『やべーって! まだ10分も経ってねーってやべーって!!』
『もう大丈夫! 何故って? 私が来た!!』
「心操くん……流石に、そろそろ同じ映像を見るのは止めないかい? というか、君もあの場所にいただろう?」
「あの時は私も色々やっててゆっくり見れなかったからさ。いやぁ、やっぱりカッコイイねぇ」
「私の恥ずかしさも考慮して欲しいのだが!?」
ニヤニヤと笑う彼女の様子からからかわれている事は明らかだ。助けを求めて周りを見渡すが……誰も彼も微笑ましい物を見るかの様な視線を向けてくるだけだった。……私はかなり困っているのだが。
「いやぁ、でも本当に凄いよね。この動画ももうすぐ百万再生だしさ。案外次のヒーロービルボードチャート、1番になっちゃうんじゃない?」
「む……まぁそうありたいとは思っているがね。平和の象徴として、そのぐらいしなくては! という心意気は持っているつもりだ」
「でしょう? だからこうやって動画を見ることで私も貢献してるの」
「そうか結局そこに戻ってしまうのかぁ!」
私としても彼女にカッコイイと言って貰えるのは割と……いや、かなり嬉しいのだが、流石に自分が報道を意識して決め台詞を言っているところを何度も見せつけられるのは……かなり気恥しい。
「おぉっと! そろそろパトロールの時間だ! では私は少し出てくるよ!」
犯罪件数も増えて来ている現代、市民の安全を守るためには地道なパトロールが欠かせないのだ! ……決して、恥ずかしさに耐えられなくなって逃げた訳では、ない。
それから……どれくらい経ってからだっただろうか? 数日だったような気もするし数ヶ月は経っていたような気もする。何日も休まずにヒーロー活動をしては全国を飛び回りまた休まずにヒーロー活動を……というような生活を送っていると時間や曜日の感覚が無くなってくる。
そんなある日事務所に帰るとそこには、修羅が居た。いや、違う。とても怒った様子の心操くんが居た。
「心操くん、ど、どうしたんだい? 何やら怒っているように「オールマイト」……はい」
「何で怒ってるのか、分からない?」
そんな事を言われて考えてみるが……全国を飛び回っていた間も逐一連絡入れて所在を伝えたり活動報告をしたりという事はしていたし──ここで、馬鹿な考えが頭をよぎった。もしかして、私に構われなかったから拗ねてるのか? すぐにそんな考えは振り払ったが。こんな事を彼女に言ったらどうなるか。だが結局──
「……分かってなさそうだね」
はぁぁと深いため息をついて彼女は呆れたように言う。
「オールマイト、何日連続で働いてるのさ。自分でも把握できてないんじゃないの?」
「いや、そんな事はないぞ! 最後に休んだのは確か……3日程前に1時間ほど仮眠をとったな! うん!」
「それを、休みとは、言わないんだよ、オールマイト」
いや、そんなしっかり区切らずに言わなくても……まるで私が聞き分けのない頑固者で理解しようとしてないようではないか。そんな事を頭で思っていると
「はぁぁ……早く帰って休んで……いや、そこに仮眠室があるから今すぐ行って8時間ぐらい寝てきなさい」
「そうだな……休みはありがたくとらせてもらおう。ただ8時間は……」
長すぎるからもっと短く、と言おうとしたところで再び彼女に遮られる。
「おねがいだから、もっと自分を大切にしてよ。八木くん……」
これは、恐らく彼女も気づいてないことだが。彼女の火傷を負っている側の目は後遺症なのか潤みやすくなっている。真っ直ぐにこちらを見つめる真摯な目と子供のように感情に振り回される濡れた目。
それに見つめられ思うのは、自分を心から案じてくれる人がまだ居るのだという安心感と、彼女を守りきれなかった自分への罪悪感。
それ以上逆らおうとは思えなくなった。
「……分かった、降参だ。しばらく眠らせてもらうとするよ。ただ、私の力が必要な事態になったらすぐに起こしてくれよ?」
自分の意思を曲げさせられたが、悪い気はしなかった。
「なぁそろそろパトロールに……」
「ダメ。というか、1時間前に行ったばかりでしょう? どこを見守る気なのさ」
「いや、ちょっとばかり隣の県までね? 向こうはほら、ヒーローも少ないしさ」
「ダメ。というか、そんな所にオールマイトが行ってたらどんどん依存が強まっちゃうじゃん。ちゃんと他人を育てる事も覚えないと」
「うっ……しかし、座っているだけというのは落ち着かなくてだな……」
そんな事を言うといつもの様にため息をつかれる。……なんだか最近いつも呆れられているような気がする。
「このワーカホリックめ……ちょっと向こう行こうか」
彼女が指さした休憩室にとりあえず向かうことにする。どうせ反論しても無駄だということは流石に学んだ……尻に敷かれているわけでは、ない。
「とりあえずそこのソファに横になって」
「む、しかし……「いいから」ハイ」
押しが……押しが強すぎるぜ……!
「ちょっと頭上げて」
「こうかい?」
彼女の言葉に従う。するとこちらに歩み寄ってきた彼女がソファに座り私の頭を──
「待て待て、何をしているんだい心操くん!?」
「何って、膝枕。……嫌だった?」
「嫌ではないが……!」
嫌などということはない。が、しかし、かなり気恥しいと言うか何と言うべきなのか。
それに、後頭部に感じる暖かさと柔らかさ、目の前で主張する豊かな膨らみ。それに何だか甘い香りまでしてきて……私は何を考えているのだ!
「じゃあいいじゃん。……たまには、八木くんを独り占めさせてよ」
そんな事を呟いた彼女の顔は、どこか寂しそうで。そんな様子を見せられてしまってはそれ以上拒否しようという気も起こらなかった。
今だけはオールマイトではなく八木俊典として過ごすのも悪くないかと、そう思ってしまった。
こんな穏やかな日が続けばいいのにと、思ってしまった。
私の名前の前に、不動のナンバーワンヒーローという飾りが付くのにも慣れてきた頃。しかし世間の犯罪率は未だに高く、平和な世の中というのはまだまだ遠いようだった。
自分の名を売り、少しでも犯罪の抑止になれば。そう思いテレビや雑誌等のインタビューは可能な限り引き受けてきたが、これからはその時間もパトロールなどに当てるべきかもしれない。私としては睡眠時間でも削ればその分働けると思うのだが、それをすると心操くんが悲しそうな顔をするから可能な限りしない事にしている。
そんなある日、とある記者集団が看過できない事を話しているのを聞いてしまった。
曰く、オールマイトは口先だけの偽善者だ。ヒーロー活動に手を抜いて女に現を抜かしている。その女は敵のスパイでオールマイトを誘惑するように仕込まれている。
「──随分と、面白そうな話をしているね。私にも聞かせてくれないかな」
私自身、自分が完璧なヒーローだなどと言うつもりはない。それにヒーローは妬まれ、理不尽な罵倒を受けるのも仕事だ。だが、彼女を馬鹿にされるのは許せなかった。
こんな気持ちは、オールマイトには相応しく無いのかもしれない。平和の象徴としてのヒーローには余分な感情かもしれない。しかし、この感情だけは捨て去ることが出来なかった。
「おかえり、オールマイト……わ、どうしたの?」
事務所に戻り彼女の姿を見て、思わず抱き締めてしまった。何故そのような行動をしてしまったのか自分でも分からなかった。ただ、無性に何かに縋りたかった。
「私は……私は時々無性に不安になる。平和の象徴なんて、私の独り善がりなのではないか、私が何をしても結局無駄なのではないか。そう思えて堪らなくなるんだ」
オールマイトがこんな事を口にしていると、世間はきっと信じないだろう。だが紛れもない私の本音だ……誰にも言うつもりはなかったのだが。
「済まない、すぐに立ち直るから……もう少しだけ、こうしていても良いだろうか……?」
自分でも情けない事を言っているとは思う。案の定と言うべきか、彼女は少し呆れたような顔をして──
「……私はいいけど、みんな見てるよ?」
その場に居た全員にコーヒーを奢らせられた。全員希望はブラックだった。
そんな日々が続くと、根拠も無く思っていた。
ある日、彼女が事務所に来なかった。
連絡を取ろうとしても応答は無く、家に行っても彼女の気配は無かった。
仮に事件にでも巻き込まれたとして、1番可能性の高いのは敵絡みの事件だ。そう思って片っ端から敵団体を潰して回った。誰一人情報は持っていなかった。
情報をくれたのは、1番会いたくない人間だった。
「随分と荒れているじゃないかオールマイト。おかげで僕の部下も滅茶苦茶だ」
「オールフォーワン……!」
こいつの仕業かと思った。私に対する嫌がらせの為ならそのぐらいの事は平気でやるだろう。だが。
「おいおい、酷いな。それは冤罪だよオールマイト。せっかく件の彼女の事を教えてあげようと思ってわざわざ来たのに」
「そんなに凄まなくても教えるさ。ただ重ねて言わせてもらうけど、今回は僕は本当に何もしていない。何故わざわざ言うかって? その方が君が苦しんでくれると思ってね。なぁに、行けば分かるさ」
教えられた場所にすぐさま向かう。オールフォーワンが関わっていないなんてなんの救いにもならない。だってそれは、オールフォーワンが関わるよりも酷い事態になっているという事だから。
辿り着いたのはとある市民団体の拠点。敵への刑罰の厳罰化を掲げるその団体は活動の過激さから逮捕者も出ており──今はどうでもいい事だ。
ドアを殴り飛ばし、手近にいた人間を捕まえてオールフォーワンから伝えられた隠し部屋の在処を尋ねる。最初は口を割ろうとしなかったが、両肩を握り潰すと素直になってくれた。
部屋をこじ開ける。
部屋を包む悪臭。体液の乾いた跡。胃液だけの嘔吐物。そして。
片方の眼窩から血を流し、女性としての尊厳を奪われた彼女の姿が──
ワンフォーオールの力を、初めてヒトを壊す為に使った。
途方もない快感が全身を貫いた。
「死者■■名。怪我人0の皆殺し。随分と派手にやりましたね、オールマイト」
私の事件の顛末について語られる言葉をどこか他人事の様に聞き流す。仮に時を戻して再びあの場に行っても、私は同じことをするだろう。
「……それで、私の罪はどうなるんだい? 出来れば早く聞かせて欲しいものだが」
返ってきた言葉は信じられないものだった。
「悪質な市民団体は内部抗争により同士討ちで全滅。そこをたまたま通りかかったヒーローが通報して終わり。そのうち1人はあまりに凄惨な現場を見てしまったせいで精神を病んでしまった。アレは、それだけの事件です」
何を言っているのか、咄嗟には理解出来なかった。
「……どういう、ことだい?」
「今、ナンバーワンヒーローの醜聞なんて誰も望みません」
「だから、何もかもなかったことにしてしまおうと、そういう訳かい?」
「そう受け取っていただいて構いません」
「そうか……いや、それを責める権利など私にも無いな。全て従うよ……」
本当は誰かに裁いて欲しかった。今の自分にナンバーワンヒーロー、オールマイトを続けられるとは思えなかった。
数日後、彼女が目覚めたと連絡が入った。何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか、そもそも私などに会う権利があるのか。何も分からない。だがただ彼女に会いたかった。これは私のエゴだ。
「おーる、まい、と」
どんな面罵だろうと受け入れるつもりだった。お前の顔なんて見たくないと言われても構わなかった。
「八木くん……ごめ、ごめんなさい……私の、せいで」
何を謝る事がある。
「わたしのせいで、人を、ころしちゃった」
君はこんな時にまで優しいのか。
本当は君に裁いて欲しかった。
「やぁオールマイト。僕だよ」
「オールフォーワン……あの時は、情報を……ありがとう」
「……まさか、君からお礼を言われるような事があるとは。少し前の僕なら思いもしなかっただろうね」
「私だって自分が貴様にお礼を言うことがあるとは思わなかったよ」
そんな軽口を叩く。本当に、まさかマトモに会話をするような事があるとはな。
「まあいい、オールマイト。今回も君の大切な彼女の話だ。正確には彼女の個性の話、かな」
あくまで仮説だがね。と前置きした上でオールフォーワンが語った言葉を、信じたくはなかった。
彼女の個性が人の悪意を引き出す。それも本人の意志とは関係なく。
彼女は、ただそこに居るだけで不幸を作り出す。
「対処法は2つある。1つは彼女を殺すこと。死ねば個性は消えるからね。もう1つは──」
「言われずとも分かる。貴様の個性なら彼女から個性を奪うなり制御できるようになる個性を渡すなりどうとでも出来るだろう?」
昔の、理想に燃えていた頃の私なら彼女を殺していたかもしれない。存在するだけで敵を生み出す人間など敵以上の悪だ。だが、人の醜さを、おぞましさを見せ付けられた今の私には──
「オールフォーワン……頼む……助けてくれ……」
こんな事を言う日が来るとは思ったことも無かった。
「君が誰かに助けを求める日が来るとはね……だが、もう大丈夫。僕が来た」
「オールフォーワン……私は師匠を奪った貴様の事が憎かった」
「オールマイト……常に僕の邪魔をしてくる君達ワンフォーオールの継承者は鬱陶しくて仕方なかった」
「だが、今となっては……」
「そうだね、今なら……」
「友達になれそうだ」
「八木」
ダレカの言葉を思い出した。
「いつだって笑ってる奴が、1番強いんだ」
もう、今の私には何もわからなかった。
何も。
オールフォーワンの提案を拒み、私が彼女だけのヒーローになると言って突っぱねたルートも考えました。
ちなみにそのルートの場合自分の個性が人を不幸にすると知り、オールマイトの将来の道を潰した罪悪感から主人公が自殺します。
おまけ3のルートだと個性の問題は解決するし先生のメンタルケアも入るので(自殺は)ないです