今日も今日とてカルデアは賑やかだ。あちらを見れば陳宮や孔明、ライネスらがチェスをして何やらバチバチに白熱しているし、そちらを見てみれば子供サーヴァントのみんなが仲良くジェンガを遊んでいる。それにシミュレーションルームの方はバトルジャンキー系サーヴァントでいっぱいだった。食堂も、いつもの腹ぺこ王達が占領していて、きっと厨房は軽く戦場と化しているだろう。
─これが、今の私の日常。けれど、この生活が長くは続かない事はとうに分かっている。
無事に世界を取り戻した後、サーヴァントのみんなやスタッフの人達、もしかするとマシュにも別れをしなくてはならない。そう考えると...酷く、心が辛くなった。今は世界を取り戻すという使命があるからここまで歩き続けてきたが、それがなくなったら?それに、無事に家に帰れるという保証もない。最悪、魔術協会の魔術師達に捕らえられて封印指定になるかもしれない。そんな、いつもは考えないようにしていた暗い考えが、何故だか今日は振り払えない。.........とりあえず、一旦マイルームに行くとしよう。
通路の方は珍しく人がいないみたいだ。これはラッキー。このまま人がいない間にさっさとマイルームへ入ってしまおう。
だけど、マイルームに入ったその後は?
まさか、何もせずにしようとするのか?
人類最後のマスターなのに?
世界の命運は全て私にかかっているというのに、貴重な何もない1日を無駄にするつもり?
歩みを止めるな。
一欠片も無駄にしてはいけない。
何故なら──
...いつの間にかマイルームに着いたはいいけど、ダメ、だな。何か今日は頭の中がぐちゃぐちゃで、何をどうやっても気分が落ち込む。......嗚呼、そうだ。エミヤから教えてもらったお茶の入れ方でも練習しておこうかな。いつどこで役に立つか分からないし、新しく来るサーヴァントを歓迎するのにも使えそうだ。よし、思い立ったが吉日と言うし、早速やってみよう。と、張り切っていた所に、ドアの向こうからノックが聞こえてきた。
「ごめんくださいまし。リツカ、今お部屋に入ってもよろしいですか?」
「うん、いいよ。クレーンさん。あっ、そうだ!この間玉藻から作って貰ったお茶菓子食べる?ちょうどエミヤからお茶の淹れ方を教えてもらってお茶を淹れてたの。まだまだ練習中だけど、お茶の葉が凄く良い物らしいから、私でも美味しく作れるって言われたんだけど...どう、かな?」
「えぇ!是非とも頂きたいです!」
目を煌びやかに光らせながらクレーンさんは手早くテーブルと椅子を用意してくれた。あれ〜可笑しいな。本来なら私のやる事なのに...いや、それよりもお茶を上手く淹れる方が先だ。頑張って淹れよう。
「はい、お待たせクレーンさん。熱いから気を付けてね」
「ありがとうございます、リツカ。...ふぅ。美味しい...さて、リツカに聞きたいことがあります。貴女は何に対して悩んでいるのですか?」
「あ、はは。何を言ってるのクレーンさん。私、悩んでなんかないよ?」
「嘘、ですね。先程部屋に戻られる前のリツカを見てましたが、何やら浮かばぬ様子でいました。......リツカ。私は貴女に恩返しをしたいのです。私を救って下さった貴女に」
喉の奥が熱い。普段はこんなの平気なのに。サーヴァントのみんなに心配させちゃ駄目なのに。自分の気持ちが我慢できなくなっていく。滔々と、今まで蓋をしていた感情に呑まれてしまう。
「......あのね。私、怖いの。サーヴァントのみんなといつか別れる事が。いつかはみんな私を置いて座に還っちゃう。でも、ずっと一緒にいたい。離れるのは辛くて悲しくて寂しいよ...許されないのは分かってる。だけど...」
突然ふわり、と温かい匂いが私の頭を埋めた。顔を上げてみると、泣いてる私の涙を、すっと指で拭うクレーンさんが泣きそうな顔で─
「大丈夫、私がリツカのお傍にずっといます。辛いのでしたらこうして抱き締めて慰めます。悲しいのでしたら私も一緒に悲しみます。寂しいのでしたら片時も離れずに、隣におりましょう。ですからどうか、どうか...一人で抱え込まないで下さい」
優しく、けれど決して離さぬようにぎゅっと抱き締められて、私の心は限界だった。小さな子供みたいに縋り付いて、少女みたいにしゃくりあげて、大人のように声を殺して、泣きじゃくった。クレーンさんは何も言わずに、ありのままの私を全て受け入れて、それでも私が好きだと、愛していると言ってくれた。その言葉にまた泣いてしまって、結局泣き止むのに1時間も掛かってしまった。
「落ち着きましたか?」
「...う゛ん。落ち着いた...」
「...あの...リツカ。私...実は、リツカに魔術をかけて無理やり自制心を緩めさせていたのです...本当に申し訳ありません...」
「...それってもしかして、テーブルと椅子を用意してくれた時に?」
「はい...申し訳ありません...私は恩を仇で返すロクデナシ鶴です...ごめんなさい...」
なるほど、だからあの時早く用意してくれたのか、にしても......まったくこの鶴は、一体どれほど私の心を掴んで離さないのか。嗚呼、本当に酷い鶴だなぁ。
「ねぇ?クレーンさん。私に申し訳ないって思うならさ、カルデアから離れたあともずっと、ずっと私と一緒にいて。私と添い遂げて」
「...っ!リツ、カ。それは......よろしいの、ですか?私が...リツカと、添い遂げても。私は化生の者ですよ?人とのすれ違いもありましょう。それなのに...」
「意気地無し。人じゃないから何?言っとくけど、私もうクレーンさんに夢中だからね?今だって好きで堪らないのに」
「へっ!?待って、そんなっ!いきなりはダメですぅ...むりぃ...」
あーもう。辛抱たまらん。
クレーンさんの両手首を掴んで、ベッドへと押し倒す。たったそれだけなのに、ぱちぱちと目をさせて、顔を朱色に染めるものだから、背筋にゾクゾクとしたものが走る。まず目がいったのは鎖骨だった。獲物を貪る獣のように、理性なんて余計なものは捨て去って鎖骨の線に沿ってゆっくりと舌でなぞり味わう。少ししょっぱい汗の味と、糸独特のあの匂いがほんの少しする。私しかこの味を知っている者はいないのだと思うと、心がとても高揚する。その高揚に身を委ね、今度は鎖骨を噛んでみた。噛む、といっても痛くならない程度にだが...これは存外ハマってしまいそうだ。そういえばどこかで、好きな人を噛む癖がある人は、強い独占欲を持っているんだとかいうのを見た気がする。もしもそれが合っているのならば、私はよっぽど独占欲が強いのだろう。ふいと、少し見る所をズラしてみたら、クレーンさんが肩で息をし、口の端から少し唾液を垂らして蕩けていた。口元に光る銀色の液体を、異常に飲んでみたくなり、頬に手を添えて熱く、トロトロになりそうな口付けをした。舌の裏側をなめたり、舌同士を絡ませあい、窒息寸前になるまで深くキスをした。やがて、ようやく口付けが終わる頃には、ねっとりと粘度の高い、長い長い銀の糸がいつまでも私達の口を繋いでいた。