「悪いな皇子様。スポンサーがその《器》を望みでな。お前だけは逃がすわけにはいかないんだよ」
持ち前の飛翔能力で追い縋って無防備な背中を斬りつけ墜落させた《緋》を見下ろして《蒼》は勝ち誇る。
彼の仲間達が決死の覚悟で《緋》を逃がす防波堤となろうとしたが所詮は地を這い回るしかできない生身の人間。
帝都で鉄道憲兵隊を置き去りにしたように空を飛べばそこは《蒼》の独壇場。
Ⅶ組の覚悟を嘲笑い、唯一抵抗できる可能性があった《青》の機神は仲間たちが抑えてくれている。
「…………はっ、やっぱり大したことねえじゃねえか」
沈黙する《緋》の手応えのなさにクロウは失笑する。
《魔王》などと呼ばれていても、所詮は温室育ちの皇子を起動者にした騎神。
起動者の差や《蒼》の新たな力を考慮しても、帝都で《緋》を討ち取ることは容易だっただろうとクロウは考える。
「ま、とにかくそれはお前には過ぎた代物だ。回収させてもらうぜ」
カイエン公の望みを果たすべく、《蒼》は《緋》に手を伸ばす。
「あら、それは契約違反じゃないかしら?」
その手を蒼い魔法陣が壁となって阻んだ。
いつからそこにいたのか、蒼いドレスを纏った美女が《緋》の向こうに立っていた。
「ヴィータ……裏切り者が今更何の用だ?」
苛立ちを露わにしてクロウはその姿を騎神越しに睨みつける。
「裏切り者とは随分な言い方ね?
私はあくまでも貴方達の協力者に過ぎない。私の目的のために手を貸して上げていただけで私と貴方達の関係はあくまで契約を前提にした関係だったはずじゃなかったかしら?」
「はっ……《幻焔計画》とやらから外されたくせに偉そうにしてんじゃねえよ」
クロウの見下した声音にヴィータは沈黙を返す。
「別に契約を破るつもりはねえぜ。煌魔城とやらの中で騎神と戦う、それまでは好きにさせてもらうだけの話だ」
「好き勝手されたらその煌魔城を現出させる条件が満たせなくなるかもしれないのだけど?」
「そんなもん俺の知ったことじゃねえ」
取り付く島もないクロウにヴィータは肩を竦める。
「とにかくそいつをカイエン公が御所望でな。邪魔するって言うならお前でも容赦しないぜ」
今なら導き手のよしみとして見逃してやるとクロウは通告する。
「随分と生意気になったものね。三年前はもっと可愛げがあったのに」
悪い方向に成長してしまった起動者をヴィータは嘆く。
「うるせぇ……とにかく邪魔をするな。だいたいお前如きに何ができるって言うんだ?」
上からの見下す言葉にヴィータは深々とため息を吐き――
「クロウ、少し頭を冷やしなさい」
蒼の杖を地面を叩く。
それを合図に無数の蒼の魔法陣が《蒼》を取り囲んだ。
「なっ!?」
「魔女が何故、騎神の導き手と呼ばれていたのか分かるかしら?」
膨大な霊力の奔流に目を剥くクロウにヴィータは語り掛ける。
「それはね……悪しき者が起動者に選定された時、それを止める力があるということなのよ」
取り囲んだ魔法陣は《蒼》の動きをその場に抑え込む束縛と共に、その頭上にさらに巨大な魔法陣に囲まれた蒼い月を生み出す。
「これが私の全力……」
病み上がりの身体は無理な魔法の行使によって悲鳴を上げる。
しかし全身に走る痛みをおくびにも出さずヴィータは杖を振り下ろす。
「終極魔法・蒼月」
蒼の光の鉄槌が降り注ぎ破壊をもたらす。
「深淵よ」
それだけに留まらず、ヴィータは別の魔法を並列で起動する。
トリスタの下に通る《精霊の道》をこじ開け、《緋》と《蒼》を大地に沈ませる。
「ヴィータッ! テメエッ!」
クロウの悲鳴を無視してヴィータはトリスタから二体の騎神を放逐した。
「っ――流石にきついわね」
息を絶え絶えに杖を支えにヴィータは蹲る。
「姉さんっ!」
「魔女めっ! よくもクロウを!」
エマとスカーレットの叫びが響き、《紅のケストレル》が振り返り様に法剣を振るう。
「そこまでだ!」
巨大な刃の鞭が割って入った剣匠の一撃に寸断され、大砲を構えていた黒のゴライアスが真紅の竜機に頭上から奇襲を受ける。
「双方、剣を納めたまえ。これ以上の戦闘はオリヴァルト・ライゼ・アルノールの名において許さない」
そしてトリスタの空にオリヴァルトの声が響くのだった。
*
「そっか……兄上が来てくれたのか……」
鬱蒼と生い茂る森の中、焚火を囲んで語られた自分が気を失ってからの一部始終にクリスは頷く。
「テスタ=ロッサをノルドに転移させたのはヴィータさんだったのか……」
「ああ、だが皇子達の仲裁も空しく、彼らはカレイジャスに攻撃の矛先を変え、俺達はアルゼイド子爵に促されてその場を離脱したんだ」
「皇族の仲裁で戦闘をやめなかったの?」
ガイウスの言葉にクリスは驚くが、すぐにそんな言葉が通じる相手ではなかったことを思い出す。
「ま、テロリストだしそんなものか」
「それはそうとクリス……すまなかった」
佇まいを直し神妙な顔をしてガイウスはクリスに向かって頭を下げた。
「ガ、ガイウス?」
「俺達はあの時、お前を逃がすために騎神と戦う覚悟で立ち向かった。だが結果は最悪を招いてしまった」
空を飛べるオルディーネを止める術はなく、逃げるという選択をさせてしまった《緋》は《蒼》の追撃を無防備に食らう事態に陥った。
自分達の分を弁えずに騎神の戦いに首を突っ込んだ結果、《緋》は激しく損傷してクリスはそこで意識を失ってしまった。
その責任の一端が自分達にあるとガイウスは謝る。
「別にガイウスが謝ることじゃないよ……
騎神の戦いに生身の人間が介入できないのは僕も良く知っているから」
帝都での暗黒竜、ノーザンブリアでの虚神の戦いでクリスはそれを経験している。
「僕だってあの時、もっとできていたことがあったはずなんだ……
クロウ先輩に負けたのは誰かのせいってわけじゃない。僕たちみんな、甘かったせいだと思う」
機甲兵と合体した騎神の一撃をあえて受けたことに後悔はない。
聖女の一撃並の出力があった一撃。
背後にいた仲間達やトリスタの街のことを考えれば回避する選択肢はなかった。
「防ぐにしてももっとうまく防御結界を張ればダメージを逃がすことだってできたはずだ……
それに心の奥で思っていたのかも、クロウ先輩が本気で騎神の力を生身の人間や街に振るう事はないって」
「そうだな……だが思い返してみればクロウ先輩はガレリア要塞の襲撃を主導し、列車砲でクロスベルを砲撃しようとしていた。それに……」
クリスの呟きにガイウスはガレリア要塞の惨劇を思い出して唸る。
ガイウスにとってはガレリア要塞だけの話ではない。
特別実習で帰郷した時、帝国と共和国の仲を煽ってノルドに戦乱を起こそうとしたテロリストのリーダーでもある。
その後も何食わぬ顔で先輩風を吹かせて、その顔の下で嘲笑っていたと言うのなら怒りが込み上げて――
「ガイウス?」
「っ――何でもない」
油断をすればすぐに思考が黒い方向へと傾きそうになることにガイウスは慄く。
「クロウ先輩にはザクソン鉄鉱山で会ったけど、正直期待外れだったなぁ」
ため息を吐くシャーリィにクリスは顔をしかめる。
「あんな奴に負けるなんて、シャーリィが鍛え直して上げないといけないかな?」
「それは歓迎だけど、腰を落ち着けられる場所を見つけるまでは我慢してくれるかな」
煉獄のような特訓の日々を思い出してクリスは蒼褪めながらも、それくらいしないとクロウに追い付けないと判断する。
「ま、流石にここでやらないけどね。お姫様たちもいることだし」
シャーリィは周囲の森と食事が進んでいないアルフィンとエリゼの二人に視線を送り獰猛な笑みを治める。
「アルフィン、それにエリゼさん。もしかして口に合わなかったかな?」
ゼクスが用意してくれた導力車に用意してくれてあったレトルトのカレーとライスという皇族や貴族では考えられない粗食。
クリス達は特に抵抗はなかったのだが、身分と何よりシャーリィとは違う女の子に配慮が足りなかったのかとクリスは戸惑う。
「……本当に貴方はセドリックなのよね?」
「またその話? クリスとして何度も会っているはずだけど」
「だって……」
クリスの呆れが混じった言葉にアルフィンは不安な感情を隠し切れず彼が用意してくれた食事に視線を落とす。
パック詰めにされ温めるだけの食事だが、薪を集め火を熾し澱みなく作業していたクリスの姿はアルフィンが知る弟とはかけ離れていた。
「クリスがセドリック皇子だって証拠は“アレ”で間違いないでしょ」
シャーリィは膝を着いて鎮座している《緋》を指差す。
「《緋のテスタ=ロッサ》は皇族であるアルノール家の血筋の者を起動者に選ぶという話です……
それにこうして顔を合わせてみれば、彼がこの半年学院で共に学び過ごしたクリスであることは間違いありません」
そしてガイウスも丁寧な口調でアルフィンの不安に応える。
「それは分かっています……でも……」
「姫様……」
不安を払拭できないアルフィンにエリゼが寄り添う。
「って言うか、これからどうするつもり?」
重くなった空気を嫌ってシャーリィが話題を変える。
「クリスはクロスベルに行きたいって言ってたけど、予定変更するんだよね」
「うん、クロスベルに行く理由がなくなったから……」
自分達を護るために列車砲の砲弾を斬り裂いた《灰》の姿をクリスは思い浮かべる。
クロスベルに行く理由は“彼”に起きた何かを確かめるため。
だが、健在な《灰》の姿を確認できた以上、クロスベルで起きた真実より、《灰》と合流することの方が優先度が高くなった。
――あの人と合流できれば、この内戦は勝ったも同然だから……
「とりあえず今やるべきことは僕達の――アルフィンとエリゼさんの身の安全の確保かな」
「まあそれは良いけど、案はあるの?」
「候補としては兄上がいるセントアークに行く。それかノーザンブリアに行くか、リベールに亡命するかの三択かな? アルフィンはどれがいい?」
「どれが……って……」
選択を迫るクリスにアルフィンは戸惑う。
「セドリック、貴方はどうするつもりなの?」
「そうだね……アルフィンを送り届けたらⅦ組のみんなと合流しようと思う」
「それ、何か意味があるの?」
クリスの提案にシャーリィが疑問を投げかける。
「シャーリィ?」
「だってさ、Ⅶ組って言ってもそれぞれに家庭の事情があるんでしょ?
順当に考えたらアルバレア公爵家のユーシスは貴族連合、マキアスは正規軍に協力しているって考えるのが自然じゃないの?」
「それは……」
クリスがあえて考えないようにしていた事実を突き付ける。
「それに解放戦線、というより西風の団長にパパを殺されたエリオットは正規軍側に着くだろうし、ミリアムもそうだろうね……
フィーは家族とは戦えないとか言い出したら貴族連合に着いてるかもしれないよ」
「そうだな……
ラウラのアルゼイド子爵家は皇族派、エマとアリサはどちらに着くかは分からないが、もしかしたら俺達はみんなと戦う事になるのかもしれないのか」
シャーリィの指摘にガイウスは仲間と戦う未来を想像して唸る。
「学院の襲撃からもう一ヶ月経っているんだよ。みんな、それぞれ身の振り方を考えていてもおかしくないんじゃないかな?」
その気はなかったが、シャーリィはクリスとの認識のずれを指摘する。
目を覚ましたばかりで、トリスタでの戦いからまだ数日しか経っていないクリスに対してシャーリィを始めとしたⅦ組はすでに一ヶ月の時間を過ごしていた。
「だいたい誰に頼ろうとしてるのさ?」
「…………それは……」
無意識に《灰》に乗っているはずの彼に頼ろうとしていたことを指摘されたように感じてクリスは黙り込む。
「クリスはⅦ組の中心で皇子様なんだから自分で決めちゃえばいいのに」
「僕が……決める……でも僕は所詮お飾りの皇子だから……」
この内戦で自分が声を上げたとしても貴族連合も革新派も耳を傾けてくれるとは思えない。
一番簡単なのはオリヴァルトに任せること。
しかし、脳裏に思い出すのは兄が語ったⅦ組が意味する“新たな風”。
「僕は……」
「――戻ってきたみたいだね」
迷うクリスからシャーリィは視線を外して振り返る。
「トヴァルさん」
「おう、今戻ったぜ」
森を抜け、一人で近くの街、ケルディックの偵察から戻って来た遊撃士が歩いて来る姿に、クリスは話が途切れたことに安堵の息を吐く。
「お帰りなさい。トヴァルさん、どうでしたか街の様子は?」
労う様にガイウスは飲み物を渡す。
それを受け取りながらトヴァルは困ったように肩を竦める。
「何かあったんですか?」
「ああ、ちょっとまずいことにな」
焚火を囲む空いている椅子に座りトヴァルは見て来たものを告げる。
「ケルディックは第四機甲師団に占拠されていた……
それだけなら良いんだが、奴等は貴族連合にオズボーン宰相の暗殺の罪を認め、今すぐ皇帝を解放するように要求を出した……
それが為されなかった場合、アンゼリカ・ログナー、パトリック・ハイアームズを始めとした士官学院から逃げてきた貴族生徒達を処刑すると宣言しちまったんだ」