マホロアと別れ、僕は研究所の外で、しばらく待たされることになった。
マホロアがアルフィーを研究所から出して、僕が彼女の足止めをする。無事に彼があの扉の向こうに侵入出来たら、あの“穴”を開いて、僕も中に入る――――そういう作戦らしい。キミが変なコトをしなければ……、とよく分からない念を押された。
今までに、一度も入ったことのない部屋。アルフィーが隠そうとする部屋――――そんなもの、気にならないわけが無い。
好奇心だけでここまで彼に着いてきた来た“私”にとって、そんな誘いを断る選択肢はなかった。
マホロアが研究所に入り、扉が締まる。しん、とほんの少しの最弱が耳に染み込んだ時、当然横から声をかけられた。
「ねえ……ねえ、キャラ」
振り向くと、小さな黄色い花が、心配そうな顔でこちらを見ていた。彼はプルプルと小さく震えて花びらに着いていた土を落とすと、唐突に
「キャラ、あいつの言う事は……信じちゃダメだ!」
と。必死な顔で訴えた。
二人にバレないように、こっそりと後ろを着いてきていたフラウィは聞いていた。ウォーターフェルを抜けるところで、キャラが眠りについて、少しした後。マホロアが携帯電話に向かって、ぼそぼそ話しかけていた、その言葉を。
『多分、あの研究所にあるんダヨネ、ボクが探していたモノ。あのバショ周辺の、ハッキングの準備をオネガイ。――ローア』
“ローア”。彼の姿を消して見せた、謎の協力者の名前。
彼は、ただの不運な旅人なんかではなく。きっと、何か目的があってこの地にやってきた略奪者なのだ、と。
「あいつ、きっと何か……悪いことを企んでるんだ!はやく向かった方が――――」
「へえ。面白そうな話だな。……オレも入れてくれよ」
フラウィが焦った口調で何かを言った、その瞬間。僕とフラウィの間に、青い背中が立ち塞がった。
「サンズ……!」
「なんだ?二人揃って驚いた顔をして。仲良く作戦会議してたんだろ?……もう、お前たちは諦めたもんだと思ってたんだがな」
笑った顔のまま、こちらを覗き込んだ目は暗く。反射的に足を一歩後ろに下げ、いつでも避けられるようにと目を開けて前を見る。
フラウィはいつの間にか僕の後ろに移動していて、足の隙間からサンズを怒鳴りつけた。
「おまえ、盗み聞きするならちゃんと最初から聞けよ!それどころじゃないんだって!」
「サンズ、ずっと僕たちを見ていたの?いつもは……そんなことしないのに」
「へっ、そうなのか?なら、お前たちがいつもと違う事をしてるんだな。違うか、ええ?」
「それは、」と何かを言い返そうとしたフラウィを手で静止する。……アンダインという前例がある以上、ルートが違うとしても、サンズと戦闘にならないという保証が、無い。目の前のスケルトンは、あれだけ戦って、戦って戦って戦って、今まで一度も勝てていないのだ。今度は、アンダインの時のようには行かないだろう。
「全部終わったら、リセットするよ」
「だから、なんだ?そんなのはいつもの事だろ」
「このルートでは変なことはしない」
「お前の言葉は、残念ながら信じられないな」
「パピルスは生きてる」
「……」
空気が僅かに重くなる。最愛の弟が何度も殺された事実を、今の短い台詞から感じ取ったのか。少なくとも失言であったことは間違いなさそうだった。
誰も何も話さないまま、ゆっくりと時間が過ぎていく。この際、早めにロードしてやり直すべきか……と諦めかけた時、ようやく扉が開いて救世主がやってきた。
「え、えっと……あなたが呼んでるって聞いたんだけど、その……あ、あれ、サンズ?」
なぜか可愛らしい、よそ行きのワンピースを着て。
「……」
「……」
「あ、えと……へ、ヘンだったかな……?か、彼から伝言を貰って、急いで着替えたんだけど……」
一体、あいつはアルフィーに何て言ったんだ。心の中で頭を抱える。
サンズはアルフィーが現れた瞬間一瞬驚いて、すぐに切り替えて彼女に微笑みかけた。
「似合ってるぜ。どうした?誰かとデートか?」
「え、ええ、そうよ。その……ニンゲンとデート。あ、あんなに熱い言葉を、あなたが彼に伝えさせたなんて驚き!」
「う……うん。その、じゃあ……デート、付き合ってくれる?」
若干の混乱は置いておいて、とりあえず話に乗って手を差し出す。アルフィーはその手は掴まないまま、こくこくと頷いた。
行きたい場所がある、というアルフィーを連れて、研究所の前から歩き出す。「見守ってるぜ」と言って、サンズはどこかへと去っていった。
気が付くとフラウィも居なくなっていて、ゴミ捨て場に(なぜか)着いた時には、先程彼にされた話なんか、もうほとんど頭から抜けてしまった。
……
…………
………………
――――人間が手筈通りにアルフィーを連れ出す声を聞いて、マホロアは研究所の扉に鍵をかけた。手馴れた手付きで自分が改造したデスクトップからローアに繋ぐと、すぐに研究所のデータにハッキングを試みる。
「……このPC、ゼンッゼンデータが無いナァ。ヤッパリ、別の場所にあるンダ」
クローゼットに丸めて隠されていたレポートを乱雑な机の上に広げて、内容に目を通しニヤリと笑みを浮かべる。
「アナログ保存してるんダネェ。面倒ダナァ」
くるくると紙を巻き直し、机の横に立てかける。
コンピューターの画面を見ると、もうデータの解析は半分ほど終わっていた。真っ先にするように頼んだ電力のデータから作られたマップには、はっきりとエレベーターの記載がされている。
立ち上がってトイレのマークが研究所が描かれた扉の前に立つと、静かに扉は横に開いてエレベーターが現れた。ちらりと研究所の入り口を確認する。人間が、いつまでアルフィーを足止めできるか分からない。研究所の事はローアに任せて、急いで行ってみるべきだろう。
「ローア、よろしくネェ」
マイクのテストも兼ねて声を出すと、任せろとでも言うようにライトがチカチカと点滅する。明かりまでは掌握出来たようだ。
エレベーターに乗り込みボタンを押すと、ゆっくりと扉が閉まる。わずかな駆動音がして、エレベーターは地底のさらに地底へ潜り始める。
―
――
―――
――――どこまで潜っただろうか。携帯電話についている時計を見れば、おおよそ五分ほど、エレベーターは潜り続けた。もしかしたら、もう二度とこの扉は開かないのでは、とマホロアが不安に苛まれた時、ようやくその扉は開いた。
扉の外は真っ暗で、エレベーターの明かりが少し先の廊下を照らしていた。
ひんやりした風が肌を撫ぜ、ふるりと体を震わせる。
エレベーターから頭を出して、小さな声でローアを呼ぶ。
少しのラグがあって、しかしパチパチと明かりがついた。
廊下に一歩踏み出して、ゆっくりと前に進む。壁からピッ、という機械音がして、マホロアを出迎えるように文字が光った。
「『No.1。
ついに…王の いらいをじっこうする ときがきた。わたしは 国民たちをかいほうするちからを うみだす。わたしは タマシイのちからをときはなつ。』………オォ」
その文字を見て、マホロアは目を輝かせる。ついに、ここまでたどり着いた!マホロアは、通路に沿うように配置された他の報告書を確認しながら、大急ぎで研究所の中を見て回る。
……間違いない。ここは、自分がこの星に来た目的の場所。
『ソウル』の研究をしている、研究所だ。