東方黒殲鬼   作:弥識

7 / 8
今回はちょっと長めです。
というか前の3作が短かったんですけどね。元は一つですし。

因みに、東方Projectのキャラで一番思い入れのあるのが慧音さんだったりします。
一番最初にプレイしたのが『永夜抄』だったもので。

さて、では4章です。どうぞ。


4章:血雨の邂逅

慧音と『彼』以外の三人と三体がそれぞれの場所に飛ばされたのを確認し、慧音は『彼』に駆け寄った。

 

「おい君、大丈夫か?しっかりしろ!」

 

肩を掴んで軽く揺する。ぬるりとした血の感触は今は無視した。

 

「う……あ……」

 

『彼』が小さく呻いて目を開けた。意識もあるようなので安心する。

 

「良かった、意識もあるんだ―――」

 

改めて『彼』の顔を見て、慧音は言葉が続かなくなる。

理由は簡単、彼の顔に見とれていたからだ。

先程遠目から見たときも『綺麗な顔だ』とは思っていたが、近くで見ると改めて驚いた。

白い肌にはシミ一つなく、鼻筋も通っていて、何よりパーツのバランスも良い。

なんというか、美青年、というよりボーイッシュな美少女、といった感じだ。

そして何より目を引いたのは『彼』の『金色の瞳』である。

意識が朦朧としているのだろう、焦点は合っておらず目に力もないが、それでも引き込まれるような何かが―――

 

「……君は?」

「え!?あ、あぁ、心配する事はない、君の味方だ。此処は危険だ、立てるか?」

 

意識がハッキリしてきたのか、『彼』が声を掛けてきた。

慧音は慌てて思考を切り替えて、彼に此方は敵意がないことを伝え、彼の肩を担ごうとした、その時だった。

 

「っ!?」

 

急に背筋に悪寒を感じた慧音は、反射的に彼を抱えたまま地を蹴り、横に飛ぶ。

と同時に後ろから忍び寄っていた何かが爪を振り下ろし、先程まで二人がいた辺りの地面に突き刺さった。

 

そのまま少し離れた岩の影まで飛び、『彼』を岩肌にもたれかけさせた。

 

「一体何が……?」

「詳しいことは後で話す。とにかく、今はここでじっとしているんだ。良いな?」

 

そう言って、慧音は後ろに立っている新たな脅威に意識を戻した。

 

「ヘェ、ケッコウイイハンノウシテンジャネェカ」

「クソ、まだ居たのか……って、喋った!?」

 

忍び寄っていたのは先ほど居たものと同じタイプの獣人だった。

だが体や爪、牙なども一回り大きく、銀色の毛に覆われている。

そして何より慧音を驚かせたのは、相手が言葉のようなものを発していた事だった。

 

「ア?シャベッタッテソリャモチロ……チョットマテ」

 

何だか掠れた妙な発音で喋っていた獣人が、左手で慧音を制し右手を喉に当て、何度か咳き込んだり「あーあー」などと発声練習をする。

 

「あーあー、テステス、ゲフンゲフン……ふう、しばらく声を出してねぇと発音の仕方を忘れるな」

 

その後発された声はかなり流暢で、彼が知能が高い事が見て取れた。

 

「お前ら喋れたのか……!しかし、他の奴らにそんな様子はなかっだぞ!?」

 

慧音が唸る。そう、先程まで居た獣人達にそれほどの知性は感じられなかった。

 

「あー?そりゃあいつらには必要がねぇからだよ」

「……必要がない?どういうことだ?」

 

獣人から発せられる妙な雰囲気を警戒しつつ、慧音は問う。

 

「あいつらは俺の駒。使い捨ての使いっ走りだ。そんなのに言葉を吐く知恵はいらねぇだろ?まぁ元からねぇんだけどよ」

「な……?彼らはお前の同属だろう!?」

「確かに一応同属だけどな。でもあいつらの方が『劣等種(レッサー)』だ。一緒にされるのは心外だぜ」

「だからって……!」

「俺達の種族には『階級(カースト)』ってもんがある。俺みたいなのは優良種だ。知恵も品もねぇカス共をどう使おうが、外野がヤイヤイ言うんじゃねぇよ」

 

獣人の言葉に、慧音は絶句する。コイツは本気だ。本気でそう思っている。

 

「大体、お前ら人間共も似たような事……って、んん?」

 

獣人は何かに気付いたように鼻をクンクンと鳴らし、その後慧音の体を舐めるように見た後、ニヤリと嗤った。

 

「……何だ?」

 

晒される視線に若干の嫌悪感を感じつつも、慧音は問う。

 

「あんた、普通の女だと思ってたが……他になんか『混じってる』な?獣の臭いがするぜ」

「……分かるのか?」

「あぁ、俺は鼻が利くからな。しっかしそんな綺麗な顔して獣とまぐわうのが趣味ってのは中々どうして……」

 

獣人の口から発せられた言葉に、慧音の顔が朱に染まる。

 

「な……!ふざけるな!」

「冗談だよ。洒落の通じねぇネェちゃんだ……で、何が混じってる?」

 

慧音の反応に苦笑していた獣人だったが、改めて慧音に問う。彼の纏う空気が変わった。

 

「……私も半獣でな。お前達と似たようなものだよ」

「は、おもしれぇ冗談だ。俺達と一緒?その割にゃ随分と人間くせぇじゃねぇか」

「私が獣化するのは満月の夜だけだ。それに私は後天性の獣人。お前達の様な先天性とは……」

「プックク……駄目だ我慢できねぇ!ギャハハハハハwww!!」

 

そこまで言ったところで、獣人が突然笑い出した。

 

「……何だ?何が可笑しい」

「ククッ……何が可笑しいって、あんたが言ってる事がに決まってんだろ?」

「何だと?」

「ククク……俺達が……先天性?んなわけねぇだろwwwつか、満月の夜だけって、ファンタジーじゃねぇんだからwww」

「……何が言いたい」

 

苛立ちを隠すことなく問う慧音。

一方の獣人は、一頻り笑って気が済んだのか、息を落ち着けながら応える。

 

「あー笑った、『笑い』って大事だなぁオイ」

「真面目に応えろ。違うとはどういう事だ」

「かってぇ女だな……言葉の通りさ。俺達もその『後天性』って奴さ。元は人間だぜ?」

「な、しかしお前達は……」

「単純に『成り方』が違ったってだけだろ。あんたはファンタジーかもしれねぇが、俺達はもっとえげつねぇ方法だったってことさ」

「えげつない……?」

 

獣人の言葉に眉を顰める慧音。確かに獣人のなり方は色々あるというが……

 

「さて……んじゃぁ行くか」

「ま、待て!何処に行く!?」

 

そのまま慧音に背を向けて去ろうとする獣人を呼び止める。

 

「あ?メシ喰いに行くに決まってんだろ。俺は腹が減ってんだ」

 

どうもあいつ等やられちまったみたいだしなぁ……まぁいいか、等とぼやきつつ、ふと思い出したように慧音に話しかけた。

 

「そういやぁさっき、あいつ等は品がねぇって話しただろ?」

「……それがどうした」

「メシの好みもそうなんだけどよ、あいつ等腐った肉でも平気で食う訳よ。死体とか」

「それがどう品のなさに影響する?」

「いや、大有りだろ普通。もっと良いもん喰えってんだよ。その点俺は違うわけだ。生きの良い女しか喰わねぇ」

「……そうか」

「しかも若い女が良い。そんで処女がベストだ。最近は一頻り穴を犯してから喰うのがマイブームだな、うん」

「成る程……大した趣味だな」

「何だよノリ悪ぃなぁ。あんただって獣混じってんだ、人間くらい喰うだろ」

「悪いが私には食人衝動はない。そもそも此処では基本的に食人が禁じられている」

「は?なんだよそれワケわかんねぇ……しかし参ったな、その辺の腐れ肉なんか食いたくねぇし……そうだ、あんたの連れ居ただろ、女が何人か」

「……それがどうした?」

「本当は普通の人間が食いてぇんだが……まぁ背に腹はかえらんねぇ。あいつ等のどれか食わせろよ。同属の好だろ?」

「……成る程、安心した」

「あ?」

「いや、話の分かる奴だったら何とか此方で保護しようと思ってたんだが……今ので退治する決心がついた」

「へぇ……退治ってか」

 

 

慧音と獣人の間に濃密な殺気が充満していく。

 

「お前が色々喋ってくれたお陰で、退治する理由が増えたよ……貴様の様な屑なら、本気で殺せる」

「此処に来て最高に笑えねぇ冗談だ。俺を退治する?苦笑通り越して興醒めだ」

「今のうちに笑っておけ。……そのうち笑えなくなる」

「……予定変更だ。あんたを喰った後に此処を出よう。性格は堅物だが、肉は柔らかいと助か――」

 

獣人が言い終わる前に慧音は間合いを詰める。

 

「生憎、私は石頭で有名でな!」

「はっ、そうかい。そいつは残念だ!」

 

獣人が巨大な爪を振り下ろした。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

「なんだよもうグロッキーか?退治するんじゃなかったのかよ」

 

攻撃する慧音をかわしつつ、獣人がこぼす。

 

「まだまだ……これからだ!」

 

慧音の手から放たれた弾幕を避ける為、獣人が大きく跳んで間合いを取った。

 

「んー、なんつうか妙な動き方するなあんた」

「どういう意味だ?」

 

腕を組みつつ首を傾げる獣人に向かって問う。

 

「いや、あんたは良い動きしてるよ。でもなんつうかな、パターン臭い」

「パターン?」

「もっと言えば遊び臭い。いや、あんたが本気で俺と殺りにきてんのは分かる。でもどっかなー」

「……」

 

獣人の指摘に言葉がない慧音。

確かに現在の幻想郷は殺しの戦いは基本ご法度だ。そのための『スペルカードルール(弾幕ごっこ)』でもある。

スペルカードによる勝負はいわば『お遊び』だ。弾幕も『不可避』のものはないし、当たっても大抵は『痛い』ですむ。

慧音は今間違いなく目の前の獣人を退治するつもりでいるが、いつもの癖が出ていないとは言い切れなかった。

 

 

「なーんか飽きてきたな。……終わりにすっか」

 

慧音の攻撃を避けつつ、獣人が攻撃の姿勢を取る。

咄嗟に慧音が警戒するが、獣人は予想外の行動に出た。

 

「あんた人間が大好きだろ?」

「あぁそうだ、それがどうした!?」

 

攻撃の手を休めることなく、慧音が答える。

 

「いや、なんとなく思っただけだ。深い意味はねぇし、それが悪いとは言わねぇよ。ただ……」

 

そういって慧音に向かって獣人が何かを投げつける。

 

「目眩ましか!そんなもの……!?」

 

飛んで来た物を打ち落とそうと手をかざし、『目眩まし』がなんだったのかに気付き言葉を失う。

 

 

 

獣人が投げつけてきたのは先程手下の獣人が襲っていた『女性の死体』だった。

 

 

 

醜く崩れた女性の顔と目が合ってしまった慧音は、つい一瞬動きが止まってしまう。

 

 

 

 

 

 

「そーいう甘さは、殺し合いの場じゃ致命的だぜ?」

 

 

死角から肉薄した獣人の太い腕が、慧音の側頭部を襲った。

 

「っくあ……!」

 

咄嗟に右腕でガードするが、衝撃を殺しきれる筈もない。

数メートル吹き飛ばされ、そのまま木に激突した。

 

「がっ……!」

 

背中に衝撃がはしり、体内の空気が強制的に吐き出される。

 

「くっそ……!」

 

咄嗟に立ち上がろうとするが、背中と頭を強く打ったせいか意識と思考が上手く繋がらない。

更にガードした際に痛めたのだろう。右腕が痺れて動かなかった。

 

「さぁて、これで仕舞いだ!」

 

獣人が爪を構えて突っ込んでくる。

 

『まずい……このままじゃ……!』

 

足に力が入らない。避けるのは不可能。防御しようにも、腕一本ではどうにもならない。

いや、それが狙いか。四肢を使い物に成らなくしてからゆっくり愉しむ。……どの道拙い。

 

「心配すんな、まだ殺しゃしねぇからよ!」

 

慧音の思考を読んだように、獣人が言う。その顔は嗜虐心に歪んでいた。

獣人の爪が、慧音に振り下ろされる。

 

『クソ、此処までか……!』

 

慧音は咄嗟に目を瞑り、襲ってくるであろう痛みに備えた。

 

 

 

ザシュゥ!!

無縁塚に、肉を切り裂く音が響く。

 

―――パタタッ

 

慧音の顔に血らしきモノがかかった。

 

「…………?」

 

しかし、肝心の痛みと衝撃が襲って来ない。四肢の感触もまだある…では顔にかかったコレは何だ?

 

「…なんだテメェ」

 

獣人の声がする。慧音が目を開けると、そこには信じられない光景があった。

 

「なっ!君は!どうして此処に!」

「………」

 

 

慧音の前に立っていたのは、金色の瞳をした青年だった。

 

 

 

 

 

 

「もっかい聞くぞ。なんだテメェ」

 

そう呟きつつも、獣人の心中には別の感情が宿っていた。

女の四肢を潰そうと右爪を振り下ろしたところに、青年は間に割って入って来た。

 

問題はその動きだ。とんでもなく『速かった』。目の前に居たはずの自分が全く目で追えない程。

 

そして青年はそのままおもむろに左腕を上げ、獣人の爪を受け止めた。青年の腕に爪が食い込み、血が滴る。

 

……そう、『受け止めて』見せたのだ。

先程言ったとおり、自分は女の四肢を潰そうとしていたのだ。

つまり、『それなりの力』を込めて爪を振った。

 

それを目の前の男は『片手』で『受け止めて』みせた。

……自分の力はそんなに安かったか?いや、そんなはずは……しかしそうすると、コイツは一体……!?

内心の動揺を悟られないようにしつつ口を開く。

 

「誰だが知らねぇが、今から食事の時間だ。じゃなすんな……ら?」

 

容赦しねぇぞ、と続けようとして、獣人の言葉が詰まる。

それまで俯いていた青年が顔を上げたからだ。

そして青年と目があった瞬間――――

 

 

獣人の体に戦慄が走った。

 

 

「なっ!?んだテメェ!?」

 

思わず怒鳴った。マジで何モンだこいつ!?

見た目はどう見ても強そうに見えない優男だ。はっきり言って後ろに居る女の方が余程強そうに見える。

だがこの感覚は何だ?自分の中の何かが、大音量で警報を鳴らしている!

 

『何がいけない!?何に俺はビビッてる!?』

 

そう思って改めて青年の顔を見て気付く。そして自分が何を恐れていたのか理解した。

 

『紅い……瞳……だと?』

 

青年の瞳が深紅に染まっていた。

おかしい、先程自分と女の間に割り入って来た時には金色だったはずだ。

その時点で既に『あぁ、普通の人間じゃねぇな』とは思っていた。

だが今の奴の瞳は明らかに異質の『何か』を宿している。

 

『何なんだコイツ!?なんか良くわかんねぇけどヤバい!』

 

何故だかわからないが、自身が恐怖を抱いているのがわかる。

それも生半可なものではない。本能のさらに奥、圧倒的な『原初』の恐怖。

足が竦む。嫌な汗が止まらない。……一度引くべきなんじゃないのか?

そう思って腕を引こうとした瞬間、青年が動いた。

 

 

 

「なっ!君は!どうして此処に!」

 

慧音は目の前の光景に自身の目を疑った。

 

件の青年が自分と獣人の間に割り込み、その爪を自身の左腕で受け止めてみせたのだ。

岩をも砕く凶爪が腕の肉に食い込み、血が滴る。慧音が先程自分にかかった液体の正体を悟った。

青年は慧音に背を向けているので表情を伺う事は出来ない。

自分を庇っての行動だという事は理解できた。しかし、何故だ?

慧音と青年は勿論初対面だ。そもそも先程まで彼女を始めとした四人は、成り行き次第では彼を見捨てる可能性すらあったというのに。

 

半分混乱しかけた頭でふと改めて彼の背を見る。先程は思考の隅に追いやっていたが、やはり彼の背は血で真っ赤だ。

 

『色々考えるのは後だ。とにかく今は退いて彼の手当てを…!』

 

声をかけようと伸ばした慧音の手が青年の背中に触れようとした瞬間、先程から何かを言っていた獣人が突然狼狽えだした。

 

「なっ!?んだテメェ!?」

 

見ると先程まで俯いていた青年が顔を上げ、獣人と目が合ったのがわかる。だが奴の狼狽えようはなんだ?

改めて獣人の様子を伺うと、先程まで纏っていたふてぶてしさが嘘のように消えている。

その目に映る感情は『驚愕』と…『恐怖』?

 

確かに青年の乱入には慧音も驚いた。

獣人の爪の一撃を片手で防いで見せたのも驚愕に値する。

しかし、獣人のこの怯え様は何だ?何をそんなに恐れている?

 

そして何に気圧されたのか獣人が一歩引こうとした瞬間。青年が動いた。

 

 

 

左腕は獣人の爪を受け止めたまま、青年は前へ踏み込む。

一方の獣人はその動きの『自然さ』に対応できず、そのままスルリと懐に入り込まれた。

 

「なっ……!」

 

慌てて獣人が更に引こうとするが、青年の動きの方が速かった。

それまでだらりと下がっていた右腕を腰に構え、指を揃えたまま前に突き出す。所謂『四本抜き手』といわれる技だ。

突き出された掌は吸い込まれるように獣人に迫り、そのまま獣人の胸に『突き刺さった』。

 

「がっ…ぁ…!ごふっ……!」

 

獣人は突然胸に走った衝撃に声も出せず、続けて大量の血を口から吐き出す。

青年の腕は深々と突き刺さり、間違いなく獣人の急所を抉っていた。

青年は更に腕を押し込もうと前進した時、獣人が吼えた。

 

「なっ……めんなよコラァ!!」

 

そして青年の右腕と頭を掴み、そのまま青年に噛み付いた。

獣人の鋭い牙が青年の肩に襲い掛かり、深々と喰い込む。

 

「あぁっ!!」

 

思わず叫んだのはその様子を後ろで見ているしかなかった慧音だった。

青年も獣人の顎を掴んで引き剥がそうとしているが、強靭な噛力の前には無意味に思える。

援護しようと足を踏み出すも、未だに力が入らずそのまま膝を付いてしまう。

 

ミシミシ、と骨が軋む様な音が聞こえる。このままでは彼は獣人に食いちぎられてしまうだろう。

 

「あぁ、やめろ……やめてくれ!」

 

慧音は思わず叫ぶ。

私のせいだ。自分が非情に徹しれなかったから彼はこんな目にあっている。

それを助けたくても、今の自分にはこうして叫ぶ事しか出来ない。

 

ゴギリ!!

 

骨が砕けるような音が響き、慧音は思わず目を瞑る。

しかし、その後に響いてきたのは―――

 

 

「ギャアァァァ!!!」

 

 

何と獣人の叫び声だった。

 

 

「え……?」

 

恐る恐る目を開いた。其処にいた青年は変わらず立っている。対して獣人は顔を抑えて蹲っていた。

獣人の抑えた手からは夥しい量の血が滴っている。

 

よく見ると、手の下にある獣人の顎が原型を留めていないほど潰れていた。

 

「なっ……じゃぁ、さっきの音は!?」

 

青年が噛み付かれていたときにしていた骨が軋むような音。

その後に響いた骨を砕くような音。

そういえば青年は先程顎を掴んでいた。そして顎が潰れた獣人。

 

『まさか、握り潰したのか!?あの獣人の顎を!?』

 

獣人の顎を握り潰す程度の握力……余程の大妖怪、それこそ鬼でもない限り出来ない芸当だ。

 

『それを易々と……彼は一体?』

 

慧音の驚愕を他所に、青年は一歩獣人に歩み寄る。

 

「ひっ……!」

 

対する獣人はよく分からない悲鳴を上げた。顎が潰れて上手く喋れないのだろう。それに完全に戦意を喪失している。

怯える獣人を他所に、青年は右手を胸の前で構える。

 

「終わりだ」

 

そうい呟いて手刀一閃。獣人の首を刎ね飛ばした。

切り口から血飛沫が上がり、周囲を紅く染める。

首はそのまま近くの地面に転がり、首から下は何回か痙攣しながら一頻り血を噴き出した後、どさりと倒れた。

 

「…………」

 

慧音はその場にへたり込み、惚けた様にそれを見つめていた。

『血の雨が降る』という表現は確かに存在する。

しかし、実際に『血の雨』を降らせる光景など、彼女は見たことがなかった。

その光景を生み出した張本人は、その血の雨を全身で浴びながら佇んでいる。

本来なら凄惨なその光景だが、慧音はそこに何処か神聖な、ある種の美しさのようなものを感じていた。

――もしかしたら青年は、この光景が肯定される世界で生きていたのではないか。

慧音はぼんやりそんな事を考えていた。

 

 

「カ…………」

 

その時、奇妙な音が耳に入り、慧音は正気に戻る。

音のする方へ目を向けると、先程刎ね飛ばされた獣人の首が小さく痙攣していた。

さすが妖怪、未だに、息があるようだ。

 

「………」

「あ、おい……」

 

それを見た青年が獣人の首に近づく。

暫らくその生首を見ていたが、徐に脚を振り上げ―――

 

 

 

―――グシャァァ!

 

 

首を一息に踏み潰した。

獣人の頭蓋骨に収められていた諸々のモノが辺りに飛び散る。

 

「………」

 

不意に、青年が此方に振り向いた。そして慧音と目が合う。

 

「「………」」

 

暫く見詰め合う様な形になったが、お互いに言葉は発しない。

『彼』の目が金色から深紅に変わっているのに気付いたが、慧音は然程驚きはしなかった。

というか、驚きの連続で脳が麻痺しているだけかもしれないが。

 

「あ……ありがとう、お陰でたす……」

 

ようやく思考が戻ってきた慧音が言葉を発した途端、青年が崩れ落ちるように倒れた。

 

「あ……おい」

「慧音君!無事か!?」

 

倒れた青年に声を掛けようとしたところで、ナズーリン達三人が駆けつけてきた。

 

「コレはまた……派手にやったもんだねぇ」

「大丈夫ですか!?慧音さん!」

 

あたり一面真っ赤になっているのを見てあきれたように呟く小町。

妖夢は慧音に駆け寄り、懐から取り出した布を慧音の頭に当てる。

そこから走る鈍痛に、慧音はようやく先程獣人に頭を殴られていた事を思い出した。どうやら出血もしているようだ。

暫くして、改めて周囲を警戒していたナズーリンが戻ってきた。

 

「よし、もう奴等はいない様だ。……慧音君、大丈夫か?」

 

未だに半ば呆然としている慧音を気遣う。

いくら神獣である白澤をその身に宿しているとはいえ、獣人化していないときの慧音は普通の人間と大差ない。

頭部を打っているし、このある意味惨状とも言える状況を見て、心配になったのだろう。

 

「いや、これは私じゃなくて彼が……って、そうだ!彼は!?」

 

今まで半ば霞んでいた思考が一気にクリアになる。そうだ、『彼』はどうなった?

 

「急いで彼の手当てを……痛っ!!」

 

咄嗟に立ち上がったせいか、頭と腕に激しい痛みが慧音を襲い、思わずよろける。

 

「わわっ大丈夫ですか?」

 

妖夢が慌てて慧音を支えて肩を貸す。

 

「ありがとう、妖夢……ちょっとよろけただけだ。それより今は彼を」

 

痛みのお陰か、頭が冷えてようやく思考がクリアになった。

それでもやはり体が上手く動かないので、妖夢に肩を借りながら『彼』に近づく。

 

「これを……コイツが?本当かい?」

 

後ろで周りを見渡していた小町が呟く。目の前に広がる光景は文字通り血の海だ。

倒れている獣人は自分達が相手した奴等より一回りでかい。

そして刎ね飛ばされた首は、最早原型を留めていない程激しく潰れていた。

ハッキリ言って、並の妖怪の芸当ではない。

 

「あぁそうだ、彼がやった。彼がいなかったら、私もどうなっていたかわからない」

 

倒れた青年の傍に座り、脈や呼吸を確かめる。どうやら息はあるようだ。

 

「成程……それでどうするんだい?」

 

もう此処にいる理由はないが……とナズーリンが慧音に問う。

 

「勿論、助ける。恩人だ。放って置けない」

 

ナズーリンの言葉に応えながら、近くにあった布を青年の傷に巻付ける。

此処では簡単な応急処置しか出来ないが、やらないよりはマシだ。

 

「それでは人里に……?その、大丈夫ですか?」

 

おずおずと妖夢が問う。確かに、得体の知れない存在を『人里の守護者』たる慧音が引き込むのは色々と問題があるのではないか?

 

「判っている。治療をするだけだ。里長には私から話をしよう」

「了解だ。先生も軽傷じゃないし、あたいの力で一気に行こう」

「私は少し残るよ。もう少し情報を集めたい。妖夢君、小町君、二人を頼む」

 

小町の提案に頷きながら、ナズーリンが三人に声を掛ける。

 

「あいよ、まかしとき」

「了解です。ナズーリンさんも気をつけて」

「……分かりました。お願いします」

 

さて、んじゃ行くよ、といって小町が能力を発動し、ナズーリン以外の四人が目の前から消えた。

 

 

 

 

「さてと……そろそろ出てきても良いんじゃないかい?」

 

ロッドを担ぎつつ、ナズーリンがポツリと呟く。

 

すると、ナズーリンの立っている位置の少し後ろ、何もなかった空間に、小さな亀裂が入った。

先程の空間の亀裂と違うところは、端をリボンで結んである事、そして亀裂の中に夥しい数の『目』がある事だ。

そう、『スキマ』である。そしてそれを生み出せるのは幻想卿広しと言えど一人しかいない。

 

「あら、気付いてらしたんですか。いつからですの?」

 

幻想卿の賢者、八雲紫である。

 

「確信したのは三匹を斃してダウジングをし直した辺りかな。まぁ、式君が来た辺りからそうかな、とは思っていたが」

 

スキマから発せられる気配に辟易しつつ、背を向けたまま応える。

 

 

そう、最初から引っかかっていたのだ。

所謂『異変解決組』の有能さは『身をもって』知っている。

彼女等は縦横無尽に幻想卿を駆け回り、異変を解決してきた。一晩で異変を解決した事もあると聞いている。

霊夢や魔理沙だけではない。最近は山の巫女も台頭してきているし、森の人形遣いや紅魔館のメイドも優秀だ。

そう、『人手が足らない』なんてことはそうそうありえないのだ。

緊急性を前に出されてうやむやになっていたが、どうも『仕込まれた』感がしていたのだ。

 

 

「……成程、流石は『賢将』と言った所かしら?」

「お褒めを頂いても胡散臭くて嬉しくもなんともないな。ところで―――」

 

振り向きながら訊ねた。

 

「――小物相手じゃ、顔を見せる気にもならないのかい?」

 

そう、ナズーリンの視線の先にあったのは小さなスキマ『だけ』である。

それを生み出した紫自身は見当たらない。

まぁ、あの胡散臭い笑顔を見ないで済むのはそれはそれで有難い。

 

「…申し訳ありません。いま少し手が離せないもので」

 

珍しい、素直な謝罪が返ってきた。余程切羽詰っているのだろうか。

今回に関しての非礼は水に流してよさそうだ。今回だけだが。

 

「…まぁ良いさ。それで、ご多忙な賢者殿はどうなさるおつもりで?」

 

ロッドを肩にかけながらナズーリンが問う。

 

「一先ずは獣人の遺体を回収させて頂きます。少し調べたい事がありますので」

 

そう言うと、視界の端で転がっていた獣人の死体の下にスキマが生まれ、死体を飲み込む。恐らく他の獣人も回収しているのだろう。

 

「こっちはこっちで調べて良いのかい?」

「えぇ、かまいませんわ。出来れば後で報告していただけると嬉しいですわね」

 

上手く丸め込まれて返されるかも思っていたが、予想以上に色好い返事が待っていた。

 

「では、これで。後はお任せします」

 

そう言って、目の前にあったスキマも消え、続いて気配も消えた。

 

「…なんか調子狂うなぁ」

 

耳の後ろ辺りをガシガシとかきながらナズーリンは呟く。どうも今夜の賢者様は本調子ではないようだ。

いや、それすらも演技か。既にめぼしいものは回収されているかもしれない。

実際、色々聞こうと思っていたがさっさと退散されてしまった。結局何も分からない。

 

「まぁ、考えても仕方ないか」

 

気分を切り替える。どの道、隠れてた紫と話すのが目的だったので、此処に長居するつもりもない。

 

「さて、適当にさらって帰るか…ん?」

 

ナズーリンの立っている位置から少し離れた木の下。根元の辺りに何かが落ちている。

 

「これは…『彼』の物か?」

 

駆け寄って拾い上げたものはぺらぺらとした帯のようなもの。幅は2センチほど、長さは10センチもない。

おそらく彼の腕に巻きついていた物だろう。先程の獣人との戦闘で取れたのか?

つまんで目の位置まで掲げる。よく見ると、何か文字が書いてあるようだ。

残念ながら見た事のない文字なので解読は出来ない。しかし―――

 

 

「取り敢えず『賢者さま』に報告する事が出来た……かな?」

 

 

賢将の呟きは、誰に聞かれることもなく空気に溶けた。




次回はちょっとした幕間が入ります。
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