甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

87 / 128

オッタリー・セント・キャッチポール村
イギリスに存在する小さな村。
古くより幾家かの魔法使いが住んでいる。
豊かな自然に囲まれた長閑な土地には『隠れ穴』
そう呼ばれるロン・ウィーズリーの生家がある。
──『何でも』はないが『家族』がいる。
他に何を望もうか。



3年生
オッタリー・セント・キャッチポール


 悪夢は再び巡り、古い遺志の漂う夜は明けた。

 死んだものは夢のように消え、生きているものは見慣れた日常が再び始まる。

 そうして晴れてヤーナム市街を出歩けるようになったクルックスだが、今日は特別な用事のため狩人の夢の中で待機を命じられていた。

 

 用事とはオッタリー・セント・キャッチポール近郊への外出。

 すなわち、ウィーズリー家への訪問である。

 

 昨年度で学んだことだが、魔法界から放たれるフクロウはヤーナムを取り巻く異常のため、目的の主まで到達しない。

 しかし、例外はあった。一昨年の入学にあたり教科書リストや汽車のチケットが同封された手紙は届いたことがある。ただし、届いたのはこの例外一度きりだ。今となっては不運に愛されたフクロウが届けたのだろうとクルックスは思っている。対応として昨年度はわざわざ『魔法薬学』の教授であるセブルス・スネイプがヤーナムへ訪れた。

 異常はヤーナム側の問題であるため、狩人と仔ら、そしてスネイプと協議し今年からは特別な対応を行うことにした。今年は魔法界の誰かの家をポストとして使うことを学校とウィーズリー家に了解してもらっている。そして本日、届いているであろう手紙の受け取りのため、クルックスと父たる狩人はヤーナムの外へ向かうのだ。

 

「お父様、ご支度はよろしいですか?」

 

 クルックスは、鏡の前に立つ狩人に声を掛けた。

 狩装束を持っている彼は、念入りにブラシを掛けて獣の毛が一本も付いていない状態にしていた。そのうち狩人が「うん」と満足そうに頷いて、割れた鏡の自分を見つめるのを止めた。

 

「久しぶりの外出、しかもお世話になっている御仁の家に来訪するというのだから、しっかり整えなければな」

 

「はい。お父様は男前に見えます。いつもに増して男前です」

 

 狩人という男は容色優れた、いわゆる美男子の風体ではなかったが誠実を感じさせる顔立ちだった。つまり整っていた。

 いつも埃と血に塗れるのも厭わず無造作に掻き上げている黒い髪は久しぶりに洗って櫛を通したらしく、つやつやとして生気に満ちている。クルックスもついでに梳いてもらった。

 

「ふむ。こうして並んでみると、俺と君はそっくりだな」

 

 鏡の前に並んで立ち、狩人はクルックスの肩に手を置いた。

 黒く艶のある、跳ねがちな髪もそっくりだ。それを指先で撫でながら、割れた鏡の中で狩人がゆっくり瞬きをした。

 

「ええ、誇らしいです」

 

「そう思ってくれるか。君は」

 

 柔らかく頭を撫でられてクルックスは、父を見上げた。

 

「ええ、とっても誇らしいですよ」

 

「ふむ。上々だ。君もなかなかどうして男前だぞ」

 

「恐れ入ります。……言葉の使い方、あっていますか?」

 

「たぶんな。そんなにあらたまらなくていいけど」

 

 指の背でクルックスの頬を擦り、狩人は身を離した。

 

「さて。帽子はヤーナム帽は論外としてトリコーンがいいかな。それともトップハットか。……来訪ならばトップハットの方がよいかな?」

 

「俺はトリコーン無しで行こうと思います。顔がよく見えますから」

 

「まぁ、それもいいだろう」

 

「ところでお父様。オッタリー・セント・キャッチポールには使者の灯りはありません。伺うにはイギリスのどこかに現れた後で足で家を探す必要があります。最初は俺がロンドンから目的地に向かおうと考えていましたが、お父様が『策がある』とのことで、俺は何もしていません。どうやってオッタリー・セント・キャッチポールへ向かう予定なのですか?」

 

「ああ、そういえば話していなかったな。ビルゲンワースに行けば分かる」

 

 狩人は仕込み杖とトップハットを抱え、地上へ繋がる墓碑に向かった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 夏の朝は、痛々しさえ感じる太陽が燦々と降り注ぐものだ。

 カーテンがひとりでにパッと開く。瞼に突き刺さる日差しに赤毛の少年──ロンは寝床で呻いた。

 

「夏休みだからと怠けていてはいけませんよ。部屋の掃除、庭小人の退治、天井のグールお化けを黙らせること、やることはたくさんあるわ! ほらほら、起きて!」

 

「起きたばっかりなのに……まだ……六時だよ……!」

 

 ロンは上体を起こしかけたが時計を見て枕に顔を埋めた。

 

「朝ご飯、冷めないうちに食べるのよ! ──ジニーも起きなさい! フレッド、ジョージ! パーシーはもう起きてますよ!」

 

「なんてこった」

 

「石頭」

 

「パーフェクト」

 

「パーシー……」

 

 だらだらと兄妹たちは起きだし、顔を洗い、リビングに現れる頃には。

 彼らの父親であるアーサー・ウィーズリーが、今朝の新聞を読みながら分厚いトーストを食べている時分だった。

 口々に「おはよう」の挨拶を交わし、ロンはチラと窓の外を見上げた。

 今日の日差しもうんざりするくらいに眩しくなりそうだ。元気なのは庭にいる庭小人だけだろう。

 

「あなた、パンを食べながら新聞読むのはやめてくださる?」

 

「ああ、でも、待て待て。今日は日刊予言者新聞ガリオン宝くじの抽選日でね」

 

 ウィーズリー氏は、壁掛けされたコルクボードに貼り付けた宝くじを見た。五枚の宝くじには、スポンサーである日刊予言者新聞の広告文字が次々と浮かび、変化していた。それを買ってきた日のウィーズリー夫人は、ご機嫌ナナメだった。それもそのはず。

 

「無駄遣い、ですっ!」

 

 今日のように人差し指をピンと立ててウィーズリー夫人はウィーズリー氏を叱ったのだ。

 

「けれど、私の、まあ、職場の付き合いというものがあってね。日刊予言者新聞の売り子が『このくじを全部売らないと帰れない』と泣いて言うんだよ。買うつもりはなかったんだがね。付き合いで……その……五枚だけ」

 

 日刊予言者新聞が夏に日雇いバイトを使うのは珍しいことではない。もっとも彼らが待ち受けているのは日当に合わない過酷なノルマであるのだが。

 今思えば、そんなバイトでもしてみるべきだったかもしれない。ロンは憂鬱にトーストを囓った。自分の浅慮ゆえに彼は昨年度中ずっと杖が折れている。そのことはすでに両親に伝えていて「次にダイアゴン横丁に行くまで待ちなさい」と言いつけられているが、自分の杖を持っていない魔法使いとは惨めなものだ。惨めさのついでにグリフィンドール寮付きのゴーストであるニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿こと『首無しニック』を思い出した。彼も杖を奪われ処刑されたのだと聞く。杖が無い心細さをロンはきっとグリフィンドールの誰よりも知っている。もうニックのことを笑えないだろう。また、何かにつけてからかってくる双子の兄についても悩みの種だ。

 

「ロン、宝くじを取ってくれるかな」

 

 まだまだ続きそうなウィーズリー夫人の糾弾を避けるため、ウィーズリー氏が妙に明るい声で言った。

 たまたま飲み物を取りに立ち上がったロンがコルクボードから広告付き宝くじを外した。十三桁の数字が並ぶ宝くじをウィーズリー氏に渡すとロンも新聞と宝くじを覗き込んだ。

 

「末賞でも一〇ガリオンだって。……せめて一枚でも当たっていればなぁ」

 

「杖のことは心配しなくても新学期までには買ってやるとも。……たぶん」

 

「たぶんじゃ困るよ……!?」

 

「自業自得です」

 

 ウィーズリー夫人の怒りが過去の大問題である空飛ぶ車に着火しそうな気配をいち早く感じたのは、誰であろう持ち主だったウィーズリー氏だ。「フン、フン」と宝くじの確認をし始めた。

 その横で、双子が寝ぼけた目をこすり、ポテトサラダに手を伸ばしていた。

 

「なぁ、一等は七〇〇ガリオンだ。七〇〇ガリオンあったら何する?」

 

「開発資金に開店の軍資金だ。……いや待て、うん? 七〇〇ガリオンで足りるかな?」

 

「店舗なら五〇〇ガリオンは必要だろうな。それより商品開発に……。ふくろう通販なら間に合うだろうけど……」

 

「──何の話?」

 

 やや目の覚めた顔をしているジニーが、訊ねると双子はそろって首を振った。

 

「なんでもない、なんでもない」

 

「なんでもないぞ、妹よ。ニンジンも食べな」

 

 不思議そうな顔をするジニーの隣で一番冴えた顔をしているパーシーが、一足先に食後のお茶を飲みながら言った。

 

「七〇〇ガリオンあったらたくさん本が買えるな。それからロンの杖を新調して、スキャバーズを買い替えた方がいいだろう」

 

 スキャバーズとは、ロンが飼っているネズミのことで、ロンが飼う前はパーシーのネズミだった。その彼が「買い替えた方がいい」と言ったのは一家にいる唯一のふくろう、エロールは老いた雄のふくろうで長距離の郵便配達はもうかなり難しくなっているからだ。

 

「スキャバーズはジニーが飼えばいい。僕は、もうすこしだけエロールに頑張ってもらうよ。うまく就職できれば初任給でエロールを楽にしてやれる」

 

「嫌よ、ネズミなんて」

 

 ジニーはハッキリと言った。

 

「だって女の子で誰も持っていないのよ」

 

「だからいいんじゃないか。ビスケットを食べている姿には小動物的な愛嬌がある」

 

 パーシーが真面目くさって言った。それを聞いて双子がクスクス笑う。ジニーは「話にならないわ」と言いたげに肩を下げた。食べる姿に愛嬌があるように見えるのは正面から見た時だけだと兄妹は知っていた。スキャバーズは、現在の飼い主であるロンでさえ時々靴磨きブラシと見間違える、やや肥満気味のネズミなのだ。つまりデカい。

 

「スキャバーズは僕のだ。ジニーは自分のふくろうを買ってもらえばいいだろ」

 

 ウィーズリー夫人が「誰もまだ買う話はしていません」と言いかけた。言葉を掻き消したのは、ウィーズリー氏の素っ頓狂な叫び声だった。

 

「な、なにっ!?」

 

「ワァ……あ、たた。あた、たた、た」

 

 ウィーズリー氏は、口をパクパク開けて新聞と宝くじをウィーズリー夫人に差し出した。

 

「びっくりさせないでちょうだい。まったく大袈裟な、ななな……!」

 

 宝くじと新聞を見た途端、まともな口がきけなくなってしまった両親の様子を見て、何かがおかしいことに気付いた兄妹たちは、誰からともなく宝くじと新聞をテーブルに広げさせた。

 

「えっえっ、う、ワアアアアアアアァァ!?」

 

 ジニーが宝くじの数字を一桁ずつ読み上げ、双子が新聞の数字を声に出して確認していく。

 そうすること三度。宝くじの数字は間違いなく新聞の数字と合致していた。

 

「当たってるっ! 当たってるっ!?」

 

「信じられねえっ! マジかよ!」

 

「一等! 一等だ! 七〇〇ガリオンだ!」

 

 手当たり次第に手を叩き、吠え、飛び跳ねた。これには石頭・パーフェクト・パーシーでさえ朝日に向かって諸手を挙げた。

 その時だ。

 

「──、──」

 

 木製のドアをノックする音が聞こえる。

 喜びの喧噪が数秒にしてシンと静まりかえった。

 舞い込む予定の七〇〇ガリオンの宝くじ。発覚直後、突然の来訪者。何も起きないワケがなく。──ウィーズリー家は上から下の大騒ぎ──それはパニックとも言う──になりかけた。

 

「ど、泥棒!? 泥棒かな……!?」

 

 ロンが不安げに椅子の背を掴む。

 

「早すぎるっ!」

 

 双子が声を揃えて新聞の下に宝くじを隠した。

 

「ジニーっ! こっちに!」

 

 パーシーがジニーを家の奥に誘導しつつ、杖を持ち出した。

 全員を制したのはウィーズリー氏だ。

 

「け、今朝の新聞で発表されたんだ。それに宝くじなんてどれが当たるか分からないから夢を売る宝くじなんだ。分かるワケないだろう。誰か、違う、用事だ──」

 

 子供達を落ち着けるように人差し指を立てて「静かに」と合図した。しかし、右手にはしっかり杖を握り、ウィーズリー氏はドアに近寄った。

 再びノックが聞こえた。

 

「あー、どなたですかね?」

 

 ドアの向こうで「おや」という若い声が聞こえた。

「除草剤の訪問販売かしら」と夫人が言う。もちろん誰もそれが正解だとは思っていなかった。朝が早すぎるのだ。

 応えは輪郭のハッキリした声が答えた。

 

「──私はハントという者だ。この近くにウィーズリーという家があるそうなのだが、どの家がそうなのか分からない。ご存じならば、道を伺いたいのだが……?」

 

 ウィーズリー氏は目を丸くした。

 

「ハント?」

 

 ロン以外の兄妹が「あの、ハント?」と顔を見合わせた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 クルックスと狩人の目の前でドアがパッと開いた。

 室内にはウィーズリー夫妻と彼らの子供、パーシーを筆頭とする子供達がいた。しかし、様子がおかしい。目を丸くして、著しい驚きようだった。クルックスは父の姿がひょっとしたら面妖なのかもしれないと見上げた。あるいは、彼の正体がバレているのかもとまで考えた。

 彼らの異様な態度を知らず、狩人が余所行き用のにこやかで爽やかなスマイルを披露した。

 

「ああ、よかった。アタリだったか。よかったよかった」

 

「アタリっ!?」

 

 変哲の無い言葉に過剰反応したのは、ロンだった。

 

「えっ、違う? ク、クルックス、どうしよう、お家間違っちゃった? 出直した方がいいだろうか?」

 

 クルックスは、スマイルを引っ込めてオロオロし始めた父の背を押して後退りを阻止した。

 

「いえ、ここがウィーズリー氏の邸宅で合っています。俺の友人のロンもいます。そこの彼です」

 

「お、おお。では、ここでいいんだな。初めまして、ウィーズリーさん。私はクルックス・ハントの父です。いつも息子がお世話になっています」

 

 トップハットを脱いだのを合図に揃って狩人の一礼をした狩人を見て、ようやくウィーズリー氏が強ばった顔を動かした。

 

「え、ええ、ああ、おはようございます。すみませんね、ちょっと、みんな寝ぼけて、えー、騒いでおりましてねっ、お恥ずかしい」

 

「ハハハ。にぎやかなのは良いことですよ。こちらも朝早く来てしまい申し訳ありません。なんせ馬車では、どれくらい時間がかかるか分からなかったもので……」

 

「では朝食もまだでしょう。どうですか、大したものは出ませんがご一緒に」

 

「いえ、ご家族の団欒を我々がお邪魔するワケにはいきません。私達の家がある場所は辺鄙な場所で、帰りにもえらく時間がかかってしまう。お手紙を受け取りしたら帰らせていただきますよ。どうかお気になさらず」

 

「せっかくいらしたんですから、お茶の一杯でもいかがです?」

 

 狩人は目をぱちくりさせてぎこちなく笑った。彼には困ると笑ってしまう癖があった。

 クルックスは狩人が曖昧に唸るのを聞いた。

 

「おぉ……し、しかし、俺のようなものが団欒にお邪魔するのは……その……」

 

 狩人の躊躇いはクルックスによく分かるものだ。

 血に塗れた業のなかにいると何も知らない彼らと触れるのが恐ろしくなるのだ。

 けれど。

 

「ご厚意に甘えてみてはいかがでしょうか」

 

「あ、ああ、うん。……ではお茶を……一杯だけ……」

 

 ウィーズリー氏が勧めた椅子に二人は並んで座った。

 クルックスは狩人が奇妙な言動をしないかどうか気になり、靴先で彼の靴を小突いた。

 

「ありがとうございます。実は、長く馬車に揺られていたものですから喉が渇いていました」

 

「馬車で来たとおっしゃったが、馬車とはマグルの馬車ですか?」

 

 狩人は「ええ、はい」と人好きのする笑みで答えた。

 しかし。

 

「マグル……って何だったかな?」

 

 クルックスにだけ聞こえる小さな声だったが狩人の疑問に今すぐ答えることは出来なかった。

 

「あ、後で説明しますから。──ともかく馬車で来たんです。ええ。お日柄もよく。夏の素晴らしい日です。素敵な庭ですね」

 

「まあ、そう? ありがとうね」

 

 ウィーズリー夫人がニッコリ笑う。

 二人はやって来たお茶のカップを受け取った。

 

「おぉ、これが二〇〇年──」

 

 クルックスは狩人の靴を強く蹴った。

 

「ああ! お父さん、お父さん、美味しそうなお茶ですねっ!」

 

「おっ。あ、ああ、ふむ、自分で淹れるのとは違うものだなぁ」

 

「そうでしょう! ……すみません。大きな声を出して。あの、俺達は、その、とっても田舎者なので……」

 

 気まずい空気になる前にウィーズリー氏が素早く質問した。

 

「えー、ハントさんは? ご職業は何を?」

 

「私は狩人をしています。人々のために獣を狩る仕事です。私には、それしか能がないもので……。ウィーズリー氏は魔法省勤めであると息子から伺いました。魔法族の安全を守るご立派な職業なのだと──」

 

 狩人の言葉を聞いて、双子がクスクス笑いをした。

 前年の彼は空飛ぶ車を所持していた。その息子が車を実際に飛ばし大問題になったのは彼らの記憶にまだまだ新しい。

 

「ええ。マグル製品不正使用取締局と言いましてね。魔法のかかったマグル製品がマグルの手に渡った時の問題を解決するのが主です。やりがいのある仕事ですよ」

 

「やりがいのある仕事ならば、打ち込む甲斐がありますね。私はどうも空振りと徒労が多くありまして」

 

「やや、自然相手ではそういうこともあるでしょうな。魔法省には野生の魔法動物に関わる部署もあるのはご存じですかな? ひょっとしたら──」

 

 クルックスは軌道に乗り始めた会話を横目に、口を挟みたそうにしているロンを見つけた。その間、双子は狩人の姿を見て「めっちゃベルト付いてる」、「何本ある?」、「五本? 六本?」とコソコソとした会話で盛り上がっていた。

 

「ロン、ご兄妹はよい夏休みを過ごされているだろうか?」

 

「まあ、見てのとおりそこそこさ」

 

「そうか。……馬車で来たと言ったが、実は庭小人を何人か轢いてしまったかもしれない。人家近くに住み着く魔法生物だという程度の知識は持っているが……もし弁償が必要な時は言ってくれ」

 

「数が減って助かるよ。念入りに轢いてくれ」

 

「そうなのか? そ、そういうものなのか? 人の形をしているものだったので気が引けていたんだが……。ま、まぁ、そう言うならそれでもいいんだが……」

 

 クルックスは、さりげなく首を回すように家をぐるりと見渡した。

 

「魔法使いの家に初めてお邪魔した。……とても素晴らしい家だな」

 

 台所ではカチャカチャと音を立ててお皿が洗われているし、ソファーの上ではかぎ針が編み物をしている。他にも何の魔法がかけられているのか、分からないものがあちこちに置いてあり整然と動いていた。非魔法族が絵に描いたような実に『魔法使いらしい』家だと思ったからだ。

 それを聞いたロンは鼻の上を掻いた。

 

「ロン、あの、あれについて聞いてもいいだろうか? あの時計のような物」

 

 クルックスが指したのは一見時計のような外見だが、九本の針が存在していた。家族ひとりひとりの名前が刻まれた針はほとんど「家」を示す場所に重なっていた。

 

「ああ、うちの時計。皆がどこにいるか分かるようになっているんだ。他の家でああいう時計を見たことがないから、珍しいと思うよ」

 

「面白い時計だ。興味深いな……」

 

 クルックスは『きょうだい』でああいった時計を作ったとしたら、死と夢の間を勢いよく往復する時計になるのだろうと考えた。

 そのうちカップが空になるとウィーズリー夫人が、窓辺に置いた籠を持って来た。籠のなかには紙紐で綴られた手紙がある。束となったそれを狩人に手渡した。

 

「はい、これがお手紙ですよ。学校から私達宛にも四人分は特別に早い手紙だと書いてましたわ」

 

「ありがとうございます。これはお約束の礼です」

 

 狩人はそう言ってガリオン金貨が入った革袋を差し出した。

 

「これくらいなんてことないんですから、受け取れませんよ」

 

「いいえ、契約は絶対です。ふくろう郵便を受け取ることは貴公らになんてことないことでも我々にとっては至極難しいことなのですよ。ですから、受け取っていただきたい。これは私達の感謝の気持ちでもあります。契約通りですが。──さて、契約は自動更新だとはご承知だと思いますが、念のためお聞きしますね。こちらとしては来年もお願いしたいものです。よろしいですか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 ウィーズリー氏は、控えめに言って差し出された革袋を受け取った。

 

「ご快諾、ありがとうございます。本当に助かるものです。来年は私の家人が来ると思います。どうぞよろしくお願い申し上げます」

 

「よろしくお願いいたします」

 

 狩人が流れるような礼をしたのでクルックスも頭を下げた。

 

「ご丁寧に、こちらこそ」

 

 空気が柔らかくなったところでロンが恐る恐るといった顔でやって来た。

 

「えーと。ごめん。本当は今日来るの忘れていたんだ。しかも僕、パジャマで……」

 

「なに休暇中だ。俺も普段は身軽な服装で歩いている。気にしないでほしい」

 

 二人のやり取りを見ていた狩人が目を細めて笑った。

 

「貴公がロナルド・ウィーズリー? あらためて、私の息子と仲良くしてくれてありがとう。親子共々、見てのとおり時代遅れで、しかも世間知らずときている。この子には、いろいろと教えてあげてほしいものだ」

 

「えーと、は、はい」

 

 狩人が差し出した手をロンがおっかなびっくりの握手をする頃、家の奥からやって来たジニーが夫人の持つ紙袋を見た。

 

「ママ、ママ、準備していたあれは?」

 

「ここに。さぁ、ちゃんとお礼しなさい」

 

 狩人がパタパタ駆けてきたジニーにギクリと身を動かした。クルックスは、彼がこれ以上下がらないように再び背中を支えた。

 ジニーの前で狩人は、クィレルを彷彿とさせる挙動不審を見せた。

 

「な、なにかな……?」

 

「スリザリンのナイトからマントを借りたんです。秘密の……あの、あれのときに。これ洗濯しました。だから、お返ししたくて……ありがとうございました……」

 

 尻すぼみになる言葉と共にジニーは緊張で顔を真っ赤にした。

 紙袋の中からマントを受け取った狩人は、たしかにカインハーストの紋章を確認した。

 

「セラフィが? はあ、セラフィが……セラフィがなぁ……。ほう、あの子が他人を気遣いするなんて」

 

「先達の薫陶でしょう。そもそもセラフィはお父様の想像以上に優しい、いえ、優しい時もあります」

 

 クルックスはセラフィの優しい顔を知っているが、狩人は知らないのかもしれない。そういえば、と思い出す。クルックスの知る限りセラフィと狩人が長々と話をしている場面に出くわしたことは、テルミと同じくらい見ていない。すなわち、皆無だった。

 

「あの子も成長したのだな。自らに使われない優しさなど先達らが聞けば快く思わないだろうか。けれど俺はとても嬉しい。我々は他人にこそ寛容になるべきなのだから。──お礼の言葉は、あの子に伝えておこう。君も辛い思いをしただろう。まずは自分を赦したまえよ」

 

 狩人はクルックスにマントを渡すとトップハットを被った。

 

「さて、朝から失礼してしまった。来年訪れる家人には、あまり朝早くない時間に……そうだな……十時頃に訪問するように伝えましょう。それでは、これにて失敬」

 

「はい。では、ロン、ご兄妹方々、ダイアゴン横丁か学校で会おう。充実した休暇となるよう祈っている」

 

 黒ずくめの二人の姿は強すぎる夏の朝日の下、どこかへ歩いて行った。

 ウィーズリー氏は、ドアから首を出して左右を確認した。もう誰もいない。

 

「たしかに。以前ロンの言ったとおり……変わった人だ。マグルなのかね?」

 

「クルックスは『父親は魔法使い』って言っていたけどマグルの仕事をしているんだと思う。マグルの狩人なんじゃないかな。クルックスは魔法界のこと何も知らないんだ」

 

「口数少ないけどいいヤツだな」

 

「めちゃくちゃ食べるヤツだな」

 

「近くで見てビックリした。お父さんと顔がそっくりだったわ」

 

「ええ、そっくり。そのまま小さくしたみたいだったわ。若いお父さんよね。ご兄弟なのかしらと思ったわ」

 

 ひとしきり感想を述べ合った後で。

 家族は、宝くじに目を戻した。

 

「モリー母さんや。今日の仕事は休もうと思う」

 

「なんですって、アーサー!?」

 

「もし、この一等宝くじが夢ではなかったら──」

 

 眩しいものを見る目で宝くじを掲げながら、ウィーズリー氏は目を輝かせる家族に向かって伝えた。

 

「ビルのいるエジプトに家族旅行で行ってみてはどうだろうか? もちろん、ロンの杖を買った後でね」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「何だか間の悪い時間に来てしまったようですね」

 

「まったくだ。俺達はこんなことばかりだな」

 

 狩人とクルックスは、ガタゴト揺れる二頭立て箱馬車のなか向かい合わせに座り、手紙をあらためていた。

 

「『本来であれば、まだ教科書リストを発送する時期ではないが地域の特殊性を鑑み送達する』旨が書かれていますね」

 

「ホグワーツの方々には余計な手数をかけてるのだろうな。獣狩りの要があれば俺が特別に承ろう。機会があればダンブルドア校長先生へ伝えておいてくれ」

 

 クルックスは、顔を曇らせた。

 言いようのない不安が形を作るまで彼は、馬車の揺れとは別に体を揺すっていた。

 

「それは、お父様、それは……今年のホグワーツに関わるお話なのですか……?」

 

「恐れた顔をするものではないぞ、クルックス。答えは、もちろん『いいえ』だ。俺が未来のことを語る時は、ただの予想だ。予言ではない。俺は出来る限り君達の選択を奪う真似はしたくないからな」

 

 クルックスは小さく「そうですか」と伝えた。狩人の言葉が真実だと信じたいのは誰よりもクルックスだった。

 

「はい。そのように思うことにします。……あ、手紙に続きがありました。『闇の魔術に対する防衛術』の先生は未定ですが、三年次の教科書はすでに決まっているのでそれを買えばよいそうです」

 

「ほう。『闇の魔術に対する防衛術』の教科は難儀なものだな。もう三人目の先生になってしまった」

 

 そんな会話をするそばでオッタリー・セント・キャッチポールの風景が遠ざかっていく。夏の青い草木の香りは、どうしても嗅ぎ慣れない。けれど心地良い香りだ。目を閉じると今日一日が充実したものになりそうな予感がした。そのため、血と硝煙と獣避けの香の臭いが絶えず、しばしば獣に出会うヤーナムに帰るのが彼にはほんのすこし億劫だった。

 

「ヤーナムの外は良いところもある。外では鶏を飼っていたな。人の健全な営みを感じる」

 

「……俺は、すこしだけ」

 

 ──こんなに明るい世界が羨ましい。

 そう言い切れず、意味もなく手紙に爪を立てた。ヤーナムのことが大切な父の前で言うべき言葉ではないだろうと思い直したからだ。何でもかんでも話してしまうのは父に節操が無いと思われそうだった。

 

「うん? 何か?」

 

「俺はヤーナムのことが好きです。お父様のいるヤーナムが大切です。きっと、どこに行っても変わらないと思います」

 

「そう。いつか君に誇れる世界にしてみたいものだ。ヤーナムは、俺も驚くほど悍ましいなぁって時があるからな」

 

「二〇〇年以上経っているのに、まだビックリすることがあるんですか?」

 

「残念ながらいっぱいあるんだ。その辺り、例の聖杯が完成したら分かるだろうな」

 

 また『おあずけ』されてしまい、クルックスはただ頷いた。今はこれでいいのだ。そう信じていたいのは、やはり誰よりも彼だった。

 車窓を眺めていたクルックスは、空を見上げた。

 

「あ、見て下さい、お父様、飛行機、飛行機です!」

 

「なに? 第三次世界大戦は、もう始まっていたのか? し、知らなかった。世間話をしなくてよかった。俺の世間知らずがバレるところだったな」

 

「戦争ではないと思います。あれはきっと旅客機です」

 

 クルックスは、白い尾を引いて飛んでいく飛行を見上げている狩人の常識を訂正した。

 

「旅客機? 人はあれで旅をするのか。……そうか。飛行機。素晴らしい。人間は空を渡る翼を得たのだな。俺が人間だった時よりも強かで自由な翼を。……それはいい。海の底を目指すより、良い試みなのかもな」

 

 狩人は硝子に頬を押しつけて飛行機雲が消えるまで「お~う」とか「ほ~お」とか言って眺めた。こんなに好奇心旺盛な人がよくヤーナムに二〇〇年以上も拘泥しているものだとクルックスは不思議に思った。

 

「──ところで、ヤーナムにはいつ着くのですか?」

 

「奇遇だな。俺も気になっていた。馬に聞いてくれ。冗談だ。まあ、そのうち着くだろう。オッタリー・セント・キャッチポールにもこうして着いたからな。来年はもっと楽になる。使者の灯りを点けてきた。外に出たがっているコッペリアと一緒に訪問するといい。ああ、テルミに任せてもいいな」

 

「了解です。……あの、気がかりにしていたのですが、この馬車にはカインハーストの紋章がありました。お父様はこの馬車を借りるためにカインハーストと取引をなさったんですか?」

 

「それはもちろん。女王様への上納金──おっと──上納『穢れ』をいくらか増すことで拝借した」

 

「今度の契約書はキチンと裏まで読みましたか?」

 

「ああ、反省を生かして今回は口約束とした。なので大丈夫だろう」

 

 クルックスは、彼のまさかの選択を聞いて顎が外れそうになった。

 

「やっぱり俺が歩けば良かった! レオー様が相手なら十割増しになっていても驚きませんよ!?」

 

「大丈夫だ。今度の商談──おっと──談合相手は鴉だ。彼はレオーより利息が低いから」

 

「結局、増えるんじゃないですか!?」

 

 クルックスは後悔した。

 そのうち風景は霧がかかり、白んで何も見えなくなった。

 ゆらゆらと揺れる馬車は、道無き道を奔る。

 ──そこにあるならば、どこにでもいける。

 現実と夢の境界を越えるカインハーストの馬車は、そうしてヤーナムという夢に帰って行った。

 




ホグワーツ編は全40話でお送りいたします。

オッタリー・セント・キャッチポール
 映画では単語すら出てこない(恐らく)ので、映画のみ知っている人は「どこそこ?」となるかもしれません。
『秘密の部屋』にてハリーを空飛ぶ車で回収した後、ジョージが「僕らの家は」「オッタリー・セント・キャッチポールっていう村から少し外れたとこにあるんだ」と語っています。
 村には非魔法族(マグル)も住んでいるハズですが、彼らとウィーズリー家の交流が語られる場面はとても少ないものです。双子がトランプの手品を見せに村に行くような話がチラッと語られるくらいでしょうか。
 ウィーズリー家的には、用事があれば煙突飛行ネットワークでダイアゴン横丁にひとっ飛びできるのでわざわざ異なるコミュニティと交流して生活用品を揃える必要が無いということなのでしょう。
 ……いえ、そうでも考えないとマグルへの無知がちょっとヤバ──おっと、何でもないです。

狩人君の外出
 ヤーナム以外を歩くのはかれこれ二〇〇年以上ぶりなので、何も不足は無いように、何も憂いはないように、かなり奮発して馬車を借りました。約三年前、クルックスとテルミをロンドンめがけてGO!した時にあまりの音沙汰の無さに心配になってしまった反省が、彼の中に爪の欠片ひとつくらいあったのでしょう。


アンケートありがとうございました
学会準備(下)にて、3年生まで章(ヤーナム編)のアンケートを取っておりました。
1位:テルミ編(61票)
2位:クルックス編(60票)
3位:夏休みプロローグ編(50)
 本投稿時点で以上の結果となりました。
 これによる物語上の進行変化はありませんが、今後の制作の参考にさせていただきたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。