(完結)二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ―   作:アルカンシェル

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今回の話は幕間の話となります。





26話 セレンの園

 

 

 そこにはもうかつての風光明媚な光景などなかった。

 もっともダーナが知るその場所は季節外れの大雪が吹雪いていた時のものだったり、千年前の光景であったりと以前の光景を惜しむことはできなかった。

 

「私は……また守れなかった……約束したのに……」

 

 抉られた岩肌。

 大きなクレーターの中央に突き立つ鉄杭。

 半分砕けた石碑に灰が降り積もる大地。

 それらの光景はダーナにかつての故郷の最後を彷彿とさせる。

 

「っ――」

 

 感傷を振り切ってダーナは砕けた石碑に手をかざす。

 石碑はほのかな光を明滅させると幻の様に消え、洞窟が現れる。

 ダーナは一度振り返り、その洞窟へと踏み入る。

 氷の回廊を抜け、氷霊窟へと進み、祭壇へと登る。

 そこで石碑にしたように手をかざす。

 すると新たな通路が現れ、その先へと進む。

 

「あ……」

 

 覚悟を決めて踏み込んだ広間の光景にダーナは見上げる程に大きく育った“樹”に思わず安堵する。

 

「良かった……ここは無事だった……」

 

「ここが《セレンの園》って奴か?」

 

 ダーナの後について来た二人の内、壮年の男は巨大な“樹”に圧倒されながら尋ねる。

 

「はい……」

 

 その言葉にダーナは頷き、足元の石板に書き残された説明を読み上げる。

 

「《セレンの園》は各々の時代を生きし“人”の想念が辿り着く場所……

 想念を糧として彼の“樹”は育つ……

 想念とは闘争の“黄昏”から零れ落ちた、“人”の悲嘆、祈りと言った意志に他ならない」

 

「悲嘆や祈りね……」

 

 ダーナの言葉に男は頭を掻く。

 戦闘狂を自称する男にとって馴染むのは“闘争”の想念であり、場に満ちた神秘的な空気の元を知ってしまうと途端に居心地の悪さを感じてしまう。

 

「“黄昏”もまた“人”の意志、積み重なりし想念を利用した超越者の如き大いなる力……

 “涙の樹”が育ちし時、忌まわしき“黄昏の大樹”に諍うことが可能となろう」

 

 読み終えて、ダーナは改めて広間の中央に位置する“樹”を見上げる。

 《セレンの園》の目的は“闘争”とは逆の想念を積み上げることで“黄昏”に匹敵する因果を紡ぐこと。

 ダーナの時代では当時の過去の想念を合わせてもまだ“樹”は若く、“黄昏”の因果を払い除ける力はなかった。

 しかし、今はあの時よりも“樹”は大きく成長している。 

 触れて、調べてみなければまだ分からない。

 それでも一縷の希望を胸にダーナは一歩前に踏み出し――

 

「やはり、来ましたか」

 

 落ち着いた声が響き渡ると彼女たちの背後に彼らは現れる。

 

「あ……」

 

「お久しぶりです。ダーナさん」

 

 その内の一人、海洋生物のような外見の異形が丁寧な口調で話しかけた。

 

「ヒドゥンさん……」

 

 ダーナは彼の名を呟き、獣人の異形のミノス、翠の異形のネストール、そして黒装束の頭巾で顔を隠したウーラを順番に見据える。

 

「《セレンの園》か……懐かしいのう」

 

 ネストールは感慨深く《園》を見回す。

 

「ネストールさん?」

 

 その言葉にダーナは哀愁を感じ取り首を傾げる。

 嫌な予感を感じながら、ダーナはそれを口に出せずにいるとミノスがそれを見透かしたように口を開く。

 

「その様子なら気づいているみたいだな」

 

「ミノスさん……」

 

 ミノスは腕を組み、淡々と事実だけを告げる。

 

「ここの水道橋は各地の“人”に対応している」

 

 彼が言う水道橋とは“樹を取り囲むように六方に造られた橋。

 そこから少ない水が滴り落ちて、“樹”に水を与える造りとなっているが、その水量はあまりにも少なかった。

 

「人がこの地に打ち込んだ《機》によって霊脈は壊された……

 各地から集まるはずの想念は途切れ、蓄えたそれも噴火と言う形で発散させられた」

 

「っ……」

 

 流れが途切れ、枯れようとしている水道橋を見上げるミノスからダーナは視線を落として俯く。

 

「“黄昏”ほどの摂理に干渉するにはそれに匹敵する膨大な想念が必要だった……

 “想念の樹”を見れば自ずと分かる。あの“樹”は確かに成長したが、まだまだ若かった……」

 

 ウーラが“樹”を見上げて続ける。

 

「地上で生きた過去の“人”の想念を積み重ねても未だに足りていなかった……

 そして人の騒乱により、ユミルの霊脈は断たれ、想念の水は程なくして完全に途絶えるだろう」

 

「すでに“緋色の予知”とやらで視えているのじゃろう?」

 

 ウーラの言葉を引き継ぐようにネストールが諦観を滲ませて告げる。

 

「もはや我々に諍う術などありはせん」

 

「あなたは最後まで本当によく頑張りました」

 

 ダーナを労う様に、そして自分達に言い聞かせるようにヒドゥンは――《セレンの園》を造った者として告げる。

 

「だからこそ理解したと思います……

 “黄昏”を止めることが到底不可能であるということを」

 

 改めてダーナは振り返り、園を見回す。

 想念の流れが途切れた水道橋。

 散り始めた“樹”の葉。

 さらに目を凝らせば壁面などには無数の亀裂が走り、建物そのものが崩落しようとしている。

 その光景に否が応でなく理解させられる。

 

「…………ここが…………」

 

 ダーナは目を伏せ、張り詰めていた糸が切れたように膝を折る。

 

「この園が最後の頼みの綱だったのに……」

 

 その姿に異形たちは目を伏せる。

 彼女の無念はそれこそ自分達の無念。

 むしろ彼女よりも長い時間を掛けて《セレンの園》を維持し、一縷の希望に縋っていたからこそその絶望は深い。

 あまりに長い時間を掛けた悲願だったからこそ、それが潰えて憤りを感じるよりも“諦観”してしまう。

 彼らはかつて滅ぼされた“絶望”をようやくを受け入れ、“黄昏”に屈した。

 ダーナもそうなるだろうと言わんばかりに異形たちは彼女を見守り――

 

「……まだ……」

 

 小さく呟き、ダーナは立ち上がって顔を上げる。

 

「まだだよ」

 

 その顔に“絶望”はあっても“諦観”はなかった。

 

「…………やはり、貴女は諦めないんですね。ダーナさん」

 

 ウーラは予想通りだと言わんばかりに頷き、他の三人に視線を送る。

 

「どうやら貴女が言った通りになりましたね」

 

「で、あるならば手早く済ませるとしよう」

 

「ああ、こいつになら託せる」

 

 ウーラの言葉に応えるようにヒドゥン達は頷き合うと、その体に光が灯る。

 

「これは……?」

 

 ウーラの別の名を呼び、彼らの行動にダーナは困惑する。

 

「このままでは私たちは“黄昏”に呑み込まれるでしょう」

 

「千年掛けて集めた“涙の想念”……それをこのまま《黒》に奪われてしまうのは惜しい」

 

「“樹”に残った想念と儂ら自身の想念……

 《黒》を滅する“力”には及ばないだろうが、打ち合う“力”の足しくらいにはなるだろう」

 

 四人の身体は光に溶けるように薄れ、広間の四方へと散って行く。

 

「おそらく、この後私たちは“黄昏”を支える守護者として利用されるでしょう」

 

「それがどのような形で使われるかは分からんが、その時は躊躇わず妾達を倒すと良い」

 

「クク、せいぜい足掻いてみせるんだな」

 

 最後の言葉を残して異形たちは光となって消え、三つの水道橋へと吸い込まれた光は《想念の水》となって“樹”へと注がれる。

 

「…………ダーナさん。御武運を」

 

「待ってサライちゃん!」

 

 ウーラは黒装束のフードを脱ぎ、ダーナにそう言い残すとヒドゥン達と同じように光となって消える。

 そして他の者達と同じように水道橋の一つから水が溢れ、“樹”は一際大きく成長する。

 

「…………」

 

「…………で、どうするんだ嬢ちゃん?」

 

 立ち尽くすダーナにこれまで空気を読んで黙っていた男は尋ねる。

 

「……お願いします。ルトガーさん」

 

「良いのかい? “力”を受け取るって言うなら、嬢ちゃんが受け取るってのが筋だろ?」

 

「想念の力は摂理や理法とは相反するもの。私が扱う理力とは対極にあるものだと思う……

 それに私にはまだできることがあるかもしれない。だから“力”は戦う貴方達に受け取って欲しいかな」

 

「そうか……」

 

 男、ルトガーは一つ頷き、ならばと自分と同じように黙っていた少女に振り返り、促す。

 

「そういうことだ。頼めるかシオン?」

 

「はい」

 

 ルトガーの呼び掛けにシオンは頷き、手をかざして戦術殻を呼ぶ。

 

「それじゃあシオンちゃん。その戦術殻を“樹”に掲げてみて」

 

 ダーナの指示にシオンは頷き、戦術殻が光り輝く“樹”の前に差し出される。

 それを合図に“樹”は広間を満たす程の光を放ち、紫の戦術殻へと集束していく。

 戦術殻の姿は変わらなくても、その中に騎神を滅する《想念の剣》の力が宿る。

 

「《デュランダル》を《ミストルティン》として更新します」

 

 淡々とした口調でシオンは告げる。

 園を満たしていた想念の光は薄れ、それと共に“樹”は枯れ、“水”は干上がる。

 瞬く間に《セレンの園》は朽ちていく。

 先人たちが“黄昏”に対抗するために千年維持し、ダーナも希望にした存在の終わりに胸が締め付けられる。

 

「――行きましょう」

 

 後ろ髪を引かれる思いを振り払いダーナはルトガーとシオンにここの用は終わったと告げて踵を返し歩き出す。

 

「っ――」

 

 気付けばダーナは一人でそこに立っていた。

 

「これは《緋色の予知》? 何で今?」

 

 突然の予知の発動に思わずダーナは身構える。

 いつからだっただろうか。《緋色の予知》の“絶望”しか見えなくなったのは。

 こう言った事象の合間、ダーナの心が弱るその度に《緋色の予知》を見せさせられる。

 

「ここは……《セレンの園》?」

 

 緋色に染まった景色の場所は変わらない。

 既に役目を果たして終わってしまったこの場所にいったい何があるのだろうかとダーナは首を傾げて周囲を見回して振り返り――息を呑んだ。

 

「……うそ……」

 

 そこにはダーナが初めて見る《色》があった。

 《緋色》の景色を塗り潰すように広がって行く《灰色の樹》。

 枯れたはずの“涙の樹”の場所に、あの“樹”よりも小さな幻想的な結晶の“樹”。

 その根元には――

 予知から現世へと意識が戻るのもまた唐突だった。

 いつの間にか追い越されていたルトガーとシオンの二人の背中から振り返って《セレンの園》を見渡す。

 そこにあるのは役目を終えて朽ちた“樹”と荒れ果てた建築物だけ。

 

「私にも……まだ選べる未来があった……」

 

 予知を反芻してダーナは胸に込み上げてくるものを感じずにはいられなかった。

 《緋色》を侵す《灰色の予知》。

 それが何を示しているのか、数多くの予知を見て来たダーナも分からない。

 それでも――それでもダーナの瞳から涙が零れた。

 

「…………ありがとう……」

 

 誰にともなくダーナは礼を呟き、自分に望まれた役目を果たすために双剣を抜く。

 

「あの人も……私と同じ……」

 

 その存在が消されてもなお諍っている人がいる。

 自分は孤独ではないのだと、この時代に流れ着いたことをダーナは女神に感謝する。

 

「ここが……必要になる時が来る。だから――」

 

 ダーナは一呼吸で跳び、枯れた“樹”に間合いを詰めると双剣を――その根元に《焔》と《大地》の剣を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 


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