いつも無表情で俺にだけじゃれてくるボクッ娘お嬢様をわからせたい   作:『テキスト』

3 / 8
ボクと散歩に行くぞ

 

「執事。ボクと散歩に行くぞ」

 

「はっ、分かりましたお嬢様」

 

 部屋に呼ばれ俺は椅子に座っているお嬢様にそう言われた。

 

 散歩は彼女の趣味だ。仕事をしている最中にメイドとよく散歩をしている姿を見とこがある。

 部屋に籠もりきりも体に悪いので休みの日にも体を動かすことが多い。

 

 そんな今の姿を見ると、散歩のしやすい薄手の夏物ワンピースに着替えていた。

 邪魔にならないように髪の毛を軽くゴムで結んでいる。

 普段は身につける衣装も似合っているが、空色のワンピースは今日の彼女はいつもの綺麗な印象よりも一段と可愛く見える。

 

 無論、表情は無表情のままだが、それでも可愛さは隠しきれていない。

 

「では、参りましょうか」

 

 先導するために扉を開ける。執事たるもの常に先に歩いて道を作らなければならない。だから、雇い主の目線になって行動をする。

 執事になるために初めに教えられることだ。そして、ここの屋敷にはそれができる覚悟を持った人間しかいない。それくらい皆お嬢様を慕っているということになる。

 

 

「えっと、お嬢様?」

 

 扉を開けているのにいつまで経っても来ないでいて、疑問に思い椅子にいた場所を見ると、彼女は座ったままで動きそうにない。

 

「おいおい、ご主人様をエスコートなしで歩かせるのか?」

 

 ぷるっとした、彼女の唇が弾けて俺には聞き慣れない言葉を吐いた。

 

 はぁ?

 

「えっと、何をおっしゃっているのですか?」

 

「だから、エスコート。ほら、手。手を差し出して」

 

「え、ですがお嬢様」

 

 一言で表すならそれは美しさが凝縮されている。

 

 差し伸べられる手にはすらっとしている芸術品のみたいな細い指。

 男よりも強いという噂があるのに、男のようにゴツゴツとした筋肉どころか傷一つない。あるのは同じ人間とは思えないすべすべとした白い肌の手があるだけ。

 

「まさか、ボクとは手が繋げないのか?」

 

「ま、まさか。繋げますとも」

 

「んっ」

 

 首を傾げる動作も可愛い。じゃなくて、勢いでそんなことを言っちゃったけど、これ繋いでいいのか?

 

 繋げば極楽。引けば機嫌が悪くなって地獄。

 すなわちどちらにしても死があるだけである。

 

 ゴクリと、喉が鳴った。緊張が俺の体を全力で走る。

 何回も汗がにじみその度に着ているズボンで汗を拭っても、拭い足りない。どんなに清めても美しさを汚す要因にしかならない。

 

「おそい」

 

「うわっ!」

 

 俺の手が触れるか触れないか手前で迷っていると、彼女の手が先に俺の手をさらっていった。

 緊張して熱々の俺の体とは正反対の、ひんやりとした氷と間違えるほどの冷たい手。

 

 これは人間の手ではない、女神か何かの間違いだろう。

 

「もう、ご主人様から手を繋げさすなんて、君は執事失格だろうよ」

 

「も、申し訳ございません。以後気をつけます?」

 

 ジッと目を細め不機嫌になりながらもお嬢様は立ち上がって、俺を引っ張って一緒に開いている扉を抜けた。

 

「まあ、今日はそれでいいよ。なんか時間がかかっちゃったけど、行こうか」

 

 さきほどとはうって変わって彼女の様子はどこか機嫌がよかった。

 

――

 

「暑いな」

 

「暑いですね」

 

 お嬢様と俺の二人は相変わらず手を繋いだまま外に出た。違いを強いて言うならエスコートをしろと言われた、俺がエスコートをされているということだろうか。

 

「暑いなら、手を放しませんか?」

 

 お嬢様の手は冷たい。それこそ女神様に違いない。手を時間が許す限りずっと繋げていたいという欲望があるくらいに。

 

 しかし、しかしだ。緊張をしすぎて喉がカラカラ、汗もつられて手からは出ないが足の裏はじんわりと濡れている。

 このまま手を握っていても、迷惑をかけてしまう。

 放してくれた方がお互いにいい、俺はそう思っていた。

 

「……何で?」

 

 ぞわっと、暑かった空気が一瞬で雪が降るんじゃないかというほど気温が下がる。瞬時に彼女の爪が手をくい込んだ。

 軽く俺の手からは血が出ているだろう。それくらいに痛みが走る。

 

 もともと形のいいツリ目からジト目になるのは不機嫌になる合図でもあった。

 

「いえ、お嬢様が嫌でなければこのままで」

 

 結局は言うとおりにする。自暴自棄になってこの後がどうでもよくなったともいう。

 

「うんうん、それでいい」

 

「では、このまま行きましょうか」

 

 長い間ここにいるが、俺はいまだに機嫌が損なわれる原因が分からない。

 先輩方に聞いても笑ってはぐらかせられて、今でも理由は聞けないままでいた。

 

「仕事にも慣れたか?」

 

「はい、お仕事のほうも慣れさせて頂きました」

 

「そっか、ならよかった」

 

 あてもなくぶらぶらと二人で歩いているときになにとなしに俺に問いただす。

 彼女の口から告げられた言葉に深い意味はないだろう。

 

「何か大変なことがあったら、すぐにボクに言ってね? その働いている人の悩みはボクの悩みでもあるから」

 

「いえ、ご心配にならず。楽しく働かせていただいています」

 

 少しだけここの話をしよう。

 辺境な地にあるここはなかなか働いてくれる人が現れない。給料は他の場所と比べて高いから集まりそうだが、お嬢様の物騒な噂を耳にして入ってくる人は少ない。

 よほどの物好きか。女神のように美しいお嬢様を手駒にとりたいゲスな人間のどちらか。

 

 もちろんゲスな人間はすぐに見破られて追い出され出禁になるのだが。

 その代わりに物好きな人間は辞める人が少ないのが救いだ。せいぜい高齢になって働けなくなったりはするがそれくらい。業務は大抵は変わらないことが多い。

 働くことには慣れたけど、手を繋いでいるこの状況には慣れていない。

 こんなにもスキンシップが多いなんて先輩方から教えられなかった。

 

 まあ、お嬢様からしたら自分の拾ってきたペットの様子を確認しているくらいの気持ちでしかないだろうけど。

 

「なかなか身近にいる人の意見を聞く機会なんてないからね」

 

「そうですね、お嬢様はいつも忙しそうですし」

 

「そうだね、執事と二人きりになることは少ないだろう? だから、今日は交流を深めていこうと思ってね」

 

「は、はい」

 

 パチリとウィンクする姿を見て、思わず息を呑んだ。

 無表情なのにウィンクのそのギャップの前で呼吸なんて正常にできるはずがない。だって可愛すぎるもん。

 

「いい天気だし、ボクも君も散歩が好きだろ? お互いに気分がいいほうが本音が話せるしね」

 

「はい。それじゃあ、私と手を繋いでいるのにも理由が?」

 

「そうそう、手も繋いだ方がより深いことも聞けるかなって」

 

 そんな理由があったなんて、馬鹿なまったく深く考えられずに、全然お嬢様の考えに追いつくことができなかったことに対して恥らいを覚える。

 

 今日のこの時間はご主人の画期的な新しい仕事を俺で試してみただけだ。それでも、俺にとって今日は人生で一番幸せな日に変わりはないけど。

 

「ほら、ボクって悪い噂が絶えないだろう?」

 

 だからこそ、何を言っているかとっさに理解して止めることができなかった。

 

「だからさ、君みたいに真面目に働いてくれる人は本当に誇りに思っていいんだよ。ボクなんかよりもずっとね」

 

「……こと」

 

 ぷちりと、何かが切れて楽しかった時間は終わった。

 

「ん?」

 

「そんなことありません」

 

 自分のことなんてどうでもいいという言い草を、本人から聞きたくなかった。

 美しいお嬢様と二人きりでいる幸福な時間の代償がこれなら、今日の出来事がなくなってしまって俺が地獄に落ちた方がましだ。

 

「路上で迷っていた俺を貴女は救ってくれたんです。誰にも手を差し伸べられないで、汚れていて穢れていた、どこにも行く当てのないこの俺を。貴女は救ってくれたんです。俺のことを誇りに思ってくださるなら自分のことはあまり蔑まないでください。そんなの、俺には耐えられません!」

 

「そ、そうか。それならいいのだが」

 

 やっちゃった。

 

 後悔先に立たずと言ったものの、今の自分は凄い後悔をしている。

 自分のことを俺と言ってしまったのはもちろん、彼女を否定してしまう言葉をうっかり吐いてしまった。

 

「も、申し訳ございません。いかなる罰もお受けいたします」

 

 頭を自分の低くできる精一杯まで下げる。土下座をしてもよかったが、手を繋いでいる今、土下座をしても彼女の手を土で汚してしまい恥をかかせてしまう。

 

 人生全ての幸せを集中させた天国みたいな一時を過ごせたんだから、ここから死ぬことになっても文句は何一つ言えない。

 

「……いいんだ」

 

「ですが」

 

 後悔してもしきれない。

 

 顔をうかがおうにもお嬢様は頭を伏せられていて俺からは顔が見えないようになっている。きっと自分の教育の不甲斐なさに落ち込んでいるのだろう。

 

「君は、ボクにとって――」

 

「ご主人サマ、お楽しみ中のところ申し訳ございません。緊急のご用件が入りまして……」

 

 深い呼吸の後、お嬢様が話し始めを遮ったのは明るくハキハキとした声。住み込みで働いているメイドのだ。

 後ろに立っていて、側にいるのにまったく気がつかなかった。

 

「すまない。用事が入ってしまったようだ。今日の散歩はここで終わりだな」

 

 今まで頑なに放してはくれなかったが手は呆気なく離れていく。そこに名残惜しさもあったけど、今はとりあえず自分には頭を冷やす時間が欲しかった。

 

「いけない、記入しないと」

 

 完全に背中が見えなくなってから懐のポケットから日記をだして、忘れずに記入をした。

 ページにイングが馴染むのを確認すると、仕事を探しに俺も屋敷に戻っていく。

 

 日記には、一文。今日もお嬢様は一切笑わなかったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「執事君はそんなにボクのことが大切なのか。……嬉しいなぁ

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。