○地獄:是非曲直庁―――
「ふいー、ただ今戻りましたーっと」
無縁塚の調査を終えた小町が是非曲直庁に着くと、庁内職員の死神が声を掛けてきた。
「お疲れ様です、小町さん。お疲れのところ申し訳ないんですが、閻魔様からの言伝です」
「へ?四季様から?」
「はい、『帰宅次第、私の執務室に来ること』だそうです」
「…うへぇい」
「そんな顔なさらずに。では、確かに伝えましたよ」
小町のあからさまに嫌そうな顔に苦笑しつつ、事務の死神がその場を後にする。
それを横目に、小町は改めて一つため息をついた。
まったく、帰ってさっさと休もうと思ってたのに…
仕事熱心な上司を持つと困ったものだ。と苦笑する。
さて、あまり彼女を待たせると、確実に小言が増える事になるので、早いところ向かうとしよう。
大鎌を担ぎなおしつつ、小町は上司である『楽園の最高裁判長』、四季映姫・ヤマザナドゥの執務室に向かった。
○是非曲直庁:閻魔執務室―――
コンコン―――おや?
小町がいつものようにドアを控えめにノックしたが、どうも返事がない。
ドアには『在室中』と、可愛らしい文字で書かれたドアプレート(※どうも我が上司の趣味らしい)がぶら下がっているので、居ない筈はないのだが……
「失礼しまーす……?小野塚小町、ただ今戻りましたー」
小町がドアノブに手をかけると、鍵もなく開いたので、少しだけ開いて、中の様子を伺う。
思った通り、扉の向こうから上司の声が聞こえてきた。どうやら、どこかと連絡を取っているようだ。
「…えぇ、はい、では、そのように、はい…はい。では……さて、小町。もう入ってきても良いですよ」
「え、あ、はい、失礼します……」
そのまま四季映姫のいるデスクの前に立つ。
「本来は私が『良い』というまでは外で待って置くべきですが…まぁ良いでしょう」
四季英姫が改めて、机の上で手を組む。
「小町、今回の無縁塚の調査について、報告を」
「えぇ、それは構わないんですが……その前に一つ質問が」
「許します」
「本来ならば後日きちんとした書面で報告する所を『迅速に』かつ『口頭で』報告する……というのは、『そういう』事だと受け取っていいんですか?」
「はい、今回の調査は私の『独断』で行ったものです。報告はこの場のみ。誰かに聞かれることもなければ、『記録』されることもありません」
所謂『極秘』ということだ。まぁ、非番だった自分を急に招集した時点で『そうだろうな』とは思っていたが。
「四季様にしては随分珍しい事をしましたね……よろしいんですか?」
小町が意外そうに呟く。
彼女の上司、四季映姫は『白黒はっきりつける程度の能力』を持っている。
つまり絶対的な善悪の基準を自身の中に持っており、今回の事のような所謂『グレーゾーン』である行動はとらないと思っていた。
「……貴女は少し私を誤解しています」
四季映姫は穏やかに否定する。
「私の能力はあくまで『他人に価値観の干渉を受ける事がなく、自身も決して迷う事がない』というだけの事。必要と在らば、このような選択もしますよ」
「つまり今回はそれが必要であったと?」
小町の問いに頷く。
「えぇ、今回に関しては。さて、では報告をお願いします」
「成程……そう言うことでしたか。お疲れ様です、小町」
一通り小町の報告を聞いた後、四季映姫は彼女に労いの言葉を掛ける。
「いえいえ、このぐらいは」
「……普段もこの位真面目にやってくれると助かるのですが」
「あ、あははははは……」
苦笑いする部下を見てため息を一つ。全く、癖のある部下を持つと苦労する。
「……しかし、空間の亀裂から現れた謎の存在ですか。これは本人にも色々事情を聞く必要がありそうですね」
尤も、かなりの重症で人里に運び込まれたようだし、暫くすれば勝手に『此方側』にやってくる気も……と呟いたところで、小町が応える。
「あー、その点なんですが……恐らく彼は無事かと」
「無事?獣人との戦闘で重傷を負ったのでしょう?」
小町の報告を聞く限り、お世辞にも軽傷とは言えない筈だ。
「はい、重傷を負いました。ですが、あの程度で『此方側に来る』事はないと思います」
「……寿命を見たと言う訳ですね?そして彼の寿命はまだあったと」
小町たち死神には、種族の特徴として相手の寿命を見ることが出来る『死神の目』を持っている。
四季映姫の問いに小町は頷く。
「はい、流石に死神の私が人里にいつまでも居る訳にはいかないので、軽く寿命だけ見てさっさと退散したんですが……見えませんでした」
「……寿命が見えないなんて、ありえるのですか?」
「普通はありえませんが、こと幻想郷においては良くあるんです」
『死神の目』は『何時まで生きられるか』を数値として認識するものだ。
つまり亡霊や僵尸(キョンシー)、尸解仙のように『既に一度死んでいる者』の寿命は基本的に見えない。
また強力な妖怪や魔法使いなど、不老に近い命を持っている者も数値が莫大になり、寿命がしっかりと見えない事も多い。
そもそも此処には完全なる『不老不死』の能力者も居るのだ。小町にとって、然程珍しい事ではない。
「つまり……彼は幻想郷にいる上位妖怪、もしくは特殊能力者に並ぶ力を持っている可能性がある、と?」
「可能性として、ですが。只、里の守護者が手こずった獣人を瞬殺したそうですし、恐らく間違いないかと」
小町の言葉に、四季映姫は眉間に手をあて、小さくため息を吐く。
「また何か一悶着起きそうな気がしますね……」
「一つで済めば良いんですけどねぇ」
「……否定する材料がないのが辛いところです」
まったく、いくら幻想郷が『あらゆる物を受け入れる』場所とはいえ、少々問題が起き過ぎではないのか?
此処の担当閻魔である自分の身にもなってほしい。
「ともかく、『彼』の意識が戻り次第、幾つか事情を聞きたいですね。小町、次の非番は?」
「え!?私も同行するんですか?」
「当然です。私は『彼』の顔も名前も知らないんですから」
「きゅ、休暇が消えていく……」
「暇さえ在れば(下手すれば無くとも)サボってるんです。自業自得ですよ」
「……うへぇい」
などど話していた時、執務室のドアがノックされる。
「はい、どうしました?」
「四季映姫さま、お客様です」
「……来客?」
四季映姫が応えると、外から事務職の死神の声が聞こえてくる。
「はい、『八雲の使い』だそうです」
「……分かりました、通しなさい」
はい、失礼します……と、外に居た死神の気配が遠ざかっていく。恐らく外で待たせている使いを呼びに行ったのだろう。
「早速『一悶着』ですか?」
小町のからかいに目を顰めつつ、四季映姫は応える。
「……今回に限っては事前に連絡がありました。まぁ『悶着』を持ち込んできたのは確かですけど」
四季映姫の言葉を聞いて、小町は先程のやり取りを思い出す。
そういえば、彼女はどこかと連絡を取っているようだった。あの時の相手が八雲だったのだろう。
「えっと、席を外しますか?」
「貴女は此処にいて問題ありません。むしろ今回の調査の件も絡んでますから、居た方が都合が良いです」
「……私今日非番なんですけど」
「そうですか、奇遇ですね。私も先日、どこぞのサボり魔がやらかした御蔭で休日出勤したところです」
「はい、喜んで残らせて頂きます」
「素直でよろしい」
そこまで続けたところで、再び執務室のドアがノックされる。
「失礼します。四季映姫さま、お連れ致しました」
「ありがとう。入ってください」
「……失礼する」
入って来たのは八雲紫の式、八雲藍だ。
「早速ですが紫様からの伝言です。『幻想郷を守るため、力を貸して欲しい』と」
その言葉を聞いて、小町は小さく口笛を吹き、四季英姫は内心眉を顰める。
『……どうやら今回も一悶着どころでは済まなさそうだ』
楽園の最高裁判長は、これから起こるであろう『悶着』に、本日何度目かのため息をついた。
一先ず、キリが良いこの辺で。
次回更新が何時になるかは分かりませんが、気長にお待ちください。