男が少ない世界で人生を謳歌するために必要なのは? そう紳士道!! 作:庫磨鳥
自作が二つ同時にオリ日刊ランキングに乗ったこと嬉しく思います。
これからもぽつぽつと書いていきたいので楽しんでいただけたら幸いです。
※タイトル修正しました。
学校生活はじめての夏休み。自宅の冷房が効いたリビングにてアイスを食べるという充実した生活を送れているが、はっきり言って退屈である。なにせ校内限定であるが、外の世界を知ってしまったのだ。年頃の男子として外で遊びたい欲求が勝ってしまう。
7月冒頭から8月末まで、ほぼ二ヶ月休みとは長すぎる。夏休みの宿題が無いのは正直ありがたいが、碌に外に行くことができないというのに、なにをそんなに遊べというか、学校も完全に休校であり自主練もできない。仕方ないので私室で鼻歌を奏でていれば偶然通りかかった姉か母が廊下で倒れる事件が勃発。自分の周辺人物、気絶しすぎである。
「志亮ちゃん……それは……人類には早すぎるよ……がく」
「弟が……至高すぎて……ぐふっ」
とまあ、自分の声はきちんと当初の目的である自衛効力をきちんと発揮してしまい。姉や母を私室に引きずりこんで看病するハメになってしまう。それからと言うもの曰く天使の歌からの天使の看病コンボに変に嵌ってしまったらしく無駄に家族が私室前廊下を意味も無く通り過ぎるようになり、流石に注意したほうがいいのではないかと検討中である。
なお、自作の歌作りに関しては白雪先生に止められている。理由としては人類に早すぎるとか母と同じ発想である。さすがに納得するわけにもいかず。まともな理由が欲しいと追及してみると歌を作るにしても作詞作曲は簡単にできるはずもなく、作るにしても準備が必要だと言われてしまい、そりゃそうだと納得する。
不味いものでいいのならば作詞は出来そうだが作曲はてんで分からん。前世でも憧れはあったが精々ゲームセンターで太鼓を叩くぐらいで終わってしまったのが悔やまれる。
ただ、落ち込む自分を見て白雪先生がもう少し個人授業を頑張ってくれたら、プロで音楽をやっている友達に連絡して曲を作ってくれるか頼んでみると約束してくれた。予想外すぎるあまりの贅沢話に今度は自分が慌てる番となる。
プロに頼めるほど神詩家は裕福ではないと断ろうとすると、あくまで話を振るだけだからと前置きをして、友人の事を語る。なんでも学校時代から沢山の依頼が舞い込んでくるほどの才能を持つ友人はかなりの職人気質らしく、一定以上の実力がある歌手でなければ例え男子でも受けないという。
しかし、その実力を認められて曲を作るとなれば、多少の融通をきいてくれるのでお金の心配はしなくていいそうだ。最後にぼそっともしもの時は借しがたくさんあるのでと呟く白雪先生の表情はとっても黒かった。
もしかしたらプロにオリジナル曲を作って貰えるかもしれない。そんなご褒美を目の前にぶら下げられては努力しないわけには行かず。一層ボイトレに励んでいたところで夏休みである。タイミングが悪すぎて学校行きたいと不機嫌になってしまったのは家族にとても申し訳なかった気がする。
それと長期休暇にて自分よりも遙かに憂鬱になっていたのは猟哉と到自である。猟哉の場合は家族とは仲が悪く、その代わりといっていいほど充実した学校生活、到自のほうは運動する楽しさを覚えてしまったことで家にいることが凄く苦痛らしく、休み始まって三日目にて限界お気持ちメールが届いた。
これは早急に二人を誘って外で遊ばなければならないと迫真に奈々子さんに相談した所、三人の男子を護衛するには自分だけと流石にキツいとのことで、逆に言えば『男衛』が人数揃っていれば可能という言質をとった。
「え? いや、そういうわけじゃ……あ、もう聞いてないんですね」
というわけで、和車家は養子を八人も引き取れるほどの裕福な家なのだ。金はあるだろうと猟哉に、そのことを電話で伝えると数日掛かるかも知れないがどうにかしてみると覚悟が籠った返事をしてくれた。よほどストレスが凄かったらしい。なお到自に関してはもう暫く我慢してくれとしか言えなかった。南無三。
ちなみに奈々子さんは自分が一人で留守番している間、玄関前で門番をやってくれている。暑いところでずっと立っているなんて見ているこっちが辛いと、家に招き入れたいのだが、さすがに誰もいないとはいえ、家族が暮らす家に、まだ他人でしかない奈々子さんを自宅に入れ込むのは不味いと自重している。
せめてエンジンを付けた車内に居てはと言ってみたのだが、そこはプロの『男衛』。なにかあった時に動きが遅れてしまう可能性があると頑なに断られた。そんなわけで毎日麦茶とアイスの差し入れを欠かさず、学校の登下校と同じく適当に会話をするのが日課になっている。
「私。世界で一番幸せな『男衛』です……はむ」
しかし、変わらずパーカー姿で直立不動のすまし顔の奈々子さん。日に照らされて汗垂れながら棒アイスを嘗めるさまは、なんともまぁ最高のひと言であり、あと五歳年食っていたら我慢できなかったかもしれない。じっと見られて恥ずかしそうにしないでくれ、まだ責任取れないんだ。
「え、あ、あ、あの……シャツが汗で……その、は、肌がっ……!」
こちらが見ていたら、あちらも見ている。いま着ているシャツは長袖ではあるが夏用のかなり薄い白生地で出来ている。なので額に浮き出た汗をこっそりシャツで拭っていたこともあって素肌が若干浮き出てしまっていた。それに気付いた奈々子さんは分かりやすくテンパり、隠してくださいとやたらカチャカチャと鳴るパーカーを、止める暇がないほどの早業で脱ぎ、自分に渡してきた。
初めて見る彼女のパーカーを脱いだ姿。黒で統一されており正しく動きやすい格好だった。下から順にレギンス、ショートパンツ、ホルスターと拳銃のようなもの、スポーツブラ。つまり腹出し首出しうなじ出し。さっきまで通気性の良いとは思えない長袖の企業パーカーを着ていたためか全身から汗が滴っている。神よ改めてこの世界に転生させてくれた事に感謝しよう。
「あ……も、申し訳ありません!」
紳士的にガン見している自分。その見ている視線を追って奈々子さんは己の行いに気付いたらしく、しゃがみ込んでパーカーをタオルのように扱い前を隠す。恥ずかしいから顔を真っ赤にしている。という事ではなく、その逆、顔を真っ青にして絶望していた。
この世界の事だ、パニックの故の善意的行動とはいえ己の汗が染みついた衣服を異性に着させるという行いはセクハラ。つまり完全にアウトなのだろう。見つかったら職を失うだけではなく、彼女は重犯罪者としてこれから生きていくことになってしまう。自分からすれば全裸で襲われてもいないのに大袈裟なと思うが……まあ、これに関しては地球のほうでも人それぞれか。
「ち、違いますこれは……!」
言い訳のひとつでも言ってくれれば、そうかと済ませて平和的に終われると思うのだが、あまりの動揺に言葉が出ない模様。こんな風に奈々子さんを追い詰めてしまったのは、薄着のシャツで居た自分の完全な不徳である。もう何度目かになる謝罪を口にしたいがそれでは解決しないだろう。であるならばと自分は奈々子さんのパーカーを握る。自分のために貸してくれるなら遠慮無く使わせて貰おう。
「え? あ、あの?」
自分の行動が理解出来ず呆然としている奈々子さん。パーカーはするりと彼女の手から離れ自分の……重ぉ!?
「こ、志亮様?」
「……奈々子さん」
「は、はい!?」
奈々子さんのパーカー。その裏側には色んなものが仕込まれているらしく持ち上げることができず地面に落ちる。自分は少し考えて何喰わぬ顔でパーカーから手を離し、しゃがみこんで身長的にはほぼ同じになった奈々子さん本人に正面から抱きついた。ヤバイくらい良い匂いがする。
「こ、ここここ? こころささまままま?」
「奈々子さんの行動は全部、自分のためであると理解している。ありがとう」
もはやバグってしまった奈々子さんの耳元で日頃思っている感謝の言葉を鍛え上げられたイケボで送る。
「できることならこれからも末永く自分の傍にいて欲しい。もう奈々子さん無しの人生は考えられないんだ」
「――志亮様ぁ……!」
完全に蕩けきった声で自分の名前を呼ぶ奈々子さん。自分も匂いに当てられてか息子こそ反応していないものの、なんかもうどうにでもなれと雑な覚悟を決めると、奈々子さんは申し訳ありませんと自分を引き剥がして立ち上がった。パーカーを脱ぎ捨てたまま母の隣に駐車してある会社の車に乗り込むと、エンジンが掛かる音がしたので、もしかしたら何処かへと行ってしまうのかと慌てる。
しばらく様子を見ていると動く気配がないので、恐る恐る背伸びして窓を覗けば、運転席で奈々子さんがエアコンの吹き出し口に頭を向けて強風に当たっているのが見えた。窓に触れるとひんやりしており、つまり冷房を全開にして車内を冬並に冷やしているようだ。
……彼女は夏の暑さに身を任せるよりも、仕事。いや、自分の安全を守るためにこのような行動に出たと理解して、そのあまりのプロ根性に涙が出そうになる。
加害者である自分にできることは、彼女が落ち着くまで距離を置き、そっと見守るだけしかないと歯がゆい気持ちになりながら自宅へと戻ることにする。……いつもとは違った匂いがするシャツ。洗うのがなんか勿体ないなと思いながら暑さに負けぬように麦茶を飲むことにした。
まだまだ夏休みは始まったばかりである。
男子教師など男子に関係する一般職業に比べて、『男衛』の理性試験は遙かに難易度高く設定されています。どうやらボイトレの成果は出ているようですね。