東方黒殲鬼   作:弥識

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1章:予兆の夜

○人里:『知識と歴史の半獣』上白沢慧音自宅―――

 

「さて、明日の用意はこんなところ……ん?」

その日の仕事を終え、明日の授業に使う資料の準備をしていると、玄関の戸を叩く音がした。

こんな時間に来客とは珍しい。さて、友人の妹紅か、はたまた村の誰かか……?

 

「……守護者殿、居られるか?」

「その声は……八雲の式の?」

 

資料を机に置き玄関の戸を開けると、そこには幻想郷屈指の大妖怪である八雲紫の式、八雲藍が立っていた。

 

「こんな時間に訪問とは珍しい、何か御用ですか?」

「はい、今日は急な用事でして。貴方に頼みたいことがあるのです」

「急な用事……?」

「無縁塚を調査してきてほしいのです、それも今すぐに」

 

『無縁塚』とは、『魔法の森』を抜け、その先にある『再思の道』のさらに奥にある、幻想郷でも屈指の危険地区だ。

元々無縁仏を弔う墓地なのだが、縁者の居ない者とは『外』から迷い込んできた人間であることが多かったため、此処の比率が外の世界に偏り結界が緩み始めた。

さらに墓地ということもあり『冥界』とも繋がりやすく、『何が起こるか解らない場所』とも言われている。

 

「無縁塚に今すぐ……ですか、本当に急な話ですね。何かあったのですか?」

 

突然、危険地帯に調査に行けと言われれば、警戒するのも無理はない。しかし、そうしなければならない程の『何か』がすでに起きていたのだ。

 

「時間がないので細かい説明は省きますが、先程『博霊大結界』が何者かの干渉を受け、一時的に結界の一部が機能しなくなりました」

「……なんですって?」

 

『博霊大結界』とは、外の世界と幻想郷を隔てる壁であり、幻想郷を『幻想』足らしめる要である。

確かこの九尾の式の主である、八雲紫が創造に関わったと言われ、代々『博霊』の名を冠した巫女―――現在は『博霊霊夢』が管理をしているはずだ。

 

慧音の思考を読んだかのように、藍は言葉を続ける。

 

「既に紫様と博霊の巫女により、結界そのものの修復はほぼ完了しておりますが、既に何者かが侵入した可能性があるのです」

「成る程…それで私に無縁塚の調査を」

 

「はい、既に博霊及び守矢の巫女を初めとした数名が調査を行っていますが、人手が足りません。それにあそこは特殊な場所ですから」

 

無縁塚はその地形特性上、言わば『非常に曖昧な空間』となっており、自身の存在が保てなくなることがあるのだ。

その影響は人間と比べて、精神に重きを置いている妖怪の方がより顕著だ。

ならば人間なら大丈夫であるかというと、そうではない。

無縁塚には有毒植物である彼岸花が多く咲いており、常人には数分と居られない。

つまり、人間も妖怪も危険な地域なのだ。

 

「しかし守護者殿は半獣。少なくとも純粋な妖怪や人間よりは安心です。どこぞの引き篭りの半妖店主のように荒事が苦手、ということもないですし」

「あー、まぁ彼は彼で『特殊』ですからね……こういう事には向かないでしょう」

『彼』は確かに無縁塚で『商品』の仕入れをしている、と聞いたことはあるが、こういう事には不向きそうだ。

 

 

「では守護者殿、お願いできますでしょうか」

「御用命はありがたいのですが…そんな非常事態だからこそ、守護者として人里を離れるわけには……」

 

 

 

「心配には及ばないよ。守護者殿」

 

戸口の方から新たな声が聞こえ、慧音と藍が目を向けると、そこには複数の人物が立っていた。

 

そこに居たのは『毘沙門天の弟子』寅丸星に『守り守られし大輪』雲居一輪、そして『ダウザーの小さな大将』ナズーリン。人里近くの寺、命蓮寺の面々だ。

 

「話は藍殿から聞いています。人里の守護は我々にお任せを」

「まぁ、いざとなったら里の皆は命蓮寺に避難させるよ。里長にはもう姐さんから話を通してあるから」

「それと、私もその調査に同行しよう。私の能力が役に立つはずだ」

 

思わず慧音が藍の顔を見ると、素知らぬ顔で「八雲の式足る者、これ位出来なくてどうします」と言った。全く持って優秀な式である。

というか、断るに断れない流れになっている気もするが、幻想卿の大事だ。その思考は脇に置こう。

 

 

「すみません、ご厚意に甘えさせてもらいます」

「では、守護者殿、宜しくお願いします」

「了解です、直に向かいましょう。ナズーリン殿?」

「大丈夫だ、こちらも直に出れる。ではご主人、一輪、後は頼むよ」

「えぇ、ナズーリンも気をつけて」

 

準備を整えた二人が空に飛び立とうとした時、何処かと連絡を取っていた藍が声を上げた。

 

「慧音殿、ナズーリン殿。先程紫様から連絡がありました。無縁塚で不穏な気配がしたので、さらに助っ人を二人追加した、との事です」

「助っ人?」

「はい、既に二人とも無縁塚に向かわせた、との事です。現地で合流してください」

「承知しました。ナズーリン殿!」

「了解だ、急ごう!」

 

その後、幾つかのやり取りをした後、二人は無縁塚に向かって飛び立った。

 

 

○魔法の森上空―――

 

「……慧音君、今回の件、君はどう思う?」

無縁塚に向かう道中、ナズーリンが慧音に話しかけてきた。

「そうですね……少なくとも、これまで起きてきた異変とは違う……と思います」

言葉に出して改めて確信する。今回起きている事は、これまでにあった『異変』とは、明らかに違う。

慧音にそう思わせていたのは、先程の藍の言葉だった。

『博霊及び守矢の巫女を始めとした数名が調査を行っているが、人手が足らない』

巫女以外の数名、というのは白黒の魔法使いや森の人形遣い、あとは紅魔館のメイド長辺りか。

もしかしたら山の天狗も『取材』と称した調査を行っているかもしれない。彼らは侵入者に対して敏感だ。

 

つまり、既に名高い異変の解決者達が活動しているのに関わらず、慧音たちに要請が来た。これは今までの『異変』では考えられなかったことだ。

 

「ナズーリン殿、これまでに異変解決に関わったことは?」

「いや、ないね。恥ずかしい話だが、私は異変を起こした側だ」

「私も以前の異変で巫女達と弾幕勝負をしたことがあります。似たようなものですよ」

 

『人里の守護者』という立場上、里を襲おうとした妖怪を退治したことは慧音にもある。

しかしそれはあくまで『里の自衛』であって、『異変解決』に関わったことはなかった。

 

「霊夢達『異変解決組』の実力は知っています。彼女達は強いし優秀だ。それでも我々がこうして調査に出ている……異例だと思いますよ」

 

それまで慧音の話を聞いていたナズーリンも小さく頷きながら答えた。

 

「私も同感だよ……もしかしたら、これは『異変』ではないのかもしれないな」

 

 

ナズーリンが最後に呟いた一言は、慧音に聞こえないように声を落とされている。

現時点ではまだあくまで勘の領域だ。無駄に混乱させるような事は言うべきではない。

 

 

ナズーリンが仕えている寅丸星は毘沙門天の化身であり、ナズーリン自身も毘沙門天の使いである。

毘沙門天は『財産や富の守護神』とみなされているが、『戦いの神』としての一面を持っており、戦や兵法にも詳しい。

そんな毘沙門天の使いであるナズーリンの中にある、『将』としての勘が言っている。これはただの異変じゃない。

 

先ほど九尾の式は「二人の助っ人と合流して調査するように」と言っていた。

つまり四人組で調査しろと言う事だ。ナズーリンはこの数が引っかかった。

四人組(フォーマンセル)は軍の編成において最も小さい戦術単位の部類に入る。

そしてやることはあくまで『調査』のみ。恐らく我々に『異変』その物の『解決』は求めていない。

 

『いや、これは異変の調査、と言うべきではないのか……?』

 

 

 

そう、まるで大きな『戦い』に備えた『偵察』のような……そんな気がした。

 

 

 

「今回の件、我々はそれなりの『覚悟』を以って臨まなければならないのかも知れないね」

「ナズーリン殿、何か言いましたか?」

 

思ったことが口に出てしまったようだ。慧音が此方を見ていた。

 

「なんでもない、ただの独り言だよ。さて、そろそろ目的地だ。準備はいいかい?」

「私は問題ありません。後は、これから合流する助っ人次第ですね……誰が来るのでしょうか」

 

そういえば、藍は誰を助っ人に向かわせたのか言っていなかった。

 

「それなら大丈夫だ。今回のような事を依頼できる相手は限られているからね。大方の予想は付くよ」

 

それなりに実力があり、尚且つ団体行動が出来るような協調性を(一応)持っている者。

 

「そうなのですか?」

「まぁあくまで私の勘だが……君も良く知っている相手だと思うよ?」

 

 

 

 

そんなやり取りをしながら、二人は飛ぶ高度と速度を落とす。

目的地の『無縁塚』に通じる『再思の道』の入り口が、もうそこまで見えていた。




東方Projectは随分昔に惹かれた世界です。
現在の世界観に確定した『紅魔郷』が生み出されてから早十余年、それでもなお皆を引き寄せる魅力を持った世界。素晴らしいですね。

今後もボチボチ加筆修正をした物を更新していきますので。
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