いつも無表情で俺にだけじゃれてくるボクッ娘お嬢様をわからせたい 作:『テキスト』
「執事、ボクと一緒に勉強をしないか?」
「勉強ですか?」
お嬢様が学校から帰られると、最近の恒例に成りつつある玄関から俺を自分の部屋に連れ込む。
もちろんやらしいことは一切なく、大抵は数分喋るだけなのだが。
「ああ、聞いた話だと君は魔法について興味があるそうじゃないか」
「えっ、ああ。そうです」
お嬢様の前で言ったことがないということは、サラさんが話したということか。
「拾ったときに、君は言葉は喋れるのに文字は読めない。本当に君はちぐはぐだよ」
「……その節はお世話になりました。それに今でも感謝しています」
「いいんだ、気にしなくて。ボクのお節介だしね」
お嬢様は無表情な顔には変わりないけど、雰囲気だけは楽しそうにしている。
「では、行こうか」
――
「初心者向けの本はコレとコレだが」
家の書斎と言うには大きすぎるくらいの部屋。壁一面どころか、二階にまで続く本棚とそれに見合うだけの本がびっしりと引き詰められていた。
「こ、こんなに本があるんですか?」
「ああ、ここに来るのは初めてか。それなら、驚くのも無理はない」
テーブルに二、三冊の本を置いてお嬢様は珍しく機嫌がいいのかほんわかとしていた。
本特有の何とも言えない匂いが、部屋を充満している。
「本が好きだったからね」
「好きだった?」
呟いた言葉が引っかかる。お嬢様は毎日本を読んでいる。それも、部屋の外でも中でも。
それなのに過去形にするにはおかしい。
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
「はい、分かりました」
人には踏み込んではいけないラインは存在している。
それが、お嬢様にとってここなんだろう。
「まあ、ここは好きに使ってくれていいよ。他の使用人たちも自由に使っているからね」
「はい」
モヤモヤとした気分は少しだけある。気になるし、支えてあげたい。だけど、それは今じゃない。
お嬢様が貸してくれた本をパラパラと捲る。長い間開かれていなかったページは水分がパサパサしていて、指の水分が盗られる。
俺は文字が上手く読めない。
半年前まで一つも文字が読めなかった。もちろん今は日常生活に支障がでない程度には読めるし、仕事で使う分の文字も読める。
だけど、専用用語は分からないことが多い。一つ一つの単語の読み方は分かっても熟語や、組み合わせで特殊な読み方になってしまうもの。
子供向けのでも読めない物は読めない。だからお嬢様もいくつかの種類を持ってきてくれた。
すでに目的の本を見つけたのかペラペラと、彼女の細い真っ白か指の先でページが捲られていく。
指は紙を弾くのに忙しそうで、目は真剣に文字を読んでいた。
お嬢様が泣いたあの日を境に彼女からの、スキンシップは減った。たまに物欲しそうな顔をちらつかせるけど、約束通りにこらえている。
「こちらの本を返したいんですけど、どこに行けばいいですか?」
この本は読めるけど、俺がスラスラと読むには少しだけ難しい。
絵や図形が多めに使われている本の方が今の俺には分かりやすかった。
「持ってきたのはボクだし、ボクが返してくるよ」
「あ、いえ。もう一度借りたいときに一人で来たいので」
「それなら、あそこの本棚の空いている場所に行けば大丈夫だよ」
指さす方向は、一つの本棚。色が薄れていて、特に長年使われている一品。
「ありがとうございます」
頭を下げてから、椅子をしまって二冊の本を持っていく。
「それにしても、ここの本は凄いな」
キョロキョロと、周りを見渡しながら歩く。本棚には様々な色の本や、六法全書みたいに太い本もあった。
この世界では本は結構貴重な物らしいから、こんなにも本が多いのはある意味は異常らしい。
「ちょっと、危ないですよ!」
突然前から声が聞こえた。探してもどこにも声の持ち主がいない。
「下です! 下!」
言われるがままに下を見ると一人の少女が立っていた。
身長は百三十センチくらいだろうか。かなり身長が低くて、パッチリと開いた茶色の目に長い小麦色の髪を一つにお団子ヘアにしてまとめている美少女。
「えっと」
名前が思い出せない。
彼女がこの屋敷で同じく働いていることは知っているけど、何も思い出せない。
「ニクスです。忘れたんですか?」
そうだ、朝と昼の食事を担当しているニクスさんだ。
「でも、どうしてここに?」
「レシピを見ていたんですよ。ほら、この前お嬢様の友人様が来ていましたよね? その方がまた来られるかもしれないから勉強をしないと」
「な、なるほど」
「執事さんも勉強ですか?」
「はい、今日はお嬢様とご一緒に」
「……あまりお嬢様と人前でベタベタしないでくださいね? 不愉快ですから」
むっとした表情を浮かべながら機嫌が悪そうにしている。それでも、幼い容姿だから可愛らしく見えた。
「……はい、そうですよね」
俺と彼女の間に思いがこもってなくても他人が至近距離で何かをしているのは嫌いな人間がいる。
「本当に羨ましくて仕方ないんですよ!」
とは、違ったらしい。
ニクスさんは地団駄を踏みながら騒がしく袖を噛んでいる。
「何ですか! 見せつけるようにイチャイチャ」
「ちょっと、お嬢様が近くにいますよ」
「はっ! そうでした!」
彼女もお嬢様のことが大好きで仕方がないということだけは、この短い時間で理解することができた。
「もう、言い足りないですけど今日はお嬢様の前だということに免じて許してあげます」
「はぁ」
いまいちこの人との距離感が分からない。
「今手に持っている本はあっちとそっちなのでしっかりはめてくださいよ、では」
一礼してニクスさんは気がすんだのか帰っていく。彼女に適当に言われたのかと思ったけど、ぴったりと本がはまる。
そのまま、俺もお嬢様の元に戻った。
「遅かったね」
本を読み終えたのか、足を組んで机を指でトントンと、リズムよく叩いている。
口の端を下に寄せて、その様子は軽快よくとは言えず、構ってもらえない子供みたいな不安の感情が満ちていた。
「たまたま、ニクスさんに会って」
「ニクスと?」
正直に話した方がいいだろう。何をそこまで彼女を悲しませるのか、辛くさせるか。
「はい、本を借りに来たみたいで」
「そうなのか、彼女が」
「確か、ニクスさんも勤めて長いんですよね」
「ああ、彼女も長いな」
上を向いて懐かしむように思い出している。お嬢様と彼女の間に、何があるかは俺は分からないけど絆がある。
「ボクはもう調べ物が終わったけど? 執事君はどうだい、まだ見るか?」
「いえ、自分も大丈夫です」
「そうか? それは残念だ」
さっき釘を打たれたばかりだけだしな。
「あ、そうだ。魔法に関する本以外にも、料理の本も借りていいですか?」
「ああ、君のお茶や料理は美味しかったからね」
「ありがとうございます」
「料理の本は二階にあるから、それも自由に見てくれ」
「はい」
「じゃあ、お休み執事」
お嬢様は、自分の部屋に入っていった。
「あれ、レシピ本があるのは二階で、ニクスさんがいたのは一階けど、ニクスさんはあそこで何をしていたんだろ?」