あの日から1年、とあるしもべは各地を巡る。

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ハジマッタンパークにて

告知

以下施設を、4月いっぱいで閉鎖とする。

〇バンドヤルパーク

〇キョックフェラーセンター

〇ワルワルトレーラーセンター

 

おととしの10月末の知らせだった。

 

 

あの知らせから1年半。車を運転し辿り着いたのはバンドヤルパークの前。見ず知らずのエキサイティングなブラザー&シスター共との思い出が蘇る。

この島にやって来たのはもうだいぶ前の話だ。月並みな話じゃあるが、いつだか誰だかのライブで魂の込められた演奏に魅せられ、音楽の道を志してこの島に足を踏み入れた。

しばらくは練習用の楽譜をずっとさらっていたが、ステージに立ちたくてウズウズしてたのを察されたか「さっさとライブ童貞捨ててきなさい」なんて言われて連れられたのがここだった。トーシロだろうと大歓迎のこのステージ。ベテランブラザーがいいセトリを組んでくれた。いざライブが始まると目の前にはそこそこの観客がいて、俺は緊張の中で必死に指を動かしていた。あぁこれがステージに立つ感覚なんだ……なんて感慨に耽る暇は無かったが、それでも音楽の道の始まりに立ったんだという達成感はあった。ゴールデンパラダイス流星群なんてバンド名には流石に苦笑いしたが。

雷雨に打たれつつギターのトレモロに挑戦したこともあった。ダメダメでボロボロな演奏になっちまって、その後こってり絞られて正座で記念写真を撮らされた。あの写真は今でも手元に残ってる。この神妙な顔も今じゃ笑い話だ。

他のブラザー&シスターと心が一つになってキメた演奏でアンコールをもらった時は、ノリノリに燃えてきた。あの時ほどバンブラサイコーと思ったことはない。炎立ちのぼるような、ってあの時の事を言うんだろうな。

いつからか設置された掲示板で時間を示し合わせて集まって、チーム紛いの事をやったりもした。セトリをアニソンで統一したり、全員で同じ格好をしたり。気が合う奴らにスカウトをかけたりもした。

打ち上げで酔い潰れてバーに残されて、一人で聴いた蛍の光も懐かしい。

 

ライブハウス最後の日のことを思い出す。

誰もが終わりを惜しんで涙を流しつつ最後の時間まで合奏していて、ファンのみんなも観客席にずっと居て演奏を聞いてくれた。管理人も気を遣ってくれたのか、閉鎖時間をオーバーしても何も言わずに合奏を続けさせてくれた。結局次の日の夕方までぶっ通しでライブした奴も居たらしい。よくそんなに体力が持つもんだ。そんな遅い時間までやらせる側も随分と温情を掛けてくれたもんだなと思う。

俺の最後の合奏は24時の回できっかり終わりにした。最後の合奏、懐かしいメンツも多く居た。駆け出しの頃からずっと眺めていたこの星の光の下で、アンコールでは今までの「ありがとう」を歌にして。

昔からプロだとかゴッドだとか言われてた奴らにも負けない程、沢山の思い出が出来たと思う。

 

 

思い出を振り返るようにして、次に向かったのはキョックフェラーセンターだった。

演奏する曲は大体がコピーだったが、その楽譜はここで買った。作曲しもべ達が好きな曲を楽譜に起こして、それを審査しもべがチェックして、そうして配信された曲をここでマシン店長から買っていた。

自分も好きな曲の楽譜を作ろうとやってみたが、何度も聴き返して音を取って1曲作り上げるだけでヘトヘトになった。何十曲も作ってる奴らは本当に凄い。

オリジナル楽曲のコンテストが行われた事も多くあった。その度にクオリティの高い楽曲が寄せられていて、舌を巻いたもんだ。バラードやクラシックアレンジみたいな王道から真夏のサンタや和ロックみたいな変わり種まで色んなテーマがあったが、どれも素晴らしい楽曲が勢揃いの素晴らしいコンテストだった。

大成してギリギリアイランドの外でも活動するようになったしもべを、ここでこっそり作った誕生日ソングで祝ってやったのも懐かしい。

ここで買った曲の中で、俺のイチオシ曲は夜を闊歩する猫のロックだ。あのゴリゴリのスラップは一度聞いたらどハマり間違いなし。いつだか見せてもらった神がかり的なドラムの演奏は、今でも忘れられない。

 

 

また車を走らせ辿り着いたのは、ワルワルトレーラーセンターだった。

何故か楽譜はトマトと引き換えだったから、トマトを買いに何度もここを訪れることになった。田舎のスーパーで流れてそうな安っぽいBGMが頭の中にこびりついて、ふとした時に口ずさんでしまう程だ。結局買ったトマトは4桁に達した。冗談半分のイベントに9千を超えるトマトをつぎ込んだ奴に比べればまだまだだったが。

キョックフェラーセンターが閉まる直前には駆け込みでたくさんのトマトを買ったが、あまりの数に置き場に困ったりもしたもんだ。

楽譜を完成させた時にも給料代わりにトマトを少しばかり頂いた。そのトマトはアーチストのスカウトに充てた。

しかし、トマトばっかりあんなにいっぱい集めてどうするんかね。美容の為とは聞いたが。もしかするとトマティーナでもやってたのかもしれないな。

 

 

最後にやって来たのは、シロートウェイムズムズスクエアだ。

思えば奇妙なライブハウスだったと思う。新入りの頃、突然コトやらシャミセンなんかを渡された時は目を疑った。普通ライブハウスにゃそんな楽器置いてないし、そもそもそんな楽器突然渡されたって弾ける訳がない。そう思ってたら周りの奴ら当然のように弾きこなしてやがる。周りにゃ負けたくないという対抗心だけは人一倍強かったし、なんとかスタジオで一人努力して弾けるようにはなった。バンドってこんな多芸を極めるモンじゃなかった気もするが、何だかんだ色んな楽器を触れたのは楽しかった。ティンパニーってあんな音出せるんだな。

しばらくそうやって個人ライブを重ねているとファンも付くようになった。ファンが増えた記念で貰った金色テカテカの被り物、バンドよりサーカスの方がお似合いだなんて言ったら生意気言うんじゃないわよと怒られた。あんなこと言ったが何だかんだ嫌いじゃなかった。決していいセンスじゃないが、それでも憎めない何かがこの島にはあると思う。

 

 

シロートウェイムズムズスクエアに来て思い出すのはあのコウモリ、バーバラ様だ。

初めて出会った時に「私はしもべとして生涯忠誠を誓います」とかいう契約を詐欺まがいの手段で結ばされた時は大分キレた。無理難題を押し付けられた回数だって数えきれない程だし、しまいにゃ100点満点の演奏に対して調子に乗るなとぬかす始末。まぁニューヨークにブラジルに月にと飛ばされるのに比べりゃ大分マシなのかもしれないが。

やってきた俺に「さすらいの」なんて二つ名を付けてくれたのもあの人だ。まるで各地で研鑽してきた熟練者みたいだな、なんて言ったら「こういうのはノリよ」って返された。

今じゃそんな日々もいい思い出だ。あの契約がなけりゃ、自分はこうしてこの場に立っておらず、ただつまらない日々を過ごしてただろう。この口調だって、バーバラ様から「そんなオドオドしてたらナメられるわよ」って言われたのがキッカケだ。

あの方はで今じゃどこに居るのか分からない。ただ偶にここに顔を出して演奏しもべたちを見てるそうだ。決して褒めないのは相変わらずらしい。

そんなバーバラ様だけど、実は施設を残すよう掛け合ってくれたのを知ってるんだ。バーバラ様のお陰で、バンドヤルパークは身内で細々と集まれるぐらいの設備は残してくれたし、キョックフェラーセンターも曲の制作や交換が出来るだけのスタジオはまだ開放されてる。あの金にがめついコウモリ様が、赤字しか出さないような施設を維持してくれてるのは、きっとしもべたちの事を思ってなんだろう。金の亡者の人でなしなんて言われた事もあったが、実際のところ、優しくて、人一倍寂しがり屋なんだと思う。

 

今日はきっとここに居る。そんな予感がする。会えたなら、感謝の言葉をぶつけてやろう。どんな顔をするだろうな。


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