「……ナーンカ、ヘンな仕掛けばっかりダナァ」
柱の陰に隠れた緑のスイッチを押しながら、口にキャンディーを放り込む。開いた扉をくぐると、どうやらパズルのゾーンは終わったようで、蔦やら花やらの生えた、あまり代わり映えのないT字路が続いていた。
「最初の花以外だーれもいないシ、辺り一面埃っぽい砂だらけダシ、アイツから逃げたの失敗だったカナァ?」
ガリ、とキャンディーを噛み砕く。大した期待も持たずにT字路を曲がると、マホロアの予想とは裏腹に、レンガでできた建物が建っていた。今までの場所とは違って砂も落ちておらず、窓からは明かりが漏れだしている。
おっ、と顔を上げると、残りのキャンディーを急いで飲み込んだ。ローブに付いた埃っぽい汚れを叩き落として一息つくと、扉を数回ノックする。直ぐに、中から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
「はい、誰かしら…あら?」
「コンニチハ!ボク、旅人のマホロアっていうんダァ」
「あらあら、今日はお客さんが多いわね。ちょうど良かった、今パイが焼きあがったところなの。あなたもいかが?」
「そんな、悪いヨォ!……でも、実はお腹が空いてたんダァ。お言葉に甘えてもいいカナ?」
「もちろんよ。さ、入ってちょうだい」
「おじゃましマース」
見たことの無いような、モコモコで大きな体を持った家主の言葉に甘えて、家の中に入る。中は案外普通の家で、掃除が行き届いた綺麗な空間だった。
「さあ、こっちよ。あなた、シナモンとバターは大丈夫かしら?バタースコッチシナモンパイなのよ」
「あんまり食べたこと無いケド、多分大丈夫だヨォ。ボクも何か上げられるものがあれば良かったんだケド……」
「あら、いいのよ。そこに座ってちょうだい、切り分けてくるわ!」
「アリガトウ!」
言われた通り、テーブルを囲う椅子のひとつに腰掛ける。家主がキッチンの方に姿を消したのを見届けて、マホロアは周りを観察し始めた。
――――四人用の家みたいだケド、あのヒト以外に生活しているヒトはいなさそうダナァ。ココに来るまでだーれもいなかったシ、ヒトリで暮らしてるのカナ?
「お待たせしました!バタースコッチシナモンパイよ。まだ熱いと思うから、気を付けて食べてちょうだい!」
「ワァ、オイシソウ!いただきマス!」
フォークで小さく切って口に運ぶと、暖かい口当たりと優しい味付けに、つい口元を綻ばせてしまう。ここまでの疲れも取れるような、今までに食べたことも無い味だった。
演技も忘れてパイを食べるマホロアを見て、家主は嬉しそうに笑った。
「あら、ずいぶん美味しそうに食べてくれるわね。そんなにいい出来だったかしら?」
「すっごく美味しいヨォ!……ソウダ、名前を教えてくれないカナ?」
「いけない、名乗り忘れてたわ!私はトリエル。この遺跡の管理人です。あなたは旅人だって言っていたわよね?モンスターみたいだけど、外から落ちてきたのかしら?」
「モンスター……?」
トリエルの言う“モンスター”という単語が、自分の知っているものとは違う意味を込められているように思えて、マホロアは首を傾げた。
人に向けてモンスターと言えば、それは相手の人間性を否定する暴言だ。一瞬ひやりとしたが、初対面であるトリエルに言われるはずは無いし、そもそも彼女の言葉からは悪意が感じられなかった。
「ここでは、地上に住んでいるのが人間で、私たち地下に住んでいるのをモンスターと言うのよ。人間は魔法が使えないけど、私達は使えるの」
「なるほどネェ。ボクはポップスターっていう星から来たんダケド、そこでは種族の違いっテ些細なものだったカラ、そういう区別は斬新ダヨォ」
「まあ、あなたは宇宙から来たの?旅人って、宇宙の旅人さんなのね!」
「アァ、この星の近くには生き物がいる星が無いモンネ。異星人は珍しいのカナ」
「初めて見たわ!ねえ、他の星のお話を聞かせてくれる?」
「もちろんだヨォ!」
トリエルの説明に、なるほど、と一人納得する。上空からこの星を見た時、ハルカンドラに劣らないレベルで科学が発展しているように見えたにも関わらず、宇宙を飛ぶ船が全く無かったのは、地上に魔法の概念が存在しないからだ。地上と地下は全くの別世界になっていて、互いにコンタクトも取らないのだろう。
暫く自分が巡った星の話をしていると、通路の方から新しい足音が聞こえてくる。まだ人がいたのか、と振り向くと、ボーダーの服を着た、手足が二本ずつ生えている、茶色い髪の子供だった。
―――地上に沢山いた種族と同じカナ。ってコトは、コレが人間ダヨネ?
もう起きたのね、ともう一人分のパイとお茶を準備し始めるトリエルをよそに、人間の子供はこちらを見るなり、驚いたように固まり、直ぐにこちらに近付いてきた。
「君は……」
「アッ、キミがトリエルの言ってたコカナ?ボクはマホロアって言うんダァ。宇宙を旅してる旅人ダヨォ」
「マホ…ロア?」
聞いたことがないとでも言うように、見るからに混乱している様子の子供。うっすらと開かれた目はこちらを見つめ、何かを必死に考えているようだった。
「キミの名前はなんて言うノ?」
「僕…僕は、キャラ……」
「そうなんダァ。よろしくネェ、キャラ!」
「う、うん」
愛想良く挨拶すると、警戒するように距離をとるキャラ。その視線からただならぬものを感じて、マホロアは目を細める。良く見ればその子供は、服のあちこちが埃まみれになっていて、握りしめられた拳からは隠しきれない殺意が滲み出ていた。
「かわいい子、あなたの分のバタースコッチシナモンパイよ!」
「ありがとうトリエル。今はお腹が空いていないから、もらって後で食べるよ」
「あら、そう?なら、湿気ってしまわないように袋に入れてあげますからね」
「ア、ボクももう一切れ欲しいナァ!」
「ふふふ、気に入ってくれたなら何よりだわ。あなたの分も包んであげるわね」
「ワァ、アリガトウ!」
快く了承してくれたトリエルに感謝を伝え、マホロアは席を立つ。この子供を前にして、座ったままでいるのは些か危険に思われた。未だに部屋の入口の前に立っているキャラの前を通り過ぎ、気配に気を配りつつ本棚の背表紙を眺める。
戻ってきたトリエルからパイを受け取ると、キャラは待っていたようにトリエルに話しかけた。
「ねえトリエル、僕、うちに帰りたい」
本当のような、嘘のような。感情のこもらない無機質な声で、キャラはそう言った。恐ろしいことに、未だキャラの視線は、トリエルではなくマホロアに向いている。
「え?何を言ってるの…今日からここがあなたのお家よ」
「ここから出たいんだよトリエル。うちに帰らせて」
「……本を読んであげましょうか?そうね、この本なんてどう?かたつむりの使い道がたくさん書いてあるの」
「ここから出たい」
機械のように繰り返す姿を見て、マホロアは背中に冷たいものが走るのを感じた。何かを考えて話しているのではなく、まるで定型文を口にしているような、気持ちの悪い感覚。トリエルはそれに気付いていないのか、どこか悲しそうな表情を浮かべて、今しがた座ったばかりの椅子から立ち上がった。
「……私はちょっと用事があるから、ここで待っていなさい」
「エ、どこ行くノ?」
「マホロアさん、あなたは……その子と一緒にいてくれないかしら?」
「エェ!?」
冗談じゃない、と口にしようとしたが、既にトリエルはどこかに行ってしまった後。リビングに重たい空気が流れる――――かと思いきや、キャラは人が変わったように、人懐っこく話しかけてきた。
「ねえ、マホロアだっけ。僕と一緒にここから出ようよ。君となら、楽しい時間が過ごせそうだ」
突然すぎる態度の変わりように思わず面食らう。その台詞から、嘘っぽさを感じない事が、一周まわって一番の不安要素だったが――――ここで拒否すれば先程のような態度に逆戻り、という可能性がある以上、断るというのは愚策だろう。
それに、向こうから歩み寄ってくれたのならば、奴はこちらを警戒しているわけでは無いということだ。先程のトリエルの話から推測すると、自分の求めているものはおそらくこの先にある。相手は自分を利用するつもりだろうが、逆にこちらが利用してやればいいのだ。
「いいヨォ!ボクも、キミとなら上手くいく気ガするんダァ」
「じゃ、そうと決まれば地下に行こう。トリエルが待ってる」
知っているように語るキャラの後を追って、玄関のすぐ目の前にある階段を降りる。トリエルは、長い通路のすぐそこを歩いていた。
「……お家に帰る方法を知りたいのね?」
こちらを振り向くことなく、トリエルは話し始める。
「この先に、遺跡の出口があります。その向こうは地底の世界。一度でたらもう、中へ戻れません」
――――なるほど、ここはまだ、あの花の言っていた“地底の世界”では無かったのか、とマホロアは納得した。誰もいなかったのも、おそらくそのせいだろう。ここはきっと、本当にトリエル一人のみが住んでいる場所なのだ。
「これから私は、その出口を壊します。もう二度と、誰もここから居なくならないように」
「チョッ、それはこまるヨォ!」
反射的に声を上げると、トリエルはこちらを向いた。そして、少し迷うような表情を浮かべてから、困ったような顔で笑った。
「……そうね、マホロアさんは大人だしモンスターだから……あなたはいいかもしれないわ。それじゃあキャラ、あなたはいい子だから……お部屋に戻っていなさい」
キャラの返事も待たず、トリエルは先へと進んでいく。どうするつもりなのか、とキャラの顔色を伺うが、迷うことなくトリエルの後を追う姿を見て、立ち止まりかけていた歩を進める。
「マホロア、ちょっと」
向こうに聞こえないようにと、近付いて小声で話しかけてくるキャラ。少しだけ身体を傾けることで応えると、そのまま話を続けてくる。
「今から僕の話に合わせてくれる?適当に、相槌打ってくれればいいから」
「……ナニ企んでるのカナ?」
「協力してくれるんだろ」
その言い方に少し腹が立って、言い返してやろうかと見上げた、唇を吊り上げてにっこりと笑うキャラの顔に、どこか恐怖を覚え押し黙る。そんな様子を見て了承したと受け取ったのか、キャラは視線を前に戻した。
少し歩くと、トリエルの背中越しに大きな扉が見えた。重厚で、一度閉じれば開かないような錯覚をもたらす、重々しい扉。
「……お部屋に戻るように言ったわよね、キャラ?ここから出てはダメなのよ。お外はとても危険なの」
「トリエル、今回は――じゃなくて。今はマホロアがついていてくれるよ。僕は大丈夫」
「マホロアさんがいたって、あなたは人間だからきっと悪いモンスターに襲われてしまうわ。死んでしまっては遅いのよ……」
「僕は死なないよトリエル。ねっ、マホロア?」
「エ?」
突然振られた話についていけず、びくりと体を揺らす。同意を求められたところで、そもそもキャラのことなど、こちらは全くをもって知らないのだ。
一瞬の逡巡ののち、迷いを悟られないような笑顔を纏って、自信たっぷりに言う。
「マァ、ボクがいれば大丈夫ダヨォ。ちょっとした敵ナラ追い払えると思うシネ」
「アズゴアは――敵は、とっても強いのよ。あなたに守りきれるかしら」
「平気だよ。マホロアは強いもん。ね?」
「ウ……ウン」
場のペースに流されないよう言葉を選びつつ、キャラの言葉に同意を重ねていく。自分のペースに相手を乗せることを得意としているマホロアだからこそ、誰かのペースに乗せられる危険性は理解していた。
「ならば、私を納得させてみせてちょうだい。――あなたの強さを、証明するのよ」
「ハ?」
理解はしていた――が。どうやら、少しばかり判断が遅かったらしい。
補足設定:
キャラ……Undertaleの主人公。一般的には『キャラ』はGルートの最後に登場する最初に落ちてきた人間のことを指すが、この話では主人公のニンゲンが名乗る名前として扱う。
主人公の人格は最初に落ちてきた人間『キャラ』と、落ちてきた人間『フリスク』の人格が混ざりあって出来ていて、ルートによってどちらかに偏る。とはいえ、この話ではGルートの記憶を引き継いだ上トリエルの家に着くまではGルートを走っているので、一般でいうキャラのイメージと相違は無い。この小説では一人称は僕だが、性別の設定は無い。