甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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挑発
刺激して、そそのかし、けしかけること。
自らの行いは、事前に注意すべきだろう。
その気がないのなら尚更だ。



互助拝領機構杯準備(下)

 

『呪文学』の授業が終わる。教科書を全て鞄に入れる。同時に、スーザン・ボーンズは走り出した。

 

(何をしているんだろう。私は)

 

 どこに行こうと思って足を動かしているのか、よく分からない。けれど、ここにはいられない。一秒だって同じ場所の空気を吸っていたくない。 彼女、テルミ・コーラス=Bのそばにはいられない。

 

(嫌いではない。嫌いではない、のに)

 

 去年までは。

 いつも明るくて、優しくて、白くて、綺麗で、誰にでも寄り添ってくれるあの子に憧れていた。好き。好きだった。きっと。たぶん。

 

 誰もがテルミの特別になりたがっている。

 一緒にいると自分も彼女のように楽しくなれるような気がする。

 一緒にいると自分も彼女のように優しくなれるような気がする。

 そんな予感──何割かは本物かもしれない──を抱かせるのが、彼女はとても上手かった。

 ──彼女は何が欲しいだろう?

 ──何を求めているのだろう?

 皆が彼女の気まぐれな頭の中を縋るように考え、振り向かせる機を窺っている。

 今年の夏休みまではスーザンもそうだった。

 

 彼女のことが知りたかった。

 どうしても知りたかった。

 

 彼女は完璧だ。気分屋の性分は決して彼女の『完璧』を損ないはしない。なぜなら、彼女の『気まぐれ』はそれ故に彼女の魅力を完成させているからだ。

 昨年、誰かに話していた言葉は、耳に入れてしまったことを後悔した。

 

「これから、一緒にお散歩に行きましょう。コリン・クリービーが石になった廊下を巡って、校長室の前のガーゴイルをからかって、フィルチさんのお部屋をノックしに行きましょう!」

 

 忘れもしない。

 彼女がそう言ったのは、コリン・クリービーが石になった翌日だった。常識的に考えられないくらい危険な提案は、だからこそ、ひどく魅力的に聞こえた。周囲は冗談だと流した会話だったが、たまたますこしだけ離れたところにいたスーザンには分かってしまった。 ──彼女は冗談のようなことを本気で言っている。

 彼女にまとわりつく謎と疑念は、今年の夏休みのスーザンにある行動を起こさせた。スーザンは試みた。魔法省に勤めているボーンズ家の伝手を使い、調べた。彼女のことを。

 その結果、スーザンは知るべきではないことを知った。

 

「『何も無い』って何なのよ……!」

 

 ──何も分からない。

 ──記録が無い。

 ──『何も分からない』ことが分かった。

 

 スーザンは駆けた。校舎を飛び出す。握った羊皮紙だけが汗で湿っていった。

 

 ──コーラス=ビルゲンワース家は存在しない。

 ──マグルの伝手も当たってみたが、やはり存在しないようだ。

 ──ただし。魔法事故惨事部には『ちょっと』の情報があった。

 ──その年のホグワーツ入学者選定リストを見ると四人分書き足されている。

 ──二年前に『事故死』したクィリナス・クィレルの申し出によってね。

 ──報告した本人がどういうワケか死んでいるので、詳細は不明。

 ──彼らが、どこから来た誰なのか。

 ──本当のところは誰にも分からないのだよ。

 

『マグル生まれ』でも追跡する手段はあるのに「何も分からない」とはおかしな話だ。依頼を受けて調べてくれたおばも首を傾げていた。

 ボーンズ家の人々は代々、魔法省の職員として、時に事務員、時に闇祓いを排出している家だ。家の情報網を駆使しても正体が分からなかった。

 その事実は、スーザンの思考に罅を入れた。

 

 ハグリッドの小屋が見える。

 スーザンはとうとう息が切れて城壁に寄りかかった。

 

『分からない』

『ありえないことが起きている』

 

 それを理解した瞬間、目が覚めた気分になった。

 彼女に出会ってから、いつも思考のどこかが彼女のことをずっと考え続けていた。もうこれが憧れなのか他の感情なのか分からない。ただひとつハッキリしているのは、もう何も知らなかった頃のように彼女が話しかけてくれることを期待したり、笑いかけてくれることを心待ちにしたりすることは出来ない。だから、スーザンは夏休みが明けてから彼女とはうまく話せていなかった。

 

 ふぅふぅ、と息を整えていると自分が何をしているのか分からなくなってきて座り込んだ。

 その頭上に。

 声は、慈雨のごとく降り注いだ。

 

「──こんにちは。あら。もう『こんばんは』かしら。挨拶は素晴らしい習慣ですね? 心が弾みます」

 

 自分はたぶん「ヒィン」とか「キャァ」とか叫んだのだと思う。

 驚いて飛び上がり、スーザンは城壁にいやというほど頭を打った。

 目の前にテルミがいた。

 蒼い大きな瞳が、驚愕する自分を眺めていた。

 

「夏休みが明けてからお話をする時間がなくて残念に思っていました。だから来ちゃいました。お手紙の返事も聞きたいですからね」

 

「あ、あぁ、これ──」

 

 ずっと握っていたせいで汗でくしゃくしゃになった羊皮紙を広げてスーザンは文字を見た。

『決闘大会には出るのかしら?』

 ──出ようと思う。

 そう言おうとしたスーザンは、テルミの目を見てしまった瞬間に自分でも思いがけない言葉を発した。

 

「それだけでは、ないでしょう?」

 

 あまりに正直な言葉は刃物に似て、取り扱いには注意すべきである。

 それを三年生までの複雑な女性同士の友人関係でスーザンは知っていた。それでも衝動的に使ってしまったのは、そうでもしなければこの得体の知れない同級生の心を揺るがすことが出来ないと感じたからだ。

 彼女を知る多くの生徒がそうであるように、どこか遠くにある彼女の心を引き寄せたいとこの期に及んで思ってしまったことにスーザン自身が驚いた。

 

「あらあら? あなたはわたしのことが恐ろしいのね。去年にはなかった恐怖があるもの。ウフフ、悲しいわ。まるで『知っている顔の知らない知人』に出会ったように怯えているのですね」

 

 スーザンの試みは、失敗した。テルミは指で自らの頬を撫でて、薄い笑みを崩さなかった。

 彼女はどこからどう見てもこの状況を面白がっているように見える。

 

「私はあなたのことが……」

 

「ふぅん?」

 

 伏せた顔を覗き込むようにテルミは身を傾げた。

 何もかも見透かすような瞳に魅入られる。隠し事は無駄だろう。そんな諦めが心に浮かび、スーザンは訊ねた。

 

「知りたくて、でも、分からなくて……。あなたは……どこから来たの?」

 

 ウフフ、とテルミは笑った。

 

「……。あなたは、もうわたしのことを調べるだけ調べたのね。魔法省高官の権力を侮ってはいけないようです。では今さら取り繕う理由は特にありませんね。ええ、ええ、話しましょう。わたしは暗澹の地、ヤーナムから──あ、インドのヤーナムではないですよ。──イギリスのどこかにある、けれど地図にはない、病蔓延る不思議な街からの来訪者なのです。クィレル先生の再発見とダンブルドア校長のご厚意でここに」

 

 ──本当だろうか。

 いまだ魔法省が認知できない街が、それもマグルの街が存在するだろうか? 答えは否のように思う。

 佇まいを正し、テルミは両手を重ねた。

 

「ダンブルドア校長に尋ねても同じ話を聞くことが出来るでしょう。校長先生がお認めになったのですから。今のわたしは、ただの生徒。そう見えるハズです。だから……だからね……あのぅ……」

 

 テルミは重ねた指をしきりに組み直した。

 

「これまで通り、仲良く、して、欲しいなぁ……なんて」

 

 ──私は。

 スーザンは、テルミをまっすぐに見つめた。

 

「身の程知らずのことを……考えているのですよ……ええ、本当に」

 

 照れ笑いのように口をふにゃふにゃ動かしてテルミはようやく言った。

 ──何に怯えていたのだろう。

 会えない夏休みの時間が、抱えた恐れを彼女の見た目より大きな存在に育ててしまったのかもしれない。

 出会ってしまえば、ただの可愛い小さな人物だということを忘れていた。

 

「わたしは家族や出身地の話を避けていましたから、あなたが秘密に気付いて探してみようと思うのも無理のないことです。他の生徒だって手段さえあれば同じことをしたでしょう。けれど、認知できない土地の話をどう話してよいか分からないし、出身によって差別されるのは嫌ですから」

 

「さ、差別なんてしない。誰にも言わないわ」

 

 慌てて手を振った。

 テルミは安心したように小さな肩をすくめた。

 

「そう。それは嬉しいことです。……わたしの故郷は、人間にとって善い場所ではないかもしれませんが、住んでいる人々にとっては悪くない場所にもなっているのです。今はね。だから──わたしから言うのも気が引けるけれど──『気にしないでほしい』と言いたいですね」

 

「…………」 

 

「けれど、わたしが魔法界から大きく離れた存在であることを知ってしまったのなら、それは仕方ないことね。こうして気を遣わずにお話出来るなんて! 楽しいことだわ! それに決闘大会のことも! 『互助拝領機構』の主宰、ネフライト・メンシスはわたしの『きょうだい』ですから彼の主催イベントを楽しんで参加してくれるのなら嬉しいわ──」

 

「なんですって?」

 

「あっ……? わわ、忘れて下さいね?」

 

 明らかに『口が滑った』という顔でテルミは今日一番、余裕のない顔をした。

 

「……うん……?」

 

 ネフライト・メンシスと『きょうだい』。

 その言葉は、スーザンが抱いていた彼女の謎のひとつを解明するものだった。

『互助拝領機構』主宰、ネフライトのことをテルミの周りの誰かが話題にする度に嫌って欲しいのか嫌わないで欲しいのか、よく分からない弁護をする理由だ。普段は「黴臭い檻頭」と揶揄するクセに、いざ誰かが非難を始めれば冷淡な意見を述べる。彼のどこが彼女の気持ちを惹くのだろうと思っていたが『きょうだい』で特別な結び付きがあるのならば納得だ。身内が嘲笑されそうな時は庇い、尊敬されそうな時は卑下するのだ。

 それは複雑で、彼女にとっては自然な感情のように思える。

 テルミは大袈裟なほど手を上下させた。 

 

「こ、細かいことは気にしない精神で寮に戻りましょう。寛容って大事よね! ああ、暗くなってきたわ! 狼なんかこわくないけれど! 寮に荷物を置いて夕食に行きましょう。──あら」

 

 テルミが森の木陰を見つめた。

 その先に何があるのかスーザンには見えない。

 森は既に黄昏を越え、夜が訪れていた。テルミが指差した方向は、一面の闇だった。

 

「……珍しいわ。犬がいる。黒い犬よ……」

 

「犬? ペットの持ち込みは許されていなかったハズ……でも猫が大丈夫なら犬もいいのかしら……? 私には見えないけど……」

 

 テルミは悪戯を思いついた顔でスーザンを見た。

 

「ねぇ、これからあの犬が実在するかどうか確かめに行きましょう! ただの見間違いかもしれないわ。野犬かもしれないわ。でも、ひょっとすると通りすがりの死神犬かもしれないわ!」

 

「行かないっ。絶対に行かないっ。ほら、夕食に遅れちゃう!」

 

 スーザンはテルミの手を引いて校舎のなかに戻っていった。

 楽しげなテルミの声が、石造りの廊下に高く響いていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 セオドール・ノットとセラフィ・ナイトが、大広間に向かうホールに張っているお知らせチラシと同じものをスリザリン寮の掲示板にも貼っていた時だ。もう夕食を終えたらしいドラコ・マルフォイと取り巻きの二人がやって来た。

 

「──『互助拝領機構杯決闘大会』。ぜひ参加をするといい。真っ向からハリー・ポッターをぶちのめす機会だ」

 

 足を止めたドラコに向かい、セオドールがニヤリと笑い、そう告げた。

 

「互助拝領……? まだルーニーズと話しているのか? あの変人集会に?」

 

 一見にして奇抜な『互助拝領機構』のシンボルはお知らせチラシに描かれている檻だ。私的な時間にはそれを被っている主宰の彼も一般生徒から変人と見られている。

 実際のところ。

 セオドールはちょっとだけ考える。人とは違った思考回路を持つ彼は変人であろう。とはいえ、ある一定の基準、特に学校生活を送る上で『成績』という基準で彼の障害になるものは何もないようだった。グリフィンドールのグレンジャーでさえ。

 そのため。

 

「ドラコがメンシスより成績が良ければ、君のいくつかの発言にも頷けるんだが……。残念ながら彼はめちゃくちゃに頭が良いからな。君ほど彼らを悪く思えないし、言えないな。『まともであることの、なんとくだらないことか』というヤツだな」

 

 ドラコは、久しぶりに同調以外の意見を受け取ったのかもしれない。彼は面食らった顔をして立ちすくんだ。

 

「君の品位のことを心配しているんだ。あんな連中と付き合うなんて」

 

「ご心配痛み入る。……だが、俺は使えるものは使う主義だ。しかも君ほど選り好みしていられなくてね。今のところ、まぁ悪くないと思っている」

 

 セオドールはお知らせチラシを張り終えて出来映えを眺めているセラフィの背中を見て、それからドラコに視線を移し、ついでにクラッブとゴイルを見た。

 使えない純血より、使える混血。

 セラフィの背中を見てフン、とドラコが鼻を鳴らした。その時だ。空気を読まずセラフィが振り返り、熱心に見つめるドラコに気付いた。そして何を思ったか余ったお知らせチラシの一部を渡した。

 

「イベントの主体が何であれハリー・ポッターと腕比べ出来る機会ならば君は逃さないだろうね。ちょうど君の腕の怪我も治ったことだ。まぁそれでも僕には敵わないだろうけれど参加するのなら、すこし期待しているよ」

 

 ──やめてやれ、セラフィ。

 セオドールは慌てて小突いたが年齢にそぐわない美しい恵体は動じなかった。どうにもこの同級生は、自分の力を過信する癖があるらしい。会話のフォローを入れる間もなく、みるみるうちにドラコが顔を赤くした。

 

「いいだろう。出てやろうじゃないか」

 

「二対二、異なる寮の生徒と抽選でペアを組んで決闘することになる」

 

「異なる寮……? 三分の二じゃないかっ!?」

 

 昨日の今頃。

 玄関ホールで同じことを大きな声で言い、騒いでいたのはハリー・ポッターの取り巻きの一人、ロン・ウィーズリーだったな、とセオドールは思い出した。

 

「貴公はグリフィンドールの生徒と同じことを言うのだね。たしかロン・ウィーズリーだったと思うけれど。なるほど。嫌っている者同士は似たもの同士で実は気が合うのかな?」

 

 ──やめよう、セラフィ!

 セオドールは「事前講習が必要だぞ!」と言い残してセラフィを引っ張り、談話室の外に退散した。

 

「どうかしたのか、貴殿」

 

 宿題のついでに呪文の練習に付き合ってもらいたい。

 セオドールは教科書が詰まった鞄を寮に忘れてきたことを思い出したが、セラフィは微かに笑って「いいよ」と応えたので何も問題はないように思えた。

 




テルミの言葉
 彼女の言葉が真実なのか、それとも警戒心をなくそうとするための甘言なのか、クリスマスの頃には分かるかもしれません。彼女のプロフィールにも関わることです。


3分の2じゃないか!
 こういう時に、ハーマイオニーがロンに素早く言った「隣の人に呪文をかける必要はないのよ?」をマルフォイに言ってくれる人がスリザリンにいればいろいろと原作と変わった学生生活を送る事が出来たのかな、と思ったり思わなかったりします。マルフォイ周辺を書いているとこういったことをしばしば考えさせられます。


『記録写真』の後書きに追記しました
attoクロスオーバー様から95話『記録写真』の場面の一幕の挿絵をいただきました! この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございます!
(該当話の後書きから挿絵を閲覧することが出来ます)



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