ぽたり、とフードに水滴が落ちて身をふるわせる。見上げると、薄ら光る石が夜空のようにちりばめられた天井から水が漏れだしていて、急いでその場から身を移した。
サンズと別れ、キャラを探しながら道を進むことおよそ半刻。すれ違うモンスター達から話を聞きながらその居場所に近づいていっているはずだが、しかし一向に姿は見えてこなかった。
薄暗い明かりと長引く捜索活動につられて段々と憂鬱になってくる中、しくしく、と誰かが泣いている声がして足を止める。周りを見回すと、曲がり角の隅でせなかをまるめてひっそりと涙を流す少女の姿があった。
「キミ、どうしたノ?」
「ひっ……」
親しげに声をかけると、少女は反射的に悲鳴をあげた。ちらっとこちらを見て、すぐに手元に視線を落としたと思うと更に泣き出してしまう。
「ちょ、チョット泣かないでヨォ。ボク、旅人のマホロアって言うンダ。何かあっタノ?」
「お、おともだちが…」
「トモダチ?」
さらり、と掌にのせた塵のようなものをこちらに見えるように差し出す少女。風に吹かれて少し散ったそれに悲鳴をあげるのをなだめ、事情がまったく理解できないながらも、慰めるように声をかける。
「ソレ、どうシタノ?」
「おともだち……だったのよ。ニンゲンにやられたの……」
「トモダチ……だった?」
「モンスターはしぬと塵になるのよ。しらないの……?」
「エ……」
ぶわり、と何か嫌なものが背中を這い上がった。
少女の手の中を見て、暗く静かな辺りを見て。
誰の影すら見えなかった、あの遺跡の様相が頭に浮かぶ。
少女の掌の上にあるそれを見れば見るほど、遺跡のそこかしこに散らばっていた、あの埃の様なものと同じに見えたのだ。たまにあの人間が、癖のように服から叩き落とす――――あの塵と、同じに。
「……その、ニンゲンって……ボーダーの服を着てる子供、ダヨネ」
「そうよ……。きっと今ごろ、アンダインがやっつけてくれてる。わたしのともだちは、戻ってこないけど……」
歌うように泣き続ける少女をよそに、マホロアはえも言われぬ焦燥感で頭がいっぱいになった。
自分が利用しようとしていた相手は、もしかするととんでもない危険人物なのだったのではないだろうか、と。ここになってようやく気付いたのである。
本来ならば何食わぬ顔でキャラを回収し、時間操作を止めるよう説得した後先程の研究所に戻るつもりだったが、そこに危険が生じるならば話は変わる。とはいえ、キャラとの合流をやめれば、神出鬼没で、いつどこでこちらの行動を監視しているか分からない、あのサンズに何を言われるか分からない。
マホロアの目的からすれば本来当たり前の事ではあるが、味方ばかりに見えていた地下世界がたちまち敵だらけになったような感覚だった。
「……ソイツ、アッチに行ったんダヨネ?」
「うん……」
そこで、目の前の少女の言葉を思い出す。
アンダイン。確か、パピルスと一緒にいた追っ手の名前だ。その二人が敵対した上で同じ場所にいるということは、少なくともどちらか片方は味方につけられる。なら、決着がついてしまう前に合流したほうが、自分に有利に働くだろう。
「ワカッタ。ボクも、そのニンゲンを止めに行くヨォ。キミは、来ちゃダメだからネ」
「……ありがとう…」
そうと決まれば急いだ方がいいと、少女を構うのを止めてすぐにその場を後にする。すすり泣く友を悼む泣き声は、もうマホロアの耳には届かなかった。
レベル4 リーシュ ウォーターフェル
水滴を受ける石像のようなものの前を横切り少し進むと、何故か置いてある傘立てを見つけて足を止める。どうしてこんな所に、と思いつつ先に進もうと前を向いて、慌ててすぐに引き返した。
というのも、すぐそこの通路から雨のように大量の水が降り注いでいたからだ。
近くの看板を確認したが、キャラが居ない今は文字の解読が出来ない。マホロアの使うハルカンドラの言語はどんな種族とも会話が可能な魔法の言語だが、文字までには効果が及ばない。大方『傘貸し出します』とでも書いてあるのだろうと当たりをつけて、手頃な傘を一本抜き取り差してみる。穴が空いている様子はない。
「ウワァ、イヤだナァ……」
濡れてしまわないよう空いた片手でマントを掴み、そっと傘を差し出した。傘は雨を受けて、ぼとぼとと音を出す。一応、雨水が漏れることは無さそうだった。
溜息をひとつ吐いて傘の下に入ると、濡れないよう気をつけながら慎重に、かつ素早く移動を始めた。水溜まりから跳ねる水滴を避けるように少しだけ飛行する高度を上げて、脇目も振らず一本道を進み続ける。
やがて、一際ひらけた空洞に辿り着く。遠方には城すら見え、遥か高くにある天井にはきらきらと瞬く石が星のように優しい光を放っている。あまり見てはいなかったけれど、そう言えば今まで歩いてきたあの洞窟の中も、あんな風に綺麗な星が輝いていた気がした。
「なあ。オマエも、この景色がすきなのか?」
「エ?」
すぐ下から声がして、慌てて視線をそちらに向ける。高い位置から遠くを眺めていて気づかなかったが、一際小柄なモンスターがそこに居た。
「オレはさ、ここからの景色すきなんだ。だって、すっげえキレイじゃん」
黄色と茶色のしましまの服を着た子供が、地面にぺたりと座って言う。声色こそ明るいが、その声はどこか震えていた。
「ボクも、この景色は好きダヨォ。今まで見てきた景色の中デモ、キレイな方だと思うヨ」
「やっぱ、オマエがアンダインの言ってた旅人……なんだよな?」
アンダインの名前を聞いて、緊張感を高める。ただの子供のように見えて、アンダインの使いなのだろうか。後ろ手で直ぐに逃げられるよう準備をしつつ、悟られないように笑顔を浮かべた。
「ソウダヨォ!旅人のマホロアって言うんダ。キミは?」
「オレ?オレはアンダインのファン!アンダインってかっこいいんだぜ、正義のヒーローって感じで!……今、オレのトモダチ……だったヤツと戦ってんだ」
「トモダチ……?」
子供はぴょんと勢いをつけて立ち上がると、どこか寂しそうな笑顔をこちらに向ける。
「トモダチだと思ってたんだけど、そいつがニンゲンだったらしくてさ、アンダインに危ないからって追い返されちゃった」
「ソレっテ、この先ダヨネ」
「そうだぜ。オマエ、行くつもりなの?」
「ウン。一応そのニンゲンって、ボクの連れなんダヨォ」
「そっか」
そういうと、その子供はあーだのうーだの、言葉にならない声をいくつか上げて、その後思い切ったように大きな声を上げてこちらを見上げた。
「じゃあ、じゃあさ、オレもついてく!いいだろ!?」
「エ、エェ……?」
どこか、決意に満ちたような目を向けるその子供を見て、思わず断ろうと開いた口を閉じる。やるせない気持ちを喉の奥に押し込め、間違った友人を正す決意。いつかのそれよりも弱々しいものではあるが――――あの時の彼の目だ。
この地下世界におりてから、一体何度彼の姿を重ねただろうと自分に呆れながらも、一度そう認識してしまえば、断ることなど出来なかった。
「……ボク、何かあってもキミのことは守れないカラネ」
「いいってことだよな!やった!」
先に保険をかけようと忠告を入れてみたが、良いように解釈したらしく子供は飛び跳ねて喜んだ。
「じゃ、いこうぜ!」
「ア、待ってヨォ」
たたた、と自分を置いて、洞窟の続きへと走っていってしまったモンスターの子供に声をかけるが彼にはもはや聞こえていないらしく、その背中はそのまま暗闇へと消えていった。
「あんなに雨降ってるノニ、元気ダナァ」
今まで通ってきた洞窟と同じように、水が滴り落ちる進路をみて肩を落とす。決して降やむことの無い雨に躊躇することが時間の無駄でしかないことは理解しているが、それでも嫌なものは嫌だ。
この雨のエリアが終わるところまで異空間を通って抜けられれば、一体どれほど楽だろうと現実逃避をしつつ、子供の背中を追うように道を進む。
ぱしゃぱしゃと水溜まりを踏み荒らしながら進むモンスターの少し離れた後ろを飛ぶマホロアだったが、すぐに大きな段差が見えてきたので彼との距離を少しだけ詰めた。
「行き止まり、みたいダヨォ?」
「いや、ほんとはあそこのうえが道なんだよ。オレ、手が無いからさ、上がれないんだけど」
「アァ、そういえばそうダネ。ボクは関係ないケド、キミはどうスルノ?」
「オマエさ、オレを持って上にあげられない?遠回りすればいいんだけどさ、そっちの方がはやそうじゃん」
「ッテ、言われてもサァ…」
不幸なことに、すぐそこには傘立てがあって。更に、このエリアにはまだ雨が降っている。おそらく傘をここで返せということなのだろうが、こんな所で畳めばずぶ濡れになることは間違いない。
ここに傘立てを置いたやつは馬鹿なんじゃないかとちょっとした怒りを覚えつつ、濡れないようにこの子供と上に上がる方法を模索した。
自分一人ならば、簡単に飛んでいける。傘は返さなければ良いだけの話だ。上がったところにでも置いておけば、いずれ誰かが下に戻すだろう。
が、このモンスターの子供がいる以上そうはいかない。そもそも傘を持ったら片手しか使えないのだから、腕を持たないこの子供を、片手で持ち上げないといけないのだ。引っ張れる場所があればまだ何とかなるかもしれないが、そうでないなら無理に決まっている。
「一応聞くケド、キミ、腕トカ羽トカ生やせたりしないヨネ」
「えっ!?むりにきまってるじゃん!」
「……マ、ソレが普通ダヨネェ」
まあ、身体の一部を生やしたり切り離したりと好き勝手出来るのは不死身の生物くらいだろうとは理解はしつつ、一縷の望みにかけて一応聞いてみるも結果は分かりきったもの。……そうなれば残念ながら、思いついた案はひとつだけだった。
「あの道の先に、雨降ってる場所ッテアル?」
「いや、無いはずだけど。ここら辺だけだぜ!」
「ナラマァ、いいカナ……。ネェ、キミ」
「ん、なんだ?」
「ちょっとダケ、目を瞑ってテヨ」
「……いいけど?」
言われた通りにギュッと目を閉じたモンスターの子供の前で、念の為ヒラヒラと手を振り確実に見ていないことを確認すると、マホロアは手早く魔法陣を作り始める。崖の高さを目測で図り、今いるこの下から直接、異空間ロードを段差の上に繋ぐのだ。
座標が割り出せない今、思った場所にゲートを開くのは難しい――――が、移動する距離さえ分かれば、正確性には欠けるが開くことは出来る。先程、扉を介して開いたゲートと同じ原理である。
無事開かれたゲートを先に一人で通ってみて、きちんと段差の上――しかも雨の降っていない所に出ることを確認すると、目を閉じ続けている子供の所まで戻り、
「ジャア、目を瞑ったままチョット歩いてヨ」
と声をかけた。
「え、このまま?」
「ソウソウ」
「なんで?」
「いいカラ、騙されたと思ってヨォ」
目を閉じたまま、不安げにキョロキョロと見回す動作をする子供の背中を軽く押すと、少し不満げに足踏みしてから前へ向かって歩き出した。そのまま丁度いい位置に作られた異空間ゲートを踏み越えて、崖の上へと現れる。
「ア、ストップ!まだ目は開かないでネェ!」
そのまま歩き去ってしまいそうなモンスターの子供を止めて、自分もゲートをくぐると傘を閉じる。雨粒を軽く振って払いくるくると小さく纏めると、もう一度勢いをつけてゲートを潜り、素早く傘を傘立てに戻してからゲートを通りなおす。少しだけ濡れてしまったが、ずぶ濡れになるよりもマシだ。
ぱたぱたと軽く身を振って雨粒を落とし、異空間ゲートを閉じる。ふぅ、と小さく息を整えると、食べるだけで何故か魔力が少し回復する、遺跡から持ち出しておいた小さな飴を口に放り込んで、未だ目を瞑り続ける子供に声をかけた。
「もういいヨォ。じゃあ、行コウカ」
「……え!?オマエ、一体何やったんだ!?」
「内緒ダヨォ。それよりホラ、はやく行かないとデショ?」
「うーん……ま、それもそうだな。こっちだぜ!」
子供らしい切り替えの速さですぐに歩き始めたその様子に、マホロアは心の中で溜息をつく。
この地下世界に降りてから何人か一緒に過ごしたモンスターが居たが、こういうタイプはなんだかんだで初めてだ。扱いやすいのはいいが、とても頼りにはなりそうにない。道案内以外の働きを期待するのはやめた方が良さそうだった。
途中から脇道に逸れ、狭く高低差の激しい不思議な道を通って――彼いわく、この道の方が早いらしい――およそ十五分。ちょっとした茂みを抜けると、そこは一本道の突き当たりのようだった。
突き当たりで一人静かに咲いていた、眼前でぼんやりと青色に光る花がなんだかこちらを見ているような気がして、ゆっくりとそちらに近付いてみる。道中見かけた喋る花か、と何の気なしに耳を花に近付けた。そして、エコーフラワーが何かを口にした瞬間――――
つんざく爆音が、その小さな声を消し飛ばした。