「来たか……」
ドレックノール要塞に近い防衛線でウォレスは《機甲兵》ヘクトルの中で思わず笑みを浮かべる。
「いかんな」
誰にも見られていないにも関わらず、ウォレスは口元を手で隠し高揚を落ち着かせようと深呼吸をする。
そもそもウォレスは今回の決起にはあまり乗り気ではなかった。
既存の兵器とは根本的に異なる最新鋭の導力兵器。
技術的なアドバンテージを持ち、クロスベルの暴挙が引き起こした国難を利用して革新派の総大将であるであるオズボーン宰相を討ち取り圧倒的なアドバンテージを貴族連合は得ることができた。
公平な戦場などないことはウォレスも重々承知しているが、あまりにも有利過ぎる戦場に武人として不満を抱いている者はウォレスだけではない。
もっとも貴族連合の中でもウォレスのような気概を持つ者は少数派でしかなく、その一方的な蹂躙を楽しんでいた者達の方が大多数だった。
「しかし、それで足元を掬われていては仕方がないな」
呆れることにセントアークを奪われたのは気が早く祝杯を挙げたハイアームズ直下の貴族達が原因だった。
当主がヘイムダルへ赴いていたこともあり、誰も止める者はおらず、市民と正規軍が結託してセントアークは陥落した。
そして落ち延びたその貴族は恥知らずにも後方でふんぞり返ってセントアーク奪還をウォレスに指示した。
自分も部下の兵も士気は低かった。
しかし――
「――来たか」
見えた敵軍の先頭を走る《琥珀の機神》にウォレスはもう一度笑みを浮かべる。
二つの《騎神》を元に学生が作り出した《機甲兵》とは似て非なる機械人形。
両肩の下に設置された大型の導力砲に近接武器としてビームザンバー。
一見すれば《機甲兵》の中でも重装甲なヘクトルよりも鈍重な機体に見えるが、あらゆる面でヘクトルを凌駕している。
「まさか戦車相手に無双したことをやり返されるとはな」
一度はセントアークを目前にした侵攻は突如現れた《琥珀の機神》によって撤退を余儀なくされた。
強いて欠点を上げるなら操縦者が戦闘の達人ではないこと。
しかし、それでも彼は一戦一戦、正規軍の助けも借りてついには防衛線を押し返すにまで至った。
「ふ……貫禄が出て来たじゃないか」
《琥珀の機神》に随伴しているのは機甲兵の半分の大きさの機械人形、《紅の翼》の戦力であるトロイメライと言う無人機が二体。
それに加えて鹵獲され、色を塗り替えられたドラッケンが数体と戦車。
まさに一丸となって正規軍を従える姿は彼の父親を想起させる。
「これではオーレリア将軍のことをとやかく言えないか」
自嘲しながらウォレスは部下を鼓舞する言葉を叫びながらヘクトルを発進させる。
相手が先日のこちらの攻撃と同じならばドラッケンには《剛撃》のナイトハルトと《光の剣匠》のヴィクター・S・アルゼイドが乗っている。
どちらも魅力的な敵だが、それよりも今のウォレスには《琥珀の機神》に意識を集中する。
「今日こそ、お前を倒すっ!」
「やってみろ! エリオット・クレイグッ!」
全回線に向けて叫ばれた通信機からの少年の叫びにウォレスは望むところだと返す。
完成された武人との緊張感のある読み合いも良いが、剥き出しの敵意をがむしゃらにぶつけて来る敵もまた違った意味で気持ちを高揚させてくれる。
機甲兵《ヘクトル》の“黒旋風”の槍が、機神《ティルフィング》のビームザンバーがぶつかり合い、サザーランド州の何度目かになる攻防戦の火蓋が切られた。
*
「どういうことですか! 父さんっ!」
セントアークの鉄道憲兵隊の詰め所。
マキアスは執務机を叩いて抗議の声を父、カール・レーグニッツにぶつける。
突然部屋に入って来て怒鳴り散らした息子にカールは肩を竦めて読んでいた書類を執務机に置く。
「それでは分からん。何が言いたいマキアス?」
落ち着いたカールの物腰に激昂したマキアスは怯みながら先程渡された辞令書を突き付ける。
「僕に避難民を連れてパルム、リベールへ行けってどういうことだって聞いているんだ!?」
ドレックノール要塞攻略侵攻作戦に出発するエリオットに同行するつもりだったマキアスに突然下された辞令。
おかげで戦場に行く学友を見送ることしかできなかった。
「何を言うかと思えば、辞令はそのままの意味だ。お前には戻って来るオリヴァルト殿下が連れて来る避難民の誘導をしてもらう」
「だからどうして僕が!? ドレックノール要塞攻略を目前に控えた今、僕だけ後方に回されるなんて納得できない!」
「どうしても何も、これまでの作戦でもお前は後方支援ばかりだったじゃないか」
「それは僕が乗れる《ティルフィング》がないから……」
士官学院でマキアスが搭乗していたのはエリオットと同じ《琥珀》のティルフィング。
エリオットが使えば、必然的にマキアスは乗れなくなるのは自明の理だった。
「だが鹵獲した《機甲兵》に乗ろうともしていないのだろ?」
「それは……」
カールの指摘にマキアスは口ごもる。
鹵獲した《機甲兵》は少なく、ナイトハルトやヴィクターが乗ると言われてしまえばマキアスでなくても自分が乗りたいとは口にできるわけがない。
もっともカールはマキアスの沈黙を別の意味で捉えて、ため息を吐く。
「今ではエリオット君は正規軍にとって貴族連合に対抗できる“希望の星”だ……
彼の意志もそうだが、亡くなられたクレイグ中将の仇討ちを掲げる彼を支持する者は正規軍に多い」
セントアークの街にまで侵攻され目の前でエリオットに命を救われたカールだからこそ、正規軍や今のセントアークの民がエリオットに掛ける期待の重さが理解できる。
「これまでは市民からの志願兵を募っていたが、分断された正規軍や憲兵隊が合流できている……
人員不足が解消されたのなら、お前のような民間人の志願兵は随時後方に回ってもらうつもりだ」
そこに親として息子の安全を考える気持ちがないとは言い切れないが、それでもカールの言葉には筋が通っていた。
「でも僕は士官学院生で……」
「例え士官候補生でもお前はまだ民間人だ」
いくら言葉を重ねてもカールはマキアスの主張を全て正面から言い返す。
自分よりも弁が立つ相手にトールズ士官学院では経験することのなかった――否、経験はあっても貴族の言葉だからと耳を塞いできたマキアスがカールに勝てる道理はない。
「どうして……あと少しで……あと少しで貴族を倒せるのに」
言い負かされ俯いたマキアスが絞り出した言葉にカールはやはりと彼が抱える闇を感じ取る。
「それも理由だ。今のお前は降伏した貴族を撃ち殺しかねん」
「っ――父さんは奴等が憎くないのか!?」
何処までも冷静に、それこそトールズ士官学院から脱出しセントアークで再会を果たしてからも変わらない父の態度にマキアスは激昂する。
「オズボーン宰相が暗殺されてっ!
貴族はあろうことか皇族を“保護”したと宣って、宰相閣下を狙撃した罪をオリヴァルト殿下に擦り付けて僕達を逆賊扱い!
父さんだってあのセドリックが偽物だと言う事くらい分かっているはずだろっ!?」
捲し立てるマキアスに対してカールは変わらない落ち着いた態度で言葉を返す。
「彼らがどれだけ罪深かったとしても、私たちが憎悪に任せて人を裁いてはいけないんだ」
「っ――」
日和見な発言にマキアスはこれまで蓄積させていた父への感情を爆発させる。
「貴方はいつもそうだっ!」
「マキアス?」
「姉さんが自殺した時も……」
あの頃から父は何も変わっていない。
多くを語らず仕事に没頭することで貴族への恨みを誤魔化す。
それともあれだけの事件だったのに、恨みを一欠けらも感じない冷淡な人間だったのか。
もはや父がどんな人間なのかマキアスには分からない。
「マキアス。今ここで貴族連合と戦ってしまえば互いを滅ぼすまで止まれない戦争になる。それだけは避けなければいけないんだ」
「だからって貴族がしたことを許すって言うのか!?」
盟友であるオズボーン宰相を暗殺されたにも関わらず、普段と変わらず自分の仕事に徹するカールの在り方にマキアスは失望する。
「ここにいるのがオズボーン宰相なら、この貴族の暴挙に毅然と言い返して、とっくに貴族を倒して帝国を平定していたでしょうね」
それだけ吐き捨ててマキアスはカールに背を向ける。
「マキアスッ!」
自分を呼ぶ声を無視してマキアスは執務室のドアを開け放つ。
「マキアスッ! 私は――私たちはオズボーン宰相になんてなれない!」
父の叫びにマキアスはドアを開いた姿勢のまま固まる。
「私も、お前もオズボーン宰相やエリオット君達とは違うただの凡人だ」
「っ――」
諭すような言葉。
それが言い訳のように聞こえ、マキアスはただ歯を食いしばって部屋から出て、力任せにドアを閉めた。
*
「くそっ……」
肩を怒らせてマキアスは歩く。
その胸中には言葉では言い表せない激情が渦巻いていた。
「くそ……」
思えばどこで差がついてしまったのだろうか。
セントアークの街の中まで《機甲兵》に侵入され、接収した正規軍の重鎮が集まる拠点となっていたハイアームズ邸まで攻め込まれた時、マキアスとエリオットの前に《ティルフィング》を匣詰めされた戦術殻が現れた。
街中にも関わらず行われた正規軍と貴族連合の戦闘の混乱の中、突如として現れた《機甲兵》に諍える力を前にしてマキアスは固まり、エリオットは躊躇することなく乗り込み、彼は“英雄”となった。
「あの時、僕がエリオットより早く踏み出せていたら……」
矢面に立って戦うエリオットを支持する正規軍人は多い。
今は亡きオーラフ・クレイグ中将の息子だと言う事もあり、文官でしかないカール・レーグニッツの息子なんかよりも軍人受けが良い。
気付けば自分もテストパイロットだったはずの《ティルフィングY》はエリオットの専用機という認識が広まっていた。
「奴等は……倒して良い貴族なのに……」
Ⅶ組の経験を経て、貴族の中にもちゃんと尊敬できる者がいることをマキアスは知った。
現に正規軍には《光の剣匠》のアルゼイド子爵が協力してくれている。
だがしかし、やはり帝国にはそうではない貴族の方が多かった。
「くそっ」
毒づいてもマキアスには既に出陣してしまったエリオット達に追い付ける手段はない。
大義名分を掲げて貴族を撃てる機会を目前にして取り上げられたマキアスは行き場のない衝動をぶつけるように壁を叩く。
「ふむ、荒れているな少年」
「っ――」
誰もいないと思っていた所に掛けられた声にマキアスは驚き振り返る。
「なっ!?」
そこにいた人物にマキアスは二重の意味で驚く。
「だ、誰だあんたは!?」
そこにいたのは一言で表現するなら変質者だった。
長袖のトレンチコートを着込み、顔には頭まで覆い隠す紅毛の鬣をつけた獅子のマスクを被り顔を隠した男が腕を組んで仁王立ちしていた。
「私の事は“紅獅子”もしくは“レオマスク”と呼ぶが良い」
「は……はぁ……」
堂々とした名乗りにマキアスは返答に頭を悩ませる。
そんなマキアスの戸惑いを見透かして“紅獅子”は挨拶を切り上げて本題に入る。
「マキアス・レーグニッツ。君に頼みがある」
「僕に頼み?」
不審者の言葉にも関わらず、マキアスは誰かを呼ぶために叫ぶことを忘れ、彼の言葉に聞き入ってしまった。