いつも無表情で俺にだけじゃれてくるボクッ娘お嬢様をわからせたい 作:『テキスト』
「執事。ボクに夜食を持ってきてくれ」
「はっ、分かりました」
ある夜の日。彼女の部屋に呼ばれ、すぐに訪れた俺はそう言われた。
部屋の中の柑橘類系のアロマが俺の鼻の奥を刺激する。
当たり前だが使用人の部屋の何倍も彼女の大きい部屋の中で、彼女は机に向かって座っていた。
緑色の柔らかく寝やすそうで上品なカーディガンを羽織っている。
ラフな格好でも、彼女の美しさは変わっていない。
ちらりと遠くから見えたお嬢様は机の上にはテキストが乱雑にちりばめられていて、端っこにアロマを焚きながら勉強しているようだった。
問題を考えるためかペンを自由自在に回して、インクが落ちて身につけている物が汚れるんじゃないかと俺はハラハラとしていても、お嬢様はこちらなど気にせずに器用に手の中で遊んでいる。
あのお召し物が汚れたら、俺の給料の何ヶ月分がなくなってしまうのか。
「では、すぐに作るように声をかけてきますので」
考えたくないことはすぐに頭の外に追いだして、切り替える。
部屋にあるアロマはリラックス効果があるらしいが、この部屋に訪れてから俺の気を張りっぱなしである。
夕食を作る担当はまだ起きているはずだから、キッチンにいなかったら彼の部屋に直接行って確かめに行こう。
「あ、まって」
「はい?」
扉を開けて急いで呼びに行こうとして、突然お嬢様の気の抜けた声に止められる。
彼女の声が俺なんかのために消費されることの嬉しさと、何か気分を妨げることをしてしまったのかという底知れぬ恐怖が俺の胸の中でせり上がった。
「せっかくなら、君が作ってきてくれないか?」
「俺がですか?」
あっと、短い悲鳴があがる。もちろん俺の声で。
「ん、他の人間は気にしないから気にしないで」
「すみません。以後気をつけます」
「いいよ、いいよ。ここボクの部屋でプライベートだしね」
働くためのルールとして、自分のことを「俺」というのは禁止になった。
屋敷に訪れる人には、粗探しをする人は徹底的にする。その人にお嬢様に恥をかかせないために、丁寧な言葉遣いを心がけようと他の人と相談して禁止にすることになった。
「それで、私が作るのですか? 夕食の担当はまだ起きていると思いますよ?」
夜といっても、まだ十時を回ったところだ。ここの屋敷では夜と朝では料理を作る担当者が別々なので早く就寝する必要はない。
むしろ、今だったら明日の朝の下準備をしているはず。
聞きかえすことは恐れ多いが、自分が作って下手な食べ物を彼女に渡すよりは全然いいだろう。
彼女だって不味いご飯は食べたくないだろうし。
「いや、ボクは君のご飯が食べたいんだ。だめかな?」
ただし、平然と言いのけるお嬢様には俺は何も言えるはずがない。
元々、彼女にお願いされたらやらなければいけない立場なんだ、こうなった以上はできるかぎり美味しく丁寧に作ればいい。
「作ってきますが、口に合わないようでしたら取り替えますので、すぐにお申し付けください」
「うん、気長に待ってるよ」
自分に言い聞かせながらやっているが、実際はかなり自信はない。
お嬢様のことだから、一回でクビなんてことはないだろうけど、それでも怖い。
そんな自分とは裏腹に片手をヒラヒラと上げやる気がないように応援してくれた。
――
「あれ? 担当者がいない?」
殆どキッチンに籠もりっぱの彼がいないのはなかなかに珍しい。
「まあ、そういうときもあるよな」
彼に相談ができないのは少しだけ心配だけど、早急に作らないといけないから手を洗いわさっそく準備に取りかかる。
「パンとトマト。後ハムが残っているって言ってたな」
手の込んだ物を作っても、本職の人間に敵うはずもないからできるだけシンプルな食べ物を用意した方がいい。
調理器具入れから二枚の取っ手付きの鉄板を用意すると同時に鉄板を火で加熱する。
バターを塗ってから、カットトマトとハムを挟んだパンを鉄板の上に乗せてから軽くプレスをした。
「簡易ホットサンドメーカーって、ところかな?」
夏が近く、ただでさえ蒸し暑い調理室がより暑くなった。上を汚れない場所で脱いで、シャツを捲る。
じゅううと、パンとバターが焼ける音を聞きながら交互にひっくり返していき最後に皿に盛り付ける。
きつね色の焦げ目がついて、自分から見ても不味くはなさそうに見えた。
汗を拭き取って服を正し、完成したホットサンドを持って、三回ノックをすると、中から「入っていいよ」と声が聞こえたので「失礼します」と言って扉を片手で開ける。
部屋には相も変わらずに、お嬢様が座っていたのだが。
「お、お嬢様、なんでカーディガンを脱いでしまっているんですか!」
俺が部屋を出てから彼女はカーディガンを椅子にかけて脱ぎ、ネグリジェ一枚の姿になっていた。
夜空を想像させる黒色のネグリジェの肌まで布一枚分しかスペースがなく、じっくり見ると身につけているいる下着までもが透けて見えてしまうんじゃないかと焦ってしまい、目の置き場がどこにもない。
胸元が谷を作っていてとにかく大きいし、彼女の陶器のような真っ白いぷにぷにとした脚が、スカートみたいに絶対領域から無抵抗に伸びて大幅に露わになっている。
「いやー、最近暑くてね」
「はぁ、確かに暑いですが」
俺が元々住んでいた地域よりも湿気が少なく涼しいが、夏が近づいてきたせいで確かに暑い。
使用人もお嬢様も肌寒い春物から夏物へ衣装をすでに用意している。
俺も確かに暑いなとは思っていたけどもさ。
「だから、カーディガンを脱いだ」
「脱いじゃ駄目ですよ!」
「なんで?」
堂々と純粋に疑問に思ったときの、無垢な瞳の前では何も言えずに言葉に詰まる。
そりゃそうだ。ただ暑いから一枚脱いだだけである。使用人の心境なんて彼女には関係ないだろう。
何を言っても解決にはならないだろうし、へんに下心があると知られたら俺の身に何が起こるか分からない。
「と、とにかくメイドを呼んで参りますので、口に合わなかったり片付けの方は、メイドにお任せください」
これ以上、お嬢様を見ても俺は得するかもしれないけど、彼女は何一つ得しないために一刻も早くこの部屋を出なければいけない。
「ん、ありがとうねご苦労さま」
「では、失礼します」
丁寧に扉を閉めて、全速力で部屋から離れてキッチンへ戻った。
もちろん、途中ですれ違ったメイドにお嬢様の部屋の片付けを頼んで。
「おお、もう帰ってきたの?」
キッチンに戻るとのんびりとした声に呼び止められる。
このゆっくりとした声の持ち主はさっきまでいなかったら夜のキッチン担当の人間だ。
「あ、すみません勝手に使ってしまって」
「いいよ、いいよ。どうせお嬢の頼みでしょ?」
「はい、そうですがどうして?」
お嬢様の部屋に入る姿は誰も見ていないと、思っていたけど誰かに見られていたのだろうか?
「ああ、今日お嬢に『今日の夜食は執事に作ってもらうから、あなたは彼に意見を言わないで』て言われてねぇ。だから隠れていたんだぁ」
「はぁ、そうなんですか?」
「美味しそうだったから、止めなかったけど」
いや、止めてくれよとは思ったけど、彼も自分より先輩だから何も言えない。
「まあ、お嬢も君の料理だったら喜んで何でも食べそうだけどね」
「えっと、何でですか?」
理由もなくニコニコと笑っている彼が不気味で怖い。
「あはは、それは自分で考えてぇ~」
そんなやりとりをしながら、朝の準備をしている横で俺はキッチンの片付けをしながら、お嬢様のことを考える。
逃げるように食事を置いてきたけど、口に合えばいいけど。
「やっぱり、彼のご飯はおいしいなぁ」