死んでしまった。それがこの一件の真相ですよ」

 

 猫は好奇心旺盛ですからね、と赤川。

 

「ふざけないで!」

 

 夏目はとうとう臨界点に達してしまったようで、声を掠れさせながらそう叫んだ。

 

「じゃあ、なんであんな草むらに死体が隠してあったの? あんなのどう考えたっておかしいじゃん!」

「あれは隠してあったのではありません。隠れていたのです」

 

 赤川は猫目をカッと見開き、言い聞かせるように告げる。

 

「他でもない。猫自身が」

「なんで……そんなことを」

 

 先程の大声で喉が潰れた夏目は、途切れ途切れの声で返した。

 

「猫は飼い主に死に目を見せない、と言います。自分が死んでしまったときに悲しくないように。この韜晦は、あの子が貴方を飼い主と認めていた証左なのです」

「そんなの……全部赤川さんの牽強付会でしょ?」

 

 赤川は舌で唇を濡らし、「証拠ならばあります」と言った。

 そして軒下の血痕を指差す。

 

「猫の死体の近くに血痕が続いて落ちているでしょう。ただ猫を虐待したいだけならば、こんな風に続いた血痕は残りません」

 

 赤川は再び夏目に向き直った。

 

「境内のあちこちにそういった血痕が残っていれば、貴方でも気づいたことでしょう。ですが、昨晩は雨が降った。ですから、本殿の軒で陰になっている部分だけしか残らなかったのです」

 

 赤川の言葉を最後まで聞き届けると、夏目は頽れた。もうスカートが汚れてしまうのも構わずに。

 

(私が餌をあげたから……。あの子は痛い思いを……。私なんて死んでしまえばいい……。私なんて……)

 

「殺されたい」

 

 そう力なく呟いた、その刹那。

 夏目の左の頬にふんわりと、それでいて確かな衝撃が炸裂した。

 思わず夏目は体勢を崩し、地面に手を付いた。

 何事かと、夏目は顔を上げた。

 するとそこには、右の拳を振り下ろした赤川の姿があった。但し、拳といっても本来他の4本指の金具を務めるはずの親指が、逆に他の指でくるみ込まれるように握られている。さながら猫パンチだ。

 それでも、身体がすっ飛ぶほどの衝撃だった。あのいじめっ子たちだって、こんな直接的な暴力は振るわなかった。

 

「な、何をするんですか?」

 

 左頬を押さえながら問うた夏目に対し、狗尾はその肩を掴んで真っ直ぐ見つめて言った。

 

「貴方はまだ判らないんですか? あの子が伝えようとしたことを!」

 

 ここに来て、赤川の方が語気を強めた。夏目は思わず仰け反りそうになるが、赤川にガッチリと掴まれた手がそれを防ぐ。

 

「あの子は外の世界に出ようとした。だけどそれは、決して貴方の元から姿を消そうとしたわけじゃありません!」

 

 自然見つめ合う形になった二人。

 夏目の虹彩に移したのは、静かに頬に涙を伝わせる赤川の顔だ。

 

「貴方にも外の世界をちゃんと見てほしかったのです。外には確かに悪意をあるでしょう。だけどそれ以上に味方がいる。素晴らしいものがたくさんある!」

 

 最後に、優しく甘い口調で、しかし物騒なことを言った。

 

「どうせ殺されるなら、好奇心にしてください」

 

 夏目の慟哭が、昼間のしじまを破ることはなかった。

 なぜならその声を掻き消す、猫の手ならぬ胸を貸してくれる人がいたからだ。

 

  ◯

 

 閑散とした廊下にノックの音が響く。

 すると扉は、立て付けへの一抹の不安を嘆くように、キリキリと音を立てながら顔一つ分程度開いた。

 そこから覗いたのは猫目だ。

 

「おや、夏目さんではありませんか」

 

 赤川は残りの分の扉も強引に押し開いて、夏目を部屋に招き入れた。

 

「お邪魔でしたか?」

「いえいえ。丁度お茶にしようとしていたところです」

 

 ドアマンを演じた後は、さながらウェイトレスである。慣れた手付きでティーカップを用意し、机の上に置かれたポットを手に取る。

 

 赤川はいみじくも、夏目の目を見ながら話し、それでいて一滴も零さず紅茶を注ぎ終わった。

 夏目は受け取って早々、一口呷ると話題を切り出した。

 

「助けてほしいんです」

「と言いますと?」 

「あの一件以降、イジメがひどくなっちゃって……」

 

 教科書を忘れっちゃって、とでも言うように牧歌的に夏目。

 

「私、まだ生きていたいんで」

 

 とびっきりの笑顔を作った夏目は続けた。

 

「あんな人たちには殺されてあげない」

 

 微笑を浮かべた赤川の顔が、傾けた紅茶に映り込む。

 そのまま一口。

 喉を潤した赤川は至極軽やかに、物騒なことを言ってのけた。

 

「貴方が好奇心に殺される事、心から楽しみにしております」

 

 




 以上、今井結様の企画『Twitter創作交流会』に参加させて頂きました。
 実は一次創作は初めての試みであったのですが、思わずイマジネーションを掻き立てられる台詞のお陰で楽しく執筆することができました。
 今井結様、そして台詞を考えて下さった方には、この場を借りて厚く御礼を申し上げます。

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