市丸の心がわからず悩む松本だったが、任務で恋人を装うことになり……
「ええっ…!?私と市丸隊長がオトリ捜査で恋人のフリィ!?」
瀞霊廷の空に松本の声がわんわんと響いた。
ここは護廷十三隊隊舎。
召集をかけられた松本と市丸が、総隊長の前にならんで立っている。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ山本総隊長!なんで急にそんな…え?カップルばかりねらうホロウが現世に?しかも、女の側が金髪のロングだとその確率が高い…?そんなピンポイントな…」
とまどう松本にかぶせるように、市丸が口をひらいた。
「まぁまぁ、瀞霊廷一の美人さんからしたら、ボクなんか役者不足でしょーけど、そう邪険にせんとってや。これでも剣の腕ならタショー覚えがあんねんで?仕事なんやから、キミもイヤでも飲みこみ」
「べ、べつにイヤとか、そういうワケじゃ…!」
「お前たち、たしか同期じゃろ。松本副隊長は今回外せないからの。恋人同士に見えんとイカンから、見映えのつりあう相手として朽木隊長と藍染隊長も候補にあがっていたんじゃ。だが、少しでも気やすくできる相手をということで、市丸隊長を選ばせてもらった。まぁたまには旧交をあたためるのもいいじゃろ。傍目には、なかなかどうしてお似合いじゃぞ」
イヤではないがまだ事態を飲みこめない松本をよそに、話は固まってしまったのであった。
アンタ、なに考えてんのよ、ギン…
街路樹はさんぜんと輝き、初夏の風ふきぬける、現世は東京。
松本の心は気候とは正反対に、モヤモヤと渦をまいていた。
「どないしたん、乱菊?足が止まっとるよ…少しどこか入ろか?」
暗に疲れをいたわるための提案は、文句のつけようもなくやさしい。
しかし、市丸と松本はもう長いこと“気やすく”口をきくような関係ではなかった。それどころか、隊長会議でも目が合うことすらほとんどない。
市丸を追いかけて死神になり、役職までのぼりつめたものの、そこでの関係は松本が思い描いていたようなものではなかった。
透明のカベをつくり、一定のラインから立ち入らせないようにする市丸に、自分のことなどもうどうでもいいのかとさびしくなったこともある。しかし、折にふれ、そうではないと信じたくなるような素顔をのぞかせるのだ。
そのせいで、今もこの男をふっ切れない。
「恋人のフリ」なんて任務も、なんとなく市丸が迷惑がる気がしたのだが、意外とそんなこともないらしい。どこがどうとは言いがたいのだが、市丸のまなじりのつりあがった作り笑い顔が、いつもより打ち解けたやわらかいものに感じるのだ。
「いえ、すみません市丸隊長」
待たせたことに詫びを入れながら、二三メートルほど先にいた“渦中”の男のもとに、小走りで駆けよる。
「はぐれたアカンよ。心配するやんか」
言いながら、市丸が松本の肩をふわりと抱いた。
「っ!?」
「それから、隊長やなくてギンやろ?ボクら恋人同士やねんで…?」
抱きよせ近くした耳もとで、むつごとのようにささやく。
松本は柄にもなく、カアアッとまっ赤にほおを染めた。
「ギン…」
ふっくらとした唇が、ため息のようにこぼしたなじみ深い呼び方に満足したか、市丸の口角がつりあがる。
ショーウィンドウに映る二人は、だれが言ったかたしかにお似合いの、納まるべきところに納まった恋人たちに見えた。
ひととおり繁華街をまわったが、それらしいホロウは見あたらない。
「いったん休憩はさもか」
大きな公園に入り、花壇の前のベンチに腰をおろす。
「そこのスタンドでなにか買うてくるわ。なにがええ?」
「ありがと、ギン。そうね~、アイスラテと~、あとテキトーになんか甘いのとしょっぱいの」
市丸が笑う。
「甘いのとしょっぱいのな、わかった、任しとき」
とおざかる背の高い白シャツを見おくりながら、松本がポツリとこぼした。
「これじゃホントに、ただのデートね」
後ろに手をつき、空をあおぐようにして伸びをする。
花壇の花だろうか、甘くみずみずしい香りがただよってくる。
松本はうっとりと目をとじて、足をブラブラさせた。
「花嫁さんやな」
ハッと目をあけると、こじゃれた紙袋とドリンクホルダーを持った市丸が立っていた。
「え、?」
おどろく松本にゆったり近づいて、「ホラ」とうしろの木の枝を押しさげる。
白い花ぶさが松本の髪にかるくかかった。
「乱菊、今日白いカッコしとるから、アカシアの花が髪飾りの花嫁さんみたいに見えてん」
みずみずしい香りが濃くなる。
「すごく綺麗や」
市丸が、あまりにも気どらず、まぶしそうに、嬉しそうに言うから、松本もすんなり受け入れられた。
自然と顔がほころぶ。
「ありがとう…ギン」
飾らない、はにかんだようなほほ笑みに、あたたかな陽がさした。
ホットサンドとチョコレートケーキの軽食が済んだところで、二人は本腰を入れることにした。
霊圧をほんのチョッピリ解放し、ホロウをおびきよせることにしたのだ。
ふつうと違うことをするホロウはたいてい、霊感のある人間、つまり、少しは力を持った人間のほうを好む傾向がある。
「時間帯もちょうどええな」
日が西にかたむき、アチラ側とコチラ側の境目がまじり合う頃。ホロウたちが活気をとりもどす頃だ。
歩きだした市丸に、松本は恋人繋ぎで手を引かれた。
あ。
胸の内がポッと明るくなる。
“ふつう”でもいいところで、あえてこの繋ぎ方をしたのが、嬉しかった。
市丸はそのまま、ひとけのないところに松本を引いていく。
どんどん人がまばらになり、ついには公園の外れに出た。そこで見つけた『ローズガーデン』の札がある小さなアーチをくぐる。
どうやら、薔薇の生け垣でできた巨大な迷路のようだ。
松本が高い声をあげた。
「ヤダ~、何ココォ!まだ花も咲いてないじゃな~い」
「花ならキミがいるやんかー」
じゃれ合うようなやり取りの間も、二人は足を止めることなく、奥へ奥へとすすんでいく。
「も~、チョーシ良いことばっか言ってェ。こんな暗いところでナニするつもり…?」
そしてとうとう、迷路の行き止まりに当たった。
とたん、市丸が松本を生け垣に押しつけ、妖しく笑う。
「ナニってそらぁ、決まってるやんか…なぁ乱菊…?」
「もちろんよ、ギン…そんなの一つだけじゃない…」
松本もそのほほに華奢な指をかけ、含みたっぷりにささやいた。
【気に入らね~~~!!気に入らねェなァ、オ”マ”エ”ラ】
どんどん気配の濃くなっていたソレが、ようやく姿をあらわした。
「それは狩りよ!」
瞬間、松本の目がギラリと光る。
「袋のネズミのお出ましや」
二人は同時にニッと笑った。
「ホラ、コッチよ」
副隊長の松本が、まず刀を抜いた。
「嫉妬のオニさん、手の鳴るほうへ…ってトコかしら?」
余裕の笑みであおりながら、瞬歩でかく乱し、チャンスをねらう。
もともと興奮気味だったホロウが、いよいよ言葉を繰ることもできないほど怒り狂い、絶叫をあげて松本に襲いかかった。
チャキッ…
市丸がさりげなく己の柄(つか)に手をかける。
ーーが。
「唸れ、灰猫」
松本の刀が一閃、あやうげなくホロウをむかえ撃ち、とどめを刺した。
「…」
殺気などみじんも感じさせず物見遊山しているかに見えた市丸だったが、ここで密かに緊張を解いたのだった。
「いや~“人の恋路をジャマするヤツは、馬にけられて死んでまえ~”言うけど、それより強烈な“猫ふんじゃった”やったなぁ」
事務処理をする松本に、市丸が軽口をきく。
「フッ…なによ、ソレ」
笑って流していた松本だったが、ふとおし黙る。
「どないしたん、乱菊?」
「……ねぇ、ギン」
どこかとおくに心をとばしているかに見えた松本が、目を落としたままつづけた。
「アンタからしたらソリャ私なんかまだまだだろうけど……私って弱いかな?頼りにならないから、だからッ、」
そばに置いてくれないの?
サァッと白い風がふく。
あっという間に松本は、どこかのビルの屋上にさらわれていた。
「ちょっ、ギン…?」
抱えていた体をやさしくおろす市丸。
「乱菊」
市丸がまっすぐに松本の目を見る。
「今日がずっと終わらんければええのにな」
「ッ…!」
「ホンマは目付けられたくないから嫌なんやけど、キミは強い」
「…ソレってどういう意味?目付けられたくないって、だれn…」
ゴウッと風が起こって、門があらわれた。
「ここまでや、松本副隊長。ボク、つぎも任務入っとんねん。キミ、たしかコッチで何泊かするんやろ?あんまハメ外さんようにな」
こうして、なにを考えているのかわからない男はやはりよくわからないまま、門の向こう側へと消えてしまった。
のこされた松本の、心の一番やわらかなところを掻いて。
知った香りにつられて目をやれば、いつかの花。
コレって瀞霊廷にもあったのね…
おのずと、完璧な夢のようだったあの一日が頭の中に流れだす。アノ男に掻かれた胸の内が、甘くもほろ苦くもうずく。
松本がボンヤリその木を眺めていると、明るく声をかけられた。
「あ、松本さん。イイですね~、お花鑑賞ですか?」
四番隊の虎徹だ。
「あら、イサネ。まあ、ちょっとね…」
そっと隣にならぶ虎徹は、体躯は大きいはずなのに、チョコンという効果音でも付けたくなるほど、態度がひかえめだ。
「そういえばこの花、本当はアカシアじゃなくて偽物なんですよ。ニセアカシアが正しい名前なんです」
パンッと胸の前で手を合わせて言う。
「本物は黄色い花を付ける、一般的にはミモザのことで、これはちがう科の植物なんです。だけど本物はミモザで知られて、偽物のほうがアカシアの名前で広まったらしいんです。アカシアといえば、たいていの人が思いうかべるのこの白い花ですもんね」
「へェ…アンタ、くわしいのね」
偽物、か。
“すごく綺麗や”
完璧だったあの瞬間すら恋人のフリでしかなかった自分たちの関係を、いや、あの男、ギンの心を、花が象徴しているようで、松本は切なくなった。
「でも、私はニセアカシアのほうが好きです」
虎徹がつづける。
「白い花って可憐ですし、胸のすくような香りもいいですしね。おおくの人が、コッチをアカシアという綺麗な名前に結び付けたのも、わかるような気がします…なにより花言葉が素敵なんですよ!」
「なんなの?」
『死に勝る愛』
松本がハッと胸に手を当てた
「ね、ね!ロマンチックじゃないですか!?」
なにも知らず、少女のような華やいだ声をあげる虎徹。
「ええ、そう…本当にそうね…ありがとう、イサネ」
こたえる松本の声は、かすかに震えていた。
「私もこの花、最近好きになったのよ…」
fin