フェリーに揺られて一日ほど。
船首甲板から行き先を眺めていた青年の眉がピクリと動いた。
その視線の先には海の真ん中に浮かぶ孤島、その中央に聳える火山の頂上があった。
「あれがセントラル校……」
感慨深げに呟く青年はデュエルアカデミアの制服を纏っており、生徒とは少々異なるデザインから教師なのだと分かる。
「間もなく上陸が始まりますので、そろそろ準備を始めておいてください」
転落防止用の柵に両腕をついてもたれていた青年に、船員らしき人物が声をかける。同時に周囲で同じくくつろいでいた人間も慌ただしく動き始めた。
見れば青年以外の人間は全員が作業員風の格好をしている。この船は客船などではなく、デュエルアカデミアセントラル校への物資輸送を担う定期便なのである。つまり青年は、正規の時期を外れて来島したのである。
「あ、はい。ありがとうございます」
下フレームのみの眼鏡を指先で整え栗色の前髪をかき上げると、青年は人懐っこい笑顔で船員に応え、荷物を抱えて船内に戻っていった。
「やれやれ……ツいてない時期に来ちまったもんだな」
意気揚々、と言った風に歩き去って行く青年を見送りながら、船員は腰に手を当てて小さく溜息を吐いた。
デュエルアカデミアとは読んで字の如く、決闘者を養成するために設立された教育機関である。
太平洋の真ん中に浮かぶ孤島に建設されたセントラル校は高等部に属し、一般的な高等学校相当の学科に加えデュエルモンスターズに関する教育が生徒には課される。
設立から数年の間は生徒のデュエルの実力や知識によって、神のカードをモチーフにしたランク分けがなされていたが、最底辺であるオシリスレッドの事実上の消滅によってその意味が希薄となってしまい、今では創立者の意向によってオベリスクブルーのみに統一されている。
デュエルに関する授業はカード知識やルール把握、各種コンボの学習等の座学からサンプルデッキを使用しての実技講習まで幅広い。
そして今も、広大な校庭を利用しての実技講習が行われていた。
「私の、ターン」
校庭に散らばってデュエルを行う生徒達の一人が、ターン宣言と共に腕に装着されたデュエルディスクからカードを引き抜く。赤みがかった鮮やかな栗色の髪と、同じ色の瞳が特徴的な、端整な顔立ちの少女である。
手にしたカードと手札を見比べ、相手のフィールドに視線を移すと、そこにはソリッドビジョンによって投影された、高熱を発する炎の剣を携えた機械の戦士が佇んでいる。炎斬機ファイナルシグマ、EXモンスターゾーンに存在する場合強固な態勢と戦闘ダメージを倍加させる効果を持った強力なモンスターである。白い枠で囲まれたそのカードはシンクロモンスターと呼ばれるカードであり、チューナーモンスターと非チューナーの二種類が召喚には必要となるモンスター群である。
バトルシティの頃より海馬コーポレーションによって実用化されたソリッドビジョンシステムは既に民間のあらゆる階層に広く浸透しており、殆どの人間がデュエルディスクという形で所有している。
(このカードを使えば、倒すことは出来る。けど……)
少女の手札には、少なくとも炎斬機ファイナルシグマを倒すことの出来るカードがあった。しかし彼女はそのカードを使用することを躊躇う。
「モンスターをセット。これで、ターンエンド」
手札交換等幾つかの行動を行いはしたものの、結局最後には何の手も打つことなくターンエンドを宣言してしまった。
「よし、俺のターンだな。ドロー! 炎斬機ファイナルシグマの攻撃力を1000ポイント上昇させ、斬機アディオンを特殊召喚! 斬機シグマを召喚! レベル4の斬機アディオンにレベル4の斬機シグマをチューニング! シンクロ召喚! 炎斬機マグマ! 炎斬機マグマで攻撃! そして炎斬機ファイナルシグマでダイレクトアタックだ!」
二体目の大型モンスターが召喚され、その攻撃によって壁としたセットモンスターが破壊される。続いて攻撃を行ったファイナルシグマの攻撃は直接攻撃によって攻撃力分のライフを削り、これによって決着が付いた。
「対戦、ありがとう」
「ああ! 楽しいデュエルだったぜ」
無表情に頭を下げる少女に対し、勝利した少年は無邪気な笑顔で応え、次の相手を確認するため実技担当の教師の下へと向かった。
少女の名は
使用したカードを片付けながら、彼女は直前の手札を思い出した。
(ヴォルカニック・クイーンにヴォルカニック・バックショット。フィールドには表のブレイズ・キャノン・マガジン、か)
ついでに言えば貪欲な壺も抱えており、使い切ったバックショットは直ぐさま補充可能な状態でもあった。彼女はそれら全てを使用することなく、相手に勝ちを譲ったのである。
理由は単純だ。
「リンク召喚、聖騎士の追想イゾルデ! 効果によりデッキから戦士族モンスターを……」
近くでも、別の生徒達によるデュエルが行われている。
「僕は星遺物に眠る深層を発動、そっちのイゾルデの正面に紺碧の機界騎士を特殊召喚して効果の発動を無効にする!」
「嘘だろ!? 汚いぞ!!」
「え!? で、でも、流石にイゾルデは」
「イゾルデは戦士族における全ての始まり……それを潰すなんて、相手のことも考えろよ!」
「半端なリスペクトで入ってくるなよ……アカデミアのデュエルによぉ!」
先攻で明星の機界騎士から星遺物に眠る深層をサーチし、紺碧の機界騎士の蘇生から二度の効果無効の準備を整えていた生徒がその効果を発動すると、対戦相手の生徒に続き周囲の生徒達も野次を飛ばし始めた。
「あ、え、……えっと……」
その剣幕にタジタジとなった生徒はプレイングの手が止まってしまった。
「君達! やめなさい!」
見かねた男性教師が駆け寄ってくる。
「他人のことは良いですから、自分達のデュエルに集中しなさい」
教師が介入したとなれば、流石に皆も攻撃を続けるわけにはいかない。引き下がっていく生徒達を見て、横暴な周囲の行為が咎められるのかと紅璃は少しだけ期待した。
「貴方達はデュエルの経過をリセットし、もう一度最初からデュエルを始めて下さい。……次は、このような問題を起こさないように」
双方に向けた言葉のようでありながら、最後の台詞は明らかに、機界騎士を使用した生徒に向けられていた。
当然その生徒は小さくないショックを受け、紅璃は落胆の溜息と共に肩を落とした。
セントラル校の生徒達の間には、ある考え方が広く浸透している。それを皆は、リスペクトデュエルという。
相手が不快に思う行為を控えることで双方気持ちよくデュエルを行う事が出来るという主張であり、相手ターン中の効果無効やフリーチェーンの効果破壊などは好ましくない行為であるとされる。どちらも現代デュエルでは当然のありふれた効果であり、新しいカードほどその存在を前提としたカードパワーが設定される傾向がある。この考え方の元ではそれら極端なカードパワーも時と場合によっては廃絶の対象となり、今のアカデミアのデュエルは時代に逆行しているとも言えた。
「ジャンク・ウォリアーをシンクロ召喚! ドッペルトークンとボルトヘッジホッグの攻撃力を足して、攻撃力3900だ! バトル! 神樹の守護獣‐牙王に攻撃だ!」
「すげえな……だが俺はその上を行くぜ! 速攻魔法、イージーチューニングを発動! ジャンク・シンクロンを除外して神樹の守護獣‐牙王の攻撃力を1300アップさせる!」
「爆走特急ロケット・アローを特殊召喚! 更にこのモンスターをリリースし、偉大魔獣ガーゼットをアドバンス召喚! 攻撃力は10000だ!」
「だったら俺も行くぜ! No.39希望皇ホープ・ダブルをエクシーズ召喚! ダブルアップ・チャンスを手札に加え、エクシーズチェンジ! 希望皇ホープ! 攻撃力は倍となり、5000!!」
楽しそうにデュエルを行う声が、紅璃の耳に届く。
しかし一方で、そうではない者もいる。
「星遺物の機億を発動して紺碧の機界騎士を特殊召喚、機界騎士アヴラムを通常召喚。この二体で明星の機界騎士をリンク召喚して効果発動、手札を一枚捨ててサーチするのは……星遺物を継ぐ者。星遺物を継ぐ者でアヴラムを蘇生して、星痕の機界騎士をリンク召喚。これで、ターンエンド……」
確かに星痕の機界騎士は強固な耐性を備えた強力なモンスターであり、彼にしてみれば最大限の妥協である。しかし、初めから妨害などない事を想定した相手に対し、たった3000の攻撃力では壁にもならないだろう。
妨害を受けたデュエルがなかったことにされた事が嬉しかったのか、嬉々として展開を始める対戦相手の生徒に対し、機界騎士の生徒の表情は暗澹たる物である。見れば、先程彼に苦言を呈したはずの教師もまた苦々しい表情をしていた。
(生徒に文句をつけられない先生、か)
このリスペクトデュエル至上主義は一年生のみの現象ではなく、今や全学年共通の考え方となり果てている。故に、教師としてもそれを軽視しては授業を成り立たせることが出来ず、その活動はほぼ黙認されていた。
紅璃や機界騎士の生徒の様に、新入生の頃は迎合できない者もいる。アカデミア中等部からの進級ではない、高等部からの成績優秀な新入生にその様な生徒が多い。しかし、結局は周囲からの圧力に耐えられず、皆考え方をねじ曲げられてしまうのである。
「火野さん! 次の対戦相手、お願いしていいかしら?」
声の方向を向くと、デュエルディスクを構えた女子生徒が笑顔で彼女の方を見ている。騒ぎに気を取られ、相手を探しに行くことをすっかり忘れていたことを紅璃は思い出した。
「わかった。やろう」
彼女もまたデュエルディスクを構え、それに応じる。
『デュエル!』
本来なら最高の時間の始まりを告げる宣言、しかし今の紅璃に取っては、それが酷く虚ろな物に感じられた。
その日の授業が終了し、生徒達が思い思いの時間を過ごし始めた頃。
「話には聞いてたけど、これは凄いなぁ」
上陸を済ませ、船着き場からデュエルアカデミアセントラル校、その校舎を見上げた青年は歓声を上げた。
城壁を模した外壁の中央に聳える巨大なドームを中心に、大小様々な施設や沢山の塔が立ち並ぶ様は、正に王城を思わせる。周囲に設置された生徒達の寮も宮殿のような大きさだが、校舎の偉容に比べれば小さく見えてしまう。
「さて、見とれてるわけにも行かないな。着任の挨拶を済ませに行かないと」
青年は脇に置いていた荷物を抱え直すと、校舎に向かって歩き出した。
思ったより長い道のりに息を切らせ、目前に迫った校舎に再び目を輝かせ、校舎内に足を踏み入れる。古風な雰囲気を漂わせる外観とは裏腹に内部は最新の設備が常に取り入れられる事で利便性の向上が図られており、各設備が機能的に配置されている。
しかし、そもそもが巨大な校舎である事に加え、かなりの年数を経たことで増改築を繰り返した事もあり内部構造は複雑化の一途を辿っていた。そのため、初めて足を踏み入れた者はまず迷う。代わり映えしない灰色の通路が続くこともまた、それを助長している。彼もまた、例外ではない。
「あれ? 確か地図ではこっちに階段が……」
等と言いながら周囲を見渡してみると、今居る階層からして想定と異なっている。すれ違う生徒達から怪訝な目を向けられながら歩き続けていると、彼はデュエル座学を学ぶ半円形の教室に足を踏み入れていた。広々とした教室は、今は授業が行われていないため静まりかえっている。
ここで講義を行うことを想像して身震いした青年は(実際に行う事は今後も訪れないのだが)、静かな教室内に物音が響いている事に気がついた。それは彼が聞き慣れた、デュエルモンスターズのカードを扱う音である。
引き寄せられるようにそちらに歩いて行くと、一人の女子生徒が机に並べたカードで一人デュエルを行っていた。
そのカード捌きは手慣れたもので、瞬く間にカードが並んでいく。
□□□□□
□□□□□□
□ □
転ス□グ□□
□□□伏伏
ス No.81超弩級砲塔列車スペリオル・ドーラ
グ 超弩級砲塔列車グスタフ・マックス
転 転回操車
伏 セットカード
瞬く間に大型のエクシーズモンスター達がフィールドに並び、即座にエクシーズ素材が取り除かれ効果ダメージを発生させる。
(墓地にヴォルカニック・バレットが落ちてる……なるほどね)
一人納得してウンウンと頷く青年に気がついたのか、女子生徒は展開しきったフィールドから顔を上げた。赤みがかった鮮やかな栗色の髪と同じ色の瞳が、彼の顔を見上げる。
「……見なかったことにしてくれると、助かる」
開口一番口から出た言葉は、彼の予想しないものだった。
「え? あ、いや、君の戦略を触れ回ったりはしないよ。ただ、良い腕だな、と思っただけでさ」
慌てた様子の彼の反応は、少女にとっても予想外だった。
あれ? と言うように小首を傾げ、更に尋ねる。
「それだけ? 批判とかは?」
「いやいや、初対面でいきなりそんな事しないって。そうだなぁ……強いて言うならマガジンを墓地に落とせれば尚良かったかな?」
「このデッキで、ベアトリーチェはちょっと無理。副葬は引かなかった。もしかして、アカデミアの先生?」
無理矢理ひねり出したような批判に目を細めながら、少女はこの見慣れない青年がアカデミア教員の制服を着ていることに気がついた。
「そうだね。ちょっと時期がずれちゃったけど、今日着任して、晴れて先生になる予定。なんだけど……」
即座にベアトリーチェの発想が出てきたことに少し驚きながら質問に答えようとするも、青年はバツが悪そうに頭を掻いた。
「……もしかして、迷った?」
「……うん、迷った」
そう言って肩を落とした青年を見て、少女は並べていたデッキを片付け、席を立った。
「校長室まで案内する。ついてきて」
「ホントに? いいの?」
パッと顔を上げた青年の顔は、少年のような素直さで喜びを浮かべている。
「……お礼」
「え? 今なんて……ってちょっと待って!?」
聞き返そうとするも、少女は青年を無視するようにスタスタと出口に向かってしまう。荷物を机や椅子にぶつけながら、青年は慌てて後を追った。
「僕は
「火野紅璃。見ての通り、ここの生徒」
ちなみに、登場キャラクター二人の名前は自分が過去に書いた作品や現在進行形の作品から流用していたりします。