季刊の如く、ゆっくり更新していきます。
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再廻:九天の滝
蝉が元気に鳴き声をあげる夏の盛りに、私は妖怪の山の河川に沿って九天の滝を目指していた。それというのも、私が夏の暑さに耐えかねて、避暑の旅を始めたからである。
「暑いったらありゃしない……」
幻想郷の夏は、年々暑さを増している。河川の近くは多少冷涼な空気が漂っているけれど、河原の石は炎天下の日差しに熱されて焼き石同然で、触るだけで火傷しそうだ。
「あやや……焼き鳥になりそうです」
射命丸文さんも愚痴を漏らす。彼女は、今日の朝刊を届けに来た際に私が避暑の旅に出るのを知り、同行を申し出たのだ。彼女も、夏の暑さに相当参っていたらしい。
「文さんなら、風を起こせば涼しく過ごせるでしょう?」
「ご冗談を。こんな猛暑では、風を起こしても温風になりますよ」
「それなら、せめて帽子でも被れば良いのに」
「では、お言葉に甘えて」
文さんは、私が被っていた河童の帽子をひょいと奪った。私がそれを取り返そうとすると、彼女は風のように掴み所なく身を躱す。
「ほらほら、早く取り返さないと、頭のお皿が乾いちゃいますよ」
「文さん……お願い……返して」
「もしかして、明香さんってホントに河童ですか?」
文さんは、直ぐに帽子を返してくれた。私は河童ではないが、夏の日差しが頭部に当たると、髪が一瞬で熱を持って、頭がぐらぐらしてくるのだ。存外、本当に頭の皿が乾いているのかもしれない。
「やっぱり、日傘を差すしかないかなあ」
「危なっかしいですが、背に腹ですねえ」
私は、蛇の目傘を日傘代わりに差した。山道で手を塞ぐのは危ないからと文さんに止められていたが、暑くてもう耐えられないのである。
「文さん、私を負ぶって飛んでくれませんか? もう歩くのが暑くってたまりません」
「この暑さでは、熱にやられて墜落しますよ。鳥達だって、酷暑や嵐の日は、空を飛ばずに木々に身を寄せるものです。イカロスみたいになりたくないなら、地に足つけて歩くのが一番です」
「確かに、太陽に近付きたくはないですけど……」
私たちは、二人連れ立ち九天の滝への行脚を再開した。河川の流水は、水深の浅い河岸付近で砂利や石を揉んでせせらぎをあげている。普段ならその涼しげな調べに聞き入る所だが、今は暑過ぎて気が滅入る。
「見てください文さん。私たちは、こんなに夏に打ちのめされている。なのに、草木はまるで水を得た魚のように生き生きと茂っています」
河原付近には、膝に迫る程度の背丈で、稲に少し似たカヤツリグサが、線香花火のように広げた花穂を付けていた。水田付近によく生えている雑草で、草むしりの手間を増やす憎い奴であるが、野山に生えているのを眺める分には、夏の風物を思わせる。
「夏とはそういうものですよ」
河原の所々には、真白い穂をしたチガヤなどが群生している箇所もあった。雑草達は、夏の暑さを味方につけているようで、元気いっぱいに絡まりあいながら各所で領土を広げている。
「眺める分には気楽だが、踏み入る分には険し過ぎる。四季自然大概全てそのようなものです。おっと、気を付けて」
暑さでふらつく私を、文さんは引き寄せて抱きしめる。お陰で、雑草の茂みを踏み抜かずに済んだ。すると、彼女は感心したように上機嫌に微笑む。
「やはり、日差しを凌げる傘は良いですね。私も、夏場には日傘を用意しましょうか。とはいえ、普段は日陰までひとっ飛びですし、手が塞がっては手帳もカメラも持ち辛いので、出番は少ないでしょうけれど」
文さんは、傘の日陰が気に入ったようで、相合傘のように身を寄せてきた。彼女は、足取り軽く鼻唄を歌いながら、手帳に鉛筆で河川のスケッチを描いている。なんとまあ気楽なものである。その呑気な様子は、夏の暑さを感じさせない洒落た余裕を感じさせた。
「上手く描けていますかね?」
文さんは立ち止まり、私に河川のラフなスケッチを見せた。それは、河原に繁茂する雑草と、水域の流量がやや誇張された有様で、人の往来がない未開の野生を感じさせる。雑草などは、花穂や鋭く伸びた葉などの特徴を捉えて描き出されていた。一方河原の石などは、陰影の強弱で強烈な日差しに晒されている様子が表現されている。
「例えばこの雑草なんかは、ここまで明細に特徴を捉えなくても良かったのですが、そこかしこ雑草だらけで良く目に入るものだから、自然と詳細に描いてしまいました。それに、陰影を強調し過ぎていますが、あまりに日差しが強い日だったので、つい……」
文さんは、バツが悪そうに髪を弄る。しかし、私は首を縦に振って答えた。
「上手く描けていますよ。このスケッチは、雑草茫々で酷暑極まる炎天下、河川が夏の暑さに負けないように願っていた筆者を想起させます。写真では余程上手くやらなければ、ここまで主観を想起させる風景は撮れません」
「それは──どうも」
「お世辞じゃありませんよ。見ているこっちまで暑くなってきそうな画稿で……いや、本当に暑いですけども」
手帳を団扇代わりにして、文さんは微笑む。結局は、写生と雑談を通してなお、結論は夏の暑さになってしまうのだ。そう思うと、私も自然と頬が緩んだ。この季節に貫徹する熱烈な熱波は、私たちの思考の殆どを占拠する。良い意味でも、悪い意味でも、夏は私たちを馬鹿にしてくれる。
「かないませんね。本当に」
「当然です。季節に敵うものなど、あんまりありません。けれど、明香さんは今、それを探す旅に出ているのでしょう?」
「ええ、勿論」
私たちは、夏の暑さが和らぐ場所を目指して、再び歩を進めた。
「ようやく着きましたねえ」
文さんは、額の汗を拭いながら九天の滝を見上げる。其処には、遥か高みの断崖から川が落ちてくる大瀑布があった。滝を避けるように疎に崖から生えている草木などは、以前訪ねた時より成長しているように見える。もっと繁茂して、至る所に日陰を作って欲しいものである。
「あゝ、涼しい。ここなら快適に寛げそうです」
私は、一息付いて腰を下ろした。大量の水飛沫が滝から周辺に飛び散っており、湿度が高いが冷涼なお陰で不快さはない。私の着ている河童の服が防水通気素材を用いた優れ物なのも相まって、服が水を吸うこともなく快適だ。
「少し、ゆっくりさせてもらいます」
「あやや、それでは、私は椛を探してきましょう」
手近な岩に腰掛けて、私は荷物から昼食を取り出して口にした。それは、出先でも食べやすいおむすびである。一方、文さんはスキップするような軽やかな足取りで険しい岩道を通り、犬走椛さんが普段から居着いている滝裏の洞窟へ向かっていた。
「ねえ、そこのあんた。悪いがちょっと手伝ってくれないかね。実は、私の鞄から幾つか工具を河底に落としちまったみたいで……」
ふいと、声をかけられた。目を向けてみると、九天の滝から少し下流の、水面が激しく泡立つ急流の只中で、河童の少女が河底を漁っていた。
「危ないですよ。そんな滝の近くの急流では、工具も流されているでしょうし、諦めて河から上がった方がいい」
「仕方ないね……結構愛着のあるスパナだったんだが」
河童の少女は、河から出て私の元まで近づいて来た。私たちは、お互いに顔を見合わせて目を丸くする。
「お久しぶりです、にとりさん」
「あんたは、明香じゃないか。驚いたね」
にとりさんと顔を合わせるのは、今着ている河童の服を頂いて以来だろうか。私の隣に腰掛けた彼女は、嬉しげな様子で私の背を叩いた。
「いやあ、長生きできてるようで何よりだよ。てっきり、何処かしら道端で妖怪に喰われたかと思ってたんだ」
「河童の服を着ていたお陰で、山の妖怪達に人間だとバレずにいられましたから」
にとりさんは、笑顔であっさり否定した。
「そいつは違うよ。山には、目が良い奴や鼻が利く奴が沢山居る。余所者が河童の格好をしてたって、直ぐにバレるさ」
「それでは、何故バレなかったのでしょうか?」
「さあね? だから、私も驚いてるのさ。ところで、明香はどうして山に来たんだ?」
私は、九天の滝に避暑に来た事を伝えた。すると、にとりさんはクツクツと笑う。
「私もさ。最近あんまり暑過ぎて、河の中に居ても温いもんだから、上流まで遡って滝の近くに来たんだ。お陰で随分と涼しいが、流れが急で、お気に入りの工具を流されちまった」
「ご愁傷様です」
するうち、にとりさんは帽子を深く被り直して日差しを睨んだ。かんかん照りの日が、河童の皿に当たったのだろうか?
「ここの所、毎年どんどん夏が暑くなってる。このままじゃ敵わないって事で、天狗のお偉いさん方は、山の神様に雨を降らしてくれるように頼み込んでるみたいでね」
「山の神様というと、守矢神社の八坂様でしょうか?」
「そうそう。あの御方は、風雨の神でもあるらしいじゃないか。そこで、雨天計画として定期的に雨を降らして山を冷まそうって話になったそうだよ」
にとりさんは、今日も夕立が降る筈だと空を見上げて呟いた。
「雨が降れば、この夏も少しはマシになるだろうさ」
「蒸し暑くなるだけかもしれませんよ」
「そうなったらお手上げだ。河童は温帯の妖怪なんだ。熱帯で暮らせるようにはできてない。地下にシェルターを作って避難生活するしか……いっそ夏の間は地底に移住するのも手かもね」
私は、地底の河に引っ越す河童達を幻視して微笑ましく思った。しかし、案外悪くない考えである。地底に四季は殆ど無く、夏の暑さとも無縁だ。
「それなら、私が地底に行って様子見しましょうか?」
「へえ! そいつは助かるね。夏の間だけで良いんだ。地底の元締め達に話を通して、河童達が過ごせる河を見つけてくれれば、明香は終身名誉盟友さ。胡瓜が二割引きになるよ」
避暑の旅路に夏知らずの地底を加えるのは、中々乙な選択に思えた。けれど、にとりさんの願いは叶わないだろうと私は彼女に告げる。
「地上と地底の妖怪達は、互いに不可侵の間柄ですから、地上の河童達が大挙して押し寄せる訳にはいかないですよ」
「そりゃ残念だ。折角の良いアイデアだったのに」
「私もそう思いますわ」
げっそりした表情の文さんが、紫さんを連れて姿を現した。文さん曰く、紫さんは避暑と頭の体操を兼ねて犬走椛さんと将棋を指していたらしい。
「椛、貴女の勤めは哨戒でしょうが。侵入者と将棋を指すなんてどうかしてるわ」
「それは酷い言い草だな。こちらの御方は、妖怪の賢者である八雲紫殿だ。本来なら私などが留め置ける相手ではない。寧ろ、番狂せの大健闘と讃えられるべきでしょう」
「全くですわ。犬走さんは本当に将棋がお上手なのね。眠気覚ましに軽く頭を動かそうと思っただけなのに、存外どうして生半には指せませんでしたわ」
「あやや……サボり白狼に暇人賢者だなんて頭痛がしてきました。明香さん、助けてください……」
私は、頭を抱える文さんに言葉をかけられず、暫し苦笑して沈黙した。するうち、紫さんが私に軽く手を振ってウインクする。
「河童を地底に疎開できないのは残念だけれど、明香は何処へなりとも行けるでしょう。最近の夏は暑いから、そうやって避暑の為に流離うのも、良い考えよ」
どうやら、紫さんは自由気儘に夏休み中のようである。しかし、その裏にはどんな胡散臭い策謀や暗躍があるのだろうか?
「あやや、そこですよ、賢者様。どうして年々夏が暑くなっていくのか、貴方様ならご存知でしょう。教えてくれませんかね?」
「勿論、知っておりますけれど、それを教える為には、幻想郷だけでなく、外の世界の事情も語らなければならないわ」
「文、急に取材を始めるな。堅苦しくって無粋よ」
「椛、あんたは今仕事中の筈でしょうが。少しは堅実に勤務しなさい」
「あ〜あ、天狗様方は姦しくっていけない。まるで蝉の鳴き声みたいだ。聞いてるこっちまで暑くなってくるよ」
「あゝ? それなら水死体みたいに河を漂ってなさい」
なんだか、俄かに白熱した雰囲気である。しかし、口々に応酬していた皆は、口を噤んで空を見上げた。すると、まるで天火を吹き付けてくるような太陽が、炎天下にいる私たち全員を睥睨して、叱り付けるような熱波を放っている。
「あやや……やめにしましょう。言い争いなんて下らないし、暑過ぎて敵わない。みんな日陰で休みましょう」
「ならば八雲殿、もう数局お相手頂けるでしょうか?」
「ええ、構いませんわ」
「明香、そのおむすびをくれないか? 丁度昼時だし腹が減ってきたんだ」
如何に冷涼な九天の滝付近とはいえ、熱くなって言い合う元気は誰にもなかったようだ。紫さんと椛さんは、連れ立って将棋を指しに滝裏の洞窟へ戻っていく。文さんは、苔生した岩に腰掛けて、滝の様子を手帳にスケッチしていた。
「お、ありがとよ盟友」
私の隣に腰掛けていたにとりさんは、おむすびを受け取って上機嫌に足を揺らした。私は、一息吐いてゆっくりと風景を見まわす。
「良い具合ですね」
滝は直瀑、草木の生えた岩肌を真っ直ぐに落下している。滝壺からは、水の鈍い衝突音が絶え間ない低音として響いてきた。其処から伸びる川は、落下の勢いを残すように激しく、泡沫を浮かばせながら下流へと流れていく。
「涼しい場所が、一番具合が良いに決まってるさ」
河原は、周辺の鬱蒼とした木々の枝葉に囲われて日陰が多く、水に研磨された細かな石で占められているが、所々には激しい水流に流されてきたと思われる岩が転がっている。それらは、一様に苔生していて長い年月を思わせた。土が流されて殆ど砂利しか残っていない為か、雑草の類は少なく、湿気のお陰で苔類の天下のようだ。
「ええ。だからこそ、此処に来ました」
湿気を帯びた重くて冷たい風が、すれ違い様に肌を撫でて行く。日に照らされて色鮮やかな日向と、暗く深みを滲ませた物静かな日陰が、その明暗の境目を風と共に揺らめかせていた。
「鮮やかですね」
「そりゃそうさ。光学的には、私たちは万物が照り返した光を見ている。だから、日差しが強くなる程、沢山の光が目に入るのさ」
「太陽に照らされて月がその白い顔を覗かせるように、夏日が草木を照らして青々しく映える──」
「詩的に言えばそんなとこさ」
にとりさんは、おむすびを食べ終えて河へ向かう。一方私は、寛いだ様子で手帳に鉛筆を走らせている文さんや、滝裏の洞窟から現れて私に手を振る紫さんと、収まりきらない滝の一部を写真に写した。
「どうかしら? 上手く撮れた?」
「ええ。良い風景ですから、良く撮れましたよ。椛さんとの将棋はどうでしたか?」
「大将棋を指そうという話になったのだけれど、駒が幾つか足りないらしくて、犬走さんがお探し中よ」
「紫さんは、そもそも何故山に来たのですか?」
少し迷うような素振りをしてから、紫さんは口を開いた。
「妖怪達の計画の監察よ。彼らは、暑過ぎて神に雨乞いする計画を立てた。けれど、好き勝手されると土砂崩れや河川の氾濫も起こるかもしれない。何処かで誰かが線引きしなければならないのよ」
「神頼みの線引きですか……」
「そうよ。八坂神奈子さんは、祈りに応えるだけで恣意的だし、ざっくばらんな神様ですから、細かい所まで詰めるような御方ではないでしょう? おまけに、山の妖怪達は目先と我が身の事しか考えないから、これが合わさると碌な事にならない」
「だから、紫さんが心配になって来たと」
紫さんは、微笑んで沈黙した。これは、彼女の肯定の仕方であると私は知っている。そこで、私は話題を変えて河の水中で揺蕩うにとりさんに目を向けた。
「河で寛ぐ河童でさえ、最近の夏の暑さには参っているようです。この暑さは、もはや異変ですよ」
「いいえ、自然よ。全ては変わっていく。私たちは、転変していく此の浮世に合わせて生きていく他ないのよ」
チャプチャプと、靴を脱いで河の浅瀬を歩いてみた。冷んやりとして心地良いが、砂利が足裏を掻いてこそばゆい。
「ならば、
私は、河の浅瀬の散歩を続けながら呟いた。
「かつての私と夏ならば、暑いという理由だけで、こんな山奥の瀑布まで足を運ぶなんてあり得なかったですし」
「夏に尻を蹴飛ばされたのかしら?」
「そうですね。最近の夏は乱暴です」
「確かに、加減が無くなってきたわね」
くすくすと笑って木漏れ日を見つめていた紫さんが、靴を脱いで私の元までやって来た。彼女は、丈の長い衣服の裾が水に浸かるのも厭わず、ご機嫌な足取りで流水を踏みつけている。
「冷たくて心地良いわね。こういう心境と風景を表した詩があって、確か……」
「『夏河を越すうれしさよ手に草履』」
「そう、それ、正に」
「お二人のお邪魔をするつもりはないのですが」
文さんが、河原から声を上げていた。
「もう直ぐ雨が降る予定ですよ」
「あら、ありがとう。雨宿りしましょう」
私は、木陰へ向かう紫さんを追う最中、足に一際冷たくて硬いものが触れるのを感じた。ふと視線を下すと、私の足が銀色の何かを踏み付けている。何とはなしに手に取って見ると、それはズシリと重く、両端が沢蟹のハサミのようになっているスパナだった。
「にとりさん、落とし物ですか?」
にとりさんは、私が手にしているスパナを目にすると、河底から浮かび上がって私の元までやって来た。彼女は、大型犬のように体を震わせて全身に滴る水を払い、笑顔で私の手からスパナを引ったくる。
「そう、それだよ! 見つかるなんて運が良いねえ。本当に助かったよ」
上機嫌な様子で、にとりさんはスパナを背負い鞄に放り込んだ。それから、彼女は私に礼を言って河からあがり、みんなが雨宿りしようとしている木陰へと向かう。曰く、雨中の河は河童でも危険らしい。
「ほら、明香、早く」
紫さんは、私に声を掛けた。気付くと、ぽつぽつと雨が降り始め、雨粒が河原に斑点のような染みを残し始める。私も、雨に打たれて足早に急ごうとするが、思い直して立ち止まった。雨に打たれるのを心地良く感じられる季節が夏であると、私は思い出したからだ。
「いえ、もう少しこのまま──」
空には、地に影を落とす分厚い雲が浮かんでいる。けれど、厳しい日差しが雲の隙間の青空から降り注いでいて、晴天でもあった。雨と日差しの両方に打たれると、冷えることも茹だることもない。
「
「傘も差さずに、佇む程に?」
紫さんの問いかけに、私は頷いて答えた。どうかもう少し、この控えめなシャワーのような小雨が、降り続いてくれるように願いながら。