男が少ない世界で人生を謳歌するために必要なのは? そう紳士道!! 作:庫磨鳥
撮影のために移動したワグルマ・キャッスル。矢地さんがもうちょっといい名前なかったんでしょうかとぼやくほど、この世界の住人からも少々センスに関して疑問視がなされているこの遊園地の看板城。
アトラクションもなければ遊べる場所はないが、ファンタジーアニメの王族などが本当に住んでいそうなほど外装、内装がかなり凝っている。警備員がお客たちを割って築いてくれた道を進み、城内に入ると、まず初めに赤い絨毯が歓迎してくれたことに、密かに感動を覚えた。
いつもなら1日何万人は歩き土で汚れているであろうが、今日は撮影で貸切になった影響か目立った汚れはなく、高級感と相まって踏み締めるたびに湧き出る罪悪感が妙に心地いい。外面はいつもの調子を保てているとは思うが、城の雰囲気に呑まれていなかったらタップダンスでも披露していたかもしれない。
そんな自分の後ろを歩く猟哉にふと目を向けると、家が世界有数の富豪とあってか当然の如く落ち着いた歩みを見せており、とても落ち着くことができた。一方で到自は少し心地悪そうにしているが、どちらかといえば忙しなく動く撮影スタッフたちが理由らしい。
「に、似合う…! なんか理由らしい理由は浮かびませんが志亮様たち城内がすごく似合います!」
「負担が減ったとはいえ気を抜かないでください」
「ああ、こうしてみると三人ともすごくいい! 切羽詰まって最初に目が入った志亮さんだけしかほとんど見えていかせんでしたが……や、やべぇ全員が全員違う魅力マックスじゃねぇか! ぜ、全員違うバージョンとりてぇ!」
「ダメですよ」
撮影で登場する男性は元からひとりだけの予定であり、一応意思を確認したところ猟哉は家庭の事情から、到自は本人があまり興味がないことから辞退した。それに付け加えて未成年の撮影には親の許可が必要なのでなのでまほじん社長が望もうが望むまいが二人は撮影に出ることはない。
ちなみに自分は母に連絡済みである。反応は想像通りであったが声量が想像以上で、実は未だに耳鳴りが治らない。そのあと許可は出たが絶対DVD買うからねと興奮気味に言われたと思いきやそのまま電話が切れた。母よ、自分が出演するのはネットのPV動画なのでDVDは多分出ない。
「……あれ? おかしいなヘッドギアが外れないぞ?」
「いつのまに私も目はCG機能が搭載されたのかな?」
「やっぱり現実って……え? 現実?? ……最高!」
城内に入ると、そこには「まほー・さ〜くる』のスタッフ及び撮影の関係者と思われる人々が居た。反応自体は他の女性と同じであったが、さすがは映像に関わる仕事をしているのか、内容がそれっぽい。
「よっしゃ! 優秀なスタッフゲット!」
そんなスタッフたちの反応を見ながらガッツポーズを掲げるのは、まほじん社長。自分の存在の有無で部下たちと賭けをしたらしく、その内容が冬のイベントのための個人制作物の手伝いをすることだった。結果はまほじん社長の完勝。それはそうだ。
自分は確かに個として存在しているため、出来レース甚しいのだが、案外売り言葉に買い言葉のあのやりとりも己の利を得るための態度だったのかと考えると、彼女確かに会社のトップに立つ立つ存在なのだろうと関心する。
「ぶぎゃー! 自分の上司のことは信じないから負けるんですぅー! 勝ったら紹介してあげる約束だったのに残念だったねぇ!!」
「聞いていませんが?」
「いえその、挨拶の時にちょっと前に出てもらうとか、そんなぐらいですので決して、職権濫用では決して──」
ただまあ、奈々子さんに笑顔で凄まれて身を小さくする姿を見る限り、色々と自分の気のせいではないのかと疑う。
そんなこんなで撮影場所であるワグルマランドを見渡せる正面バルコニーがある中央塔へと到着。外から見た時は細く見えたが、中は十数人の大人たちと、カメラをはじめとした撮影機材を入れてもまだまだ余裕があり、撮影が始まるまで待機することになった。
……気がつけば自分たち三人の椅子が用意され、テーブルごと高そうなお菓子や飲み物が持ち運ばれるなど撮影側の女性たちから歓待を受ける。みんなで礼を述べれば歓喜極まり惚けた表情を見せるが、まほじん社長に仕事に戻れとお叱りを受けて、すぐに仕事に戻った。すごい、これがプロの動きか、多分違うとは思うが。
「……奈々子、ちょっと話があるんだけどいいかしら?」
「依頼主の個人情報を尋ねるのは男衛として御法度ですよ」
「…………ちょっとだけ」
「黙秘します」
どうやら、『まほー✩さ~くる』側が雇った男衛は奈々子さんが所属する会社のアカスズメ。つまり奈々子さんとは同僚だったらしく、なにやら話しかけられている。しかし、見た感じベテランな先輩なようだが、奈々子さんに対して腰が低い。謙虚な人なのだろう。そういうことにしておこう。
「楽しそうだね? 志亮」
「うむ、テレビっ子だからな。ネットPVの撮影だから厳密には違うかもしれんが、こうやってテレビの裏側みたいな現場を見られるだけでも中々楽しくてな」
流石は映像制作を生業としているプロと言うべきか、撮影の準備は目に見えて進行している。これならあと十分以内には撮影は問題無く行なわれるだろう。
「…………汚いって罵倒されながらモップでゴシゴシされる隅の苔になりたい」
……もっとも撮影が始まる前に解決しなければならない事情があり、覚悟を決めてそちらを目を向ける。そこには撮影機材に身を隠すように膝を曲げて座り、何やら暗い空気を漂わせている見覚えがある女性がいた。
濃い青染めショートヘアー。スレンダー、言い換えれば中性的な見た目をしており、その女性は自分の記憶に間違いがなければ彼女こそ、今年度もっとも男装が似合うと業界から太鼓判を押されたトップアイドルのはずだ。
「……猟哉、到自。聞きたいのだが、あそこに居るのは、現トップアイドルのカオルさんで間違い無いと思うか?」
「済まない、テレビはあまり見ないからアイドルのことは分からないんだ」
「アイドル?」
猟哉はアイドルこそどういった存在か知っているが、彼女のことは知らず。到自に至ってはアイドルそのものがなんであるか分かっていないらしい。まあ自分たちは小学一年生。アイドルの事を知らないのも無理はないだろう。
「ふふっ。ボクの人生。どーしてこんなんばっかりなんだろう。ただアイドルの夢を追っていただけなのに、気がつけばこんなことに……ああ、だめだー。もう人生お終いだ~」
──間違いない、呪詛を吐きながら何かしら己の人生というものに嘆いている彼女こそ。テレビで見ること百は超えるだろう。紅月国で競い合うアイドルたちの現トップに君臨する大人気アイドルのカオルさん。そんな、輝く時の人が、人目を隠れるように見て明らかに落ち込んでいる。
この世界のアイドルは、やはり大半が女性というだけあって男装少女あるいは男の娘と呼ぶべき人たちが台頭している。異性による魅力がやはり最大の売りなのか、紅月系アイドルに求められるのは如何に男性的であるか。その一点においてカオルさんは正に天才アイドルだった。
事実、テレビで最初に彼女を見た時、司会者がお決まりの性別に関しての話題を振るうまでの数十分、この世界にも男性アイドルが居るのかと誤認したぐらいだ。もっともよく見れば仄かに女性らしさがちゃんとあって自分は結構好きなのだが……もとい、そんな彼女は年代を問わず同性たちに大人気。
幾多の賞を獲得して、歌う曲は連続してミリオンヒット。まさに雲の上の存在である彼女が、今にも地面に溶けそうな様子で目の前に居ることに、流石に動揺を隠しきれない。
「まほじん社長……彼女はあのアイドルのカオルさんで間違い無いか?」
「そうです。彼女があのアイドルのカオルです。PVの神詩さんの相手役として来ていただきました」
まほじん社長に確認取れば本人であることが確定する。トップアイドルの相方として出るのもそうだが、どうして女性俳優ではなくアイドルが選ばれたのか疑問に思っていると、顔に出ていたのかまほじん社長が説明してくれた。
今回のPVはワグルマランドに遊びに来た女性が、男性と運命的な出会いを果たすといった内容だ。そんな内容だからこそ、創作でありながらも相手役となった女性キャストに対する“嫉妬”は絶大なものになるだろう、それはキャストだけではなく関わった関係者全員を巻き込み炎上に発展する可能性があり、それを抑えるに当たって、男性的な面を強く出して芸能活動をしているアイドルを起用、実は男役としてもドラマに出たことがあるカオルさんが選ばれたとのことだ。
「カオルさんが女優並みの演技力があること、以前からお付き合いがあって仕事に対して真摯で真面目な方だと知っているからこそ、今回の大任に選んだんです──男装女性と男性が絡む絵が撮りたかったと言われれば否定しませんけど」
「おい」
「だってぇ。男性が入ったPVなんて、これから二度と撮れるかわかんないんだもあいだだだだだだ!」
「志亮様に変態的な動きで近づかないでください」
どうも、初対面の時からはっちゃけた影響か、気を抜くとタガが外れた態度で接してくるまほじん社長。自分的には気さくで面白いからいいのだが、欲望を周囲に醸し出すくねくね音頭は世間的にはアウトだったらしく、奈々子さんに取り押さえられる。
──部下から、社長を警察に引き渡すのは撮影が終わってからにしてくださいと言うお願いに、自分は気にしてないと告げる。ただ奈々子さん的には2アウトらしく、次怪しい動きしたらマジで突き出してやると呟いていた。うむ、こればっかりは、さもありなん。
「こほん。それでどうして彼女は……あんな風なのだ?」
言葉に迷って、変な言い回しをしてしまったがまほじん社長には伝わったらしく、困った顔をしながらも説明してくれる。
「いつもの事ではあるんです。ただ今回は重圧やらドタキャンのショックなどでさらに落ち込んでいるみたいで、隠れているとは言え人前で」
テレビで見るカオルさんはシニカルな笑みを浮かべながら、甘い言葉をファン達に贈り、どんな先輩や重鎮相手でも決してキャラをブレさせない仕事人にして自信家である。しかしカメラの外での彼女はメンタル方面で若干の問題があるらしく、自信は欠片も無くて、落ち込み癖があり、常にじめじめとしているとの事。
ただ、今回はいつも以上で、男優にドタキャンされた事がかなり効いたらしい。
「ワグルマランドは日本最大の遊園地。さらに男優が出演するPV。事務所や業界など様々な方面で期待されていましたから、それが中止となれば経歴にも心にもどうしても……ね。相手役の男優に断られたのも女性としてショックだったと思いますし」
今回の撮影は自分が想像している以上に、周囲に影響があるみたいで、現にカオルさんのマネージャーが撮影中止から、自分を代役に撮影が再開されたのを関係各所に伝える電話対応から帰ってこないとのことで、あの人が帰ってこない限りカオルさんはこのままで準備が出来ても撮影に移れないかもですねと、まほじん社長が言う。どうやらアイドルマネージャーは、メンタルケアも兼任しているみたいだ。
そう言っている内に、撮影準備は終わってしまい。マネージャーではないがアイドル事務所側の関係者たちがカオルさんに声を掛ける。だが落ち込みすぎて外部の音を遮断してしまっているのか、なにも反応を示さない。その様子に焦り出すまほじん社長。どうしてかと思えば。こちらをちらりと見る視線と合ったことで、その理由が自分であることを思い至る。
──自分が撮影に参加するに当たって、奈々子さんが提示し、自分もそれはそうだと納得した撮影に参加できるのは夕方までという条件。正確な時間は分からないが、最長でもあと二時間ほどが限界だろう。素人である自分、男性の撮影となれば、トラブルも出てくるだろうし、時間は幾ら合っても足りないはずだ。
「……ふむ、まほじん社長に聞くのは違うかもしれないが、カオルさんに声を掛けてもいいだろうか?」
相手が大人気アイドルとあって、異性の自分がおいそれと話しかけるべきかと地球でのアイドル事情を思い出して、念のためにとまほじん社長に断わりを入れる……なんだか、もの凄く驚いた顔で奈々子さんが見てくるが緊急事態だ、見ない振りをしよう。
こほん……といっても同じ業界で働いているだけで、カオルさんは違う会社に属する人間。まほじん社長に許可を出せる権限は無いのは重々承知だったのだが、なんとマネージャーが昔ながらの仲らしく、自分の判断なら問題ないとの事で、許可を出してくれた。
「彼女もプロですから、相方である志亮さんが声を掛けてくれたら、きっとスイッチ入るかもですしね……押してはいけないのも押しちゃうかもですが……面白いゲフンゲフン! このままだと撮影を始められないので是非とも挨拶してやってください」
……そう言う、まほじん社長は、わくわくしている気持ちを隠し切れずに自前であろうカメラを取り出した……思惑はどうあれ、このまま撮影できなくて時間が過ぎてしまうのは自分とて本位ではなく、それになにより、落ち込んでいる女性を放っておくというのは、紳士を目指している身としてできるはずがない。
……しかしながら、テレビで見ていた大人気アイドルに話しかけるとなると、少しばかり緊張する。なんだか普通にお疲れ様ですなんて声を掛けるのは烏滸がましいさえ気がしてきた。本来であれば雲の上の存在であるお人なのだ。多少は気取った態度で接したほうがいいだろう。
──恥ずかしい話、芸能人に対する緊張やら嬉しさやらで浮かれていた事に気付かなかったらしい。カメラを向けられていたことも理由に入るのかもしれない。後になってこの時の自分の行動を振り返って思う……我ながら、なぜ反省をしないのかと。
「──え?」
まずは自分の顔を見てもらいたいと、俯いている顔を挙げるために顎に手をやり引く。いわゆる顎くいってやつだ。なぜやったのか自分に聞かれても、こっちを見て欲しいと思ってノリと勢いでやったとしか答えられない。
小学一年生、ジェットコースターにも乗れぬ低身長である自分と、膝を丸めて座るカオルさんとは丁度視線が重なる背丈だったらしい。自分を認識して見開く瞳の視線が真っ直重なる。後ろにいた奈々子さんはこの時点で目の明かりを消したらしい。
「──初めましてだカオルさん。本日代役として出演することになった神詩志亮というしがない男だ。トップに輝く貴女に比べれば六等星の身でしかないかもしれないがパートナーとして誠心誠意努めたい」
やはり傍で見たカオルさんは、トップアイドルに相応しい綺麗な顔をしていた。男である自分が憧れるほどの美貌でありながら、ギャップと言うべきか、僅かに残る女性らしい綺麗さに酔いそうだ。
いや、実際に酔ったみたいで調子に乗った自分は、己の小さな体を前に出して、鼻同士が触れてしまいそうなほど顔を近づけた。
「──ワグルマランドに来れば運命的な出会いがある──本当にその通りだったみたいだな……貴女と出会えて良かった」
PVの内容を掛けながら、カオルさんの中性的な声に合わせるように低めの声で囁いた。
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結果的に、カオルさんは調子を取り戻した。
「……カオルさん。大丈夫ですか?」
「ああ、なにも問題無いぜ。ハニー。むしろ背中に羽が生えてしまったほど体が軽いんだ。今なら空を飛んで紅月山にも上れてしまいそうだよ!」
「絶対に止めてください!」
ただまあ、みんなが言うにはアレは調子を戻したといよりも、正気を失ったというものらしい……撮影側のスタッフが、どうも自分のことを化け物を見る目で見ている気がする…………さもありなん。
──ともあれ、ついに撮影が始まる。どうなるかは分からないが、トップアイドルの相手役として恥無きように努めよう。
「…………あ」
カメラを確認して居た、まほじん社長が素っ頓狂の声を出す。それに続き撮影スタッフたちがざわめき出す。
「む? どうした?」
「あー。いやー。失念していたというか……みんなして今気付いたといいますか……志亮さんとカオルさんの身長差が開きまくってどうしようと今になって気がつきました、あはは……」
……どうやら、撮影が始まってもすんなりとは行かないらしい。
志亮さん小学一年生。
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