いつも無表情で俺にだけじゃれてくるボクッ娘お嬢様をわからせたい 作:『テキスト』
「……よく、来てくれた」
「はい、お嬢様」
「椅子に座ってくれ」
お嬢様の部屋、ベッドの上にちょこんと座っていて、その前に椅子が一脚ある。
最初は座るなんてと思ったがそれも言いだせる雰囲気ではない。
「話があるんだ」
普段は自分から着ない真っ白いズボンを履いて、上は紺色のジャケットを羽織っている。いつにもまして、真剣な表情をしていた。
そういえば、サラさんから聞いたことがあった。
俺を拾う前のお嬢様は正式な場所のドレス以外は、男っぽいそういった格好をよくしていたと。
「今日、ここに呼んだのは謝りたいことがあったからなんだ」
「謝りたいことですか?」
少しだけ、考えてみるけどお嬢様から特に謝れるようなことが思いつかなかった。
「ああ、最近、サラに注意されてね。雇った主人としてあるまじきベタベタと君に気安く触りすぎたこと」
「お嬢様がそうしたいなら別に私は気にしませんが」
「いや、謝らないとボクの気がすまないんだ」
勢いよく言って「だから」とぎこちない表現をする。
言いだせない。お嬢様は言いだしたくても言葉が不器用で言いだせないから。
本当に彼女は危なっかしい。
「お嬢様には、俺を拾ってここで雇ってくれたのは何かしらの理由があるんですよね?」
一年前、俺は拾われた。この世界の常識がなくて汚く泥まみれで、どう考えても拾ったって得がないのに。
お嬢様は確かに優しい人間だ。困っている人がいれば手を差し伸べるし、いざとなったら差し伸べられる人望もある。笑えないけど、心の全てが世間でいわれる悪ではないのだ。
だけど、それは見ず知らずの人を無償で助ける優しさではない。
俺はそこにずっと疑問に思っていたんだ。
「それはその、だな」
なかなか先に進まないじれったい言葉の先。
「それは俺には話せないんですよね?」
「すまない。ボクの口からは話せないんだ。……どうしても、どうしても聞きたいなら、サラに聞いてくれ。彼女なら話してくれる」
「お嬢様」
「彼女。彼女ならボクの言えない、真実を君に話してくれる」
「お嬢様!」
前触れもなくぽろぽろと、普段は力強い紫の目から涙が零れてくる。その涙には何が込められて流れているんだろうか?
見えない大きな物をつかんでいた、お嬢様の手から細かく流れてくる涙を小さな傷跡から溢れていった。
彼女が何かを背負ってきたのは、俺も知っていた。
「はは、やっぱりボクはダメだな。君を傷つけたくないといいながら、ボクが一番君を傷つけているじゃないか」
「……恨んでもいい。ボクのことを見るのも嫌いになったら、ボクの友人に君のことを勧めよう。なに、彼女もこの前に君のことは気に入ってくれたから悪いようにはされないよ」
「だから、彼女の元に行ってもボクのことは嫌いにならないでくれ、否定しないでくれ。心の片隅でいいから認めて欲しいんだ」
投げ捨てられるように放たれた言葉はいっけん矛盾しているようにも思える。
めちゃくちゃになってしまった心。それが、彼女の心の本体なんだろう。
大人っぽく表面上には見えて、本当は子供っぽい。
それは、気にしないようにしていた俺の罪でもあり、この俺の心の痛みは昔から何も変わっていない俺への罰である。
「お嬢様が何を抱えているのかは私なんかには想像できません。当時、拾ってくれた私に対してお嬢様がやましい心があったのかもしれません」
ここで、言葉を一旦切る。お嬢様とは正面で伝えないといけないことがたくさんあるから、一呼吸だけじゃ全然足りなかった。
また息を吸って、彼女のための言葉を吐く。
「ですが、見知らぬ土地で迷子になっていた私を助けてくれたのは本当です」
「うん」
お嬢様が止まらないなら、俺も止まらない。
「死なないように住む場所を与えてくれて」
「うん」
ずっと伝えたかったことを、ご主人様と使用人という関係を越えることになったとしても。
「生きるために仕事も与えてくれた」
「うん」
彼女の泣く姿は、きっと一番似合わなくて一番嫌いなんだろう。
氷の中に閉じこもってしまった彼女には――
「誰に何を言われようと! 俺の今は幸せなんです」
「……あっ」
――笑顔が一番似合うのだから。
「そんな私のために色々してくれたお嬢様を恨めなんて、それこそ恨みますよ。お嬢様が私のことをどう思っているかは分かりませんが」
俺は正面の椅子から離れて、お嬢様の座るベッドの前まで行くと、お嬢様の顔を自分の胸に当てて抱きしめる形になった。
「私は幸せですよ」
「……うん」
お嬢様の声とは思えないか細い声が、俺だけに聞こえる。
「今日だけは、泣いてください。今日だけは辛いことは我慢しなくていいんです。ここには誰も」
「ごめん。ありがとう」
お嬢様は泣いた。今までの自分の悲しみの分も俺の前で全て。彼女に遠慮しなくていいと言ったのに、俺の体で隠れてむせび泣く。
ぽんぽんと、背中をやさしく叩き子供のようにして何時間が経ったのだろう。
体中の後悔と虚しさを出し切った彼女はゆっくりと口を開く。
「今すぐは話せない。だけど――」
ああ、やっぱりお嬢様は。
「――だけど、いつか笑って話せる日がくるようにボクは努力をする。だからその日がくるまでボクの側にいてくれイトウ」
泣き止んだお嬢様の決意に満ちた顔が、笑えなくても自分なりの努力して前に進もうとしている彼女を俺はわからせたい。
「はい、いつまでも私――いや、俺はルティマお嬢様の側にいます」
この日は彼女が寝るまで、俺はベッドの側で笑いながら座っていた。
人物紹介
執事 イトウ 十七歳
一年前に泥だらけの状態でお嬢様に拾われて、半年前から屋敷で働かせてもらっている。
何故か言葉は喋れるけど常識に疎くて――
ルティマお嬢様 十六歳
ボクッ娘。いつも無表情のツリ目。
屋敷の外の人との距離がかなりある。
友人といえるほどの仲のいい人は今のところ二人いるらしい。