しかし、なんだかよく分からない神によって異世界へ転生させられた
楽しく冒険をして、そこそこ充実した人生を送り、そして終わった
その後、再び俺は元の世界に戻されたんだが……
のわっ!
最後のセリフはそんなものだった。
もっとカッコいいものだったら良かったんだが、急な事故なんだから仕方がない。俺はタバコでも吸おうとアパートのベランダに出て、手すりに寄りかかった瞬間、それがぺしっと折れたんだ。細い上にだいぶ老朽化していたらしい。俺は三階の高さから絵に描いたように落ちていき、駐車場の硬いコンクリートへ激突する。
それで死んだらしい。
自分が死んだなんて言えるのはおかしい?
いやいや、死んだのは本当なんだ。
なぜなら俺は今、この世ではない場所にいるからだ。辺りに真っ白いもやがかかり、他には何も見えず、上も下も分からない世界に。
「ワシは神じゃ」
「神なんだ」
「…… ワシは凄く偉いんじゃ」
「凄く偉いんだ」
「もっと驚かんかい!」
なんだかよく分からない爺さんが話しかけてきた。自称神らしい。
しかしながら俺の反応が薄かったのは仕方がない。
俺は昔から世の中に対して冷淡というか諦めの気持ちを持っている。
それまでの人生、別に酷いものじゃなかった。家も金持ちではなかったが底辺でもなく、少ないとはいえ友達もいたし、体も一応健康だ。就職もなんとかできた。
ただし…… 何というか、どうせ先が見えている感が拭えなかったのだ。自分も世の中も出来レース、収まるところに収まるだけの話、意味が感じられない。そう思うタイプの人間も、世の中には少なくないだろう。
俺は特にそういう人間だった。
安アパートに住む三流企業サラリーマン、それ以上でもなくそれ以下でもない。そんな平凡が似合う。
だから自分が死んだのを知っても感慨が沸いてこない。
「どうやら適任らしいの。お主で良かったというべきか」
「俺が、適任?」
その自称神が言うには、俺は元々事故で死ぬ運命ではなかったようなのだ。ちょっとややこしいが、俺が事故で死んでしまったのが神にとって事故だった。
そこで、詫びとして俺に特典をつけて異世界へ送ってくれる話になった!
この俺がまさかの勇者として降り立つ、そんな話だ。
なんでもその異世界は今バランスを失い、崩壊の危機にあるらしい。魔族の力が強くなり過ぎてしまった結果、人間族、竜族、エルフやドワーフが滅亡しそうなのだ。そうしたところへきちんとした秩序を回復する、それが特典をもらった勇者になる引き換えに与えられた役割である。
神が勇者として適任といったのは、我が強かったり、善人過ぎても悪人過ぎても上手く役割をこなせないものらしい。勇者は熱血でない方が間違った方向へ行かない。
確かにその通りだと俺も思う。
思い込みでやたらめったら行動したら、それこそ無駄な犠牲が多くなるのではないか。
「本間甲斐よ、もしもうまく勇者をこなしたら上位神に頼んで元の世界へ戻してやらんこともない。では行ってくるのじゃ!」
「え!? いや未練はないから特に戻さなくてもいいぞ」
最後まで言い切らないうちに送られた。しかしまあ、あの爺さんは割と下っ端の神だったのか? どうでもいいけど。
ともあれ仕方ない。俺はこれから異世界ライフとやらを送る。
始まりは人間の王国からだった。
俺は何冊ものラノベで予習していたから割とスムースに行けたと思う。
冒険者ギルドを探して登録し、Fランク冒険者から始まる。そして俺は勇者チートを持っているためレベルアップが早く、ランクも順調に上に昇っていく。
仕事も薬草採取からダンジョン捜索に変え、魔物退治で更に腕を磨く。
やがてSランクになりキマイラやワイバーンを倒せるほどの実力がついてくると周りも一目置くようになる。定番イベントである「あれ、俺何かやらかしちゃました?」も恥ずかしいけどやってしまった。
ここから一般冒険者ではなく勇者としての旅を始める。
そうそう、俺は一人ではなく、旅の途中で仲間を迎え入れてパーティーを結成したんだ。
ある時スリを捕まえたんだが、その悪事には事情があり、スラムにある孤児院の経営を助けるためやむを得ずやっていることだった。可哀想に思って赦してやると懐かれて仲間になった。しかもそのスリが少年ではなく実は少女、しかも猫獣人だったのには驚いた。
偶然にも盗賊から第二王女を救い出したことがあったが、その王女が姫騎士適性を持つことが分かり、丁重にパーティーの仲間に迎え入れた。
他にも武闘会で知り合った気のいいマッチョ、生き別れの妹を探してる皮肉屋の剣士、魔法よりも弓の得意な巫女崩れ、村で虐められあやうく売られそうになってたハーフエルフの子、それらもみんな仲間に入れ結局七人のパーティーになっている。
諸国を巡り、邪教集団を平定したり竜族と友誼を結んだりしたのはおまけのことだ。
魔族との激闘が課せられた任務である。
王国騎士団の支援を受けながら魔族四天王をまず斃す。物理攻撃もキツかったが無限再生のスケルトン相手もかなりキツかった。精神攻撃はそれ以上に大変だった。
しかし何とかやり遂げた!
魔王との最終決戦、空間魔法というほとんど反則技を使われてしまったが、そこはパーティーの絆で乗り切り、最後は勝つことができた。
ただし魔王を殺してはいない。
その魔王とは魔族の将来のために一生懸命なだけの純粋な少年だったのだ。そこで俺は魔族と不可侵条約を結んで和解することを考えた。
そこからは戦いよりもいっそう難しい政争というものになる。
頑迷な王を説得し、魔族を蔑む保守派貴族を失墜させ、魔族との和約を有効にする必要がある。俺は第二王女と結婚しながらも王位継承権を破棄するという技を使って周囲を納得させた。
数々の功績により、俺は侯爵という上級爵位と幾ばくかの領地を貰っている。
仲間たちと共に領地に引っ込んでから、ひたすらこの土地の発展のために尽くした。
元々この世界が中世風なのは、時代がそうだということではない。つまり文明の過渡期なのではない。
もっと重大な理由があったんだ。
それは地下資源というものが無いからだった。
石炭もなく、ガラスや土器さえも貴重だ。それらはあまりに高価で庶民の手に入らない。最も困るのはほぼ金属が産出しないことだろう。ちょっと出来がいいだけの鉄剣が国家級の宝剣になってるんだから、他は推して知るべしだ。武器も、生活用品も、たいがい木か石ばかりである。
しかしまあ、金属がないということが、物凄い違いになる。
電気が使えないのは当たり前、そもそも農機や工具もないのだから文明程度が頭打ちになるのは仕方がない。切断が難しいため薄い板が作れず、大きな船もできない。そもそも釘がないから無理がある。
荷馬車すら存在しない。なぜなら軸受けが木では摩擦が大きく、力をかけられないのだ。結果、食料を含めた物資の輸送力がとても弱いため、街ができたとしてもその大きさには限界がある。政治が王と領主を戴く封建制であるのも遅れているからではなく、この条件では小回りが利いて統治に合理的だからだろう。つまりはあらゆる面に影響が及んでいる。
ただし銃器類が存在できないことだけは皆にとって幸せだったのか。
面白いことにその代償なのかもしれないが、この世界では数学や法学、簿記といった学問はけっこう発達している。元の世界よりもひょっとして上かもしれない。
音楽なんかの芸術もそうだ。
そこで俺は、元の世界の知識から適用できそうなものだけを選び、実践した。病原微生物の知識は顕微鏡がなければ見つけられやしないのだから、この世界では大いに革新的だ。高性能の水車や品種改良といった知識も役立つ。
むしろ俺はそんなことをやってる方が戦いの冒険より楽しかった。
こうして俺は充実した人生を過ごし、満足しながら終わりを迎えた。
「ん? 生きてる。あの神、やっぱり戻したんだなあ」
俺は嘆息しながら病院のベッドで目を覚ました。
ここは俺が元いた世界に違いない。
ベランダから落ちた時に戻され、大怪我はしたが九死に一生を得たことにされたんだろうな。
余計なことを、と思わなくもない。もう人生は充分だ。
しかし俺はかの異世界で人生を一生分過ごして人間が丸くなったのか、さほど腹を立てずに受け入れる。
それからの俺は、平凡なサラリーマンというところから少し外れた。
ちょっとした有名人ということになり、並みよりマシな暮らしを送ることができている。
俺があの異世界の冒険譚を小説に書いたら、そこそこ売れたからだ。
筆力はともかく、描写の端々にキラリとリアリティが光るということでファンが付いた。実体験を元にしているのだから当たり前かもしれない。何冊か書いたのだが、どれもが一定数売れている。
おまけにゲーム化したらもっとヒットした。
それには俺自身が音楽を付けていたという理由も大きく、高い評価をもらった。もちろん俺にそんな音楽の才能があるはずはない。元にしたのはあの第二王女が口ずさんでいた多くの歌だ。
それらの心に残る美しいメロディーは、俺が本当に異世界へ行ってきたということの数少ない証拠でもある。
ただ俺は最近になって気付いた。
テレビを付けると、国会中継なんかが映る時がある。それを見てるとなんかダブるのだ。
あれ、異世界の王宮にいた貴族たちと一緒だよな?
生まれ持っての家柄というやつで、貴族という立場になり、平民の上に君臨していた連中だ。むろんそれを当たり前と感じる横柄な人間が多かった。まあ少しくらいは貴族としての責務を感じている誠実な者もいた。人それぞれだ。俺は全員を知ってるわけじゃないからそれ以上のコメントはしない。
ただ言いたいのは、この世界の二世議員たちもまるっきり同じなんじゃないか? その家に生まれたから、すとんと地位に納まっているという意味では。
それとドラマや映画で売れっ子の女優がいる。
異世界で言えば魅了のスキル持ちに似てる。もちろん女優になるためには厳しいトレーニングも必要だろうし、ただの美人というだけではなれないと俺にも分かる。だがそれでも美人だからこそ努力の報酬が得られたという側面はある。魅了のスキル持ちとそれほど違わないのではないか。
他にも、家柄、財産、才能といった生まれ持ってのことで決まる運命は数多くある。
ここまで俺の話を聞いてくれてありがとう。
この世に何人いるのか分からない、異世界帰りのつまらない男の話だったな。
本当にとりとめがなくて申し訳ないが、言いたいことが少しは伝わっただろうか。
要するにこの世界も異世界も同じなんだ。
表面上は違っても、人間の世界である限り中身はあんまり変わらない。
幾つもの矛盾があり、どうしようもない面もある。それでも人々は生きている。
どの世界でも変わらないなら、現実逃避しても仕方がない。与えられたものが少ないからといって泣いても意味がない。
わずかなものに満足し、覚悟を持って生きていくしかないじゃないか。
俺のようにチートで異世界を生きた者が言うのもなんだが、つまりはそういうことだ。