いつも無表情で俺にだけじゃれてくるボクッ娘お嬢様をわからせたい 作:『テキスト』
「ボクの執事、そろそろ新しい仕事を頼みたいのだけど大丈夫?」
「はい、分かりました。どのような仕事ですか?」
お嬢様が屋敷に帰ると、玄関からそのまま俺と一緒にご自身の部屋に連れ込まれた。もちろん、俺は異性なので着替え手伝ったりはしない。
頼みたい仕事があって直接言いたかったらしい。
今日のお嬢様は学校の制服を着ている、軍服に似た黒いブレザーに普段着よりも短めなスカート。
さらに見えてはいけない絶対領域から伸びる黒タイツは、魅力的に膨らんだふくらはぎを強調しているようにしか思えない。
そんな服装を身にまとっているお嬢様の姿はカッコカワイイとしか言いようがなかった。
「この前のことを覚えているか? 二人きりで散歩をしただろ?」
「は、はい覚えています」
一緒に手を繋ぎ、彼女のひんやりとした手の感触も女性らしい柔らかさを今でも覚えている。
というよりも、一生忘れることはないだろう。それくらい天国みたいな一時だったから。
「その時、ボクが途中でメイドに用事で呼ばれて中断したのも覚えているか?」
「はい。それも覚えています」
「うん。流石、記憶力がいいみたいだね。偉い偉い」
お嬢様が俺の頭を撫でた。
撫でたのだ。
「えっ、えっとお嬢様?」
お嬢様はその歳の平均身長よりも高い百六十センチ。それでも百七十センチを優に越える俺の頭を撫でるには背伸びをしないといけない。
普段よりも近い彼女の顔の一つ一つのパーツに目がつく。
力強いキリッとした紫の瞳に、長いまつげ。すれすれにある桜色の鮮やか唇。その唇から漏れる彼女のまだ、温もりが残っている吐息が首を掠めた。
「あ、ごめんつい」
「い、いえ。大丈夫なのですが」
こんなに距離感が近いのは、なにも今日だけじゃない。少し前からこんな風にお嬢様は戯れてくる。
ここまで、激しいのは初めてだけど。
この状況が俺だけなのか、他の人にもやっているのかは分からない。
他に働いている人間もお嬢様が大好きで仕方がない人間ばかりだ。このことを正直に相談すれば俺が何をされるか分からないのでできないでいた。
今分かっていることは、彼女と二人きりでいるときにだけお嬢様は俺に戯れてくるということ。
それにしても、言動は友人かそれ以上に接して楽しそうなのに彼女がまだ無表情なのが気になった。
この人は将来、大丈夫だろうかと心配になってしまう。俺は彼女の氷のような無表情も美しいと思うが、それが少数派というのも理解している。
このままだと、お嬢様が結婚できるかどうかと。
忌々しい噂のせいで人付き合いが乏しいとよく聞くし。友人の噂は聞かない。
それなら、彼女の氷を溶かしてくれる運命の人が、早急に現れてくれるのを待つしかないか
それにしてもこんなになったのは最近の中で思いつくかぎり、スキンシップが激しくなったきっかけは散歩の後から。
「なにかあったのですか?」
「えっと、ごめん。何がだい?」
まだ、俺の頭をなで続けているお嬢様は手を止め距離が離れた。
目をパチクリとして、本当に聞いていなかったのだと認識する。
「散歩の後からですよね。少しだけ様子がおかしくなりはじめたのは」
「そうかな。ボクは普通だと思うけど」
「いや、普通ではありませんよ」
「……前まではもうちょっと動揺していたのに、もう大丈夫そうだね」
「ええ、慣れましたから」
本当は慣れてないけど。心臓がまだバクバクと爆発寸前で鳴り響いている。
でも、この感情は伝えてはいけない。あくまで俺は執事でしかないし、彼女の俺への接し方は恋とは少しだけ違う気がするからだ。
「それで、新しい仕事と言うのは?」
「ああ、君も働き慣れてきたよね?」
「はい。前回も言ったように働きやすいので」
「うん、偉い」
「お嬢様」
「うん、分かっている。もうやらないから」
これ以上、頭を撫でられたら俺の理性がぶっ壊れて何をしでかすか分からない。目の縁が無意識のうちにベッドを追ってしまう。
俺を誘っているようにしか見えなかったけど、お嬢様は自然に無防備なってしまう癖があると最近になってひしひしと思い知っている。
自分の感情よりも、彼女の感情を優先したい。それが、何も知らなかった俺を拾ってくれたせめてもの恩返しだ。
「それで、仕事と言うのは?」
「ああ、うん。話を戻すとこの前の用事って言うのは、ボクの友人がここに来たいっていうことで連絡が入ったんだ」
「お嬢様に友達が!?」
ここ一年の中でナンバーワンで驚いていいたと思う。
お嬢様はお嬢様だ。当たり前のことを言っているが、家柄が貴族ということになる。
彼女は親の功績でボク自身は偉くないといつも言っているが、彼女自身も努力していることを俺たちは当然知っている。
そんな彼女は親の持っているうちの一つの屋敷を借りて使用人は自分のお金で雇い、他の貴族よりは大分質素に暮らしていた。
それでも、身分が貴族であることは変わらないので学校は貴族用の学園に通っていることになる。つまり、友人というのは貴族だ。
「しかもここにですか? どんなに急いでも王都から半日以上かかりますよ?」
「そうなんだよ。かなりの変人だろ?」
「ええ、まあ」
あなたも大分変人ですがなどとは、口が裂けても言えない。
「お忍び来る予定らしいんだけど、友人は貴族だからね。彼女自身は大丈夫なんだけど、形式上面倒くさいことに、もてなさないと怒られてしまうんだ」
「はい」
「だから、今日は業者を呼んでね、メイドのサラと一緒に荷物運びと装飾を手伝って欲しいんだ、任せられる?」
「はい、サラさんもいるなら大丈夫だと思います」
サラさんは手先が器用で、仕事を教えて貰う際は大変お世話になったメイドの先輩だ。
今まで俺が来る前まで、料理以外の作業を全部やっていたと聞いて驚いた。寝る暇があったのかと。
「そろそろ、来ると思うから様子を見てきてくれないかな?」
「では、さっそく行って参ります」
「うんうん、任せたよボクの執事」
「はい」
――
「しかし、オメー見ない顔だな。新人か?」
俺が玄関に着いてしばらくしてから、例の業者の人がやってきた。
山のような巨体。キラキラとお嬢様とは違った輝き方で光を反射して百九十センチはある、どこを見ても筋肉がムキムキの男性が玄関に立っていたのだ。
「はい、そうです」
「俺は運び屋のジャック。ここで働くなら長いつき合いになると思うから、よろしくな」
ゴツゴツとした手を差し出してお互いに握手をする。
外見からは想像できない意外にも優しくソフトタッチで握られて手を上下に振った。
「一年前に道で迷子になっているお嬢様に拾われて、半年前から働かせてもらっています」
「ほぇー、まあ見るからに若いからなぁ。何歳だ? まだ、十三とかなのか?」
「一応、今年で十八です」
「わぁ、意外と歳いってんだなぁ」
幼く見えるとは、ここに来てからも来る前にも言われていたので慣れている。
「それにしても、この量をお一人で持って来たのですか?」
玄関の前に埋め尽くす馬車何台分にもなる荷物の山。辺りには馬一匹見えないから、ここまで自身の力で運んだのだろう。
近くの街から荷物を馬車に詰め込んだとしても、ここまで持ってくるのに何往復したのか。
「なんだ、ボウズ『魔法』を知らないのか?」
「魔法ですか?」
なんだその、胸踊るワード。ここに来てからそんなの俺は聞いたことないぞ?
「まあ、ここにいるのは訳ありな奴らしかいないからなぁ。無理もないか、いいか『魔法』というのは――」
「ジャックさん」
「あ、サラさん」
「おう、サラの穣。荷物を持ってきてやったぜ」
「いつも、ありがとうございます。これが料金です。今回も運んでいただきありがとうございました」
綺麗にお辞儀する姿に合わせて俺も慌ててジャックさんに頭を下げる。
そんな俺らをガハハと豪快に笑う。
「いいよ、いいよ。頭なんて下げないで俺だって仕事なんだし」
「ん? そういえばお前さんの顔どこかで――」
サラさんが顔を上げ、その後に自分も顔を上げるとジャックさんがジロジロと俺の顔を見つめてそう言った。
「ジャックさん! お喋りはまた今度で、執事は荷出しは今日が、初めての仕事なので覚えさせないといけないことが多いんです。すみません」
「おお、わりぃわりぃ。俺も仕事が溜まっていてねぇすぐにこの屋敷も出ねえと行けないんだわ」
「はい、荷物の配送ありがとうございます」
「いやいや、礼には及ばねえよ。こっちだってコレたんまり貰っているし」
指の形はお金を表すジェスチャーをしている。
冗談でジャックさんが言うには少しだけ、顔が厳つくて怖かった。
筋肉もかなりあり、遠くからだと誘拐した子供を売っているようにしか思えない。
「じゃあ、執事君はお嬢様にはよろしくな。ガッハハ」
再び豪快に笑い。豪快に俺の肩を叩いてジャックさんは出ていった。
「どうしたんですか、サラさん? そんなに深刻そうな顔をして」
「え、あ。ううん、何でもないんだけど……」
お客様がいなくなって、サラさんが砕けた言葉遣いになる。
仕事中は厳しいけど、プライベートだとご飯を一緒に食べたりと親しみやすいお姉さんという感じだ。
「だけど?」
「ジャックさんと執事君がどんな会話をしたのかなって」
「か、会話ですか?」
盛り上がっていたけど、別の部屋にいたサラさんにまで響くくらい大声をだしちゃったのか?
「一応、ジャックさんは部外者だからこの屋敷で秘密にしていることを知っちゃったらまずいでしょう? 今度何方がここの屋敷に来るとかね。執事君は今日初めて部外者の人と接したからもしかしたら話しちゃったのかなって」
「ああ、それなら大丈夫です。魔法のことについて少しだけ話しただけですから」
なんだそっちかと納得をする。
そっちの方は大丈夫だろう。そもそも、この屋敷の秘密らしい秘密を何一つとして俺は知らないんだから。
「魔法?」
「はい」
「そういえば、執事君は魔法を使わない東の地域出身って言ってたわよね。なるほどどうりで盛り上がっていたんだ。男の人はロマンがあるだとかで、みんな好きだって言うしね」
「そうなんですよ。魔法、魔法ですよ! テンション上がりませんか?」
「はいはい、落ち着いて」
「す、すみません」
つい興奮をしてしまって、彼女の顔の近くで話してしまい、手で遠くに距離を離してからなだめられてしまった。
「えー、まあここの屋敷のことを言ってないならそれでいいや。流石に話しちゃうと庇いきれないからね」
「はい、それは心配いりませんよ。この屋敷もお嬢様も自分は好きですし。……もちろん、サラさんのことも好きですよ?」
「はいはい、ありがとう。お礼に仕事をもっときつく教えてあげるわ」
「そ、そんな」
「あはは。……あれ、背中にゴミがついてるよ?」
そんなサラさんはひょいっと、俺の肩を指さした。
「あ、すみません。どこですか」
いけない、どこで服を汚したんだろう。
服をまさぐっても、ゴミらしいゴミを俺には見つけられなかった。
「もう、まあさっきのお礼として取ってあげるよ。ほら、背中を見せて?」
ご好意に甘えて後ろを向く。
サラさんは肩の辺りを、二本の指で器用につまんだ。長い紐状の物だったみたいで、指で巻きながら取っている。
それから俺についていたゴミがなんなのか天井の照明でよく確認しているようだ。
「こ、これって」
「取れましたか? ありがとうございます」
正面を向くと彼女はとっさに後ずさりをして、俺の目線から逸らされた。
「サラさん?」
サラさんの顔色をうかがおうとしても、彼女は何故か顔をぷいっと俺から離す。うつむいたり、反対の方向を見たり手で隠したりと、頑なに顔を見せてくれずとにかく挙動がおかしい。
「こ、こほん。と、とにかく次の作業は隣でやるから荷物を持って移動してくれないかな?」
「はい」
わざとらしい咳払いには、特に反応しないで言うとおりに隣の部屋に荷物を持って移った。
「あの顔というか、雰囲気か。どこかで感じたことがあるんだよなぁ。別の仕事場でか? いや、確か昔この屋敷で――」