いつも無表情で俺にだけじゃれてくるボクッ娘お嬢様をわからせたい   作:『テキスト』

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ボクにお茶をいれてくれ

 

「執事、喉が渇いた。ボクにお茶をいれて」

 

「分かりました。お嬢様」

 

 聞こえた声はいつも通り鈴のように綺麗だった。

 

 立派な屋敷の横にあるこの庭には、さんさんと輝く太陽の下で光を浴びて無数の色とりどりのバラや蝶々が飛ぶ幻想的な空間。

 風が吹けば、花たちは身を揺らして甘い蜜の匂いで癒してくれる。理想の場所。

 

 しかし、本当に幻想的なのは俺の目の前に座っている彼女本人である。

 

「お茶の準備ができました」

 

「うん、そのままいれちゃって」

 

 熟したリンゴのような張りのある形と赤色の唇に、肩まで伸びた上品なクリーム色の艶のある髪。目が合った者は異性問わずに、彼女に一方的な恋に堕ちてしまう力強い紫色の瞳。

 家の敷地内でラフな格好であるのにも関わらず、外に行っても恥をかかない深い海のような紺色のドレスを完全に着こなす姿。

 

 それが屋敷の持ち主のお嬢様である。

 

「ほら、さっさといれてよ」

 

 曰く、十六歳でありながらもこの国で一番の天才だとか。

 

 曰く、男よりも強いだとか。

 

 曰く、この屋敷に入った泥棒と目を合わせて使用人にしてしまったとか。

 

 などなど、お嬢様の伝説をあげればきりがないほどでてくる。

 

 他人が羨むも嫉妬するのも通り越して誰もが恋に堕ちてしまう美貌も、立派な屋敷を持っている財力。

 全てが完璧である。天は二物を与えてしまっている。

 

「まだ?」

 

 だが、そんな彼女に一つ欠点を言うなら、少しだけ人に冷たい部分もあるというところだろう。

 もちろんそれを含めても俺は彼女の尊敬する気持ちは変わらない。それどころか、実は根が優しいところとのギャップがとてもいい、たまらない。

 

「はっ、ただいま」

 

 お湯で温めていたティーポットの水を専用の容器に捨て、大きめなお茶っ葉をポットの中へ適量を入れる。そこへ沸騰しているやかんのお湯を注ぐ。

 そのまま蒸らすためにポットの蓋をすぐに閉じた。

 

 約三分半。この紅茶が完成するまで時間がかかる。

 

「それにしても、君のいれ方は独特だね」

 

「恐れ入ります」

 

 お礼を言い頭を下げる。使用人としてはこれが最適だろう。

 はぁと、呆れたように彼女はため息をする。頬に手をあて肘をテーブルにつく。

 

「もうちょっとは砕けたしゃべり方でいいよ。プライベートで堅苦しいのはあんまり好きじゃないし」

 

 唇を尖らせ不満げにそう言った。

 ときおり、彼女はこうやって納得しないと綺麗な形の唇を崩してまで可愛らしく尖らせることがある。

 

「いえ、仕事中のですので」

 

「ボクが喋っていいと言っているんだから、もうちょっとないの?」

 

 ツンとした氷のような言葉に、背筋をゾクリとさせて俺のことを見つめる。

 心なしか目も冷たい気がした。

 

「はい、では三分ほどお話させて頂きます」

 

「うんうん、それでいい。君はボクのモノなんだからさ」

 

 独裁者特有の目の鋭さに他人は横から何も言えまい。

 まあ、俺は彼女の所有物でも不満はないけど。

 

「ところでお嬢様。どういったお話を?」

 

「うーん、そうだねぇ」

 

 悩んだように、人差し指を唇にとんとんと、優しくあてた。その姿にはしたないと言える人間がその場にいるはずもなくお嬢様は続ける。

 

「好きな食べ物の話……とか?」

 

「好きな食べ物ですか? お嬢様は苺が好きだったと覚えていますが」

 

「いやいや、ボクの好きな食べ物じゃなくて君の」

 

 正直、意外だった。お嬢様が他人に興味を持つなんて。

 相手から先に興味を持たれることが日常茶飯事なのだから、自分から他人に興味を持つなんて普段の様子からは考えられなかった。

 

「私ですか。私も苺が好きですね」

 

 もしかして、お嬢様にも意中の相手ができたとか? 聞き出すために一応、異性である自分で練習をしていると。

 

 お嬢様は完璧主義者でもあるから、外にいる間は身なりから言葉遣いまで完璧にしたがる。

 お嬢様も年ごろの女性だ。それなら、少しだけ不思議な行動にも辻褄が合う。

 

 そうすると、お嬢様と同じ物を告げた俺は練習にならないから駄目なのでは?

 あれ、もしかしてやばい? 別の食べ物を言わなきゃ練習にならないじゃん。

 

 黒い燕尾服の内側に大粒の汗が伝っていく。もしかしてクビの二文字が脳裏に走った。

 

「そ、そっか。ボクと同じなんだ」

 

 焦っている俺とは裏腹に照れたように言う彼女を見て、受け答えが間違いじゃなかったことにホッとする。

 

 別の食べ物をあげようとも考えたが、彼女はそれから口を開くことはなかったので俺も静かに見守ることにした。

 

「時間がちょうどいいので」

 

 一分も満たない沈黙を破ったのは俺の声。お湯を入れてからちょうど三分半が経ったのでお嬢様に声をかける。

 

 曲線を描くように高くからポットを支えて茶殻をこしながらカップに注ぐ。

 これも美味しくいれられると、諸説があるけど俺はパフォーマンスとしてしている部分がある。

 普通にやるよりもこっちの方が見ている方は楽しいし嬉しいしはずだから。

 

 紅茶をポットから注ぎ終わったカップを音を立てずに、彼女の前に差し出してから俺は後ろに一歩下がった。

 

「おいおい、毒味もなしにボクに飲ませるのかい?」

 

 いやいや、これ飲んだら間接キスになっちゃうから。せめて飲ませるなら同性のメイドを呼んでくれよお嬢様。

 

「まさか、飲ませて頂きます」

 

 などとは言えはずはないので、お嬢様の隣に立ちカップの取っ手部分をつかみ口に運ぶ。

 隣に立つのは、不審な動きをさせないためと、昔お嬢様に直接言われたことがあった。

 

 メイドがやるところを見たことがあったけど自分がやるなんて。

 それくらい信頼されていると思うと、感動のあまりに涙腺が崩壊しそうになったがお嬢様の目の前だ、泣くわけにはいかない。

 

 紅茶は口溶けのよいスッキリとした渋みが口から喉へ通っていく。

 ほのかに甘さも含まれていて飲みやすくて、美味しい。

 

 この屋敷に来たばっかりのころは、知識はあれどいれる行為をしたことがなかったため、渋くて飲める物ではなかった。だけど、普通に飲めるほどに成長ができた。

 これも指導してくださったお嬢様のおかげである。

 

「……毒は入ってないようです」

 

「そっ、まあご苦労様。ボクはしばらくここにいるから、後はメイドに片付けさせるから帰っていいよ。ついでにメイドの一人でも呼んどいてくれ」

 

「しかし」

 

 仕事中なのにお嬢様も一人にするのはどうなのかと思いためらってしまう。

 もし、賊が現れたりしたら守る人がここにはいない。

 

「ボクの命令が聞けないの?」

 

 本日二回目のツンとした氷を連想されるような冷たい表情。

 これ以上は彼女が不機嫌になってしまう合図でもあった。

 

「いえ、かしこまりました」

 

 俺はお嬢様の命令には逆らえない。

 

「よろしい。では、また用事があったら呼ぶからそれまで適当に仕事しときなさい」

 

 一礼して裏口から屋敷の中に入る。

 

 屋敷に戻ると、メイドを探す前に懐からいつもつけている日記を取り出しペンを走らせ、サッと一言だけ記入をした。

 

 お嬢様は今日も笑わなかった。

 

 何年もこの家で仕えてきたが、彼女が笑う姿を俺は一度も見たことがない。機嫌のいい時でも無表情な姿しか見たことがない。

 きっと、お嬢様は一人で寂しいのだろう。物騒な噂も流れるせいで心から笑い合える友人が少ないから。

 

 だから、俺は精進しなければならない。

 たとえ世界の全員がお嬢様の敵になっても、自分だけでも頼ってくれるほどお嬢様から心許せる使用人になりたい。

 

 俺はいつも無表情なお嬢様を心からわからせ(笑顔にし)たい。思いを改めて日記を閉じ、庭の片付けを任せられるメイドを探しに歩いた。

 

 全てはお嬢様が笑える世界のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、これが間接キスというやつか」

 

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