やっとそろそろデュエルが始められそう。
アンチリスペクト物と言えば、やっぱりこのデッキですよね!
「……っ」
それほど大きくない会議室に、モンスターの咆吼が響き渡る。それは攻撃の合図であり、標的にされた男性教師のライフを全て削り取った。
「ふぅ。対戦ありがとうございました」
勝敗が決まり、勝利した青年が笑顔と共に右手を差し出す。勝者である彼、遠野悠のライフは殆ど減っておらず、その試合が圧勝であったことを物語る。
「こちらこそ、ありがとうございます。まさか、これ程差をつけられてしまうとは……私も引退時ですかね」
右手を握り返しながら皮肉げに浮かべられた笑みに、遠野は慌てて手を振った。
「いえいえいえ! 偶々こちらの手札が良かっただけです。一枚でも違えば、結果は変わっていましたよ」
それは謙遜ではなく本心なのだろう。それを思い、悪い事をしてしまったな、と男性教師は少々後悔した。
「すみません。やはり私は疲れているようです……逃げ出す私が言うことではありませんが、応援しています。頑張って下さい」
そう言って手を離すと、彼は机の位置を元に戻してから会議室を後にした。
「そうですね……でも、僕もやっぱり、楽しい方が良いですから」
夜。
宮殿の如きオベリスクブルー女子寮の、無駄に広い個室のベッドに横になりながら、紅璃は今日の実技講習の事を思い出していた。
(とても楽しそうだった、か)
生徒達の諍いに割り込んだ遠野が発した言葉である。
彼女の目からも、デュエルしていた二人のことは確かにそう見えた。
紅璃がデュエルアカデミアを目指したのは、多くの受験生がそうであるようにプロデュエリストに憧れたからである。効率と妨害行動を天秤にかけて吟味された緻密なデッキに、それを駆使して行う高度な駆け引き。勝ち負けが全てであるからこそのストイックな緊張感と、観客達の熱狂。そんな世界に、彼女は憧れた。
手札誘発やカウンターにも強いデッキやプレイングを研究し、高倍率で知られるセントラル校の試験に合格できるほどの実力を身につけた。それも全て、彼女が望む楽しさを目指すが故であった。
(そのはず、なんだけど)
しかし、いざ入学したセントラル校のデュエルは彼女の期待を大きく下回るものだった。
リスペクトデュエルと言う言葉を盾に妨害や制圧と言ったプレイングを行う生徒を弾圧し、自分達の望むデュエルを押しつける。そんな行動が容認される世界。
最初は反発していた彼女もそれが無駄である事を悟り、適当に話を合わせて自分の気持ちを誤魔化すようになった。彼らの言う、楽しいデュエルや良いデュエルというものが理解できないわけではない。が、それでも、紅璃が思う楽しいデュエル、全身全霊の駆け引きとはほど遠いものである。
だからこそ、空き教室に忍び込んで一人デュエルに興じていた時。遠野に盤面を更に強固にする方向で指摘された事が、無性に嬉しかった。
しかし今日授業に現れた遠野は、生徒達のデュエルを手放しで称賛していた。それが彼女には悲しかった。
電気を消し、寝返りを打つ。
(ちょっとは期待したんだけど)
目に入った自分のデッキに悲しげな視線を向け、取り留めのないことを考えるうち、彼女の意識は夜に溶けていった。
翌日。
遠野悠が最初の授業場所として選んだのは屋外だった。
「皆集まったかな? それじゃあデュエル実技、始めていこう」
校庭の屋外デュエル場に、昨日よりは幾らか緊張の抜けた遠野の声が響く。彼の前に集合した生徒達が返事を返すのに頷き、彼は明るく笑ってみせる。
「昨日は良いデュエルをありがとう。セントラル校は名門だって聞いていたから色々緊張してたんだけど、君達を見て少し安心したよ」
自分達のデュエルが、新しく入ってきた先生にも認められた。その事に、生徒達は心なしか笑顔を浮かべた。
「早速授業を始めていこうと思うんだけど、その前に一つ問題があるんだ」
逆に表情を曇らせた生徒達と視線を合わせながら、遠野は努めて明るい声音で言葉を続ける。
「僕は昨日君達のデュエルを見せてもらったけど、まだ君達は僕のデュエルを知らい。そんな状態で僕に何か言われても、素直に受け入れることは出来ない。そうだよね?」
(そういえば、そうか)
いっそ授業を抜け出してやろうかと考えていた紅璃は、まだ遠野がデュエルするところを一度も見ていないことに今更ながら気がついた。
「てことは、先生が今からデュエルを見せてくれるんですか?」
頷く生徒達の一人が、期待の籠もった声を上げる。
「その通り! そんなわけで、君達に相手をお願いしたいんだけど……誰か僕とデュエルしてみたい人はいるかな?」
遠野の言葉に、生徒達がざわつく。
人となりを示すためのデュエルと言うことは、全力でと言う事だろう。しかし、このクラスの誰もが実技教師とガチンコでデュエルを行ったことなどない。以前の教師は決して生徒とデュエルをしようとしなかった事もあり、生徒達は知らず知らずの内に知らない人間とデュエルをすることに消極的になっていた。
そんな中、一人が手を上げる。
「……私がやる」
真っ直ぐに彼を見つめる赤茶色の瞳と落ち着いた声音は、火野紅璃である。
それは興味もあったのだろうが、八つ当たりの意味が強かった。もし周りの皆と同じような半端なデュエルをするようなら、皆の前で叩き伏せて恥を掻かせてやろう、という訳である。
それを見た遠野は期待通り、と言う様に笑みを深くした。
「ありがとう! それじゃあ、広いところに移動しようか」
屋外デュエル場の中央コートに二人が移動し、その周りに生徒達が集まる。
「デュエルは一本勝負でいこう。それに加えて一つ提案があるんだけど、いいかな?」
言うや、遠野は突然自分のデッキをデュエルディスクから取り外した。
その行動に紅璃は頭に「?」を浮かべながら首を傾げる。
「今回のデュエル、お互いにデッキを交換してやってみないかい?」
「……え?」
「ええ!?」
その提案に紅璃は困惑して目を丸くし、生徒達は声を上げた。
「セントラル校ではリスペクト精神を大切にしているって聞いていたからね。それで、一番リスペクトしているデッキって何だろうって考えたら自分のデッキに決まっているじゃないか! って所から思いついてみたんだ。これなら自分の使うデッキも、相手の使うデッキも、普段以上にリスペクトできるんじゃないかな?」
屁理屈臭いと紅璃は思ったが、同時に理解した。
(……なるほど、これなら先生と生徒の間にある実力差もかなり埋める事が出来る)
デッキの完成度が逆転することで、知識分を加えれば丁度実力を拮抗させることが出来るかもしれない。加えて、自分以外の人間が自分のデッキを使うことで、新しい発見もあるだろう。逆も然りである。
「わかった。それでやってみる」
紅璃もデュエルディスクからデッキを外し、遠野に差し出す。
「ありがとう! それじゃあ、少しの間預かるね」
デッキを交換し、紅璃はその内容を確認した。
そしてすぐ、その瞳が驚愕に見開かれる。
(っ! これって……!)
思わず、遠野の方を見る。
「ん? どうかしたかな?」
同じく確認を終えた遠野と目が合うと、彼は変わらぬ笑顔でそれに応える。
「……なんでもない。確認、終わった」
誤魔化すように目を伏せ、確認が終わった旨を伝える。
「こっちも終わったよ。それじゃあ始めようか!」
「ん。わかった」
距離を取って互いに五枚のカードを引き、デュエルディスクを構える。
準備は整った。
『デュエル!!』
「私の先攻」
宣言を行い、ライフポイントと先攻後攻がデュエルディスクに表示された。
先攻は紅璃である。
(この手札……)
内容を確認した時から、このデッキが極めて強力なデッキであるという事に、紅璃は気づいていた。恐らく、本来の持ち主が使用していれば、自分には勝ち目などないだろうと言う程に。
(そしてこの手札……間違いなく、このデッキは私に全力で戦うことを求めている。でも……)
周りで、期待に満ちた瞳でこちらを見守る生徒達を見る。そして、目の前で変わらぬ笑顔を浮かべた遠野を見る。
彼女の表情には、少なくない躊躇と動揺が現れていた。
遠野には、その理由が痛いほどに理解できた。
「紅璃さん」
だから言うのだ。
「君のデッキを信じるんだ!」
その言葉に、紅璃はハッとした。
自分のデッキは、それこそ今自分がその手に持つような相手を求めていたのではなかったのか。なら、自分が今躊躇することは、自分のデッキの信頼に背くことではないか。
(そうか。あの人の、本当の狙いは……)
気づいてしまえば、もう止まることは出来ない。なるようになるだけ、である。
「……もう、どうなっても知らない。メインフェイズ。私は手札のサイバー・ドラゴン・ヘルツを捨てることで、銀河戦士の効果を発動。このカードを守備表示で特殊召喚する」
紅璃を庇うように、白金の鎧を纏った機械の戦士が姿を現わす。
「銀河戦士、そしてサイバー・ドラゴン・ヘルツの効果を発動。銀河戦士の効果で二枚目の銀河戦士を、サイバー・ドラゴン・ヘルツの効果でサイバー・ドラゴンをそれぞれデッキから手札に加える」
サイバー・ドラゴン。
紅璃が示したカードに、生徒達はどよめいた。サイバー・ドラゴンと言えば、由緒正しいサイバー流道場出身のカード。圧倒的な攻撃力で正面から戦う、リスペクトデュエルの象徴でもある。
「流石先生!」
「やっぱり先生もリスペクトを理解してるんだ!」
しかしそれを操る紅璃には、このデッキが生徒達の思う物とはかけ離れている事が否応無しに分かっていた。
「サイバー・ドラゴン・コアを召喚、そして効果発動。デッキからサイバー、またはサイバネティック魔法罠一枚を手札に加える。私が手札に加えるのは、サイバネティック・オーバーフロー。更にサイバー・ドラゴン・コアを対象に機械複製術を発動。同名の機械族モンスターをデッキから二体まで特殊召喚する。サイバー・ドラゴン・コアはフィールド・墓地に存在する時サイバー・ドラゴンとして扱うため、デッキから二体のサイバー・ドラゴンを特殊召喚する」
心臓部と骨組みを組み合わせたような小柄な機械竜を中心に、かの有名なサイバー・ドラゴン達が並び立つ。これで手札も含めて四体分のサイバー・ドラゴンが揃ったことになる。いよいよ融合召喚かと期待が高まるが、紅璃の行動は全く違った。
「皆に、今からこのデッキの、本当の姿を見せてあげる。私は、レベル5のサイバー・ドラゴン二体でオーバーレイ」
フィールドの中心に、銀河のような黒い渦が現れる。そこに、光の球となったサイバー・ドラゴン達が飛び込んでいった。
「その進化は宇宙の光。生まれ出る、星の輝き。エクシーズ召喚! サイバー・ドラゴン・ノヴァ!」
渦が眩い光と共に炸裂し、黒い鎧と機械の翼を備えた、新たなサイバー・ドラゴンが現れる。オーバーレイユニットとなったサイバー・ドラゴン達は光球となってその周囲を巡る。
「エクシーズ!?」
「妙だな……。なんで融合しないんだ……?」
訝しむ周囲の反応に耳を塞ぎ、更に紅璃は効果を繋げる。
「サイバー・ドラゴン・ノヴァの効果発動。このカードのオーバーレイユニット一つを取り除き、墓地からサイバー・ドラゴン一体を特殊召喚する。私が特殊召喚するのは、このカードの素材となっていたサイバー・ドラゴン。そして……サイバー・ドラゴン・ノヴァ一体でオーバーレイネットワークを再構築、エクシーズチェンジ!」
サイバー・ドラゴン・ノヴァは再びその姿を光球と変え、二つの光が黒い渦へと飛び込んでいく。
「その進化は銀河の光。永遠に続く、星の輪廻。エクシーズ召喚! サイバー・ドラゴン・インフィニティ!」
光の奔流と共に現れたのは、翼を広げ、更にその姿を変えたサイバー・ドラゴン・ノヴァの新たな姿。
それは、サイバー・ドラゴンに新たな戦いの可能性を与えた革命のカード。
そして今、再び彼女のフィールドには二体のレベル5モンスターが揃っている。
「レベル5のサイバー・ドラゴンと銀河戦士でオーバーレイ」
再び現れる黒い渦。サイバー・ドラゴンと共に銀河戦士がその中に飛び込んでいく。
「その星痕は聖なる証。闇を祓いし、光の誓い。エクシーズ召喚! セイクリッド・プレアデス!」
次に現れたのは、巨大な剣を携えた、美しき鎧を纏った聖なる戦士。しかしその美しい姿とは裏腹に、その力は過去多くのデュエリスト達を苦しめてきた物でもある。
「カードを一枚セット。これで、ターンエンド」
遠野 手札5 LP8000
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□コ□イ□プ
□□□伏□
紅璃 手札3 LP8000
コ サイバー・ドラゴン・コア 攻撃表示
イ サイバー・ドラゴン・インフィニティ 守備表示
プ セイクリッド・プレアデス 守備表示
伏 伏せカード