昭和二十年・正月
「今日、私があなたに会う理由はわかってますね?」
レイテ海戦で散った艦娘の葬儀へ出席するために、呉を訪れた三笠は、大和に聞いた。
「はい、全軍特攻と決まった今、私も覚悟を決めました。陛下よりご命令があれば残存艦隊を率いて敵に一矢を報いる覚悟にございます!」
大和の答えを聞いた三笠は頷いた。
「良き覚悟にございます。将来のある若者が命をかけなければらない非常時、貴女が良き働きをすることは私は望みますが、陛下が出撃中止を命じられた時はどうなさるおつもりか?」
三笠の問いかけに大和は驚く。
「陛下がそれを望まれたのなら、それに従うしかありませぬ」
「なるほど・・ですが、陛下が貴女の身柄を敵に渡せと命じられたらどうなさるつもりですか?」
「それはどういうことでしょうか?」
「伊藤提督は貴女達の任務を解くことも考えてると耳にしましたので・・」
「伊藤長官は死を覚悟して軍令部次長から第二艦隊長官になったと聞きました。ありえませぬ!」
戸惑う大和に三笠は答えた。
「伊藤提督は生き恥を晒すのを承知で先のある学生士官や少年兵を残したいと思ってるのです!あなたも彼らを殺すことは本意ではございますまい?」
三笠に叱りつけられた大和は答える。
「伊藤長官がその覚悟であるのなら、私もペンシルバニア通りを裸で引き回される運命を受け入れる所存にございます」
「そうですか?だが、レイテで散った武蔵達は、あの世で貴女を情けないやつと軽蔑するでしょうね?それでもいいのですか?」
「・・・・・・」
三笠に一喝された大和は首を垂れた。三笠の問いかけは続いた。
「第二艦隊に乗り込んだ5000名の代わりに、日ノ本の為に働いた我らの忠義と働きは無となり、かってのドイツ大洋艦隊の屈辱を受けるのみならず、私も敵に辱められるでしょう・・・」
「それは・・そうなってしまった時は、存分に私を軽蔑してくれなさいませ」
「なるほど・・それほどの覚悟があるなら私から何も言いませぬ」
「正気ですか?」
「私の生涯は40年前の5月27日以後は全て余生と考えております。何がこの身に起ころうと受け入れる覚悟にございます!」
「その言葉、心に覚えときます!」
頃合い良しと鳳翔が仲裁人になった。
「大姉様、大和さん、もう、よろしいではありませぬか?いささかな宴席を用意しました。どうぞ、こちらへ・・・」
「鳳翔さん、お気遣いありがとうございます。大和さん、参りましょう」
「はい、鳳翔さん、海防艦の子達も一緒かしら」
「もちろんにございます。瀬戸内の魚と、水瀬釘宮商会から菓子を用意させました」
「鳳翔さん、お気遣いありがとうございます」
「いえ、戦場に出ることが叶わない私ができることはこれだけにございますので・・・」
瑞鶴達の働きが無駄に終わり、信濃や雲龍は虚しく海の藻屑と成り果てて悔しかった鳳翔の気持ちを言葉のはしに感じた大和は和解の席に立ち会った。
三笠が横須賀に戻った翌朝、水瀬が鳳翔を訪ねた。
「鳳翔さん、海防艦の子達は土産物を喜んでくれたか?」
「ええ・・水瀬、気遣ってくれて感謝します」
「・・そうか、喜んでくれたか?が、俺が水兵してた時は、あの程度の土産物は普通だったがねぇ~」
辛くても楽しかった水兵時代を思い出して喜んだ水瀬は、表情を改めて鳳翔に聞いた。
「・・・上の連中は大和をどうしたいのだ」
「と言いますと?」
「惚けるなよ・・・大和をドッグに入れたのだろう?呉で放置するならこんなことはしないぞ」
「でも航空機がありませんよ?」
「だが、大和を無償のまま敵に差し出す度胸も上にないぜ。片道で突っ込まされている若い奴の気持ちが治まらんぞ!」
水瀬にカマをかけられた鳳翔が答える。
「おっしゃる通りです。私達も納得できませぬ!」
「だろうな。大和はどう思ってるんだ?」
「水瀬は大和に、死んで欲しいのかしら?」
「悪いがそうだ」
「そう、彼女もあなた達が愛した金剛さん達と同じ程度に死を覚悟してますよ。」
「何の為に死を選ぶのだ?『光栄ある水上部隊の誇り』というやつか?」
「そうだと答えたら笑うかしら?」
「笑う、俺は、金剛さんから貰った幸運で運命を切り開いてきたからな?主義だの美学というやつは犬の食物だと思ってる」
「そう、高槻もそうかしら?」
金剛に乗っていた時の新兵で今は少尉まで出世した高槻のことを聞かれた水瀬は答える
「アイツは戦うのが好きなのだろう・・軍艦から下りる機会は戦前にあったぜ」
高槻は、飛行機乗りでなく相撲取りになって欲しかったと思っていた水瀬は答えた。
「そう・・・私達も高槻と同じ気持ちですがね」
「好きで戦場で屍を晒したいのか?理解できんね」
「・・でしょうね。私達は何も生み出せない。できることは破壊することだけ!」
「・・・・」
昔、金剛から聞いたことを思い出した水瀬は絶句する
「平和な世界に生きらないのなら、最後ぐらいは好きにやりたいということかな?」
水瀬の問いかけに鳳翔は頷いて答える。
「高槻もいよいよとなれば、爆弾を抱えて突っ込むわよ」
「ヤツに死んで欲しいのか?」
「いや、高槻には生きて欲しいです。軍を離れて長いあなたや釘宮では、死んだ赤城さん達の思いを伝えることはできませんしね」
「そうだろうな・・・金剛さん達は今の俺を見て情けないと思うかな?」
苦笑した水瀬に鳳翔は答えた
「いえ、私も金剛さんもそうは思いません。申し訳ないと思ってるのなら全てが終わった後、日の本の復興に働いてくださいませ!」
「そうだな。約束するよ!」
「そうですか、金剛さん達と共に天から貴方方のその後を見させていただきます!」
強く頷いた水瀬は鳳翔に酒を勧めた
「久しぶりに飲むか?」
「良いですよ・・伊勢さん姉妹と榛名さんも呼びますか?」
「そう願いたいな。昔馴染みが多いほうが楽しい。釘宮も呼ぶぜ」
「お願いします」
その日の夜、釘宮も含めた5人は、江田島に据えられた41センチ連装砲塔の中で酒盛りしてお互いの気持ちをぶつけた。
決戦の日、数ヶ月前の冬の夜のことだった。
(続く)