(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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21話 宿業

 

 

 

 どんよりとした雲の下、銃声の音が山彦となって木霊する。

 

「…………どうして……?」

 

 アリサは銃に撃たれた衝撃を感じて呟いた。

 

「…………どうして……なのでしょうね……」

 

 呆然とした呟きの返事はすぐ傍から。

 

「どうしてわたくしはまた貴女を……」

 

 あの時のように、自分の行動を説明できないクルーガーは困惑しながらも、安堵するようにため息を吐く。

 

「貴女なんて、わたくしにとっては会長から頼まれてお世話をしていたに過ぎないのに……」

 

 あの時の事は今でも昨日のように思い出せる。

 

『ラインフォルトのメイドとして今日からこの子の世話をお願いするわ』

 

 夫を殺したと言った得体の知れない暗殺者に娘を任せるなど、イリーナの正気を疑ったものだ。

 暗殺者として生きてきたクルーガーにとって、メイドと言う仕事も潜入に都合が良いと言うだけで最低限のことしかできなかった。

 

「わたくしにとってお嬢様は……会長の娘に過ぎなかったのに……」

 

 気付けばアリサを狙撃から身を盾にして守っていた自分にクルーガーは苦笑いを浮かべる。

 シャーリィとクリスの攻撃を無視し、刺し違えてもハイデルの首を取るつもりだったのに、

 しかし気付けば、アリサへの狙撃を感知してクルーガーはその身を盾にして彼女を守っていた。

 

「こふっ……」

 

「シャロンッ!」

 

 本気の殺意を向けたはずなのに血を吐く自分を案じてくれるアリサにクルーガーは微笑みを返す。

 

「ああ、良かった……」

 

 ラインフォルト社の時は間が悪く居合わせることができなかったが、今回は間に合った。

 あれだけ執着していたハイデルの首などもうどうでも良い、と思える程の安堵を腕の中のか弱い存在に感じる。

 

「…………指先一つで簡単に摘み取れる命がこんなに愛おしく感じるなんて……」

 

「シャロン……」

 

 その言葉にアリサはようやく自分が知っているシャロンが戻って来てくれたのだと安堵して――

 

「お別れです、アリサお嬢様」

 

 そう言った瞬間、クルーガーはアリサを突き飛ばした。

 

「え……?」

 

 アリサは信じられないと目を大きく見開き、咄嗟に伸ばした手が空を切る。そして――

 

「デストラクトキャノンッ!!」

 

 極大のエネルギーの砲撃がアリサの視界を染めた。

 

「っ――!?」

 

 目の前で爆ぜる閃光の衝撃にアリサは息を呑む。

 そして衝撃波が過ぎ去ったそこには大きく抉れた山道だけが残っていた。

 

「………………うそ……」

 

 そこに姉と慕った女性の姿はない。

 

「うそよ……」

 

 アリサはゆっくりと立ち上がり、クレーターとなった崖にふらふらと歩き出す。

 

「アリサッ!」

 

 そんな放心状態のアリサをクリスが抱きかかえ、駆け抜ける。

 

「ハハハハハハハッ!」

 

 そこにガトリング砲の掃射が癇に障る哄笑と共に降り注ぐ。

 

「調子に乗ってんじゃないよ」

 

 高所から一方的に攻撃して来る男――ヴァルカンにシャーリィが負けじと“テスタ=ロッサ”で応戦する。

 しかし、立地の差によりシャーリィの銃撃は届かない。

 それどころか銃撃の間隙に降って来るグレネードにシャーリィはハイデルの首根っこを掴み、逃げ惑うことを強いられていた。

 

「ちょっとクリス! こいつも引き取ってくれない!」

 

「ひぃいいいいいいいいいっ!」

 

 足手纏いにうんざりだと言わんばかりのシャーリィに、ハイデルは降り注ぐ銃火に悲鳴を上げ続ける。

 

「くそっ!」

 

 自分達にも向けられた砲火の雨にクリスは思わず毒づく。

 高所を取られ、ヴァルカンを含めた四人の機銃掃射による飽和攻撃。

 

「おらおら! ザクソン鉄鉱山の時の威勢はどうした!?」

 

 一方的に攻撃できる有利の中でヴァルカンはシャーリィやクリス達にかつての鬱憤を晴らすようにいきり散らす。

 

「………………ウザいな」

 

「落ち着いてシャーリィッ!」

 

 険吞な光を帯びたシャーリィをクリスは咄嗟に窘める。

 

「でも――あ……」

 

 唇を尖らせて文句を言おうとしたシャーリィの手を振り払い、ハイデルが必死の形相でヴァルカン達の下へと走る。

 

「ま――待ってくれ! 君達は兄上達が雇った部下だろ! 私はゲルハルト・ログナーの弟だ! 君達は私を助けに来てくれたんだろ!?」

 

 その訴えに銃火が一時的に止まる。

 

「ああ、聞いてるぜ」

 

 シャーリィやクリス達に部下の銃口を合わせたまま、ヴァルカンはハイデルに応じる。

 その言葉にハイデルは安堵のため息を吐き――

 

「だったら早く、私を助けて――」

 

 ハイデルの言葉を遮って、一発の銃声が鳴り響く。

 

「…………え……?」

 

 ハイデルは自分を貫いた衝撃に目を丸くし、ゆっくりと視線を下ろす。

 銃弾を受けて血がにじみ出した腹を見て、ようやく激痛を感じてその場に崩れ落ちる。

 

「そんな……どうして……私はログナー家の……」

 

「そのログナー家の御当主様からの伝言だ……

 ログナー家の威光を守るため、ここで死んでくれだとよ」

 

「…………え……?」

 

 ハイデルは意味が分からないと崖の上のヴァルカンを見上げる。

 

「ラインフォルトを乗っ取るためとは言え、その社長を爆破して殺そうとしたのはやり過ぎだったって事だ……

 この件に関してログナー家は関与していない。そうするためにはお前に生きていられると困るんだとさ」

 

「そんな馬鹿な……」

 

「実行犯のお前が消えて、生き残りのラインフォルトの娘の口を封じて、その犯人はルーレを騒がせていた辻斬りに全て罪を負ってもらう。そういうシナリオだ」

 

「なっ!?」

 

 ハイデルへの宣告の隙に岩陰に身を隠したクリスは絶句する。

 

「そんなことのために……」

 

 ラインフォルトの爆破はハイデルの独断だったとしても、その罪を隠蔽するためにシャロンに全ての罪を被せようとしているログナー家のやり方に怒りが込み上げる。

 

「あとはユミル侵攻のための口実だ……

 ログナー当主の弟が非業な死を遂げた事をユミル侵攻の大義名分にして鉄血のクソ野郎の故郷を焼き尽くしてやるんだ」

 

「っ――」

 

 更なる言葉にクリスは言葉を失う。

 ユミルがオズボーン宰相の故郷だったことも驚きだが、勝手な理論武装でユミル襲撃を企てている様はまさにハイデルの兄とも思えてしまう。

 

「これは夢だ……夢に決まっている……」

 

 意識が朦朧としているのか、ハイデルは虚ろな言葉を繰り返す。

 

「“お前もログナー家の者ならば、貴族としての責任を果たせ”だとさ。そう言う事だから死んでくれよ、ハイデル・ログナー」

 

 改めてヴァルカンはガトリング砲をハイデルに向ける。

 

「っ――」

 

 アリサをクレーターの底に置いてクリスは彼女の弓矢を持って駆け出す。

 ハイデルの行いにはクリスも思う事があるが、こんな身勝手な理由の口実に利用されることを見過ごせるわけなどない。

 

「デストラクトキャノンッ!!」

 

「――ジャッジメントアローッ!!」

 

 導力弓の出力を最大にして撃ち出された砲弾を横から射貫く。

 

「ちっ――」

 

 空中で砲弾は爆ぜ、ヴァルカンは怯む。

 そこに崖を駆け登るシャーリィが“テスタ=ロッサ”を唸らせて肉薄し、更に何処からともなくサラとクレドが挟むように高台を陣取っていたヴァルカン達に襲い掛かる。

 

「テスタ=ロッサッ!」

 

「ノーザン・ライトニングッ!」

 

「消し飛びなぁっ!」

 

 チェーンソーとブレイド、そして双剣のそれぞれの必殺が繰り出される。

 

「はっ!」

 

 しかし迫る三つの刃にヴァルカンは不敵な笑みを浮かべると、彼女たちの刃は不可視の結界に弾き飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

 弾き飛ばされたシャーリィは猫のように高台の下に着地して歯噛みして驚いた顔を上げる。

 

「あれは!?」

 

「知っているのエマ?」

 

 ヴァルカン達の周囲を守るように浮かんでいる術式の文様にエマが驚きの声を上げる。

 

「実物を見るのは初めてですが、あれは“大地の結界”……

 《空の至宝》の絶対領域に匹敵する《大地の至宝》の防御結界。それがどうして……」

 

「《大地の至宝》……」

 

 エマの解説にクリスは眉を顰める。

 

「ククク……」

 

 そんなエマの驚愕にヴァルカンは気を良くして腕を上げて指を鳴らす。

 その音に反応するように彼の背後の空間が歪み、それは現れる。

 

「あれは……」

 

「黒い機甲兵……」

 

 通常の機甲兵と比べると倍以上の大きさを誇る巨大な機械人形。

 それはかつてトリスタを襲撃した先兵としてⅦ組が戦った機体でもある因縁のある存在だった。

 

「こいつに組み込まれている《大地のオーブ》の力は大したものでな……

 リアクティブアーマー以上の最硬絶対防御の盾を俺にくれたわけだ」

 

「それがお前の余裕の正体か……」

 

 高台を取った時から反撃への警戒心が低かった理由にクリスは歯噛みする。

 

「――ダインスレイヴッ!!」

 

「アリサ!?」

 

 突然背後から上がった声にクリスは驚いて振り返る。

 

「お前がシャロンを! お前達が母様をっ! お前達みんな、殺してやるっ!」

 

「まずい」

 

 巨大な機械仕掛けの弩弓を構えるアリサに危機感を覚えたクリスは再び駆け出し、倒れて蹲るハイデルを確保する。

 

「アアアアアアアアアアアッ!」

 

 悲鳴のような雄叫びを上げ、アリサは鉄の矢を撃つ。

 

「無駄だ」

 

 音速を超える鉄の弾丸を前にしてもヴァルカンは動揺することなく、黒い陣が彼を中心に再び展開される。

 結果は先程の三人と同じ。

 しかし弾き飛ばされるはずだった鉄の矢はその破壊力によって結界の衝突の衝撃に砕け散る。

 

「ククク、良い顔をするじゃないか」

 

 鬼のような形相のアリサの神経を逆なでるようにヴァルカンは笑い、光に包まれる。

 まるで起動者が騎神に搭乗するようにヴァルカンは《黒のゴライアス》に乗り込むと、その手に部下たちを乗せる。

 

「最低限の仕事は果たした。後はログナー侯に任せるとするか」

 

「待ちなさいっ!」

 

 アリサ達の事など歯牙にも掛けず、踵を返すゴライアスにアリサは眦を上げて叫ぶ。

 

「ティルフィングGッ!!」

 

『はーいっ!』

 

 場違いな女の子の声で戦術殻がアリサに応えて彼女の背後に現れ、胸の装甲を開いて匣を出す。

 次の瞬間、匣から光が溢れ戦術殻は“機神ティルフィング”へと姿を変えてアリサを取り込む。

 

「待ってアリサッ!」

 

 クリスの制止の言葉を無視し、翠は空へと飛翔する。

 

「――逃がさない」

 

 空を飛べば麓へと降りて行く巨大な機甲兵はすぐに見つけることができた。

 《翠》の装備の長距離ライフルを構え、照準を《黒のゴライアス》の背中に狙いを付ける。

 

「――っ」

 

 殺意を込めて引き金を引くも、撃ち出された銃弾は先程の矢と同じように黒い結界陣によって弾き飛ばされる。

 

「――っ」

 

 その結果にアリサは苛立ちを抑え切れず、次の弾丸の引き金を引こうとしてそれを見た。

 

「あれは……」

 

 それは《黒のゴライアス》が向かっている先。

 ユミルの山道の下の麓に展開している領邦軍の大部隊。

 それがユミル襲撃のために貴族連合が用意したものであり、最大望遠をしたモニターの中でヘクトルの肩に乗っているゲルハルト・ログナーを見つける。

 

「あなたがっ!」

 

 シャロンや自分、ついでにハイデルを殺すことを指示した男の顔にアリサは叫ぶ。

 まだライフルの有効射程範囲外だと言う事も忘れ、《翠》はゲルハルトにその銃口を向ける。

 《黒のゴライアス》が引き連れて飛んで来る《翠の機神》を見据え、ゲルハルトは左右に整列している機甲兵の横隊に指示を出す。

 

「ダインスレイヴ部隊、構えっ!」

 

 ゲルハルトの号令に機甲兵たちは一斉に足からアンカーを地面に突き立てて機体を固定する。

 そして構えるのは機械仕掛けの巨大な弩。

 

「――撃てっ!」

 

 そして破壊が降り注いだ。

 

 

 

 

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