ぶっ飛んだヤンデレウマ娘たちが見たくて書き起こした物体 作:妖魔夜行@
雲ひとつない青空は綺麗だが、この季節になると太陽を遮るものがないということになるので少しだけ疎ましく思ってしまう。
しかし夏も悪いことばかりではない。梅雨のジメジメした蒸し暑さではなく、こういったからっとした暑さの時は海水浴が一際気持ちいいものになる。
遠く遠くまで続く水平線を見つめると自分の悩みがちっぽけに感じてしまう、気がした。
「トレーナーさーん。荷物運びますよー」
「ほいほーい、今行くーよー。……ん? 待ってネイチャさん、それ僕の荷物じゃね?」
「あははー。どうせ一緒の部屋で寝るんだからどっちが持ってっても変わりないっしょ」
「笑い事じゃないんですけど!? 僕は鳥恵と同じ部屋で寝るからね!?」
「……あの人も同じような目にあってる見たいデスケド?」
ナイスネイチャが目線を向ける方を見てみるとそこには担当ウマ娘10人から大岡裁きを受けている【スピカ】トレーナー、鳥恵エナの姿があった。少女らがまとわりついているせいで肝心の本人の身体は見えていないが。ミノムシみたいだな、と須郷は思った。
「うわぁ……」
「あんな感じにまだ実力行使にでてないだけネイチャさんはマシだと思うんですよねー」
「でも僕の実家に入り浸ってるよねキミ。ジワジワと外堀埋めて来てるよねキミ」
「遅かれ早かれ将来的に一緒に住むことになるんだから別にいいのでは? とネイチャさんは思うんですよ」
「なんか僕の左手薬指がロックオンされてる件について」
「あははっ、そんなの随分前からじゃないですか」
「真顔なのにそんな明るい笑い声出さないでよ怖いな!」
目も顔も笑っていないのに明るい声で笑うナイスネイチャに純粋な恐怖を覚える須郷。他のチームと合同の合宿なら担当ウマ娘たちも少しは大人しくなるだろうと踏んで組んだはずなのに、追い詰められているのは何故なのか。取り敢えず、引きつった笑みでその場はお茶を濁した。
「……まあトレーナーさんも満更ではなさそうだし、この合宿でトドメをさせるはず」
「聞こえてるからね!?」
不安しかない夏合宿が、今始まった。
宿泊する部屋に入るとまだ合宿所に着いたばかりだと言うのに既に疲れきった様子でベッドに腰をかける鳥恵の姿があった。鳥恵は須郷に気づくと「よお」と手を上げた。
「おい大丈夫なのか鳥恵、顔色悪いぞ」
「あちこち引っ張られたせいで身体が痛くてな。待て、なんで俺引っ張られてんだよ」
「知らないよ……ほら、僕らも水着に着替えてビーチに行こう」
「ああ。その前に……」
そう言うと鳥恵は立ち上がり、懐から金属探知機を取り出して須郷に向けた。途端に『ピー!』と高い電子音を鳴らし、緑色のランプが点灯した。ぱちぱちと目を瞬きさせる須郷を他所に、鳥恵はため息をついた。
「須郷、スーツ脱いで叩いてみろ」
「え? あ、ああ……」
言われた通りにスーツを叩いてみるとポロッと背広の裏側から小さな何かが落ちた。拾ってよく見てみると小指の第一関節くらいの大きさのUSBのようなものだった。
まじまじとそれを見つめていると鳥恵がため息をついた。サブトレーナー時代はこんなにため息をつくやつじゃなかったのになぁ、と須郷がしみじみ思っていると鳥恵が口を開いた。
「これ盗聴器だ、心当たりは?」
「……ネイチャかなあ」
「もう4つ出てきたが……」
「……全員かなぁ」
この事実に須郷はさめざめと泣いた。最近外堀を埋めてきているナイスネイチャだけでなく、ホワホワとした雰囲気でそんなことを絶対にしなさそうなマチカネタンホイザ、真面目でそういった行為を嫌いそうなイクノディクタスまでしているとは夢にも思わなかったのだろう。他二人も同様だ。
「いやでも、もしかしたら全部ネイチャのかもしれないし……」
「一人一つずつだと思うぞ。全部型が違うし、何よりもイニシャルが掘られている」
「ええ……?」
回収する時に間違えないためなのだろうがそれはそれでどうなのだろうか、須郷は困惑した。
立ち尽くす須郷だったが、ここで時間を無駄にしても仕方が無いので練習場所へ向かおうと鳥恵に言われ渋々ジャージに着替えて部屋を出た。
練習場所となっているビーチへ向かうとそこではリギル、スピカ、カノープスのメンバーがそれぞれ準備運動や柔軟をしながら談笑をしていた。
「あ、トレーナー!」
「怖っ、急にみんな振り向くじゃん」
「B級和製ホラーで良くあるやつだな。実際体験してみると失禁物だけどな」
「えっ? トレーナー漏らしたの?」
「表現の話な? 一瞬で距離を詰めてくるな。待て手を掴むな引っ張るな砂浜に埋めようとするな」
鳥恵がトウカイテイオーに連行されていく姿を遠い目で見つめる須郷。背景音楽はドナドナである。
夏合宿初日は生徒達の調子を上げるために自由時間に割り振っていたのだが、これではただの無法地帯である。リギルトレーナーの東条ハナも額に手を当ててため息をついている。
「先輩、一応聞きますけどどうかしましたか?」
「須郷……鳥恵もそうだけどこの光景を見て貴方達は何で冷静でいられるの?」
「取り乱してどうにかなるなら僕もあいつもとっくの昔に狂ってますよ」
「ゴメンなさい。冷静を装わないと対処出来ないのね」
「否定出来ないのが悲しいですね」
こうして会話しているうちにも鳥恵の体は砂の中に埋められている。既に首から上しか出ていない。東条は頭を抱えた。
「南坂君やあの人がいた時はこんな無法地帯じゃなかったのにぃ……」
「先輩方は地方トレセン学園のレベルを上げる為に長期出張に行っちゃいましたからねぇ。一体僕らの何がダメだったのか……」
「いや貴方達が悪かったわけじゃないのよ。むしろ良すぎた結果こうなったと言うか」
「まあ私らとトレーナーさんは運命の赤い糸で結ばれてますからねぇ」
「その赤色は多分血なまぐさいと思うんだけど……ってネイチャ!?」
ぬるりと会話に混じってきたナイスネイチャに驚いて思わず後ろに飛び退く須郷。しかし『ふよん』と柔らかい感触の壁にぶつかった。うん? と須郷が脳内で首を傾げて後ろを振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたマチカネタンホイザが立っていた。
マチカネタンホイザは手を回して須郷を抱きとめた。するとなんとあら不思議、二度と抜け出せないお手軽簡易檻の完成だ。独房なはずなのに合計人数は二人である。バグかな?
「マチタン? マチカネタンホイザさん? 何故僕のことを抱きしめているのでしょうか?」
「大丈夫だよトレーナー。トレーナーに悪いところなんてひとつもないからねぇ〜」
「今めちゃくちゃ頭悪い状況だと思うんだけど。先輩? 東条先輩? どこ見てるんですか? 水平線なんて眺めてないで助けてくれませんか?」
「…………須郷、海って綺麗よね。広くて、深くて、見ていると私が抱えてる悩みなんてちっぽけに感じちゃう」
「気の所為です。気の所為なんで助けてくれませんか? おいこっち見ろ」
「…………私を巻き込まないで!」
「うおい! 嘘だろ僕のこと見捨てやがった!?」
「いえ、これ以上ないいい判断だと思われます。夏合宿と言っても今日は初日、移動の疲労のことも考えて元々休息を取っても構わない予定でした。それは私達生徒だけでなくトレーナーさん達にも当てはまるかと。それに私が言うのもなんですが、巻き込まれればストレスで心労がマッハでしょうし」
「頭いい話し方の節々にあったま悪い単語が入っちゃったねぇイクノ。何で僕の左腕に巻きついたの?」
いつの間にかナイスネイチャも須郷の右腕に抱きついていた。正面、左右の三方向から美少女に抱きしめられている光景は何も知らない人から見れば大層羨ましい光景であるだろうが、残念ながらそれは少女側の精神がまともな場合のみに限る。
瞳からハイライトが消えるだけでハートフルラブコメディからサイコホラーに早変わり。安直な漫画や映画ならスプラッタも入るかもしれないがスピカやカノープスのウマ娘に関してはその可能性は1ミリも無いので安心である。
恋する少女が愛する人を傷つけるわけが無いのだ。たまに自分に傷をつけて欲しいと思っている娘がいるのはご愛嬌だ。
「あのー3人とも? トレーニングしませんか? 離れましょう?」
「今日はいいでしょ、合宿は長いんだから、明日からちゃんとやりますよー」
「夏休みの小学生かな? 離して?」
「うんうんネイチャの言う通り。それにトレーナーも疲れたでしょ〜? ホテルに戻って私達とゆっくり過ごしてもいいと思うよ〜」
「ゆっくりというよりはしっぽりって言葉の方が似合いそうだから遠慮しておくよ。離して?」
「むかしむかしあるところに……」
「話してじゃなくてね? 離して? 話すならせめて建設的な会話して?」
痛みは一切感じないのに体を動かせない恐怖。3人の手によって自分の体はジリジリとホテルに向かっている。ふと同じ思いをしているであろう同期に目を向けた。もしかしたら起死回生の一手になるかもしれない、そんな淡い期待を込めて視線を送った先では須郷の3倍酷い状態になった鳥恵がいた。というかスピカのメンバーで埋まっていて鳥恵の姿は見えない。ひとつの塊だ。
「うわぁ……」
「大所帯だと大変だねー。その点うちは半分の人数だし、取り合いもあんまり起こんないんだよね」
「そう言えばあの2人はどこに行ったの?」
「コンビニに向かいましたよ。確か栄養ドリンクを買ってくるとかなんとか」
「もっと脳みそに栄養回してくれないかな」
「あは〜」
「あは〜じゃないが」
その後、見かねたシンボリルドルフがスピカに、エアグルーヴがカノープスのメンバーを止めてくれたお陰で鳥恵と須郷は頂かれずに済んだ。助けてくれた2人にお礼を言ったあと東条に恨みの視線を送ろうとした男達だったが、疲弊して真っ白になった東条の姿を見てそっと目を逸らした。
いつだって苦労するのは真面目な人間なんだなぁ、キリキリと痛む胃を抑えながらシンボリルドルフはため息をついた。
みじかくてごみんね!
この作品ではシンボリルドルフも胃痛ポジなんだよなぁ……。ダジャレ言う余裕なんてないよね!