傲慢の魔女『フラン』 作:オド・ラグナの対義語
原作:Re:ゼロから始める異世界生活
タグ:R-15 ガールズラブ オリ主 残酷な描写 アンチ・ヘイト 転生 憑依 性転換 クロスオーバー フランドール・スカーレット 東方Project AI利用
『激動の一週間・傲慢の魔女』
客間のベッドの上で、ナツキスバルは膝を抱えて丸まっていた。
直前の周回で、あれほど信じていたレムの手によって、なす術もなく惨殺された恐怖。そして、死に戻りという狂った運命を誰にも打ち明けられない孤独が、彼の精神を容赦なく削り取っていく。
襲いかかる強烈な眠気は、そのままあの凄惨な悪夢への入り口だ。瞼が閉じそうになるたび、スバルはインクの乾ききった羽ペンの先端を、自らの手の甲へと深く突き刺した。じくじくと溢れる血の痛みだけが、辛うじて彼の正気をこの世界に繋ぎ止めている。
部屋の片隅で時間の感覚すら失いかけていたその時、不意に扉が開いた。
「……ずいぶんと、見る影もない惨状かしら」
冷ややかな、しかし聞き覚えのある幼い声。弾かれたように顔を上げると、そこには縦ロールの髪を揺らす少女、ベアトリスが立っていた。この周回になってから、彼女と顔を合わせるのはこれが初めてだった。
「お前……何しに、来たんだよ」
掠れた、獣のような声が喉から漏れる。敵意を隠そうともしないスバルに対し、ベアトリスは不快そうに小さな鼻を鳴らした。
「エミリアと、にーちゃに頼まれたから様子を見にきてやったのよ。お前の様子が最初からおかしいから、ベティーが何か余計なことでもしたんじゃないかって、あの小娘が本気で心配していたかしら。まったく、お節介にも程があるのよ」
心無い言葉で傷つけたはずのエミリアが、それでも自分を案じてベアトリスを差し向けた。その事実に、スバルの荒んだ心が微かに揺れる。だが、今の絶望的な状況を彼女たちが解決してくれるわけではない。
「用が済んだなら、さっさと消えてくれ……。俺はもう、誰とも話したくねぇんだ」
投げやりな態度で手を振るスバルに、ベアトリスはさらに部屋の奥へと足を踏み入れた。けれど、ベッドの傍らまで歩み寄ったところで彼女はふと足を止め、忌々しげに顔をしかめる。
「面が辛気臭いだけじゃなくて、身に纏う悪臭も一段と酷くなっているのよ。鼻がひん曲がりそうなほど、最悪の残り香かしら」
「悪臭……? 俺が、臭うってのかよ」
「魔女の執着の臭いなのよ。お前、一体どれだけ不吉な存在に見初められれば気が済むのかしら」
『魔女』という単語が耳に飛び込んできた瞬間、スバルの脳裏に、前の周回でレムが自分に向けていた尋常ならざる殺意がフラッシュバックした。あの容赦のない暴力の理由は、自分から漂うこの「臭い」のせいだったというのだろうか。
「魔女……『嫉妬の魔女』って奴の仕業なのか?」
「今の世界で、単に魔女と言えばその大悪災を指すに決まっているのよ。……ただ」
ベアトリスは腕を組み、スバルの全身を値踏みするように凝視した。その瞳に、微かな困惑の色が混じる。
「お前から漂うその不吉な気配……基本は『嫉妬』の濃厚な悪臭だけど、その奥底に、妙にか細くて、それでいて酷く歪んだ
「傲慢……?」
スバルがその言葉をオウム返しに呟いた、その瞬間だった。
胸の奥、心臓のすぐ隣あたりが、ドクンと妙な熱を持って脈打った。まるで、その言葉を待ち望んでいた何かが自分の内側で歓喜に震えたかのような、酷く奇妙で不気味な錯覚。
しかし、今のスバルにはその違和感を突き詰める余裕などなかった。迫り来る死の運命から、どうにかして逃れなければならない。
スバルはベアトリスのパックへの弱みに付け込み、なりふり構わずその小さな手に縋りついた。明後日の朝まで、俺をこの屋敷の脅威から守ってくれ、と。
ベアトリスは呆れ果て、毒舌を吐き散らしながらも、最終的にはスバルの傷だらけの手を握りしめた。
「汝の願いを聞き届けるのよ。ベアトリスの名において、契約はここに結ばれる」
絡み合った掌から、圧倒的なマナの熱量がスバルの冷え切った身体へと流れ込んでいく。それが、四度目の繰り返しの中で、スバルが初めて掴み取った確かな希望の光だった。
「たとえ仮でも契約事は契約事。儀式に則った上で結ばれたそれは絶対なのよ。お前のわけのわからない頼み、聞いてやるかしら」
感謝するがいいのよ、と最後にそう結び、ベアトリスは下からなのに上から目線でスバルを堂々と見据える。湧き上がる感情は抑えようも無かった。
それから、絶対の安全圏である『禁書庫』に匿われ、スバルは無事に四日目の昼を迎えていた。
ベアトリスの庇護のもとで辛うじて睡眠を取り、精神的な余裕を少しだけ取り戻したスバルは、踏み台の上で本を整理している彼女の背中に、ずっと引っかかっていた疑問を投げかけた。
「なぁ、ベアトリス。あの日に俺から『魔女の匂い』がするって言ったろ。あれについて、もう少し詳しく教えてくれないか。魔女とか、魔女教とかさ」
ベアトリスは本から目を離さないまま、深いため息をついた。
「無知・無才・無能のくせに首を突っ込みたがるのは、人間の悪い癖なのよ。というか、なんで魔女教のことを知らないのかしら。信じられないのよ」
「辛辣! もうちょっとオブラートに包んでもらえねぇ?!」
「聞くかしら。魔女教なんて、関わるだけで命がいくつあっても足りない狂信者の集まりなのよ。あいつらは『嫉妬の魔女』を崇拝し、世界中で理不尽な破壊を撒き散らす最悪の組織。その幹部たちは『大罪司教』を自称しているかしら」
「大罪司教……。大罪、か。なぁ、前に言ってた『傲慢』ってのも、その魔女教に関係あんのか?」
スバルの問いに、ベアトリスは動きを止め、踏み台の上からゆっくりと彼を見下ろした。その表情には、いつものベアトリスらしい生意気さとは違う、歴史の闇を覗き込むような重みがあった。
「400年前の世界には、嫉妬の魔女に呑み込まれた六人の魔女がいたのよ。おかあ……『強欲の魔女エキドナ』、『憤怒の魔女ミネルヴァ』、『暴食の魔女ダフネ』、『色欲の魔女カーミラ』、『怠惰の魔女セクメト』、そして『傲慢の魔女テュフォン』かしら」
「七大罪の魔女たち……中二心をくすぐるぜ」
「彼女たちはとうに死に絶え、歴史の藻屑となったのよ。……だけど、傲慢の魔女については、テュフォンが死んだ直後にちょっとした例外が起きたかしら。普通、大罪司教が振るう『権能』は、世界に散らばった魔女因子に適合する人間が獲得することで発現するのよ。すぐに適合者は現れない。だけどあの時は、テュフォンから剥がれ落ちた因子を即座に引き継いで、新たな『傲慢の魔女』になった奴がいたのよ」
ベアトリスは踏み台からトントン、と軽やかな音を立てて飛び降りると、古い革張りの書物を一冊、机の上に置いた。その表情は、不快そうでありながらも、どこか懐かしむような複雑な陰を帯びている。
「ベティーも400年前に何度か顔を合わせる羽目になったかしら。金髪赤目の、底が知れない吸血鬼の少女なのよ。あいつは吸血鬼だから寿命なんてないし、今も世界のどこかで生き長らえているに決まっているかしら」
「金髪、赤目の……吸血鬼……なんか某妹様みたいだな」
スバルの脳裏に、なぜか一度も見たはずのない鮮烈な赤と輝く金の色彩が、強烈な既視感となって突き刺さる。
「あいつは死なない不死身の吸血鬼。なのに数十年前、ヴォラキア帝国で『傲慢の大罪司教』を自称するストライドという男が現れ、国を揺るがしかねない大動乱を起こしたのよ。あいつの持ってるはずの因子を彼が持っていた理由はわからないけれど、どうせロクでもないことを企んでいたに違いないかしら」
「その、傲慢の魔女が……今も、どこかに……」
その言葉がスバルの喉から絞り出された、まさにその刹那。
ドクン、と世界が歪んだ。
スバルの視界の端に、一瞬だけ、悪魔のような羽を背負った幼い少女の残像が過った。そして、耳の奥──否、脳髄の真っ芯で、鈴を転がすような無邪気な笑い声が響き渡る。
(──、フーちゃん。ベティ、私のこと凄く悪く言ってるよ? ひどいと思わない? )
「……っあ!?」
強烈な目眩と吐き気がスバルを襲い、彼は胸を強く押さえてその場に膝を突いた。
「ちょっと、どうしたのよ急に青い顔をして。やっぱり救いようのない変態かしら」
「いや……なんでも、ねぇ……。ちょっと、急に立ちくらみがしただけだ……」
冷や汗を拭いながら、スバルは荒い息を整える。
「白昼夢を見た気分だぜ。まんま妹様なわけねえしな……」
まだ見ぬ魔女の脅威におびえるよりもやることは山積みである。ナツキスバルは両掌で両頬をパンッと叩いた。
「うっし! んじゃあまずは本を読むか!」
「忙しないやつなのよ。青ざめたとおもったら急に自分の頬を叩くなんて」
ベアトリスはスバルから目線を外し、本を開き始める。すげない態度ではあれど、彼女のやさしさはこれまでのやり取りで十分に実感していた。スバルも先ほどベアトリスから渡されたイ文字の本を開き、禁書庫での静寂はゆるやかに過ぎていった。